The Project Gutenberg EBook of Doko e, by Hakucho Masamune

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Title: Doko e

Author: Hakucho Masamune

Release Date: June 21, 2010 [EBook #32941]

Language: Japanese

Character set encoding: UTF-8

*** START OF THIS PROJECT GUTENBERG EBOOK DOKO E ***




Produced by Sachiko Hill and Kaoru Tanaka





何處へ

正宗白鳥著


目次

何處へ (四十一年一月―四月 早稻田文學) ………………………   一
玉突屋 (同  年一月 太  陽) ……………………… 一三五
六號記事 (同  年一月 文章世界) ……………………… 一四三
彼の一日 (同  年三月 趣  味) ……………………… 一五九
五月幟 (同  年三月 中央公論) ……………………… 一七三
村 塾 (同  年四月 中央公論) ……………………… 二〇五
空想家 (四十年十 月 太  陽) ……………………… 二二一
株 虹 (同  年十二月 新思潮) ……………………… 二六九
凄い眼 (四十一年八月 太  陽) ……………………… 二九一
世間並 (同  年七月 趣  味) ……………………… 三一一

[Pg 1]

何處へ

(一)

可愛かあいい目元めもとをほんのり酒さけに染そめた女をんなが高たかくさし掛かけた傘かさの下したに入はいつて、菅沼健次すがぬまけんじは敷石傳しきいしづたひに門口かどぐちへ來きた。

「ぢや明後日あさつて、屹度きつとですよ」と、女中ぢよちうは笑顏ゑがほで覗のぞき込こみ、艶氣つやけを含ふくんだ低ひくい聲こゑで云いつた。

「むゝん」と健次けんじは女をんなの顏かほをも見みず、引ひつたくるやうに傘かさを取とつて、さつさと急いそぎ足あしで步あるき出だしたが、五六間けんも步あゆんで我知われしらず振返ふりかへると、「鳥とり」と行書ぎやうしよで書かいた濕しめつた軒燈がすとうの下もとに彼かの女ぢよがぼんやり立たつてゐる。

健次けんじは何なんの譯わけもなく微笑につこりする。女をんなも微笑につこりして、胸むねを突出つきだして會釋ゑしやくする。

[Pg 2]それも一瞬間またゝくまで、健次けんじは傘かさを肩かたにかけ、側目わきめも振ふらず上野うへのの廣小路ひろこうぢへ出でて、道みちを山下やましたの方はうへ取とる。

昨日きのふの天長節てんちやうせつに降ふり通とほした雨あめは、今日けふも一日にち絕間たえまなく、濕しめつぽい夜風よかぜが冷つめたく顏かほに吹ふき當あたる。往來わうらいの人々ひと〴〵は皆みな傘かさを斜なゝめに膝ひざを曲まげて、ちよこ〳〵と小股こまたに急いそいでゐる。健次けんじも膝ひざから下したはびしよ濡ぬれになつたが、敢あえてそれを氣きに留とめるでもなく、只たゞいゝ氣持きもちで、口くちの内うちで小唄こうたか何なにか呟つぶやいて、沈しづんだ空そらへ酒臭さけくさい息いきを吐ふきながら、根岸ねぎしの近ちかくまで來くると、橫合よこあひから底そこの深ふかい大おほきな蝙蝠傘かうもりがさが、不意ふいに健次けんじの蛇じやの目めにぶつ付つかる。チエツと舌打したうちして避さけやうとする機會とたんに、蝙蝠傘かうもりがさの男をとこが聲こゑをかけて、

「やあ君きみ」と立留たちどまつた。

健次けんじは少すこし驚おどろいて、「やあ君きみか、何處どこへ行いつた」

「君きみの家うちさ、今夜こんやは雨あめだから、屹度きつとゐるだらうと思おもつたのに、何處どこを浮うかれてた、いい顏かほつきをしてるぢやないか」

[Pg 3]「そりや氣きの毒どくだつたね、これから僕ぼくの家うちへ行いかうぢやないか」

「いや、もう遲おそいからよさう」と、蝙蝠傘かうもりがさの男をとこは長ながい身體からだを屈かゞめて、下駄屋げたやの時計とけいをのぞいて見みて、「もう彼此かれこれ九時じだね」と一寸ちよつと考かんがえ、「實じつは君きみに少すこしお賴たのみがあるんだが……此處こゝで話はなしてもいゝが、どうだ其邊そこらの珈琲店コーヒーてんへでも寄よつて吳くれんか」と、首くびをまはして周圍あたりを捜さがす。

「ぢや、さうしよう、この先さきにいゝ家うちがある」と、健次けんじは先さきに立たつて、半丁はんちやうばかり泥濘ぬかるみの中なかを通とほつて、擦玻璃すりがらすに一品亭いつぴんていとある小ちいさい西洋料理店せいやうれうりてんへ行いつた。

客きやくは一人ひとりもゐない。白布ぬので蔽おほうたテーブルの上うへに火鉢ひばちを置おいて、籐椅子とういすが四五脚きやく周圍まはりに不秩序ふちつじよに置おかれてある。健次けんじは火鉢ひばちの火ひを搔かき廻まはして、

「君きみは馬鹿ばかに寒さむさうぢやないか、さあ當あたり給たまへ」

と云いつて、卷煙草まきたばこに火ひを付つけて、反身そりみで椅子いすに寄よりかゝり、頻しきりに瞬まばたきをしながら仰向あふむいて煙草たばこを吸すふ。

[Pg 4]今迄いまゝで板いたの間まに腰掛こしかけ、左右さいうの袖そでを搔かき合あはせて居眠いねむりをしてゐた小娘こむすめが、高たかい足駄あしだを引摺ひきずつて、

「お誂あつらへは」と寢呆聲ねぼけごゑで聞きく。

「寒さむいから日本酒にほんしゆがいゝだらう、料理れうりは何なにがいゝ、ビフテキにでもするか」と、骨太ほねぶとい手てを火鉢ひばちの上うへに翳かざしぽかん﹅﹅﹅としてゐる相手あひての顏かほを見みて、默諾もくだくを得えて、健次けんじは小娘こむすめに命めいじた。

この丈高たけたかき男をとこは織田おだ常吉つねきちと云いひ、健次けんじが昔むかしの同窓どうそうの友ともで、今いまは私立學校しりつがくかうに英語えいごの敎師けうしを勤つとめ、傍かたはら飜譯ほんやくなどをしてゐる。年齡としは健次けんじより僅わづか一つ上うへだが、健次けんじの小柄こがらで若わかく見みえるのに反はんして、格段かくだんに老ふけて見みえる。丈たけの高たかきのみならず、それに釣合つりあふ程ほどに肉付にくづきもよく、見みた所ところ魁偉くわいゐなる人物じんぶつであるが、何處どことなく身體からだにゆるみ﹅﹅﹅がある。鹽氣しほけが足たらぬ。顏かほは平ひらたく目めは細ほそく、耳みゝは福々ふく〴〵と垂たれてゐる。

「君きみは相變あひかはらず氣樂きらくさうだね、殊ことに今日けふは愉快ゆくわいな顏かほをしてるぢやないか」と、織田おだ[Pg 5]は健次けんじを見みて、ゆつたりした聲こゑで云いふ。

「はゝゝゝ、そう見みえるかな、これで二三日打續ぶつつゞけだよ、まあ社しやの方はうが暇ひまつぶしで、遊あそぶ方はうが本職ほんしよくのやうな者ものだ、しかし本職ほんしよくとなると、遊あそぶ方法はうはふに苦心くしんする。如何いかにして遊あそぶべきかが、僕ぼくの當面たうめんの問題もんだいである」と、陽氣ようきな聲こゑで、一寸ちよつと桂田かつらだ博士はかせの假聲こはいろを使つかひ、顏かほに愛嬌あいけうを湛たゝえて微笑々々にこ〳〵する。

「まあ遊あそべる間うちは遊あそぶがいゝやね、しかし今いまもね、君きみの母堂マザーと話はなして來きたんだが、健次けんじも此頃このごろは酒好さけずきになつて困こまると云いつてたよ、祖父おぢいさんのやうにならなきやいゝがと云いつてゐられた」

「さうか、僕ぼくの母方はゝかたの祖父ぢいさんは、大酒呑おほざけのみで終しまひには狂人きちがひになつて死しんだんだからね、それに僕ぼくの顏かほが次第しだいに祖父ぢいさんに似にて來くるさうだから、母はゝは心配しんぱいしてるだらう」

「何なに、さうでもないらしい、只たゞ早はやく嫁よめを貰もらひたいやうな話はなしをしてゐた、僕ぼくにもいゝのを見みつけて吳くれつて、本氣ほんきで云いつてられたよ、親おやは有難ありがたいものだね」

[Pg 6]「さうかね」と、健次けんじは嘲あざけるやうに云いつて、「君きみも精々せい〴〵美人びじんを捜さがして呉くれ賜たまへな」

「そんな氣きがあるんなら周旋しうせんしよう、しかし何なんだよ」と云いひかけた所ところへ、小娘こむすめが銚子てうしを持もつて來くると、織田おだはぽかんとして、前まへの話はなしの緖いとぐちを忘わすれてしまひ、健次けんじの矢繼早やつぎばやにさす盃さかづきを三四杯はい引受ひきうけた。

「で、君きみ、僕ぼくに用事ようじと言いつて何なんだい」と、健次けんじは强つよい調子てうしで押付おしつけるやうに云いふと、織田おだは「何なに、急きふな事ことでもないんだがね」と、前まへに自分じぶんが賴たのみがあると云いつた癖くせに、その用談ようだんを避さけるやうにして、ビフテキの小ちいさい切きれをもぐ〳〵させながら、顏かほを顰しかめ、「非常ひじやうに堅かたい」と呟つぶやき、暫しばらく無言むごんの後のち「僕ぼくも弱よわつたぜ、親爺おやぢの病氣びやうきがます〳〵よくないんで、入院にふゐんさせなくちやならんのだ、まだ確定かくていはしないが、どうも胃癌ゐがんらしい」

と、フオークとナイフとを持もつたまゝ、仰向あふむいて云いつたが、顏かほにも言葉ことばにも弱よはつてる樣子ようすは見みえず、例れいの通とほりポカンとしてゐる。

[Pg 7]「さうかい、そりや困こまつたね」と、健次けんじは少すこしも手てを付つけぬ皿さらを見詰みつめたなりで、氣きのない聲こゑで云いひ、心こゝろでも左程さほど同情どうじやうしてる風ふうはない。織田おだは相手あひてに頓着とんちやくなく、悠長いうちやうな聲こゑで、

「妻ワイフは身みが重おもいし、母はゝはあの通とほりの無性者ぶしやうもので、一日いちにち煙草たばこばかり吸すつてゝ役やくにや立たたず、妹いもとは學校がつかうへ行いつたきりで、遲おそくまで歸かへつて來こんから、何なにもかも僕ぼく一人ひとりでやらなくちやならんのでね、本當ほんたうに困こまるよ、それでこの四五日にちは學校がつかうも缺勤けつきんばかりしてる」

「ぢや妹いもとを學校がつかうへやつて、君きみは缺勤けつきんして家うちの世話せわをしてるんだね、しかし病人びやうにんの看護かんごなんか君きみの適任てきにんぢやないね」

「だつて仕方しかたがないさ、どうも一家かの主人しゆじんとなると面倒めんだうなものだ、今いまに君きみも結婚けつこんすると困こまるぜ、何なんだのかだのと、そりや五月蠅うるさくつてね、それに子供こどもなんか出來できなきやいゝんだが」

「そいつあ當然あたりまへだから仕方しかたがないさ、しかし僕ぼくだつたら、家うちが五月蠅うるさけりや一日にち[Pg 8]外そとへ出でてゐらあ、女房にようばうの產さんの世話せわから借金しやくきんの言譯いひわけまで亭主ていしゆがしなくつたつていゝ」

「さうもいかんよ、君きみ、それに僕ぼくの月給げつきうが安やすいから、平生ふだんだつて内職ないしよくをしなくちや引足ひきたらんのに、病人びやうにんが出來できちや災難さいなんだ、だから此頃このごろは酒さけどころぢやない、煙草たばこも止やめてしまつた」と、少すこし萎しほれた。その樣子やうすを見みると、健次けんじは急きふに不憫ふびんになり、

「だが君きみは感心かんしんだよ、家庭かていのために犧牲ぎせいになるから」と云いつて、後うしろを見みて「もう一本ぽん」と叫さけんだ。

「僕ぼくはもういゝよ、遲おそくなると家うちで心配しんぱいするから、そろ〳〵歸かへらなくちや」

「まあいゝさ、久振ひさしぶりだから、も少すこし話はなしをしやうぢやないか」と、健次けんじは少すこしも手てを付つけぬ皿さらを押をしのけ、煙草たばこを啣くはへたまゝ腕組うでぐみして、半なかば目めを閉とぢ、降ふりしきる雨あめの音おとやら、幽かすかに響ひゞく車くるまの掛聲かけごゑやら、前まへを通とほつてる按摩あんまの震ふるえ聲ごゑに耳みゝを傾かたむけ、森しんとした淋さみしい空氣くうきに心こゝろが吸込すひこまれ、快活くわいくわつな色いろも顏かほから失うせかゝつて來きたが、コトンと銚子てうしの音おとがするので、振返ふりかへつてパツと目めを開あけた。惡夢あくむから醒さめたやうに、銳するどく四圍あたり[Pg 9]を見みまはし、やがて眉まゆをぴりゝとさせ、二本ほんの指ゆびで熱あつさうに銚子てうしの首くびを持もつて、

「さあ受うけ玉たまへ」と、無雜作むざうさに相手あひての盃さかづきへどぶ〳〵と注つぎ、「そして肝心かんじんの用事ようじは何なんだい」と問とふと、織田おだは言憎いひにさうに暫しばらく口籠くごもり、

「少すこし無理むりなお願ねがひだがね」と、盃さかづきを持もつては置おき〳〵して、「又また原稿げんかうの事ことさ」と、氣きの毒どくさうに云いふ。

「うん原稿げんかうの周旋しうせんか、僕ぼくが引受ひきうけてどうかしやう」と、健次けんじは快こゝろよく首うなづく。織田おだはやうやく安心あんしんしたらしく、甘うまそうに盃さかづきを呑のみ干ほして健次けんじに差さし、

「實際じつさい忙いそがしい間あひだに書かいたので、よくはなからうがね、それでも毆なぐり書がきぢやないんだ、會話くわいわにや格別かくべつ苦心くしんして、一機軸きぢくを出だしたつもりだから、まあ讀よんで吳くれ賜たまへ、物ものはゴルキーの小說せうせつだ」

「さうか、いゝだらう」と、健次けんじは輕かるく答こたへて、物ものが何なんであれ、譯筆やくひつが何なんであれ、そんな事ことは身みを入いれて聞きかうともせぬ。

[Pg 10]「それからね、少すこし無理むりだが原稿料げんかうれうを早はやく貰もらつて吳くれまいか、月初つきはじめから一文無もんなしだから、それに……」

と、健次けんじの煙草たばこを一本ほん取とつて、指先ゆびさきで揉もみながら、何なにをか訴うつたへんとする。それと見みて健次けんじは頭あたまから打消うちけし、

「よし〳〵、それも僕ぼくが受合うけあつた、引替ひきかへに貰もらつてやらう」

と話はなしを轉てんじ、「で、君きみは此頃このごろ箕浦みのうらに會あつたか」と何時いつも長々なが〴〵と聞きかされる無味むみの生活談せいくわつだんや金錢論きんせんろんは避さけやうとする。

「むん昨日さくじつ見舞みまひに來きて吳くれたがね、會あふと例れいの通とほり大おほきな人生問題じんせいもんだいを論ろんじてる。讀書どくしよも盛さかんにやつてるやうだし、此頃このごろは長ながい論文ろんぶんも書かいてるさうだ、いづれ君きみの所ところへでも持込もちこむだらう、しかしね、僕ぼくが云いふんだが、箕浦みのうらなんかは己惚うぬぼれが過すぎる、人生じんせいがどうの宇宙うちうがかうのと、人間にんげんが誤託ごたくを並ならべるのは、身みの程ほど知しらずの極きよくだ、獨身どくしんで親爺おやぢの脛すねでも嚙かじつてる間うちは、そんな事ことを道樂どうらくにしてゐられやうがね、家庭かていでも造くつつ[Pg 11]て、一人前いちにんまへの人間にんげんになると、そんな事ことは馬鹿々々ばか〴〵しくて問題もんだいにもならんさ」

と、多少たせうの活氣くわつきを帶おびて論ろんずる。健次けんじは微紅うすくれなゐの艶々つや〳〵した頰ほうに靨えくぼを見みせ、切きれの長ながい目尻めじりに皺しわを寄よせ、

「はゝゝゝ、珍めづらしく君きみの名論めいろんを聞きくね、しかし箕浦みのうらはコツ〳〵根氣こんきよく學問がくもんを續つゞけてるし、文章ぶんしやうも上手じやうずになつたぢやないか、感心かんしんだよ」

「今いまに肺病はいびやうか惱病なうびやうになるのが落おちだ」と、織田おだは澄すましてゐる。

「いや博士はかせぐらゐにやなれらあ」と、健次けんじは皮肉ひにくに云いつて、「だが箕浦みのうらは君きみの妹いもとに惚ほれてるよ」と、少すこし乗出のりだして、聲こゑを低ひくくする。

「馬鹿ばかなことを」と、織田おだは締しまりのない大口おほぐちを開あけて、ハツ〳〵と笑わらふ。

「うんにや惚ほれてる、君きみの目めにやどうだか、僕ぼくには一目もく瞭然れうぜんよ」

「さうか知しらん」

「さうだとも、それにね君きみの妹シスターのラブしてる男をとこがある」

[Pg 12]「え、本當ほんたうかい君きみ、虛言うそだらう、君きみはよく色いろんなことを云いつて、僕ぼくを調戯からかふからいかんよ、若もし本當ほんたうなら相手あひてが誰たれだか聞きかせて吳くれ玉たまへ、僕ぼくも一家かの主人しゆじんだから、妹あれの身みの上うへについても責任せきにんがあるんだもの、間違まちがひのないやうに警戒けいかいしなくちやならん」

「いくら警戒けいかいしたつて駄目だめさ、歲頃としごろの女をんなが色氣いろけづくのは當然たうぜんぢやないか、で、若もし相手あひてが分わかつたらどうする、妹シスターを柱はしらにでも縛しばりつけるかい」

「君きみ、そんな馬鹿ばかな眞似まねをする者ものか、僕ぼくは何なにさ、向むかうが相當さうたうの男をとこだつたら正式せいしきの結婚けつこんさすし、不相當ふさうたうの男をとこだつたら思おもひ切きらせる」

「成程なるほど譯わけの分わかつた兄樣にいさまだ、何處どこの親おやだつてそれと同樣どうやうの事ことを申まをします」

「だつて主人しゆじんの義務ぎむとしてそれが當然たうぜんぢやないか、君きみならどうする」

「僕ぼくなら放任はうにんしとかあ」

「馬鹿ばかな、君きみも箕浦流みのうらりうの空論家くうろんかだね」

[Pg 13]「ふゝん、僕ぼくと箕浦みのうらとは一荷かにならんぜ、向むかふ樣さまは本ほんをどつさり抱だいてるから貫目かんめがあらあね」

「君きみは氣樂きらくな事ことばかり云いつてるが、僕ぼくは何時いつも確信かくしんしてる、人間にんげんは要えうするに僕ぼくのやうにならにや虛言うそだ、遲おそかれ疾はやかれ君きみなども同おなじ道みちへ落おちて來くるんだ」

健次けんじはぞつと寒氣さむけがして、思おもはず手てを火鉢ひばちに翳かざし、織田おだの顏かほを見詰みつめ、「お互たがひに君きみの道連みちづれになつて、テク〳〵步あるきで、電信柱でんしんばしらでも數かぞへて行ゆくんだね、大通おほどほりの左側ひだりがはを步あるいてりや、自然しぜんに日本橋にほんばしに出でられる」

「君きみ、戯言じやうだんは止よして、今いまの話はなしの相手あひては誰たれだい、一體たい向むかうの男をとこは妹いもとを思おもつてるんかい」

「さあ、どうだかね、よく知しらんよ」

「誰たれだらう」と、頰杖ほゝづゑついて、眞面目まじめに考かんがへてゐる。

健次けんじは人差指ひとさしゆびでテーブルを打うちながら、「先さきあ左程さほどにも思おもやせぬ」と小聲こごゑで唄うたつてゐ[Pg 14]たが、急きふに何なにをか感かんじて、額ひたひに皺しわを寄よせ、邪慳じやけんに煙草たばこの吸口すゐくちを嚙かみ出だした。

織田おだは思おもひ飽あぐんで面おもてを上あげ、「君きみは不斷のべつに煙草たばこを吸すつてる、毒どくだよ」

「毒どくだつていゝさ」と、健次けんじは吸殻すゐがらを吐はき出だし、「僕ぼくは阿片あへんを吸すつて見みたくてならん、あれを吸すふと、身體からだがとろけちやつて、金鵄勳章きんしくんしようも壽命じゆめいも入いらなくなるさうだ、阿片あへんだ〳〵あれに限かぎる」

と、獨ひとりで合點がてんしてゐる。それが戯語じやうだんとも思おもへず、眞しんから感かんじてるやうなので、織田おだは細ほそい目めを丸まるくして、

「よくそんな下くだらぬ事ことを眞面目まじめで考かんがへてるね、阿片あへんでなくつたつて快味くわいみを感かんずる者ものは幾いくらもあるぢやないか」

「さうかね、僕ぼくはこれ程ほど煙草たばこを吸すつてゝも、眞しんに味うまいと思おもつたことは一度どもないよ、酒さけだつてさうだ、ビフテキだつてさうだ、一寸ちよつと舌したの先さきで甘うまいと思おもつても、染々しみ〴〵と五體たいがとろける程ほど快味くわいみを感かんじたことがない。どうも物足ものたらんね、それで何時いつも思おもふん[Pg 15]だ、何處どこか世界せかいの隅すみつこに最上さいじやうの珍味ちんみが潜ひそんでるに違ちがひない、僕ぼくはそいつを捜さがし出だしたい、で、今いまもそれを考かんがへてたんだが、或あるひはその珍味ちんみが阿片あへんぢやないか知しらん、阿片あへんを吸すひ出だすと、何なんにも代かへられんちうぢやないか」

「馬鹿ばかな」と、織田おだは一口ひとくちに斥しりぞけて、「まだ甘うまい料理れうりを食くはんから、そんな事ことが云いつてられるんだ、櫻木さくらぎの鳥とりなんか食たべてて、甘うまい物ものがないなんて廣言かうげんする權利けんりはないよ」と、天麩羅てんぷら鰻うなぎ椀盛わんもりなどの名代なだいの家いへを數かぞへ上あげ、諄々じゆん〳〵とその說明せつめいをし、「近々ちか〴〵長編ちやうへんを譯やくして仕舞しまつたら、藏田屋くらたやでも奢おごるよ」

健次けんじは苦笑にがわらひして、「何いづれ御馳走ごちそうにならうよ」と立上たちあがり、「もう十時じだ、行いかうか」と、勘定かんぢやうを濟すませて外そとへ出でた。雨あめは稍々やゝ小降こぶりになつたが、道みちは暗くらく風かぜは冷つめたく、健次けんじは來くる時ときの元氣げんきに引變ひきかへ、傘かさを兩手りやうてで持もつて、ぶる〳〵と慄ふるへたが、織田おだは前まへと同おなじく泰然自若たいぜんじじやく、急せかず騷さわがず、長靴ながぐつを踏占ふみしめ〳〵電車道でんしやみちへ向むかふ。

[Pg 16]

(二)

健次けんじの家うちは御行ごぎやうの松まつを右手みぎてに見みて、暗闇くらやみには危險きけんな道みちを一丁ちやうばかり入はいつた曲まがり角かどにある。土藏付どぞうつきで、狭せまいながらも庭にはもあり周圍しうゐを高たかい板塀いたべいで取とりかこみ、可成かなりの物持ものもの住宅じうたくと見みられるが、その實じつ屋根やねも壞こはれ柱はしらも傾かたむき、大雨おほあめには臺所だいどころで傘かさをさゝねばならぬ有樣ありさま。本當ほんたうなら隅すみから隅すみまで大修繕だいしうぜんを施ほどこさねばならぬので、近所きんじよの差配さはいなども見兼みかねて、賴たのまれもせぬに家屋敷いへやしきを檢分けんぶんして、「早はやく手てをお入いれなさらなくちや御損ごそんですぜ、何なんなら私わたくしがお引受ひきうけして、見積みつもりを立たてゝ見みませう」と注意ちゆういするが、健次けんじの父ちゝは「近々きん〳〵どうかしよう」と云いつて、別べつに心こゝろに掛かける風ふうはない。健次けんじは早はやくから「こんな陰氣いんきな古ふるびた家いへはうり拂はらつて、山やまの手てへでも引越ひつこした方はうがよからう」と勸すゝめ、母はゝは全然ぜんぜん同意どういして、せめて此家こゝを修繕しうぜんして他人ひとに貸かし、自分逹じぶんたちは小こぢんまりした借家しやくやに住すまつた方はうが幾いくらいゝか知しれぬ。第だい一こんな廣ひろい家うちにゐては、世間せけんから有福いうふく[Pg 17]に見みられて、何なにかと取上とりあげられる金高きんだかも多おほくて不輕濟ふけいざいではあるしと說とくが、穩おだやかな父ちゝもこればかりは頑ぐわんとして聞入きゝいれぬ。おれは此家こゝで息いきを引取ひきとるつもりで越こして來きたのだから、决けつして他ほかへは移轉いてんせぬ。それに借家しやくやは厭いやだと云いふ。彼かれには借家住しやくやずまひは不見識ふけんしきだという氣きがあるのだ。

菅沼家すがぬまけは微祿びろくではあつたが、旗本はたもとの家柄いへがら。健次けんじの父ちゝは十四五の頃ころ、維新いしんの渦中くわちうに浮沈ふちんして、多少たせうの辛苦しんくを甞なめた。その後のちも生活せいくわつには惱なやんで、遂つひに四國こく九州しうの郵便局いうびんきよくにも二三年ねんづゝ勤つとめ、今いまは多少たせう榮逹えいたつして會計檢査院くわいけいけんさゐんに奉職ほうしよくしてゐるが、五十五歲さいの老朽らうきうで、地位ちゐも安固あんこではなく、長官ちやうくわんのお慈悲じひの下もとに脈みやくをつないでゐる。俸給はうきふも左程さほど多おほくはない。それに健次けんじの下したに女をんなの子こが二人ふたり、支出しゝゆつは容易よういではないが、彼かれはあまりくよ〳〵﹅﹅﹅﹅苦くに病やむ風ふうはなく、每晚まいばんの晚酌ばんしやく二合がふに陶然たうぜんとして太平樂たいへいらくを並ならべる、健次けんじは一人前いちにんまへの男をとこになつたし、娘むすめは二人ふたりとも容色きりやうはよし、おれはまだ〳〵お墓はかへ入はいる心配しんぱいはなし、これからがおれの世よの中なかだ、健次けんじに嫁よめを貰もらつてやり、姉娘あねむすめでも片付かたづけたら、[Pg 18]おれは第だい一に役所やくしよを止やめて隱居いんきよをする。恩給おんきふも下さがるし心掛こゝろがゝりはないから、うんと好すきな事ことをして遊あそべるんだが、おれは物見遊山ものみゆさんはせん、差詰さしづめ馬術ばじゆつの稽古けいこがしたいな。全體ぜんたい子供こどもの時ときから馬うまが好すきで、馬術ばじゆつの逹人たつじんになるつもりだつたが、世よが變かはつて算盤そろばんばかり持もつて來きた。しかしこれからやる。自分じぶんの慾よくといつては外ほかに何なにもないが、一つ馬うまだけは買かつて見みたいと、この老人らうじんは馬うまの話はなしになると夢中むちうになつて來くる。

先祖せんぞに馬術ばじゆつの名人めいじんがあつたとかで、その秘傳ひでんの卷物まきものが桐きりの箱はこに入はいつて、土藏どぞうに保存ほぞんされてゐる。これと一領れうの甲冑かつちうと一口ふりの無銘むめいの刀劍とうけんとが一家かの寶物はうもつ、老人ろうじんの自慢じまんの種たねだ。冑よろひは疎まばらに星ほしのついてる古色蒼然こしよくさうぜんたる者もので、鎌倉時代かまくらじだいの作さく、刀かたなは國弘くにひろの作さくだらうと云いふ。そして老人らうじんは每年まいねん元日ぐわんじつには此等これらの寶物はうもつを床とこの間まに飾かざり、家族かぞくを集あつめて禮拜れいはいし、三方みかたケ原はら合戰かつせん以來いらいの祖先そせんの武勇ぶいうを談だんじ、この冑よろひや刀かたなに籠こもつてる精神せいしんを忘わすれてはならぬと說とき聞きかせ、獨ひとりで喜よろこんでゐる。

健次けんじは少年時代せうねんじだいに此等これらの武具ぶぐに興味きやうみを感かんじて、父ちゝの留守中るすちう竊ひそかに土藏どざうへ忍しのび込こみ、[Pg 19]漆うるしの剝はげた鎧櫃よろひびつを開あけて、昔むかしの戰爭せんさうを連想れんそうし、或あるひは兩腕りやううでに力瘤ちからこぶを出だして冑よろひを持もちまはつて悅うれしがつてゐた。殊ことに刀かたなが大好だいすきで、恐々おそる〳〵拔ぬきはなち、齒はを喰締くひしばり瞳ひとみを据すゑて、その冴さえた光ひかりを見詰みつめては感かんに打うたれることが多おほい。刀かたなは武士ぶしの魂たましひだとは父ちゝからも屢屢しば〴〵敎をしへられ、自分じぶんでもこの家傳かでんの寶刀ほうたうを見みる每ごとに、義ぎの爲ためには死しを厭いとはぬ、如何いかなる苦痛くつうをも忍しのぶ、辱はづかしめらるれば死しすなどの感かんじが、その明晃々めいくわう〳〵たる切尖きつさきから彼かれの膓はらわたに染しみ込こむやうであつた。性質せいしつは父ちゝとは餘程よほど違ちがつて疳かんが强つよく、母はゝの故鄉こきやう、彼かれの生地しやうちたる丸龜まるがめの尋常小學じんじようせうがくに學まなんだ頃ころも、試驗しけんの成績せいせきが他ひとに劣おとると口惜くやしくて夜よも眠ねむれぬといふ程ほどであつたが、東京とうきやうの學校がくかうへ通かよふことゝなつては、殊ことにこの考かんがへがひどい。その爲ために學課がくくわの復習ふくしふを勵はげむのみならず、身體からだの訓練くんれんをもつとめた。痩やせつぽちと嘲あざけられるのも無念むねんである、年嵩としかさの學生がくせいに腕うでづくで意地いぢめられるのもつらし、腕力わんりよくを養やしなひ筋肉きんにくも發逹はつたつさせねばならぬと、寒中かんちうシヤツ一枚まいで木刀ぼくたうを揮ふるつたこともある。力試ちからだめしだといつて二人ふたりの妹いもとを笊ざるに入いれて擔になひ、引ひつくりかへつて傷きづをつけたこともあ[Pg 20]る、母はゝからは惡戯いたづらが過すぎると叱しかられたが、彼かれには惡戯いたづらでも慰なぐさみでもないのだ。幼おさない心こゝろにも自分じぶんの脆弱ぜいじやくな體質たいしつが情なさけなく、行ゆく先々さき〴〵が案あんじられてゐたので、外目よそめには滑稽こつけいとも見みえる體格たいかく修養しうやうも、自分じぶんには最もつとも眞面目まじめな行爲かうゐであつたのだ。しかし生來しやうらいの體質たいしつは變かはりやうがない。それで度々たび〳〵母はゝに向むかつて、

「何故なぜ僕ぼくをこんな小ちつぽけな身體からだに生うみつけたんです」

と詰なじり、淚なみだをこぼしたことさへあつた。その癖くせ友逹ともだちの間あひだへ出でると、「痩やせてゝもおれは强つよいぞ」と力りきんで、喧嘩けんくわをしかけられて逃にげることはない。或日あるひも餓鬼大將がきだいしやうに嬲なぶられた時とき、ナイフで切きりつけて、相手あひてを驚おどろかしたこともある。

歲としを取とるに從したがつて、戶外遊戯こぐわいいうぎは止やめて、勉强部屋べんきやうべやに閉籠とぢこもり、課業外くわげふぐわいの雜書ざつしよをも渉獵あさるやうになり、最早もはや體質たいしつの苦勞くろうはしなくなつた。で、中學ちうがくから高等學校かうとうがくかうと順序じゆんじよを踏ふんで進すゝんだが、一家かの財政ざいせいからいふと、それだけでも容易よういではなく、とても大學だいがくを卒業そつげふする望のぞみはなかつた。しかるに健次けんじが他たの學生がくせいと對當たいたうの交際かうさいもして、別べつに見みすぼ[Pg 21]らしくもなく、文科ぶんくわの英文學えいぶんがくを終をへることの出來できたのは、一に桂田かつらだ文學博士ぶんがくはかせの助力じよりよくに依よるのだ。桂田家かつらだけと菅沼家すがぬまけとは昔むかしから緣故えんこの深ふかい上うへ、博士はかせが健次けんじの學才がくさいを認みとめたためである。

大學だいがく三年ねんの生活せいくわつ、健次けんじの頭腦あたまは非常ひじやうに變化へんくわを來きたした。元もと法科はふくわへ入はいりたい氣きもあつたのを、桂田かつらだとの關係かんけいから文科ぶんくわと定きまつたので、入學後にふがくごも心こゝろは迷まよふ。自分じぶんの素質そしつから云いつても學者がくしやで安やすんじてゐられさうぢやない。多量たれうの書物しよもつを讀よんで一生せうを終おはる、下くだらないぢやないか、それよりも政治家せいぢかにでも實業家じつげふかにでもなつて、自分じぶんの考かんがへが具體的ぐたいてきに目めの前まへに現あらはれるを見み、生いきた人間にんげん生いきた事件じけんの動搖どうえう起伏きふくに接せつする方はうが面白おもしろくはないかと思おもふこともあつたが、さりとて斷だんじて一を去さつて他たに就つ く氣きにもなれぬ。それに課業くわげふとして學まなぶ哲學てつがくの問題もんだい、外國ぐわいこくの詩歌しか小說せうせつ、新刊しんかんの雜誌ざつし雜著ざつちよ、皆みな過敏くわびんな神經しんけいを刺激しげきして、妄想もうそうは留とめ度どがない。制服せいふく制帽せいぼうを着つけ、博士はかせ夫人ふじん恩賜おんしの紅梅こうばいを散ちらした水色みづいろの風呂敷包ふろしきづゝみを抱いだき、兩手りやうてをポツケツトに入いれ、大學だいがくの裏門うらもんから上野うへのを拔ぬけて、[Pg 22]根岸ねぎしの古屋ふるやへ歸かへる間あひだ、彼かれは妄想もうそうの道みちを辿たどつてゐたのだ。單調たんてうの道みちには飽あいてしまつた。しかし彼かれは一度ども泣言なきごとを云いつたことはない。人生じんせいの寂寞せきばくとかを文章ぶんしよう にして雜誌ざつしへ寄稿きかうしたこともない。同窓どうそうの瞑想家めいそうかからは淺薄せんぱくと云いはれる程ほどあつて、飛花落葉ひくわらくえふに對たいして、深沈しめやかな感かんに耽ふけり、自然しぜんの默示もくしに打うたれるでもなく、友人いうじんにでも遇あへば、急きふに沈しづんだ心こゝろも浮立うきたつて快活くわいくわつに談笑だんせうし警句けいく百出しゆつ諧謔かいぎやく縱橫じうわう。クラスの集會しふくわいに缺席けつせきすると、「菅沼すがぬまはどうした」と、衆口しうこう一致ちして遺憾ゐかんの聲こゑを發はつする程ほどであつた。テニスもやる、玉突たまつきもやる、彼かれはクラスの快男子くわいだんしとして通とほつてゐた。そして二年目ねんめの試驗前しけんぜん、制服せいふくを囚衣しういの如ごとく感かんじ、引脫ひきぬいで自由じいうの身みとならんとしたが、博士はかせ夫妻ふさいの强硬きやうかうな反對はんたいに會あひ、その時ときは恩人おんじんに背そむく程ほどの勇氣いうきもなく、ぐづ〳〵で卒業そつげふまで我慢がまんしたものゝ、成績せいせきは圖拔づぬけてよくはなく、博士はかせ夫妻ふさいの期待きたいに背そむいた。彼かれの弱よはい身體からだは長年月ちやうねんげつの學校がくかう生活せいくわつに倦うみ疲つかれ、最早もはや席順せきじゆんの高下かうげを爭あらそふの根氣こんきもなく、虛榮心きよえいしんも失うせ、他たの連中れんぢうが卒業試驗そつげふしけんの準備じゆんびに夜よを徹てつしてる間まに、獨ひとり球戯場たまやにゲームを爭あらそひ、或あるひは[Pg 23]牛屋ぎうやの二階かいで女中ぢよちうに圍繞ゐぎようされてゐた。櫻木さくらぎに出入しつにふし始はじめたのも此頃このころからである。卒業後そつげふごは博士はかせの推薦すゐせんで、中學ちうがく敎師けうしとなつたが、これは三月みつきばかりで辭職じしよく、今日けふまで一年ねんあまり雜誌ざつし記者きしやを勤つとめてゐる。

(三)

大抵たいていの家いへは戶とを鎖とざし、暗闇くらやみの森閑しんかんとした道みちを、健次けんじは雜念ざつねんに煩わづらはされ、俯首うつむいてコツ〳〵辿たどつてゐる。彼かれは七歲で先祖せんぞ以來いらいのこの都みやこへ歸かへつてより二十七歲さいの今いままで殆ほとんど一日にちもこの道みちを踏ふまぬことなく、目めを瞶つぶつてゝも、路次ろじの隅々すみ〴〵まで間違まちがへる氣遣きづかひはない。

そしてこの界隈かいわいの見みる物もの聞きく物ものに飽あき〳〵してゐる。父ちゝは交番かうばんの角かどまで來くると肩かたの荷にが下おりるやうな氣きがすると云いふが、健次けんじは此處こゝまで歸かへると、足あしが澁しぶつて後あとへ引ひきかへしたくなる。彼かれは今いま織田おだに分わかれ、その長靴ながぐつの重おもい音ねの次第しだいに消きゆるを聞ききなが[Pg 24]ら、「阿片あへんを呑のみたい」を繰返くりかへした。他人たにんが味うまさうに吸すふのを見みて羨うらやましく、煙草たばこを吸すひ習ならつたが、自分じぶんには左程さほどの甘味うまみもない。阿片々々あへん〳〵〳〵、自分じぶんが内々ない〳〵求もとめてた者ものはあれだ、阿片あへんさへ吸すへばこの世よからなる極樂淨土ごくらくじやうどへ行いけるのだ。アルコールランプに點火てんくわし、長椅子ながいすに身みを埋うづめ、長ながい煙管きせるで匂にほひを呼よび、沈睡ちんすゐに陷おちいる支那人しなじんは、祖先そせんの詩人しじんが夢想むそうした無何有むかうの境さかひに遊あそんでゐるのだ。阿片あへんを嗅かぎに支那しなへ行ゆく。迦南かなんの樂土らくどは其處そこにありと思おもはれる。

敎師けうしの職しよくは蓄音器ちくおんきか鸚鵡あふむの役廻やくまはりだと感かんじて、否應いやおうなしに辭職じしよくし、もつと活氣くわつきのあり動うごきのある役やくをと志こゝろざし、現在げんざいの職しよくを求もとめたが、これも此頃このころは厭いやで〳〵溜たまらぬ。どうせ長ながくは續つゞきはしない。いつそ向むかうから不勉强ふべんきようの爲め免職めんしよくと來くると、新あらたなる地ちが開ひらけさうだが、當分たうぶんそんな運うんも向むひて來きさうでない。だから明日あすは桂田かつらだを訪たづねて「現代げんだいの思潮しちやう」とか何なんとかの問題もんだいで、的てきの字じづくめの談話だんわを筆記ひつきして來こなくちやならん。

[Pg 25]雨あめはしよぼ〳〵と飽あきもせずに降ふつてゐる。電燈でんとうの輝かゞやいてる或ある別邸べつていの犬いぬは今夜こんやも飽あきもせずに生命いのち限かぎり吠ほえ立たてゝゐる。

健次けんじは睡ねむい目めをして元氣げんきのない欠伸あくびをした。

先々月せん〳〵げつの初はじめ、殘暑ざんしよのまだ酷きびしい時分じぶん、西日にしびの當あたる桂田かつらだの書齋しよさいで、長々なが〴〵しい文學論ぶんがくろん、獨逸語どいつごやラテン語ご交まじりの味あじのない只たゞ六ケ敷しい議論ぎろんを筆記ひつきさせられ、浴衣ゆかたの着流きながしでありながら、汗あせに漬つかつて弱よはつたことがあつたが、その時とき下座敷したざしきから柔やはらかいピアノの音ねが洩もれ聞きこえ、博士はかせの頑固かたくなな言葉ことばを追おひのけては、健次けんじの耳みゝに忍しのび込こみ、膓はらわたまで盪とろかさうとした。そして彼かれの筆記ひつきはしどろもどろ﹅﹅﹅﹅﹅﹅に亂みだれ、聞違きゝちがへ書誤かきあやまりの夥おびたゞしかつたのを、そのまゝ雜誌ざつしに掲かゝげて博士はかせの怒いかりに觸ふれたが、あの時ときほど博士はかせが怖こわい顏かほして激はげしい言葉ことばを吐はいたことはない。で、後々のち〳〵までも健次けんじの耳みゝには、その音樂おんがくが染しみついて、踏飽ふみあいた道みちを步あゆんでる時ときなど、耳みゝの底そこでぴん〳〵鳴なり響ひゞいて、心こゝろに異樣ゐやうな感かんじが起おこる。

[Pg 26]ピアノの主ぬしの博士はかせ夫人ふじんも美うつくしい、櫻木さくらぎのお雪ゆきも美うつくしい、織田おだの妹いもとも醜みにくゝはない。紅葉こうえふや綠雨りよくうの小說せうせつの主人公しゆじんこうの如ごとく、女をんなが生命いのちの凡すべてなら、憧憬あこがれたり煩悶もだへたり若わかい盛さかりの今いま時分じぶん、さぞ戀こひに忙いそがしいことであらうが、

「しかし自分じぶんは箕浦みのうらぢやない」と、自分じぶんの胸むねに答こたへた。その聲こゑは他たを嘲あざけつた自尊心じそんしんから出でたのであらうが、絕望ぜつばうの調てうも交まじつてゐる。で、彼かれは煙草たばこを啣くはへ袂たもとからマツチ箱はこを取出とりだしたが、マツチは一本ほんもないので、舌打したうちして箱はこを投なげつけ、傘かさを持直もちなほしてさつさ﹅﹅﹅と步あるき出だした。目めの前まへには自分じぶんの家いへの軒燈がすとうが、今いまにも消きえさうに微かすかに光ひかつてゐる。

彼かれは雨あめにふやけた﹅﹅﹅潜戶くゞりどを兩手りやうてで開あけ、成なるべく音おとのせぬやうに敷石しきいしを傳つたひ、玄關げんくわんの隅すみへ傘かさを投なげ出だすと、母はゝは雨戶あまどを開あけて釣つりランプを差出さしだし、

「おや衣服きものがびしよ濡ぬれぢやないか、この冷ひえるのにそんなに濡ぬれちやつては身體からだに毒どくですよ」

[Pg 27]と、氣遣きづかはしさうに健次けんじを見詰みつめてゐる。

「今日けふは早はやく歸かへる筈はずでしたが、又また友人いうじんに誘さそはれて遲おそくなりました、明日あすは屹度きつと早はやく歸かへります」

と、言いはれぬ前まへに言譯いひわけしながら、足袋たびを脫ぬいで、爪先つまさきで臺所だいどころへ步あるいて行ゆき、足あしを濯そゝいだ後のち、そつと柄杓ひしやくから口くちうつしに冷水れいすゐを呑のんだ。臺所だいどころには盥たらひを据すゑ、柱はしらを傳つたはつた雨あめの雫しづくがぽたり〳〵落おちてゐる。

健次けんじは長火鉢ながひばちの前まへへ戾もどつて、着物きものを脫ぬいで母はゝの手てから搔卷かいまきを取とり、酒氣しゆきの名殘なごりで温あたゝかい肌はだへにふはりと纏まとひ、菊きくを染そめ出だした八ツ橋はしの略帶しごきを柔やはらかく締しめて胡座あぐらを搔かき、「皆みなもう寢ねたんですか」と、隣室となりの父ちゝの高鼾たかいびきを聞きいてゐる。

「あ、もう二時間じかんも前まへから寢ねてらあね、それにお父とつさんは風邪氣かぜけだといつてね、お夕飯ゆうはんが濟すむと直すぐにお休やすみさ」と母はゝは戶締とじまりをして火鉢ひばちの側わきに戾もどり、「お前まへ、織田おださんがお出いでだよ、何なにか用事ようじがおありのやうで、大分だいぶ待まつてゐなすつたがね」

[Pg 28]「いや、織田おだにや途中とちうで會あひました、親爺おやぢが病氣びやうきだとか云いつてた」

「さうだつてねえ、餘程よほどお惡わるいんだつてねえ」と眉まゆを顰ひそめ、「織田おださんも大抵たいていぢやあるまいよ、稼人かせぎてはあの方かた一人ひとりで、それで病人びやうにんなんか出來できてはね、……でも感心かんしんな人ひとさ、一生懸命しやうけんめいに働はたらいてゐなさる」

「何なに、あの男をとこは他人たにんが思おもふ程ほど苦くにしちやゐないさ、呑氣のんきな人間にんげんですもの」

「さうでもあるまいよ、厄介者やくかいものが多おほいんだから、浮うはの空そらぢやゐられないさ、お前まへだつて今いまの間うちはどんなにしてゝもよからうがね、もうそろ〳〵先々さき〴〵の事ことも考かんがへなければね、お父とつさんも口くちばかりは元氣げんきがよくても、何時いつまでもお役所やくしよ通がよひも出來できまいし織田おださんのやうにお前まへが家うちの心棒しんばうになつてお吳くれでなくちや」と、何なににつけてもお定きまりの御敎訓ごけうくんが始はじまりかけたので、

「ですがね、お母つかさん、織田おだの大木たいぼくなら心棒しんばうにでも大黑柱だいこくばしらにでもなるでせうが、私わたしのやうな痩やせつぽちぢやお役やくに立たちませんよ」と、健次けんじは如何いかにも無邪氣むじやきさうに笑わら[Pg 29]つた。母はゝも釣込つりこまれて靑あをい顏かほに笑わらひを浮うかべ、

「馬鹿ばかお云いひでない」と云いつたが、話はなしは甘うまく外それて、「そう云いへばねお前まへ、家うちの冑かぶとは大變たいへんいゝ物もので世間せけんに類るいが少すくないんだとさ、今日けふ古物こぶつ陳列會ちんれつくわいとかへ出だすとね、誰たれだか目めの利きく方かたが見みて、大變たいへん褒ほめてゐなすつたつて、だからお父とつさんも、あれ程ほど世間せけんへ出だすのを厭いやがつてた癖くせに、今日けふは歸かへるとその話はなしばかりして、大喜おほよろこびで被入いらつしやるんだよ、賣うつたらば大變たいへんなお金かねになるんだらうね、あんな薄汚うすきたない冑かぶとだけど」

「さうでせう、今いまは物好ものずきな人間にんげんが多おほいから、……買手かひてがあつたら早はやく賣うつたらいいでせう」

「でもね、お父とつさんは饑うえ死じにしても、先祖せんぞの寶たからだから人手ひとでにや渡わたさないつて、獨ひとりで力りきんでるんだから」

「まあお父とつさんはあれが生命いのちよりも大事だいじなんだからいゝさ」と、欠伸あくびをして、「今いまにお父とつさんの望のぞみが屆とゞいて、馬うまでも買かつたら、あの甲かぶとや鎧よろひを着きて刀かたなを差さして、この汚きたな[Pg 30]い家うちから手綱たづなを執とつて妖怪ばけもの退治たいぢにでも出でて行ゆくでせう、さうなるとお父とつさん萬歲ばんざいだが、何年なんねん先さきのことかなあ」

老母らうばは險けんのある目めで健次けんじを見みて、「お父とつさんやお前まへは何故なぜさう呑氣のんきなんだらう、私わたし一人ひとりにやきもき﹅﹅﹅﹅させといてさ」と、長煙管ながきせるをポンと邪慳じやけんに叩たゝくので、健次けんじは片膝かたひざ立たてて逃仕度にげじたくをし、

「呑氣のんきな者ものですか、お父とつさんは馬うまを買かひたくつて、腰辨當こしべんたうで齷齪あくせくしてるんだし、私わたしだつて、胸むねに苦勞くろうの絕たえたことはありやしない」と、眞面目まじめか戯言じやうだんか分わからぬ云いひやうをしたが、急きふに生眞面目きまじめになり、「一昨日おとつひの晚ばんにね、お母つかさん、私わたしは廣小路ひろこうじでお父とつさんに會あつたんですよ、向むかうでは氣きが付つかなかつたやうだが、私わたしが後あとから見みてると、あの蝙蝠傘かうもりがさを突ついて、馬丁べつとうと何なんだか話はなしをしてる。話はなしの筋すぢは分わからなかつたが、柳やなぎの木きに軍人ぐんじんの誰たれかの馬うまが繋つないであつて、お父とつさんがその馬うまから目めを離はなさずに見惚みとれてるんです。凡およそ十分間ぷんかんもして、お父とつさんは名殘惜なごろおしさうに振ふり返かへり〳〵して歸かへつて[Pg 31]行いつたが、私わたしはそれをぢつと見みてゝね、その時ときばかりはお父とつさんに早はやく馬うまを買かつて上あげたいと思おもひました」と云いつて、立上たちあがつた。

母はゝは呆あきれた風ふうで見上みあげて、「直すぐお寢やすみかい」

「いや少すこし勉强べんきやうしてから寢ねませう、明日あすは八時じに起おこして下ください」

と、書齋しよさいに入はいると、母はゝは追馳おつかけて來きて、マツチを擦すつて手てづからランプを點火とぼし、「お前まへ、二圓ゑんばかり持もつてゐないかい、千代ちよの月謝げつしやだの何なんだので、私わたしの手元てもとに大變たいへん不自由ふじゆうしてるから」

と、低ひくい聲こゑで歎願たんがんする。健次けんじは無言むごんで、蟇口がまぐちからぐちや〳〵の札ふだを手渡てわたしして机つくゑに向むかつた。

書齋しよさいは土藏どぞう側わきの八疊じやうの室ま、家中かちうで最もつとも醜みにくくない部屋へやだが、それでも疊たゝみは茶色ちやいろをして所々ところ〴〵擦すりむけ、壁かべには斑點しみが出來できてゐる。小形こがたの本箱ほんばこが二つ並ならんで、健次けんじが中學ちうがく時代じだいからの敎課書けうくわしよや愛讀書あいどくしよが、ぎつしり詰込つめこまれ、プルタークの英雄傳えいゆうでん樗牛ちよぎう全集ぜんしふ透谷とうこく[Pg 32]全集ぜんしふなどの背皮せがわの金字きんじが微かすかに見みえる、しかし此等これらの書物しよもつは微曇うすくもりの玻璃戶がらすどから引出ひきだされたことなく、机つくゑの上うへには新あたらしい經濟書けいざいしよが置おかれてゐる。

健次けんじは二三の郵便物いうびんぶつを手てに取とつたが、一つは箕浦みのうらからで、二三日中にちちうに會談くわいだんしたい、云いひたい事ことが山やまほどあると書かき、尙なほそれだけでは飽氣あつけないと見みえ、今月こんげつの諸雜誌しよざつしを讀よみ、何いづれも輕浮けいふなる文字もじの多おほきを悲かなしむ、我々われ〳〵は滔々たう〳〵たる弊風へいふうに感染かんせんせず、徒いたづらに虛名きよめいを求もとめずして眞面目まじめなる硏究けんきうを續つゞけたしと書かき添そえてある。又また一つは織田おだの妹いもとからの手紙てがみで、「秋あきの日ひ」だの「望のぞみの夜よ」だのゝ五六首しゆの歌うたを認したゝめて、雜誌ざつしへ出だして吳くれと切望せつぼうしてゐる。健次けんじは二つの手紙てがみを抽斗ひきだしへ入いれ、書物しよもつを擴ひろげて二三枚まい讀よんでゐたが、やがて投なげ出だして濃こい眉まゆをぴりゝとさせた。「箕浦みのうらの所謂いはゆる眞面目まじめなる硏究けんきうは五年前ねんぜんに過すぎ去さつたのだ」と、兩手りやうてで頭あたまを抱だいて目めを瞑つぶつた。すると歸宅きたくの途中とちうと同おなじい雜念ざつねんが湧わき上あがつて留とめ度どがない。天井てんじやうには鼠ねづみが暴あばれまはつて、時々とき〴〵チユツ〳〵と鳴聲なきごゑがする。一家か四人にんはすや〳〵と眠ねむつてゐるが、每夜まいよその寢息ねいきを聞きくぐら[Pg 33]ゐ彼かれに取とつて厭いやな氣きのすることはない。人中ひとなかへ出でてる時ときには心こゝろが動搖どうえうして紛まぎれてゐるが、獨ひとり默然もくねんと靜しづかな部屋へやに坐すはつてゐると、心こゝろが自分じぶんの一身しんの上うへに凝こり固かたまつて、その日常にちじやうの行爲かうゐの下くだらないこと、將來しやうらいの賴たのむに足たらぬこと、假面かめんを脫ぬいだ自己じこがまざ〳〵と浮うかび、終しまひには自分じぶんの肉體にくたいまでも醜みにくく淺間あさましく思おもはれて溜たまらなくなる。その時ときこんな下くだらない人間にんげんを手賴たよりにしてゐる家族かぞくの寢息ねいきが忍しのびやかに聞きこえると、急きふに憐あはれに心細こゝろぼそく、果はては萎しほれてしまう。

健次けんじは昨夜さくやと同おなじ考かんがへを經驗けいけんし、心細こゝろぼそくなつて萎しほれて、遂つひにぶつ倒たふれて、睡ねむる氣きではなくても自然しぜんに眠ねむつてしまう。

雨滴あまだれは同おなじ音おとを繰返くりかへし、鼠ねづみも倦うみもせずに騷さわいでゐる。

(四)

翌朝よくちやう目めの醒さめた頃ころは、目伏まぶしい日光につくわうがカツと照てり渡わたり、半身はんしんを蒲團ふとんの上うへに持上もちあげる[Pg 34]と頭あたまがぐら〳〵する。健次けんじは手てを伸のばして緣側えんがはの障子しやうじを開あけた。莖くきの細ほそい花はなの小ちいさい黃白くわうはくの野菊のぎくの間あひだに突立つツたつた物干竿ものほしざほには、シヤツや足袋たびがぶら下さがつて、水氣みづけが盛さかんに舞まひ上のぼつてゐる、父ちゝも妹いもとも出掛でかけたと見みえ、家内かないはひつそりして只たゞ母はゝの洗濯せんたくの音おとが聞きこえる。

健次けんじは勇いさましく跳はね起おきて、直樣すぐさま身仕度みじたくをし、獨ひとりで食事しよくじをしてゐると、母はゝは濡ぬれ手てを拭ぬぐひ〳〵茶ちやの間まへ入はいり、

「今日けふは直すぐに社しやへお出いでかい」

「いえ、一寸ちよつと桂田かつらだの家うちへ寄よつて行いきます」

「え、先生せんせいのお宅たくへ、ぢや先生せんせいにも奥樣おくさまにもよろしく云いつてお吳くれよ、ほんとに暫しばらく御無沙汰ごぶさたして申譯まをしわけがないんだが、變へんにお思おもひなさらぬやうにね、お前まへも先生せんせいや奥樣おくさまの御機嫌ごきげんを損そこねんやうに氣きをおつけよ、これまでだつてお世話せわにばかりなつたのだし、これからもどうせあの方かたにお手賴たより申まをさにやならんのだしね、だからお前まへ[Pg 35]麁相そさうの事ことを云いつちやならないよ」

と、柔やさしく幼兒おさなごにでも說聞とききかすやうに云いふ。

健次けんじは「えゝ」と氣きのない返事へんじをして茶漬ちやづけを搔かき込こみ、「ね、お母つかさん、私わたしは當分たうぶん社しやの近ちかくへ下宿げしくしたいと思おもひます、家うちからぢや社しやへ遠おほくつて、此頃このごろのやうに忙いそがしくちや、少すこし不便ふべんでもあるし、それに年内ねんないに著作かきものをしたいんです」と、平生ふだんよりも落付おちついて穩おだやかに云いふ。

「えツ、下宿げしくするつて」と、母はゝは襷たすきのまゝ、長火鉢ながひばちに寄よりかゝつたなり、健次けんじの顏かほを見みて驚おどろいてゐる。「だつてお前まへ。下宿げしくすりや物ものがかゝる計ばかりぢやないか」

「何なに、下宿料げしくれうなんか廉やすいものでさあ、それに私わたしに少すこし考かんがへがあるから、さう云いふことに定きめさせて下ください」

「まあお父とつさんに聞きいて御覽ごらんな、私わたしにやお前まへの云いふことが分わからないよ、學校がくかうへ通かよつてる時ときとは異ちがつて、もう一家かの主人しゆじんとなる身分みぶんでさ、家うちを出でて下宿げしくするて一體たいどう[Pg 36]したんでせう」と、向むきになつて責せめる。

「その代かはり暮くれにや少すこし金かねを造つくつて、妹いもとに春衣はるぎ位ぐらゐ買かつてやります」と、健次けんじは宥なだめるやうに云いつたが、母はゝは胕ふに落おちぬらしく、額ひたひに靑筋あをすぢを立たてゝ少すこし慳貪けんどんに、

「春衣はるぎどころぢやないよ、暮くれにはお前まへを當あてにしてるんだから、一人ひとりで浮々うき〳〵遊あそんでられちや困こまらあね、それに下宿げしくなんかして、無駄むだなお錢あしを使つかふつていふ方はうがあるもんぢやない、まあお父とつさんを御覽ごらんなさい、今朝けさも加減かげんが惡わるいのに早はやくから出でて被入いらつしやつたのに、お前まへは每日まいにち々々〳〵お酒さけを呑のんぢや遲おそく歸かへるしさ、三十近ちかくもなつて、何故なぜかう考かんがへがないんだらう」と、鐵瓶てつびんをこすり〳〵、目めに皺しはを寄よせてゐる。

「私わたしだつて考かんがへてるさ」と、健次けんじは小聲こごゑで云いつて、母はゝを相手あひてに理窟りくつを云いふ氣きもなかつたが、自分じぶんに似にてると云いはれる母はゝの顏かほの、年齡としよりも老ふけて、淋さびしく沈しづんだ間うちに、神經しんけいの銳するどく動うごくを見みて、何なんとなく氣きの毒どくになり、

「ですがねお母つかさん、私わたしは家うちへ歸かへると氣きが滅入めいつて仕方しかたがないんです、一時間じかんもぢ[Pg 37]つとして書物しよもつを見みちやゐられんのです、何なんだかかう穴あなの中なかへでも入はいつてるやうで、氣きが落付おちつかなくなるし、黴臭かびくさい臭にほひがして息いきがつまります、お父とつさんは住すみ馴なれてるから、此家ここが一番ばんいゝと云いふんだけど、私わたしにや一日にち居をりや一日にち壽命じゆめうが縮ちゞまる氣きがする。去年きよねんまではさうでもなかつたが、此頃このごろは殊ことにひどいんです、だから下宿げしくでもしたら、少すこしは氣分きぶんが直なほるかと思おもつて、昨夜ゆうべ獨ひとりで定きめたんです」と、健次けんじは今いまも鬱陶うつたうしい毒氣どくきが壁かべの隅すみから噴ふき出でて、自分じぶんを壓迫あつぱくする如ごとく感かんじた。

「それがお前まへの我儘わがまゝだよ」と、一口ひとくちにはね付つけて、「家うちが汚きたなくつて厭いやなら厭いやで、お前まへが自分じぶんで修繕しうぜんでもする氣きにならなくちや」

「だつてこんな家いへを手入ていれしたつて駄目だめさ、しかしお父とつさんが好すきなんだから仕方しかたがない、私わたしだけ何處どこかへ逃にげ出だすんさ」

と、健次けんじは母はゝに何なにを云いつても無駄むだだ、自分じぶんで無言むごん實行じつこうすればよいと思おもつて口くちを噤つぐみ、母はゝが何なにか云いひかけるのを冷ひやゝかに見みて、新聞しんぶんをポツケツトに捻込ねじこみ、中折なかをれを被かぶつて急いそ[Pg 38]いで戶外そとへ出でた。ステツキを小脇こわきに挿はさみ、新聞しんぶんを出だして、「模範的もはんてき學生がくせい」や「醜業婦しふげふふ」の記事きじ、經濟論けいざいろんから運動界うんどうかいの消息せうそくまで、何物なにものをか捜さがし求もとむる如ごとく、殘のこる隈くまなく目めを通とほし、漸やうやく讀よみ終をはつた時分じぶん、彼かれは千駄木だぎの桂田家かつらだけの玄關げんかんに立たつてゐた。

 (五)

博士はかせはフロツクコートを着きて椅子いすに腰掛こしかけ、新着しんちやくの外國ぐわいこく雜誌ざつしを讀よんでゐたが健次けんじを見みると、

「さあ掛かけ玉たまへ、今日けふは筆記ひつきに來きたのかね、約束やくそくをして置おいたんだが、急きふに用事ようじが出來できてね、これから文部省もんぶしやうへ行いかにやならんから、又また明日あすか明後日あさつてに來きて吳くれ玉たまへ、しかしまだ少すこし間まがあるから、まあ腰こしをお掛かけ、今いまもこの雜誌ざつしを讀よんでゝね、西洋あちらの學者がくしやの硏究心けんきうしんに感服かんぷくしてたんだ」と鈍にぶい目めを向むけた。

「さうでせうね、どうしても西洋あちらの學者がくしやは違ちがつてるでせう」と、健次けんじは相槌あひづちを打うつ[Pg 39]て、來くる度たびに嵩張かさばつてる書棚しよだなを顧かへりみた。

「どうです、此頃このごろは何なにを硏究けんきうしてるかね」と、博士はかせはお定きままりの問とひを發はつする。

「何なにもやつちやゐません」

「そりやいかん、社しやの方はうも怠なまけるといふぢやないか、それについて君きみに忠吿ちうこくしやうと思おもつてたんだが、實じつは先日せんじつ編輯長へんしうちやうが來きてね、君きみが此頃このごろは怠なまけて困こまるといふ話はなしだ、一體たい私わたしは靑年せいねんが新聞しんぶんや雜誌ざつしに關係かんけいすることは初はじめから好このまないから、君きみにも懇々こん〳〵注意ちういしたので、矢張やはり眞面目まじめに敎育けういく事業じげふに從事じうじするやうに望のぞんだんだが、君きみが是非ぜひやりたいつて、矢やも楯たても溜たまらん有樣ありさまだから紹介せうかいはしたけれど、竊ひそかに氣きづかつてた、雜誌ざつし記者きしやなんか私立しりつ學校がくかう出での者もの位くらゐが適任てきにんで、君きみなどは不適任ふてきにんなんだからね、しかし編輯長へんしうちやうの話はなしによると、初はじめの間うちは大變たいへん熱心ねつしんに働はたらいて隨分ずゐぶん役やくに立たつといふから、多少たせう安心あんしんもした譯わけだが、さう早はやく厭いやになつちや困こまるね」

「そりや初はじめの間うちは珍めづらしくつて譯わけもなく面白おもしろいから、氣乗きのりがして働はたらけるんです、[Pg 40]知しらん人ひとと懇意こんいになつたり、有名いうめいな博士はかせなんかに會あふのを悅うれしがつたんですけど、今いまぢやもう好奇心こうきしんがなくなりました、戀こひ女房によぼうだつて一年ねんも添そつてりや鼻はなにつきますからね」

「君きみは年々ねん〳〵眞面目まじめでなくなる、學校がくかう時代じだいとは人間にんげんが違ちがつてしまつた」と、博士はかせは締しまりのない顏かほを顰しかめ、小ちいさい耳朶みゝたぼを搔かきながら、「君きみに比くらべると箕浦みのうらは感心かんしんだ、以前いぜんは遲鈍ちどんな男をとこだと思おもつてたが、此頃このごろは忠實ちうじつに勉强べんきやうしてる、度々たび〳〵私わたしの所ところへ質問しつもんを持もつて來くるが、中々なか〳〵硏究心けんきうしんに富とんでる」

「さうでせう、箕浦みのうら君くんには僕ぼくも感心かんしんしてます。あの人ひとは書物しよもつを積つみ重かさねりや天國てんごくへ屆とゞくと思おもつて、迷まよはないで書物しよもつの塔たうを築きづいてるんですからね、しかし私わたしには紙かみの踏臺ふみだいは險呑けんのんでなりません」と、健次けんじは唇くちびるのあたりに微笑びせうを湛たゝへ、パツチリした澄すんだ目めには、博士はかせの胸むねの底そこの紙魚しみの跡あとまで映うつつてゐる。

博士はかせはます〳〵苦にがい顏かほをして、「どうも君きみは眞面目まじめでない、今いまから讀書どくしよを卑いやしむやう[Pg 41]ぢや、人間にんげんは發逹はつたつの見込みこみがないと斷言だんげん出來できる、これから國家こくかに盡つくさうといふ靑年せいねんが、こんな浮薄ふはくな根性こんじやうを持もつてゝどうします、碌ろくに讀書どくしよもせんで書物しよもつを輕かろんじたり、人間にんげんの義務ぎむを滿足まんぞくに盡つくしもしないで、世よの中なかを攻擊こうげきしたり、大間違おほまちがひの話はなしぢやないか、しかしこれも今いまの雜誌ざつしや文學ぶんがくが作つくつた惡結果あくけつくわの一つだらう。どうも輕佻けいちようだ、浮薄ふはくだ。過渡期くわときには免まぬかれんことだが、武士道ぶしだうの精神せいしんも衰おとろへるし、新しん倫理りんり觀くわんが靑年せいねんの間あひだに缺乏けつぼうしてゐるから、こんな歎なげかはしい現象げんしやうが起おこる。して見みると私わたしなども進すゝんで積極的せききよくてきに救濟策きうさいさくを講かうぜねばなるまい、元來ぐわんらい通俗的つうぞくてきの片々へん〳〵たる議論ぎろんを世間せけんに發表はつぺうすることは好このましからんので、成なるべくは精力せいりよくを自分じぶんの事業じげふに集中しふちうして、自分じぶんの新哲學しんてつがくを組織そしきしたいのであるが、今いまの靑年せいねんの通弊つうへいを見みると、どうも社會しやくわいの爲ため國家こくかの爲ために默々もく〳〵に附ふしてゐられん、私わたしも當面たうめんの問題もんだいについて飽あくまで意見いけんを發表はつぺうしなければなるまい」と、演說調えんぜつてうで云いつた、それが如何いかにも眞面目まじめで心底しんそこから憂世ゆうせいの情じやうが溢あふれてゐるので、健次けんじは氣きの毒どくになり、

[Pg 42]「ぢや私わたしの雜誌ざつしへも、そのお考かんがへを書かいて頂いたゞけますまいか、私共わたしどもは人生じんせいの經驗けいけんにも乏とぼしいんですから、先生方せんせいがたの御意見ごいけんを伺うかゞふと非常ひじやうに爲ためになります」と、穩おだやかに殊勝しうしよらしく云いふと、博士はかせは顏かほを軟やはらげて頻しきりに首肯うなづき、

「つまり何なにさ、君きみなどはまだ〳〵讀書どくしよが足たらんし世間せけんで苦勞くろうをしないから、空論くうろんに迷まよはされるんさ」と時計とけいを見みて、「ぢや二三日中にちちうに筆記ひつきに來きて下ください、少すこし纏まとまつた考かんがへを述のべやう、それには私わたしが十年ねん程ほど前まへに書かいた「東西とうざい倫理りんり思潮しちよう」を參考さんかうにするから、君きみも一應おう目めを通とほして貰もらひたい、多少たせう今いまとは考かんがへが違ちがはんでもないが、大體だいたいはあれでいい」

と、ひよつくり立たつて書架しよかを捜さがし出だした。博士はかせは漸やうやく四十を過すぎたばかり、敎授けうじゆの中なかでも幅はゞの利きく方はうではなけれど、有名いうめいな讀書家どくしよかで、語學ごがくは英獨佛えいどくふつに熟逹じくたつしてゐる。一生しやう學問がくもんしに生うまれて來きた人ひとといふべく、遊戯ゆうぎと云いへば五目もく並ならべすら知しらぬ。眼めの艶氣つやけがなく力ちからもなく、ドンヨリしてゐるのは、多年たねんの讀書どくしよに疲勞ひろうした結果けつくわかとも思おもは[Pg 43]れる程ほどで、卒業後そつげふごも地位ちゐを爭あらそはず榮華えいぐわを望のぞまず、親讓おやゆづりの可成かなりの財產ざいさんあれば生活せいくわつの上うへに憂うれひはなく、只たゞ書籍しよせきの中なかに身みを埋うづめ、結婚けつこんも三十五六の時とき、親戚しんせきの强固きようこなる勸吿かんこくで漸やうやく决行けつかうした位くらゐ。日常にちじやう自分じぶんの學問がくもんで凡すべての社會しやくわいを指導しだうし得うらると確信かくしんし、靑年せいねんにも親切しんせつである温和をんわな良紳士りやうしんしだ。

健次けんじは今いま書架しよかの前まへに立たつた、胴どうの長ながく足あしの短みぢかい博士はかせの後姿うしろすがたを見みて、その十年ねん一日じつの如ごとく迷まよふことなく書物しよもつに耽溺たんできする一生しやうを羨うらやましく又また不思議ふしぎに思おもつてゐると、博士はかせは厚あつさ一寸すん程ほどの假綴かりとぢの四六版ばんを引出ひきだして、指先ゆびさきで表紙へうしの埃ちりを彈はじきながら机つくゑの上うへに置おき、

「この中なかの要點えうてんは一々原書げんしよから直接ちよくせつに引照いんせうしたのだから、自分じぶんでも確たしかだと信しんじてる、兎とに角かく一應おう讀よんで下ください、君きみも必かならず益えきする所ところがあるに違ちがひない」と、所々ところ〳〵開あけては二三行ぎやう小聲こゞゑで讀よみ、頻しきりに首肯うなづいてゐる。

かくて博士はかせは十年前ねんぜんの己おのれを回顧くわいこし、健次けんじは博士はかせの舊著きうちよを無理强むりじいに讀よまされる苦[Pg 44]痛くつうを豫想よさうして、暫しばらく無言むごんでゐる。錆さびた日光につくわうはカーテンの間あひだから洩もれて、靑あをい机つくゑの上うへに細ほそく一線せんを劃かくしてゐる。昨日きのふに變かわつてポカ〳〵と温あたゝかく、健次けんじは締しめ切きつた居間ゐまに息いきの詰つまるやうに感かんじた。

「貴下あなた、まだお出掛でかけになりませんの」と、妻君さいくんが不意ふいに戶とを開あけて、半身はんしんを現あらはしたので、博士はかせは漸やうやく氣きがつき、「ぢや二三日にち内ないに」と、健次けんじに云棄いひすてゝ、手袋てぶくろを握にぎつたまゝ階下したへ下おりた。

 (六)

健次けんじは妻君さいくんに添そうて博士はかせを玄關げんかんに見送みおくり、その車くるまの後あとから自分じぶんも歸かへらうとしたが、强しいて引留ひきとめられて元もとの書齋しよさいへ舞戾まひもどり、母はゝの傳言でんごんを慇懃いんぎんに述のべた。

妻君さいくんは眉まゆを顰ひそめ袖そでを動うごかして、「まあ、ひどい煙けむだこと」と、カーテンを手繰たぐつて窓まどを開あけた。烟けむりは渦うづを卷まいて風かぜのない空そらへ流ながれて出でる、

[Pg 45]「で、奧おくさん何なにか御用ごようですか」と、健次けんじは浮腰うきごしになつて問とふた。

「別べつに用事ようじといふ程ほどでもないんだけど、一寸ちよつとお話はなしたいと思おもつて、貴下あなたお急いそぎなの」と、上目葢うはまぶたを上あげて健次けんじを見みた。

「えゝ、もう社しやへ行いかなければ」と、力ちからなく云いつて、見みるともなく妻君さいくんの油氣あぶらけもない頭あたまの髮かみから、爪先つまさきの汚よごれた足袋たびまで見下みおろした。洗あらひさらしの地味ぢみな銘仙めいせんか何なにかを着きて、只ただ菊きく模樣もやうの襦袢じゆばんの襟えりに艶つやがあるばかり、健次けんじは蓆むしろで包つゝんだ美人像びじんぞうを連想れんさうした。

「では、何時いつかの西洋せいやう小說せうせつの續つゞきは聞きかして預いただけんのですね、私わたしあの女をんなの行衞ゆくゑが聞ききたくてならないんだけど」

「いや、もうあんな馬鹿ばか々々〳〵しい話はなしをする氣きにやなりません、女をんなは虎烈剌これらか何なにかで死しんぢまつたとしとけば、それで直すぐ結果けつくわが付ついてしまうんです」

「それぢや酷ひどいわ、あんなに苦勞くろうしちやつて、これからと云いふ所ところで死しんぢまつては、……あの續つゞきは屹度きつと面白おもしろいに違ちがひない」

[Pg 46]「そりや小說家せうせつかが有ありつ丈たけの拵こしらえ事ごとを書かき並ならべて長ながくするから、矢鱈やたらに面倒めんだうになるんですが、世よの中なかの事ことはさう誂あつらへ向むきに出來できてやしないでせう、假かりに女をんなと男をとこと日比谷ひびや公園こうゑんで出會であはうと約束やくそくしてゝも、その晚ばん女をんなが電車でんしやに轢ひかれて死しぬるか、男をとこがペストに罹かゝるか分わかつたもんぢやない」

と、投なげつけるやうに云いつてハツ〳〵と笑わらふ。妻君さいくんは頭あたまを簪かんざしで搔かきながら淋さびしく笑わらふ。

「貴下あなたは何故なぜそんなに暢氣のんきなんだらう。私わたしはね、堪たまらない程ほど哀あはれな小說せうせつか芝居しばゐが見みたくつてならないんですが、西洋せいやうにはそんな小說せうせつはないんでせうかねえ」

「そりや幾いくらもあるでせう、先生せんせいは日本にほんの小說せうせつはお嫌きらひだが、西洋せいやうの者ものはお讀よみのやうだから、聞きかせてお貰もらひなすつたらいゝでせう」

「だけど先生せんせいに話はなして頂いたゞくと、ちつとも面白おもしろくないんですわ、悲かなしいことでも凄すごいことでも、御當人ごたうにんがちつともお感かんじなさらんのだもの」

[Pg 47]「そんな事ことを感かんじてた日ひにや大學者だいがくしやにやなれんでせう」

健次けんじは椅子ゐすを離はなれて窓側まどわきへ寄よりかゝり、冴さえ〳〵した空氣くうきに觸ふれ、窓前そうぜんの靑桐あをぎりの葉はの黃きばんで中なかにはもうぼろ〳〵﹅﹅﹅﹅に朽くちかゝつてるのを見みて、暫しばらく默だまつてゐたが、

「奧おくさん、もう葉はが枯かれて來きましたね、この前まへ伺うかゞつた時ときにや、まだ靑々あを〳〵してたのに」と何なにをか感かんじた風ふうで向むき直なほつて、「秋あきになつたせいか、この書齋しよさいも寂しんとして靜しづかですね、此處こゝで先生せんせいは何なににも不滿ふまんを抱いだかないで、一心しんに不朽ふきうの事業じげふをして居をられるんだ、葉はが枯かれても落おちても、そんな事ことにやお構かまひなしで、本ほんばかり見みて被入いらつしやる。僕等ぼくらも矢張やはり先生せんせいの後あとを追おつて、當あてにならん不朽ふきうの事業じげふでも企くわだてるのが本當ほんたうなんですね」

「そりや私わたしにや分わからないけど、男をとこと生うまれたら誰たれだつて世間せけんに尊敬そんけいされる身分みぶんにならなきや虛言うそなんでせう、貴下あなたは一度いちども將來しやうらいの事ことをお話はなしなさらんから分わからないけど、全體ぜんたいどうなさるの、今日けふはそれを聞ききたいのよ」

[Pg 48]「聞きいてどうなさるんです」

「少すこし私わたしに考かんがへがあつて」と、目めに媚こびを呈ていした。

「將來しやうらいのことつて何なにも纏まとまつた考かんがへはありません、只たゞ今日けふ社しやへ行いつて織田おだの拙まづい原稿げんかうを賣付うりつけやうと思おもつてるばかりで、跡あとは何なにが何なにやら眞暗闇まつくらやみです」

「織田おださんといへば、あの方かたもお困こまりのやうねえ、二三日前にちまへにも、もつとお金かねの取とれる仕事しごとはないかつて賴たのみに入いらしつたが、全まつたくお困こまりのやうね、だから先生せんせいも大變たいへん同情どうじやうなすつて、是非ぜひ相當さうたうな職しよくを見みつけてやりたいと云いつて被入いらつしやる。同おなじ樣やうに學校がくかうを卒業そつげふなすつても、貴下あなたと織田おださんとは丸まるで反對はんたいぢやありませんか、顏かほつきを見みてもお話はなしを聞きいてゝも分わかりますわ、織田おださんは何故なぜあゝ元氣げんきがないんでせう、全まつたくいた〳〵しいわ」

「しかしね、奧おくさん、織田おだは貴女あなた方がたが思おもつて居ゐらつしやる程ほどくよ〳〵してやしませんよ、あの男をとこは自身じしんの書かいたものは一度どだつて拙まづいと思おもつたことはないんです……[Pg 49]で、私わたしの將來しやうらいを聞きいてどうなさるんです」

「私わたし此頃このごろ氣きがくさ〳〵しちやて、色いろんな事ことが考かんがへられるのよ、……何なにしろこんな小人數こにんずうの家うちに用事ようじもなくつてぢつ﹅﹅としてるんだから、氣きが滅入めいつちまう筈はずでさあね、でね、色いろんなことを考かんがへてね、つまり貴下あなたを立派りつぱにして見みたくなつたの、私わたしにや子供こどもはなし、また此これからも出來できつこはないでせう、だから私わたしは歲としを取とつて、何なにも樂たのしみがないやうな氣きがしてならんから、貴下あなたを自分じぶんの子こと思おもつて、世よの中なかへ立派りつぱな人間にんげんとして働はたらかせて見みたくなつたの」

「立派りつぱな人間にんげんてどうするんです」

「そりや一口ひとくちにや云いへないけど、洋行やうかうして大學者だいがくしやになるとか、大發明だいはつめいをするとか、そりや貴下あなたの腕うで次第しだいで、男をとこは何なんでも出來できるぢやありませんか、お金かねのことなら、私わたしがどうにでもするから、家うちのことは心配しんぱいしないで、目的もくてきを立たてゝ一心しんに勉强べんきやうする氣きにお成なりなさいな」

[Pg 50]「ですが此迄これまでお世話せわになつたのに、此上このうへ御厄介ごやつかいになつちや濟すみませんもの、それに先生せんせいだつて御承知ごしやうちなさらないでせう」

「いゝえ、先生せんせいには私わたしから甘うまく云いへば大丈夫だいじやうぶ、只たゞ貴下あなたが先生せんせいの前まへで眞面目まじめな口くちさへ利きいてゐれば、それで澤山たくさんなのよ」と、妻君さいくんは右みぎの手てを机つくゑに置おき、左ひだりの手てで袖口そでくちを抓つまんで、側わきの椅子いすに腰こしを掛かけてる健次けんじの顏かほを覘のぞくやうにして云いふ。健次けんじは妻君さいくんがその品ひんのある顏かほに巧たくみに彫ほり込こんである長ながい睫毛まつげ、黑くろい瞳ひとみ、靑あをくぼかした白目しろめに艶つやを含ふくんで自分じぶんを見みるを見馴みなれてゐる。

「貴女あなたは何故なぜそんなことを思おもひついたんです」

「だつて私わたしは女をんなだから、自分じぶんで世間せけんへ出でて働はたらきも何なにも出來できやしないでせう。せめて男をとこの子こが一人ひとりあれば、私わたしの手てで理想的りさうてきに育そだて上あげれば面白おもしろいでせうけれどね」

「ぢや貴女あなたは子供こどもが欲ほしいんですか」

「えゝ、そりや欲ほしいわ、初はじめの間うちは子供こどもなんか、さぞ五月蠅うるさからうと思おもつてたけ[Pg 51]ど、今いまぢや欲ほしくつてなりませんわ、音樂おんがくを習ならつたり、いろんな事ことをして來きたけれど、矢張やはり駄目だめね、此頃このごろは何なにつてことはない、厭いやあになるんですよ、子供こどもでもなくちや、一生しやうはどんなに淋さびしいでせう」

「貴女あなたも淋さびしいんですか」と、不思議ふしぎさうに見みて、「僅わづかな壽命じゆみやうだけれど、人間にんげんは何なにかで誤魔化ごまかされなくちや日ひが送おくれないんですね、酒さけで誤魔化ごまかしたり戀こひで誤魔化ごまかしたり書物しよもつで誤魔化ごまかしたり、子供こどもに奇麗きれいな着物きものを着きせて飛とんだり跳はねたりさせて慰なぐさみにしなけりや、人間にんげんは每日まいにち泣面なきつらをしてゐなくちやならん、私わたしの母はゝだつて私わたしを玩具おもちやにしてるんです、貴女あなただつて玩具おもちやが要いるんでせう」

「だつて貴下あなた、自分じぶんの子こを充分じうぶんに敎育けういくして、思おもふやうに立派りつぱな人間にんげんに仕立したてれば、どんなに樂たのしみでせう」

「しかし貴女あなたにや子供こどもは出來できんから、私わたしを子供こども代がはりにしやうと云いふのですか、急きふに老人としよりになつたんですね」

[Pg 52]「私わたしも老込おいこんだでせう」と、神經しんけいがピリヽと動うごいた。もう藻搔もがいても匐はひ上あがることの出來できぬ谷たにに落おちた氣きがした。

健次けんじが家族かぞくの如ごとく屢々しば〴〵出入しゆつにふし初はじめたのは四五年ねんの昔むかしだが、その頃ころは寶石ほうせき入いりの指環ゆびわを光ひからせ、博士はかせの妻君さいくん仲間なかまでは珍めづらしくはしやい﹅﹅﹅﹅で、來くる人々ひと〴〵を攫つかまへては、音樂おんがくの話はなしや小說せうせつの話はなしに夢中むちうになり、健次けんじなどが小說せうせつの話はなしから戀こひの話はなしに移うつり、こそ〳〵と無遠慮むゑんりよに女をんなの品定しなさだめなどをすると、「いやね菅沼すがぬまさん」と云いつて眉まゆを顰ひそめながらも、心こゝろでは悅うれしがつて、顏かほ一杯ぱいに艶々つや〳〵しい色いろが漂たゞよふ。健次けんじは何時いつもこの快活くわいくわつな美人びじんが敎授けうじゆの妻君さいくんたるがために、花々はな〴〵しく交際こうさい社會しやくわいへ出でる機會きくわいのないのを遺憾ゐかんとしてゐた。で、妻君さいくんは暇ひまな身體からだだから年中ねんぢう飾裝おめかしをして、狹せまい社交しやこうの範圍内はんゐないでは羽振はぶりを利きかせて、園遊會ゑんゆうくわいなどに招待せうたいされると、主人しゆじんを催うながして出掛でかけぬことはなく、新婚しんこん當時たうじは夏冬なつふゆの休暇きうかに必かならず温泉おんせんか海濱かいひんへ旅行りよこうしたが、そんな時ときには自分じぶんで服裝ふくそうを凝こらすのみならず、博士はかせの髮かみの苅かり振ぶりから手袋てぶくろの色合いろあひまで八釜やかましく干渉かんせうする。汽車きしやも一等とうでなくて[Pg 53]は承知しやうちしなかつたものだが、この一二年ねん以來いらいはその態度たいどが急きふに變かはつて、頭髮あたまも丸髷まるまげに結いつたかと思おもふと、手てづくねの束たばね髮がみで平氣へいきでゐたり、古代こだい模樣もやうの品ひんのいゝ丸帶まるおびを締しめてたかと思おもふと、唐縮緬とうちりめんの艶つやのない腹合帶はらあはせおびに代かへたり、家うちにゐてもこつてり白粉おしろいをつけてるかと思おもふと、戶外そとへ出でる時ときでも素面すめんで氣きにもしないことがある。

そして妻君さいくんには寵兒ちやうぢが一人ひとり缺かくべからざる者ものになつてゐて、健次けんじの目めにはそれが誰たれであるかよく分わかつてゐる。博士はかせの殊ことに親したしくしてゐる四五人にんの學生がくせいは、常つねにその家いへへ出入でいりし、妻君さいくんの發起ほつきで晩餐ばんさんに招まねかれることもあるが、その中なかで殊ことに妻君さいくんの寵てうを辱かたじけなふする者ものが一人ひとりある。それが箕浦みのうらであることもあれば、健次けんじ自身じしんであることもある。で、その寵兒ちやうぢとなると、芝居しばゐのお伴ともも仰あふせ付つかる、矢鱈やたらに物ものを吳くれたがる。一寸ちよつと訪問はうもんしても、側わきを離はなさないで、頻しきりに話はなしをしかける。

健次けんじは差さし込こむ日光につくわうを遮さけて椅子いすを後うしろへうつし、兩手りやうてで頭あたまをかゝへ、少すこし身みを反そらせて欠伸あくびをして、

[Pg 54]「奧おくさん、それ程ほど靑年せいねんがお好すきなら、箕浦みのうらでも保護ほごして洋行やうこうでもさせておやんなすつたらいゝでせう、あの男をとこには先生せんせいも望のぞみを囑ぞくして居ゐらつしやるんだから、丁度ちやうど適任てきにんぢやありませんか」

「ぢや貴下あなたは何どうもする氣きはないの、何故なぜさう意氣地いくぢがなくなつたのです、この春はるお母つかさんがお出いでなすつた時ときも、此頃このごろは醉よつぱらつて歸かへつて仕方しかたがないつて心配しんぱいして居ゐらつしやつたが、どうしてそんなにおなりなすつたの、今日けふも大層たいそう元氣げんきがないぢやありませんか」

「急きふに眠ねむくつて仕方しかたがないんです」と、又また欠伸あくびをして、「それに今朝けさから、母はゝと先生せんせいとそれから貴女あなたとに小言こごとばかり云いはれて、意氣いき銷沈せうちんした所ところです、結婚けつこんしろ、眞面目まじめになれ、勉强べんきやうせいと此頃このごろお題目だいもくのやうに私わたしの四方はうに聞きこえるんでうんざり﹅﹅﹅﹅してゐます、だから私わたしは下宿屋げしゆくやへ逃にげつちまうつもりです、もう此家こちらへも滅多めつたにお伺うかゞひしません」

と、健次けんじは立上たちあがつて、風呂敷包ふろしきづゝみを持もつたまゝ室内しつないを行戾ゆきもどりした。

[Pg 55]「家うちへ來こないつて、何なにか外ほかにいゝ事ことが出來できたのですか」

「さうでもないけれど、もう此迄これまでの友人ゆうじんや長ながく交際つきあつてる人ひとにはあき〳〵しました、これから新奇しんきに事ことを始はじめなくちや自分じぶんの身みが腐くさつてしまひます」

「だから私わたしが云いつてる通とほり、新奇しんきに何なにか目醒めざましい仕事しごとをお始はじめなさいな、男をとこなら何なんでも出來できるぢやありませんか、御自分ごじぶんの名なを世間せけんに歌うたはせようと、人ひとの上うへに立たつて自分じぶんの威光ゐくわうを見みせようと、男をとこにや世間せけんが廣ひろいぢやありませんか」

「それで貴女あなたは私わたしが苦くるしんで仕事しごとをして、世間せけんに知しられるのを御自分ごじぶんの慰なぐさみにしやうといふんですか」

「そりや樂たのしみでさあね、これまで家うちの者もののやうにしてるんだし、私わたしは貴下あなたが好すきでならないんですもの」と口元くちもとに力ちからを入いれて幼兒えうじを綾あやすやうに云いつた。

健次けんじは長椅子ながいすに身みを埋うづめ、微笑びせうして「僕ぼくはね奧おくさん、誰たれにも好すかれたくも同情どうじやうされたくもないんです、貴女あなたがいくら同情どうじやうして下くだすつたつて、私わたしと貴女あなたとは霞かすみを隔へだて[Pg 56]てお話はなしするんです、現在げんざいの親おやだつて自分じぶんの子こを解かいし得えないで、勝手かつてに自分じぶんの頭あたまで拵こしらへ上あげて喜よろこんだり悲かなしんだりしてる、つまり人間にんげんは自分じぶん一人ひとりだ、自分じぶんと他人たにんとの間あひだには越こえることの出來できん深ふかい溝渠みぞが橫よこたはつてるんです、箕浦みのうらだつて織田おだだつて、要えうするに私わたしからは赤あかの他人たにんで、互たがひに本性ほんせうを包つゝんで交際つきあつてるんです」

「貴下あなた、今日けふは、どうかなすつたの、いやに理窟りくつばかり云いつて。……ですけど人ひとの本性ほんしやうが分わからなけりや分わからないで、それでいゝぢやありませんか、好すかれたら好すかれたで、それ以上いじやう穿鑿せんさくするにや及およばないわ」

と、今日けふは常つねの如ごとく無駄むだ話はなしに笑わらひ興けうずることもなく、二人ふたりで默だまつて相手あひてを見みてゐたが、書生しよせいが戶とを開あけて、「箕浦みのうらさんがお出いでになつた」と知しらせたので、健次けんじは急きふに妻君さいくんに挨拶あいさつして、歸かへりかけた。

「貴下あなた、下宿屋げしゆくやへ何時いつお移うつりなさるの」と妻君さいくんは階子段はしごだんで尋たづねた。

「まだ分わかりません」

[Pg 57]「私わたくし遊あそびに行いきますよ」

(七)

社しやの階子段はしごだんは社員しやゐんの多年たねんの足あしの力ちからで凹くぼんで、砂埃ほこりがその中なかに溜たまつてゐる。健次けんじはそれを一つ〳〵踏ふみ上のぼる每ごとに、夕暮ゆうぐれの果はてのない旅路たびぢを辿たどるごとく感かんずるのだが、たまたま編輯へんしふの相談會さうだんくわいだとか、自分じぶんの月給げつきうの前借ぜんしやくの談判だんぱんだとか、多少たせうでも波瀾はらんがあると、少すこしは活氣くわつきがついて二階かいへ駈かけ上のぼる。今日けふは織田おだの原稿げんかうを賣付うりつける役目やくめを帶おびてゐるので、編輯長へんしふちやうの年中ねんぢう變かはらぬ顏かほを見みるにも張合はりあひがあつたが、さて說とき付つけて見みると、彼かれは頑ぐわんとして聞きかぬ。さう幾月いくつきも續つゞいて同おなじ人ひとの飜譯ほんやくは出だせぬといふ。大威張おほゐばりで受合うけあつたものを拒絕きよぜつされては顏かほが立たたぬと思おもつたが、强請がうせいする譯わけにも行ゆかず、少すこし萎しをれて社しやを出でた。

彼かれは何時いつものやうにガツカリして電車でんしやに乗のつたが、織田おだの方はうも棄すて置おけぬので廻まは[Pg 58]り道みちをして麹町かうぢまちのその家うちを訪たづねた。家族かぞくに會あつては面倒めんだうだから、勝手口かつてぐちから便所べんじよの側そばを通とほつて座敷ざしきの緣側えんがはへ出でると、織田おだは既すでに夕闇ゆふやみの迫せまつてるのにランプも點火つけず、障子しやうじを開あけて机つくゑに向むかひ何なにやら書かいてゐた。

「おい君きみ、原稿げんかうは駄目だめだぜ」と突如だしぬけに云いふと、織田おだは頭あたまを持上もちあげて「やあ」と云いつたきり、ぢろ〳〵健次けんじの顏かほを見みて、「駄目だめかい、何故なぜだ、困こまるねえ」と、むく〳〵と身みを起おこして、緣側えんがはへ出でた。

「まあ心配しんぱいし玉たまふな、おれがどうかする、まだ十や二十の金かねにや不自由ふじゆうしないよ」

「當あてにしてたのに困こまるねえ」

「今いまに僕ぼくがどうかしてやらう、これから何處どこかへ出掛でかけないか」

「僕ぼくは出でられりやしない、留守番るすばんがないから」

「病人びやうにんはどうだ」と、健次けんじは今いま思おもひ出だしたやうに小聲こごゑで聞きく。

「別べつに變かはりはない、まあ上あがり玉たまへ、今いま君きみのシスターが見舞みまひに來きて吳くれて、僕ぼくの妹いもと[Pg 59]と何處どこかへ出でて行いつた」

「さうか、彼女あいつも此頃このごろは浮うかれ步あるいてやがる」

織田おだはランプを點火つけて、薄うすい座布團ざぶとんを出だした、健次けんじは靴くつを穿はいたまゝ緣側えんがはから寢ねそべつて、室内しつないを見みまはした。狹せまくはあり裝飾そうしよくもないが、彼かれの家うちほど見みつともなくはない。床とこの隅すみには新聞しんぶんや原稿紙げんかうしの側そばに、ナポレオンの小ちひさい石膏せつかうが置おいてある。これは織田おだが學校がくかう時代じだいに五圓ゑんで買かつたものだ。

「君きみの家いへも陰氣いんきだね」

「うゝん」と氣きのない返事へんじをして、織田おだは書かいてしまつた原稿げんかうの枚數まいすうを數かぞへてゐたが、襖ふすま一重ひとへの隣室りんしつにはコホン〳〵喘せきをして、それから呟つぶやく聲こゑがする。

健次けんじは厭いやな顏かほをして起直おきなほつて、小ちひさい聲こゑで、「僕ぼくはもう歸かへらう、妻君さいくんにも會あはないから、よろしく云いつて吳くれ玉たまへ」と石段いしだんに立たつと、

「まあ待まつて吳くれ玉たまへ、君きみに話はなしがある」

[Pg 60]「だつて、此處こゝで話はなしなんかしちや惡わるいんぢやないか」

「何なに、構かまやしないが、君きみが遠慮えんりよするなら、一寸ちよつと其その邊へんを散步さんぽしながら話はなさう」

と、織田おだは帽子ぼうしも被かぶらずに小ちひさい庭下駄にはげたを引掛ひつかけて外そとへ出でて、直すぐ近ちかくの九段だん坂さかの方はうへ向むかつた。

「桂田かつらださんがね」と、織田おだは兩手りやうてを壞内ふところに入いれて、健次けんじを下目しために見みて、「君きみ何なんだよ、あの人ひとが僕ぼくに同情どうじやうして、遠とほからず僕ぼくにいゝ職しよくを周旋しうせんしてやると云いつてたよ」

「さうかい、ぢや僕ぼくも君きみの原稿げんかうに苦勞くらうしなくともよくなるね、で、僕ぼくに話はなしといつて何なんだい、金かねなら明日あすまでに必かならず拵こしらえてやる」

「それも是非ぜひ賴たのんどくが、實じつは妹いもとの事ことで話はなしたいと思おもつて」

「何なんだ妹いもとのことだつて、シスターを誰たれかに遣やるんか」

「まあそんな者ものだ、でね、一言げんで云いふと、あれを君きみが貰もらつて吳くれんか」

と、織田おだは事こともなげに云いつて、無論むろん健次けんじも左程さほど反對はんたいもすまいと思おもつてゐる。

[Pg 61]「僕ぼくにかい」と、健次けんじは冷笑れいせうした。

「昨夜ゆうべ君きみの注意ちういで少すこし氣きがゝりになつたから、歸かへつて妻ワイフに聞きくと、妻ワイフが、そりや屹度きつと菅沼すがぬまさんだらう、あの方かたなら丁度てうど相當さうたうだから、早はやく定きめてしまうがいゝつて云いふんだ、僕ぼくも同意どういだから一つ君きみ承知しやうちして吳くれないか」

「そりや妻君さいくんの見當けんたう違ちがひだぜ、多分たぶん何なんだらう、シスターが邪魔じやま臭くさいから、早はやく追片付おつかたづけたいんだらう」

「いや、そればかりぢやない、僕ぼくも早はやく定きめて妹いもとの身みに間違まちがひのないやうにしたいんだ、世間せけんに惡わるい噂うはさでも立たつと困こまるからね、あれについちや、僕ぼくも責任せきにんを感かんじてるんだからね」

「ぢや僕ぼくをシスターの防腐劑ばうふざいとするんだな」と、面白おもしろさうに笑わらつたが、織田おだは飽あくまで眞面目まじめで、

「打明うちあけて云いへば、さうして貰もらうと僕ぼくも大おほいに助たすかるんだ、今いまぢや實際じつさい弱よわつてる、彼[Pg 62]奴あいつにや金かねがかゝつてねえ」と、平生いつもの癖くせで粘ねばり强つよく一つ事ことを繰返くりかへし出だすので、健次けんじは弱よわつたが、頭あたまから反對はんたいも出來できず、

「僕ぼくよりか箕浦みのうらにやり玉たまへな、君きみはあの男をとこを嫌きらつてるが、情合じやうあひもあるし人間にんげんがゼントルだからいゝぢやないか」

「いや箕浦みのうらにや困こまるよ、あゝいつた詩人肌しゞんはだの男をとこは僕ぼくは蟲むしが好すかん、花はなの散ちるのを蝶蝶てふてふだと思おもつたり、木この葉はが落おちるのを見みて、萬物ばんぶつ凋落てうらくの秋あきが來きたといつて淚なんだを流ながす奴やつには信用しんようして妹いもとを托たくするに足たらんと思おもふ」

「そりや尤もつともだ、君きみは箕浦みのうらを評ひやうする時ときには妙みやうに名言めいげんを吐はく、平生ふだんは平凡へいぼんな淚臭なみだくさい事ことばかり云いつてるのに、しかし君きみの妹いもとは箕浦みのうらには釣合つりあつた緣えんぢやないか」

「いかんよあの男をとこは…………それに箕浦みのうらぢや妹いもとは制馭せいぎよして行いけやしない」

「君きみにも手綱たづなは取とれんだらう」と、健次けんじは眠ねむりの足たらぬ目めをこすつた。身體からだは倦だるくて持もて餘あますやうである。

[Pg 63]空そらは晴はれて、空氣くうきは肌はだに快こゝろよく、周圍しうゐは人出ひとでも多おほくて騷さわがしいが、二人ふたりは元氣げんきなく刻きざみ足あしに步あるいてゐた。

「やあ、今日けふもやつてるな」と、織田おだは向むかうを見みたので、健次けんじも目めを向むけると、坂さかの中途ちうとに一團だんの群衆ぐんじゆうの中なかから、演說えんぜつめいた聲こゑが聞きこえる。

「何なんだいありや、廣吿屋くわうこくやか」

「救世軍きうせいぐんだよ」

「さうか」と、健次けんじは別べつに氣きにも留とめなかつたが、自然しぜんに側そばへ近ちかづいたので、立留たちとまつて、人垣ひとがきの間あひだからのぞくと、木綿もめんの紋付もんつきを着きた二十前後ぜんごの靑年せいねん二人ふたりと、黑くろい袴はかまをつけた若わかい女をんなとが立たつてゐて、その一人にんが今いま演說えんぜつの最中さいちうである。左ひだりの手てを腰こしに當あて右みぎの手てを動うごかし、色いろの黑くろい角張かくばつた顏かほを少すこし仰向あふむけ、

「今いま私わたくしが申上まをしあげた通とほり貴下方あなたがたも罪つみの人ひとです、早はやく悔くい改あらためなければ誠まことの人間にんげんにはなれません、つまり罪惡ざいあくのある人ひとだから」

[Pg 64]と、ゴツ〳〵した調子てうしで、甘味うまみも辛味からみもない言葉ことばを吃どもり〳〵叫さけんでゐるが、滿身まんしんに力ちからを籠こめてゐるため、顏かほは少すこし赤あかくなり、額ひたひには汗あせさへ浮うかんでゐる。

「あの男をとこは何を云いつてるんだらう、何なんの事ことやら分わかりやしない」と、健次けんじの側そばの老人らうじんが笑わらつて去さつた。

「馬鹿ばかツ」と何處どこからか聲こゑがする。

子供こどもが二三人にん前まへへ進すゝんで、口くちを開あけて不思議ふしぎさうに見みつめてゐるのみで、外ほかの者ものは皆みな冷笑れいせうしてゐる、通とほりがゝりに物好ものずきに足あしを留とめて、「何なんだ耶蘇やそか、喧嘩けんくわかと思おもつたのに」と、失望しつぼうして行ゆく者ものもある、誰たれも眞面目まじめに聞きく人ひともないのだが、かの靑年せいねんは聲こゑを張はり肩かたを怒いからせて

「皆樣みなさま懺悔ざんげなさい、神樣かみさまにお縋すがりなさい、日本國にほんこくの興廢こうはいは軍人ぐんじんや政治家せいぢかによつて决けつするのでありません、神樣かみさまの道みちを世間せけんに行おこなふか行おこなはぬかによつて定さだまるのであります」

と說とく。

[Pg 65]健次けんじは甲こふ去さり乙をつ來きたる間あひだに、知しらず〴〵前まへに進すゝんで、その演說振えんぜつぶりを見みつめてゐたが、織田おだは後うしろから肩かたを叩たゝいて、「おい君きみ、行ゆかうぢやないか」と聲こゑをかける。

「まあ待まて、も少すこし聞きいて行ゆけ」

「何なにが面白おもしろいんだ、こんな者ものが」

と織田おだが云いつたが、健次けんじは何なにも答こたへず、目めを傳道者でんだうしやから離はなさない。そしてかの靑年せいねんは話はなしを續つゞけて今日けふの社會しやくわいの淫風いんぷうや飮酒いんしゆの害がいを堅苦かたくるしい拙つたない言葉ことばで述のべ立たてゝゐると、誰たれの惡戯あくぎか、小石こいしが彼かれの肩かたを掠かすめて健次けんじの前まへに落おちた、健次けんじは思おもはず後退あとずさりしたが、かの傳道者でんだうしやは微塵みぢんも動うごかず泰然たいぜんとして說せつを進すゝめる。

かくて凡およそ二十分ぷんもして、健次けんじは摺すり物ものを女をんなの手てから貰もらつて群衆ぐんじゆを分わけて出でた。

「君きみは何故なぜあれが面白おもしろい」と、織田おだは長ながく待またされたので恨うらめしさうな顏かほをする。

「面白おもしろいぢやないか。彼奴あいつは地球ちきうのどん底ぞこの眞理しんりを自分じぶんの口くちから傳つたへてると確信かくしんしてる。あの顏付かほつきを見給みたまへ。自分じぶんの力ちからで聽衆てうしうを皆みな神樣かみさまにして見みせる位くらゐの意氣込いきごみだ。[Pg 66]人間にんげんはあゝならなくちや駄目だめだ」

「何なにも感心かんしんしない君きみが、何故なぜ今夜こんやに限かぎつてあんな下くだらない者ものに感心かんしんする?」

「さうさ、僕ぼくは救世軍きうせいぐんにでも入はいりたいな。心こゝろにも無ないことを書かいて、讀者どくしやの御機嫌ごきげんを取とる雜誌ざつし稼業かげふよりや、あの方ほうが面白おもしろいに違ちがひない、あの男をとこは欠伸あくびをしないで日ひを送おくつてるんだ、生いきてらあ」

「はゝゝ」と織田おだは大口おほぐち開あけて勢いきほひ無なく笑わらつて、「僕ぼくは靑年せいねんが淺薄せんぱくな說敎せつけうなんかして日ひを送おくるのが不憫ふびんになる」

「しかし淺薄せんぱくや深刻しんこくは本當ほんたうは問題もんだいぢやないんだね、打うたれやうが罵のゝしられやうが、自分じぶんのしてる事ことが何なんであらうと關かまうものか、もつと刺激しげきの强つよい空氣くうきを吸すはにや駄目だめだ」

と、健次けんじは歎息たんそくする如ごとく云いつたが、織田おだのぼんやり﹅﹅﹅﹅した顏かほを見上みあげると、急きふに「ぢや此處こゝで別わかれやう」と、早口はやくちに云いつて輕かるく會釋ゑしやくし九段だんの坂さかを下をりた。で、「まだ話はなしがあるんだ」と、織田おだが呼留よびとめた時ときは、もう人影ひとかげに隱かくれてゐた。

[Pg 67]

(八)

まだ月初つきはじめであれば、健次けんじも五六枚まいの紙幣さつはポツケツトに潜ひそませてゐるので、「櫻木さくらぎ」へでも行ゆかうかと思おもつたが、お雪ゆきの顏かほも、もう見飽みあいて鼻はなにつく。型かたに取とつた定きまり文句もんくは並ならべるが、キヤツ〳〵と騷さわぐ外ほかには能のうがなく、頭あたまから足あしの裏うらまで何處どこを押をしたつて、碌ろくな音ね一つ吐はき出ださぬ癖くせに、二三日にち續つゞけて足あしを向むけると、此方こちらに思召おぼしめしでもあるやうに自分じぶん定ぎめに自惚うぬぼれたがる女中ぢよちう共どもを相手あひてにして、拜顏料はいがんれうを差さし出だすのも馬鹿ばか々々しいと今夜こんやは思おもひ留とまつた。で、彼かれは西洋せいやう料理店れうりてんでウヰスキーを傾かたむけ、二三品ぴんの洋食やうしよくを貪むさぼり、それから氣きまぐれに神田かんだの西洋せいやう書店しよてんへ立寄たちよつた。何なにか自分じぶんを刺激しげきして、新あたらしい生命いのちを惹起ひきおこす者ものはないかと、新着しんちやくの文學ぶんがく政治せいぢ宗敎しうけうから工業こうげふや銃獵じうれふの書類しよるゐまで、殘のこる隈くまなく覘のぞいたが、どれにも自分じぶんを魅みするやうな破天荒はてんくわうの文字もじが潜ひそんでる氣きもする。で、あれか此これかと撰擇せんたくを重かさねた揚句あげく、遂つひに或ある露國ろこく革命家かくめいかの自傳じでんと、[Pg 68]偶然ぐうぜん目めについた棚たなの隅すみの或ある冒險家ばうけんかの北極ほくきよく紀行きかうとを購あがなつた、書物しよもつを抱かゝえて上野うへので電車でんしやを下をりたが、醉ゑひはまだ醒さめず、家うちへ歸かへるのも厭いやであれば、ふら〳〵公園こうゑんを步あるいて銅像どうぞうの側そばのベンチに腰こしを掛かけた。後うしろへもたれて目めを瞑つぶつてると居睡ゐねむりをしさうで、足元あしもとに力ちからがなく、身みぐるみ地ちの中なかへ吸すひ込こまれさうな氣きがする。電車でんしやの音おとも遠とほい世界せかいで響ひゞいてゐる如ごとく、自分じぶんは此このまゝ動うごけなくなるやうに感かんぜられる。身みをベンチの脊せに投なげ出だし、帽子ぼうしの落おちさうなのも關かまはず、心こゝろを夢現むげんの境さかひに迷まよはせてゐたが、書物しよもつが膝ひざから辷すべり落おちるので、パツチリ目めを開ひらくと、木この葉はが顏かほに觸ふれ、埃ほこりを含ふくまぬ澄すんだ空氣くうきが身みに染しみ、自分じぶんの周圍しゆうゐのみは薄暗うすくらいが、空そらには星ほしが多おほく、目めの下したには燈火あかりが煌きらめいてゐる。四五間けん前まへには黑くろい人影ひとかげが二つ。深沈しめやかに話はなしをしてゐたが、やがて暗闇くらやみの中なかに消きえてしまつた。

彼かれは孤獨こどくの感かんに堪たえぬ、淋さびしく心細こゝろぼそくてならぬ。少年せうねん時代じだいに自分じぶんより强つよい奴やつ、脊せいの高たかい奴やつにぶつ付つかつて喧嘩けんくわをしてゐた頃ころは、身體からだ中ぢうに生命いのちが滿みちて、張合はりあひのある[Pg 69]日ひを送おくつてゐたのだ。近松ちかまつや透谷とうこくの作さくを讀よんで泣なき、華々はな〴〵しいナポレヲンの生涯しやうがいに胸むねを躍をどらせた時分じぶんは、星ほしは優やさしい音樂をんがくを奏そうし、鳥とりは愛あいの歌うたでも讀よんでゐたのだ。しかし不幸ふかうにも世よが變かはつた。何なにが動機どうきか幾いくつの歲としにか、自分じぶんにも更さらに分わからぬが、星ほしも音樂おんがくを止やめ鳥とりも歌うたを止やめ、先祖せんぞ傳來でんらいの星冑ほしかぶとも白金しろかね作づくりの刀たちも、威光ゐくわうが失うせて、自分じぶんには古道具屋ふるだうぐやの賣物うりものと變かはらなくなつた。今いまから思おもふと、子供こどもの折をりによく自分じぶんに喧嘩けんくわを吹ふきかけた隣となりの鐵藏てつざうなんかゞ壞なつかしい。彼奴あいつのお蔭かげでどの位くらゐ元氣げんきよく力りきんでゐたことか。今いまの自分じぶんはどちらかと云いへば愛あいされて日ひを送おくつてゐる。箕浦みのうらも織田おだも桂田かつらだも、いやそれ計ばかりぢやない、桂田かつらだ夫人ふじんにも織田おだの妹いもとにも櫻木さくらぎのお雪ゆきにも愛あいせられてこそゐれ、さして嫌きらはれてはゐない。何處いづこにも鐵藏てつざうが居ゐないのだ。「愛あいせらるゝは幸さいはひなり、愛あいする者ものも幸さいはひなり」、聖人せいじんだの詩人しじんだのは勝手かつてな定義ていぎを云いつてやがる。少すくなくもおれにや適用てきよう出來できぬことだ。愛あいせられゝば愛あいせられる程ほど、自分じぶんには寂さびしくて力ちからが拔ぬけて孤獨こどくの感かんに堪たへぬ。いつそのこと、四方はうから自分じぶんを憎にくんで攻せめて來くれば、少すこし[Pg 70]は張合はりあひが出來できて面白おもしろいが、撫なでられて舐なめられて、そして生命いのちのない生涯しやうがいそれが何なんにならう。「迫害はくがいされる者ものは幸さいはひなり」、ていふ此奴こいつは當あたつてる言葉ことばだ。苦くるしめられやうと泣なかされやうと、傷きずを受うけて倒たほれやうと、生命いのちに滿みちた生涯しやうがい。自分じぶんはそれが欲ほしいのだ。

健次けんじは立上たちあがるのも物憂ものうさうに、かう考かんがへてゐる中うちに、酒さけが醒さめて夜風よかぜが冷つめたくなつた。彼かれは主義しゆぎに醉よえず讀書どくしよに醉よえず、酒さけに醉よえず、女をんなに醉よえず、己をのれの才智さいちにも醉よえぬ身みを、獨ひとりで哀あはれに感かんじた。自分じぶんで自分じぶんの身みが不憫ふびんになつて睫毛まつげに一點てんの淚なみだを湛たゝへた。

靜しづかな風かぜが足許あしもとの落葉おちばを吹ふきころがし、樹上じゆじやうよりも二片ひら三片ひら頭あたまを掠かすめて飛とぶ。

巡査じゆんさが橫目よこめで健次けんじを見返みかへりながら、悠然いうぜんとして步あるいてゐる。

健次けんじは無意識むいしきにベンチを離はなれ、帽子ぼうしを被かぶり直なほして、暗闇くらやみの道みちを辿たどつて新坂しんざかへ出でた。

「結婚マリエーヂ?」と、思おもはず口くちへ出だしたが、その瞬間しゆんかん口元くちもとに皮肉ひにくな笑わらひを洩もらした。

[Pg 71]「ノンセンス!、結婚けつこんして家庭かていを造つくる、開闢かいびやく以來いらい億萬人をくまんにんの人間にんげんが爲古しふるしたことだ。桂田かつらだの家庭かてい織田おだの家庭かてい、家庭かていの實例じつれいはもう見飽みあいてゐる」と胸むねの底そこから答こたへる。

(九)

翌日よくじつは日曜にちえうであれば、一家かは遲をそくまで眠ねむり、九時頃じごろに茶ちやの間まに揃そろつて朝食あさげの膳ぜんについた。近來きんらい健次けんじが家族かぞくと一緖しよに食事しよくじをするのは、殆ほとんど日曜にちえうの朝あさのみである。年齡としの割合わりあひに老人としよりめいてもゐないが髯ひげには白髮しらがの多おほく、上目葢うはまぶたのたるんでる父ちゝと、肉付にくつきのよく目めと口くちには品ひんのある姉娘あねむすめの千代ちよと、健次けんじによく似にて小柄こがらで愛嬌あいけうのある末娘すゑむすめの光みつとが健次けんじを挾はさんで坐すわり、母はゝは下女げぢよ兼帶けんたいで甲斐々々かひ〴〵しく立働たちはたらいてゐる。

父ちゝは出勤しゆつきん時刻じこくにせかれぬ爲ため、役所やくしよの話はなしなどをして、ゆる〳〵飯めしを食くらひ、皆みんなの顏かほを見みて、獨ひとりでほく〳〵喜よろこんでゐたが、もう膳ぜんを離はなれて煙草たばこを吸すひながら新聞しんぶんを讀よんでる健次けんじに向むかつて、

[Pg 72]「何なにか面白おもしろいことがあるかい、何なんとか中將ちうじやうの姦通かんつう事件じけんはどうなつた」

「今日けふは何なにも出でてゐませんよ」

「どうも軍人ぐんじんが腐敗ふはいしちや困こまるな、武士道ぶしだうの精神せいしんが衰おとろへるとそんなことが出來できて來くるんさ、今いまの中うちに社會しやくわいに士氣しきを鼓吹こすゐしなければ、日本にほんの國家こくかも將來しやうらいが案あんじられるて」

と、父ちゝは鼻水はなみづを膝ひざに落おとして、「今いまぢや學校がくかう敎育けういくも柔弱にゆうじやくに傾かたむいてるからよくない、それに家庭かていで小ちいさい時分じぶんから武士ぶしの魂たましひを叩たゝき込こまんから、堅固けんごな人間にんげんが出來できないんだ、東京とうきやうでも今いまは素町人すちやうにんばかり跋扈ばつこするから、風儀ふうぎが紊みだれるのさ」と、口くちには慷慨こうがいめいたことを云いつたが、顏かほは如何いかにも呑氣のんきで、此これまで苦勞くらうを重かさねて來きた影かげは何處どこにもない。そして素町人すしやうにん呼よばはりはこの人ひとの口癖くちぐせで、自分じぶんでもそれが愉快ゆくわいでならぬと見みえる。

「素町人すちやうにんでも何なんでも早はやくお金持かねもちになることさ」と、母はゝは橫合よこあひから疳走かんばしつた聲こゑを發はつした。

「本當ほんたうだわ、お金かねがある方はうがいゝわ」と、お光みつは一も二もなく母はゝに加勢かせいする。

[Pg 73]「せめて男爵だんしやくにでもなれるといゝけど、昔むかしは旗下はたもとだつて武士ぶしだつて詰つまらないわね」

と、姉娘あねむすめは眞面目まじめに感かんじた。で、暫しばらく父子おやこで、武士ぶしの魂たましひだの素町人すちやうにん根性こんじやうだのと言合いひあつて、果はては無邪氣むじやきに笑わらつた。

笑わらつてしまつて、膳ぜんが片付かたづくと、姉娘あねむすめは今迄いままで默だまつてゐた兄あにに向むかつて、

「兄にいさん、今日けふは上野うへので音樂會おんがくゝわいがあつて、ソロの上手じやうづな西洋人せいやうじんが出でるんですつてね、新聞しんぶんにや出でてゐなくつて」

「さうだね、出でてるかも知しれんよ」

「兄にいさんも聞ききに被入いらつしやいな、屹度きつと面白おもしろいわ」

「私わたしも行いきたいと云いふんだらう、兄にいさんにお構かまひなしで一人ひとりで何處どこへでもお出いでなさい」

「そりや一人ひとりだつていゝけど、…………」

「切符きつぷを買かつて吳くれだらう、そりや眞平まつぴら御免ごめんだ」

[Pg 74]「酷ひどいわ兄にいさんは、自分じぶん一人ひとりで勝手かつてに遊あそんでゝ、何なに一ひとつ私わたしの賴たのみを聞きいて吳くれたことはないんだもの」

「本當ほんたうだわ、ねえ姉ねえさん」と、妹娘いもとも相槌あひづちを打うつ。

「織田おださんとこの兄にいさんはそりや、妹いもと思おもひよ、平生ふだんだつて何なんだの彼かだのと世話せわを燒やいて、お花見はなみにでも音樂會おんがくくわいにでも、屹度きつと連つれて行いくんだわ。だから幾いくら兄にいさんが學問がくもんが出來できたつて、人間にんげんとして織田おださんの方はうがえらいのね」

「チエツ、生意氣なまいき云いつてらあ」と、健次けんじは橫よこを向むいて、今日けふは如何いかにして暮くらすべきかと考かんがへてゐる。

「兄にいさんは何故なぜ音樂おんがくが嫌きらひなんだらう、文學士ぶんがくしの方かたは皆みな音樂おんがくや芝居しばゐが好すきだのに兄にいさんばかりは、ちつとも趣味しゆみがないのね、音樂おんがくぐらゐ硏究けんきうなさればいゝのに」

「だからお前まへは箕浦みのうらの女房にようぼにでもなつて、年中ねんぢうキユー〳〵ピン〳〵騷さわげばいゝ、彼奴あいつとお前まへとはよく似合にあつてらあ、おれはもうお前まへのぺちや〳〵音樂おんがくだけでうんざり﹅﹅﹅﹅[Pg 75]してゐる」

姉娘あねは少すこし頰ほゝを赤あかくして橫よこを向むいて、口くちを噤つぐんだ。

父ちゝは健次けんじの卷煙草まきたばこを取とつて火ひをつけ、二人ふたりの話はなしを面白おもしろさうに聞きいて、微笑々々にこ〳〵してゐたが、二人ふたりが默だまつてしまうと、

「どうもおれには分わからない、學問がくもんをした男をとこが、音曲おんぎよくに夢中むちうになるなんて餘程よほど變へんだ、健次けんじにはおれが昔むかしから武士ぶしの精神せいしんを敎をしへ込こんでるから、そんな柔弱にうじやくな氣風きふうに染そまないんだらう」と、自分じぶんで首肯うなづいてゐる。

「そんな武士ぶしの精神せいしんなんか下くだらないわ、お父とつさんは何なんぞといふと兄にいさんの贔負ひいきばかりして厭いやになつちまう」

「はゝゝゝ、そんな事ことを云いふ者ものぢやない。兄にいさんは菅沼家すがぬまけには大事だいじな寶たからだ、うんと勉强べんきやうして立派りつぱな人間にんげんになつて貰もらはにや、おれが御先祖ごせんぞに申譯まをしわけがないぢやないか、だから傍はたから邪魔じやまをしないで、思おもふ存分ぞんぶんにやらせなくちや…………今いまの間うち貧乏びんぼふがつら[Pg 76]からうと、それが何なんだ、貧乏びんぼふを苦くにして見苦みぐるしい根性こんじやうになるのは、それが素町人すちやうにんだ。度々たび〳〵話はなして聞きかせたが、菅沼家すがぬまけは代々だい〴〵高潔かうけつな考かんがへを以もつて忠孝ちうかうと武勇ぶゆうを勵はげんだ家柄いへがらで、系圖けいづに少すこしの疵きずもないんだ。だから健次けんじもよく心得こゝろえて、名譽めいよを世界せかいに傳つたへるやうにせねばならん」

健次けんじは平生ふだん父ちゝから小言こゞとを聞きくことなく、他人たにんの前まへでゞも自分じぶんの自慢じまんをされるのを厭いやに感かんじてゐたので、今いまも自分じぶんが大英雄だいえいいうにでもなるやうに期待きたする口振くちぶりを聞きくと、急きふに不快ふくわいになり、新聞しんぶんを押おしのけて、ふいと自分じぶんの部屋へやへ逃にげた。

「お父とつさんは兄にいさんばかり大事だいじにするから我儘わがまゝになるんだわ、學士がくしにまでなつてゝ、親おやや妹いもとの世話せわが出來できなくちや駄目だめですよ、お父とつさんももうお役所やくしよなんか止よして大威張おほゐばりで兄にいさんに養やしなつてお貰もらひなさればいゝのに、………本當ほんたうにつまらないわ、外そとへ出でてはお酒さけを飮のんで、何なにか話はなしでもすると、惡口あくこうばかり云いつて、あれぢや何時いつまで立たつても立派りつぱな人間にんげんになれやしないわ、え、そりやなれないに定きまつてるわ」と、姉娘あねは[Pg 77]さも口惜くやしさうに云いふ。

父ちゝはハツ〳〵と笑わらつて、「まあ默だまつて見みて居をれ、お前逹まへたちにや分わかるまいが、おれにや健次けんじの氣象きしやうはよく分わかつてる、今いまに何なにか爲出しでかすに違ちがひないからよく見みて居をれ、男をとこの腹はらの中なかは女をんなにや知しれんものだ、學士がくしになつた位くらゐで、ハイカラでもつけたり、妹いもとに花簪はなかんざしなんか買かつてやつて喜よろこんでるやうな健次けんじぢやない」

「お父とつさんは兄にいさんを買被かひかぶつてるんですよ、だから老人としよりには何なににも分わからないんだわ、今いまに後悔こうくわいすることが屹度きつとあると私わたし思おもふわ」

「ハヽヽヽヽ、下くだらないことを云いふもんぢやない、お前まへらは今いまに健次けんじの妹いもとだと云いはれて名譽めいよに思おもふ時ときが來くる」

「私わたし、ちつとも兄にいさんなんか當あてにしちやゐないわ、何なんであんな人ひと」

と、新聞しんぶんを引寄ひきよせて續つゞき物ものに目めをつけ、熱心ねつしんに讀よみ出だした。妹娘いもとは緣側えんがはへ出でて猫ねこの頭あたまを撫なでながら唱歌しようかを唄うたつてゐる。

[Pg 78]健次けんじは障子しやうじを締しめ切きり、机つくゑに向むかつて正座せいざし、「革命家かくめいかの自傳じでん」を開ひらいた。心こゝろを凝こらし素早すばやく走はしり讀よみしてゐたが、著者ちよしやが貴族きぞくの家いへに生うまれ幼時えうじより宮中きうちうに出入しゆつにふする叙述じよじゆつを讀よみ終をはると、書物しよもつを伏ふせて仰向あふむけに寢ねた。自分じぶんとは緣えんの遠とほい境遇けうぐうの異ことなつた人ひとの閱歷えつれきが如何程いかほどの興味きようみがあらうぞと失望しつぼうした。そして机つくゑから書物しよもつを引下ひきおろして、只たゞ氣きまぐれに處々ところ〴〵拔ぬき讀よみすると、農夫のうふに伍ごして革命かくめいを說といたり、國くにを脫走だつそうして他國たこくに流浪るらうするあたり、さも面白おもしろさうに書かいてあるが、最早もはや健次けんじにはそれが光ひかりのない艶つやの失うせた文字もじと見みえ、少時せうじ父ちゝから彰義隊しやうぎたいや白虎隊びやくこたいの話はなしを聞きいた時ときほどにも、胸むねも躍をどらず血ちも湧わかず目めを瞑つぶつて心こゝろの動うごくに任まかせてゐると、自分じぶんの左右さいう前後ぜんごには火花ひばなも散ちらず、鯨波ときのこゑも聞きこえず、只たゞ銀座ぎんざには埃ほこりが立たつて、うぢよ〳〵と人ひとの步あるいてる樣さまが頭あたまの中なかに浮うかんで來くる。

で、彼かれは緣側えんがはの障子しやうじを開あけて、庭にはを見みると、父ちゝは日曜にちえう每ごとの役目やくめを怠をこたらず、草履ざうりを穿はいて掃除さうじをしてゐる。昨日きのふと同おなじく空そらは冴さえ風かぜもなく、日ひは生温なまあたゝかく照てつて、竹[Pg 79]箒たけはうき持つた老人らうじんの影かげのみが緩ゆるく動うごいてゐる。健次けんじは欠伸あくびをして、又また書物しよもつを枕まくらに寢ねころび、兩手りやうてを投なげ出だして、うと〳〵してゐたが、暫しばらくすると妹共いもとゞもの騷さわぐ音おとがして、終しまひには英語えいごの朗讀らうどくが聞きこえる、學校がくかうの懇親會こんしんくわいで、織田おだの妹いもとと二人ふたりで朗讀らうどくするといふ英文えいぶんの對話たいわを暗誦あんしようしてゐるのであらう、太ふとくて甘あまつたれた聲こゑで、如何いかにも陽氣やうきさうに讀よんでゐる。

健次けんじは心こゝろがむしやくしやして、俄にわかに起上おきあがり、帽子ぼうしを被かぶり出仕度でしたくをして、玄關げんくわんまで出でかけたが、又また引返ひきかへして何氣なにげなく妹いもとの部屋へやへ侵入しんにふすると、妹いもとは彼かれを見上みあげて、ぱつたり朗讀らうどくを止やめた。

「おい、一寸ちよつと見みせろ」と、健次けんじは妹いもとの手てから洋紙やうしを取上とりあげて見みると、「二人ふたりの不幸ふかうなる娘むすめ」と題だいして、その會話くわいわが書かいてある。

「今いまお稽古けいこしてるんだから、兄にいさんは彼室あちらへ行いつてゐらつしやい」と、妹いもとは健次けんじの手てから洋紙やうしを奪うばひ返かへした。

[Pg 80]「おれが茲こゝで直なほしてやるから、讀よんで見みろ」と、健次けんじは帽子ぼうしを被かぶつたなり坐すわり込こんだ。

「兄にいさんは直すぐ冷ひやかすから厭いやだけど」と否いなんだが、漸やうやく納得なつとくして、自分じぶんの分ぶんだけを拾ひろつて讀よんだ。筋すぢは幼馴染おさななじみの二少女せいぢよが、一人ひとりは東北とうほく一人ひとりは九州しうと十年ねんも離はなれてゐた後のち、或ある所ところで思おもひがけなく巡めぐり合あひ、その間あひだの境涯けうがいの辛酸しんさんを語かたり合あふ哀あはれな物語ものがたり。發音はつおんの法則はふそくは滅茶々々めちや〳〵だがよく暗記あんきしてゐて、目めを細ほそめ言葉ことばの調子てうしも哀あはれげに、表情へうじやう澤山たくさんで朗讀らうどくし、「この次つぎには二人ふたりとも、もつと幸福しあはせな人間にんげんに生うまれて來きませう」と、淚なみだで別わかれる所ところで、會話くわいわが終をはると、

「上手じやうづでせう」と、千代ちよは兄あにを見みて、息いきをついた。中々なか〳〵得意とくいらしい。

「うん甘うまい、よく覺おぼえられたね」

「もつとお稽古けいこしなければ不安心ふあんしんだわ、織田おださんに負まけちや厭いやだから」

「あの女ひとも稽古けいこしてるんか」

[Pg 81]「え、そりやしてるわ、外ほかの人ひとも一生懸命しやうけんめいですもの、私わたし今日けふも午後おひるから織田おださんとこへ行いつてよ」

「病人びやうにんのある家うちへ行いつたつて駄目だめぢやないか、まさかあの家うちで、芝居しばゐの眞似まねなんかも出來できまいし」

「一緖しよに外ほかの家うちへ行いくんだわ」

「箕浦みのうらの家うちへでも行いくんだらう」

「行いつたつていゝでせう、惡わるくつて」と、わざと拗すねて見みせる。

「惡わるいと云いやあしないよ、每日まいにちでも遊あそびに行ゆくがいゝ、あの男をとこなら親切しんせつに發音はつおんも直なほして吳くれるし、音樂おんがくの議論ぎろんぐらゐ聞きかせて吳くれらあ、…………それからお前まへ、織田おだへ行ゆくんなら、これを持もつてつて吳くれ」と、健次けんじは今いま思おもひ出だした如ごとく、書齋しよさいから紙入かみいれを持もつて來きて、紙幣さつを反古紙ほごがみにくるんで妹いもとに渡わたし、「これだけ織田おだにやるんだ」

妹いもとは不審ふしんさうに兄あにを見みて、「これをどうするの、織田おださんの兄にいさんに貸かすのですか」

[Pg 82]「何なんでもいゝから、只たゞ持もつてけばいゝんだ」

「だつて私わたしが持もつて行ゆくのは變へんだわ、それに兄にいさんはよく織田おださんにお金かねを貸かすのね、何故なぜ織田おださんばかり好すきなんだらう、あの家うちよりやいくら私わたしの家うちの方はうが貧乏びんぼふだか知しれやしないのに、本當ほんとに兄にいさんは變へんな人ひとね」と、妹いもとは反古包ほごづゝみをひねくつて、その金目かねめまで覘のぞいて見みてゐたが、

「お前まへにやるよりや、織田おだにやつた方はうが、いくらやり榮ばえがするか知しれやしない」と、健次けんじは無邪氣むじやきに笑わらつて、當あてもなく戶外そとへ出でた。妹いもとは坐すわつたきり目めを据すゑて、「兄にいさんは何故なぜだらう、お鶴つるさんに心こゝろがあるから、あんなに織田おださんを大事だいじにするのぢやないか知しらん、さう云いへば思おもひ當あたることが幾いくらもある、屹度きつとさうだ、戀こひで煩悶はんもんしてるんだわ」と、自分じぶんの身みに引ひきくらべて想像さうぞうに耽ふけつてゐた。

(十)

[Pg 83]健次けんじは短みじかい秋あきの一日にちを持餘もてあました。上野うへのの公園こうゑんをぶらつき、或あるひは珈琲店こーひーてんへ入はいり、或あるひはビアーホールへ入はいり、それから社しやの同僚どうりやうを訪たづねて、氣乗きのりのせぬ話はなしに相槌あひづちを打うつて、漸やうやく二三時間じかんを空費くうひし、その宅たくを出でて、湯島ゆしま天神てんじんの境内けいだいを通とほり拔ぬけて歸路きろに就ついた。特筆とくひつすべき事件じけんは少すこしもない。忙いそがしい人ひとは仕事しごとに心こゝろを奪うばはれて時ときの立たつを忘わすれ、歡樂くわんらくに耽ふけれる人ひとも月日つきひの無ない世界せかいに遊あそぶのであるが、此頃このごろの健次けんじは絕たえず刻々こく〳〵の時ときと戰たゝかつてゐる。酒さけを飮のむのも、散步さんぽをするのも、氣㷔きえんを吐はくのも、或あるひは午睡ひるねをするのも、只たゞ持扱もちあつかつてる時間じかんを費つひやすの爲ためのみで、外ほかに何なにも意味いみはない。そして一月つき二月つきを取留とりとめもなく過すごしては、後あとから振返ふりかへつて、下くだらなく費つひやした歲月さいげつの早はやく流ながるゝに驚おどろく。

彼かれは激烈げきれつな刺激しげきに五體たいの血ちを湧立わきたたさねば、日ひに〳〵自分じぶんの腐くさり行ゆくを感かんじ、靑春せいしゆんの身みで只たゞ時間じかんの蟲むしに喰くはれつゝ生命いのちを維つないでゐる現狀げんじやうを溜たまらなく思おもつた。そして空想くうさうを逞たくまうして色々いろ〳〵の刺激物しげきぶつを考かんがへた。普通ふつうの麻醉劑ますゐざいは何なんの効目きゝめもない、酒さけなら燒[Pg 84]酎せうちうかウヰスキーを更さらにコンデンスした物もの、煙草たばこなら阿片あへん、戀こひなら櫻木さくらぎのお雪ゆきや織田おだのお鶴つるのやうな女をんなと、甘あまつたるい言葉ことばを交換かはしたのでは微醉ほろよひもする氣遣きづかひはない。正義せいぎも公道こうだうも問題もんだいぢやない。自分じぶんを微温びおんの世界せかいから救すくひ出だして、筋肉きんにくに熱血ねつけつを迸ほとばしらすか、膓はらわたまで蕩とろかす者もの、それが自分じぶんの唯ゆゐ一の救世主きうせいしゆだ。革命軍かくめいぐんに加くはつて爆裂彈ばくれつだんに粉碎ふんさいされやうとも、山賊さんぞくに組くみして縛首しばりくびの刑けいに合あはうとも、結果けつくわが何なんであれ、名義めいぎが何なんであれ、自分じぶんを刺激しげきする最初さいしよの者ものに身みを投なげて、長ながくても短みじかくても、或あるひは即刻そくこくに倒たをれてしまつてもよい。そしてこんな刺激物しげきが自然しぜんに自分じぶんの前まへに現あらはれねば、自分じぶんから進すゝんで近ちかづいて行ゆく。渦うづが捲まき込こんで吳くれねば、自分じぶんで渦うづの中なかへ飛とび込こむ。鐵藏てつざうがゐなければ自分じぶんで鐵藏てつざうになつて喧嘩かんくわを吹ふつかけて行ゆく。戰爭せんそうも革命かくめいも北極ほくきよく探檢たんけんも人間にんげんの怠屈たいくつ醒さましの仕事しごとだ。平坦へいたんの道みちには倦うむが、險崖けんがいを攀上よぢのぼつてゐれば、時ときをも忘わすれ欠伸あくびの出でる暇ひまもない。

「よし渦うづへ入はいるか崖がけを上あがるか」と、彼かれはステツキを持もつた手てに力ちからを入いれたが、その[Pg 85]手ては直すぐ弛ゆるんでしまう。社會しやくわいのため主義しゆぎのため理想りさうのためと思おもへばこそ眞面目まじめで險崖がけ上のぼりも出來できるが、初はじめから怠屈たいくつ醒さましと知しつて荊棘いばらの中なかへ足あしを踏込ふみこめるものか。理由りいうもないのに獨ひとりで血眼ちまなこになつて大道だいだうを馳はせ廻まはれるものか。何故なぜ每日まひにちの出來事できごと、四方はうの境遇けうぐう、何なに一つ自分じぶんを刺激しげきし誘惑いうわくし虜とりこにする者ものがないのであらう。只たゞ日々ひゞ世界せかいの色いろは褪あせ行ゆき、幾萬いくまんの人間にんげんの響動どよめきは葦あしや尾花をばなの戰そよぐと同おなじく無意義むいぎに聞きこえるやうになつた。自分じぶんの心こゝろが老おいたのか、地球ちきう其それ自身じしんが老おい果はてゝ、何等なんらの淸新せいしんの氣きも宿やどさなくなつたのであらうか。

彼かれは目めを移うつして道みちの左右さいうを見みた。夕日ゆうひは電信柱でんしんばしらの影かげを金物屋かなものやの壁かべに印いんしてゐる。壁かべの隅すみには薄墨うすゞみで「法樂はふらく加持かぢ」と書かいた大福寺だいふくじの廣吿くわうこくが貼はりつけられ、その片端かたはしが剝はげかゝりふら〳〵﹅﹅﹅﹅動うごいてゐる。牛乳ぎうにう配逹はいたつと點燈夫てんとうふとが前後ぜんごして走はしつてる後あとから、白しろい帽子ぼうしを戴いたゞき裾すその廣ひろい黑衣こくいを着つけ、腰こしに長ながい珠數じゆずを垂たれた天主敎てんしゆけうの尼あまが二人ふたり、口くちも閉とぢ側見わきみもせず、靴くつは土つちを踏ふまぬが如ごとく、閑雅しとやかに音おとをも立たてず步あゆんで來くる。深ふかく[Pg 86]澄すんだ空そらを煙突えんとつの黑煙こくえんが搔亂かきみだし、その側そばを一列れつの鳥とりが橫切よこぎつた。晝間ひるまの温あたゝかさも急きふに薄うすらいで、健次けんじは肌寒はださむく感かんじた。

彼かれは足あしと心こゝろを疲つからせて、兎とに角かく家うちへ歸かへつた。妹いもとは他所行よそゆきの大切たいせつな紋羽二重もんはぶたへの羽織はおりを着きたまゝ、茶ちやの間まのランプを點火つけてゐた。

「あら、兄にいさんお歸かへり、私わたしも今いま歸かへつたところよ」と、マツチを火鉢ひばちへ棄すてゝ、艶艶つやつやしい顏かほを見みせた。

「織田おだは何なにをしてた」

「勉强べんきやうしてるわ、でね、お金かねを渡わたすと、何なんだか極きまり惡わるさうに受取うけとつて、兄にいさんにお禮れいを云いつてたわ」

「さうか」と、健次けんじは所在しよざいなさに、火鉢ひばちの前まへに片膝かたひざ立たてゝ坐すわり、火箸ひばしをいぢつてる。妹いもとはその側そばで羽織はおりを脫ぬいで疊たゝみながら、ちよい〳〵兄あにの顏かほを見上みあげては、

「織田おださんは二三日にち中うちに兄にいさんに遇あひたいと云いつてましたよ、是非ぜひ話はなしを定きめること[Pg 87]があるんだつてね、兄にいさんも知しつてるでせう、どんな話はなしだか、私わたしも織田おださんの言振いひぶりで荒方あらかた推察すゐさつしてるけど。」

「さうか」と、健次けんじは氣きに留とめぬ風ふうなので、妹いもとはわざと調戯からかふ氣きで、

「當あてゝ見みませうか、屹度きつとあの事ことだわ」と莞爾につこりした。

「あの事ことつて鶴つるさんの緣談えんだんだらう」と健次けんじが小憎こにくらしい程ほど平氣へいきなので、妹いもとは、

「兄にいさんはよく御存ごぞんじね、同意どういするんでせう、兄にいさんも、」

「どうかねえ」

「どうかねえつて、それでいゝぢやありませんか、其その事ことで私わたし兄にいさんに話はなしがあつてよ」と云いひかけた所ところへ、母はゝが勝手かつてから入はいつて來きたので口くちを噤つぐみ、羽織はおりを簞笥たんすへ收おさめた。

「さあ御飯ごはんだ〳〵」と、母はゝは膳立ぜんだてして、汁しるのこぼれてる鍋なべを火鉢ひばちに掛かけた。

健次けんじは「まだ飯めしは欲ほしくない」と云いつて、自分じぶんの居室ゐまへ入はいると、妹いもとは後うしろから駈かけて[Pg 88]來きて、ランプを點火つけた。平生ふだんに似にず親切しんせつに煙草盆たばこぼんまで掃除さうじして持もつて來きた。

で、健次けんじが机つくゑに肱ひぢを突ついて煙草たばこを吹ふかし、相手あひてにする風ふうはないのに、その傍そばに坐すわり、

「でね、兄にいさん」と口くちを切きる。「今いまの話はなし、兄にいさんも考かんがへてるんでせう、どうなさるの」

「何なんだい織田おだの事ことか、それを聞きいて何なんにする」と、健次けんじは不審ふしんさうに妹いもとの顏かほを顧かへりみた。

「何なにつて事ことはないけど」と、目めを外はづして「私わたし、今日けふ織田おださんからも、お鶴つるさんからも色いろんな事ことを聞きいたのよ」

「何なにを?」

「織田おださんの方はうぢや、もうちやんと一人ひとりで定きめてるんだわ、それに向むかうでは、兄にいさんも家うちのお母つかさんもお父とつさんも、屹度きつと承知しやうちすることゝ思おもつてるらしいのよ、お鶴つるさんも兄にいさんから聞きいたのか、今日けふは樣子やうすが變かはつてるし、明日あすお稽古けいこに私わたしの家うちへ被[Pg 89]入いらつしやいと云いつても、何時いつも來きたがる癖くせに厭いやだつて云いふんですもの、」

「おい、下くだらない話はなしは止よせ、」

と、机つくゑに向むかつて、經濟書けいざいしよを開ひらいて、ぼんやり讀よんでゐたが、妹いもとは尙なほ側そばに坐すわつてゐて、

「だつて兄にいさんも早はやく結婚けつこんなすつた方はうがいゝでせう、家うちの爲ためから云いつても、兄にいさんの身みが定きまつて、お父とつさんの責任せきにんを輕かるくしなくつちや仕樣しやうがないですもの、それが一番ばんの孝行かう〳〵だと思おもふわ、それにお鶴つるさんは一家かの主婦しゆふとして缺點けつてんがないんだから、私わたしからも兄にいさんに勸すゝめたい位くらゐよ」

「お前まへどうかしたのか、酷ひどく今日けふは眞面目まじめ臭くさつた事ことを並ならべるね」と、健次けんじは笑わらつて、「お前まへはよくお鶴つるさんの惡口あくこうを云いつて、あれぢや家うちは持もてないなんて云いつてたぢやないか、急きふに變節へんせつしたね、御馳走ごちそうにでもなつたんかい」

「あら酷ひどいわ、私わたし織田おださんとこで少ちつとも御馳走ごちそうなんかになりやしないわ」

[Pg 90]「でも御馳走ごちそうになつた顏付かほつきをしてるぢやないか。箕浦みのうらの家うちへも寄よつたのか」

「えゝ」と妹いもとは曖昧あいまいな返事へんじをする。

「お鶴つるさんと二人ふたりで朗讀らうどくでもして騷さわいだのか」

「えゝ、兄にいさんによろしくと云いつてたわ」

「お鶴つるさんと一緖しよに行ゆくと、あの男をとこが優待いうたいするだらう」

と、健次けんじは何氣なにげなく云いつたが、妹いもとの耳みゝにはそれが銳するどく響ひゞいて、急きふに考かんがへ込こんだ。健次けんじは箕浦みのうらから屢屢しば〴〵戀愛論れんあいろんを聞きかされたのだが、先日せんじつ或ある雜誌ざつしに載のつた彼かれの叙情的じよじやうてきの美文びぶんを讀よんだ時とき、それが彼かれ自身じしんの事ことを書かいてるので、相手あひては織田おだの妹いもとだと感付かんづいた。そして自分じぶんの妹いもとの竊ひそかに箕浦みのうらを思おもつてるのが可笑おかしくもあり、可愛かあいさうでもあつた。しかしそれを妹いもとに知しらせる氣きでもなかつたのだ。で、

「學校がくかうの懇親會こんしんくわいは何日いつあるんだ」と、聞ききたくもないことを、わざと柔やさしい聲こゑで問とうた。妹いもとは碌ろくに答こたへもせず、暫しばらくして浮うかぬ面かほを上あげて、

[Pg 91]「兄にいさんは結婚けつこんする氣きぢやないんですか」と、さも妹いもとの身みの上うへにも重要ぢうえう問題もんだいででもある如ごとく感かんじてゐる。

「お前まへはおれを織田おだの妹いもとと結婚けつこんさせたいのか、それが何なにかお前まへの利益りゑきになるんか、變へんだね」と、健次けんじはお轉婆てんばの妹いもとの生眞面目きまじめな態度たいどを怪あやしんだ。

「私わたしの利益りゑきなんて酷ひどいわ、兄にいさんの爲ためを思おもつてるから聞きいて見みてるのに」と、袂たもとの先さきをひねくつて言葉ことばもはき〳〵しない。

「有難ありがたう、しかしおれは近々きん〳〵下宿屋げしゆくやへでも行いつちまうんだ」

「本當ほんたうに?」と、妹いもとは目めを丸まるくして「何故なぜ下宿屋げしゆくやなんかへ」

「何故なぜでもないさ、もうお前方まへがたのお喋舌しやべりも聞飽きゝあいたから、」

妹いもとは兄あにの氣心きごゝろを知兼しりかねて、只たゞ「變へんな人ひとだわ、お鶴つるさんを好すいてやしないのか知しらん、それとも表面うはべばかりあんなに澄すましてるのではなからうか」と思おもつてゐたが末娘すゑむすめのお光みつが「姉ねいさん、早はやく被入いらつしやい、御飯ごはんだよ」と、駈かけて來きて、引張ひつぱつて茶ちやの間まへ行いつた。

[Pg 92]

(十一)

四五日にちはかくて過すぎた。目めを醒さますと、屋根やねには霜しもを置おいて朝日あさひがキラ〳〵と照てつてることもある、雲くもの低ひくく垂たれてることもある。培養ばいやうせぬ菊きくは蟲むしに喰くはれて自然しぜんに萎しほれて行ゆく。父子ふしは前後ぜんごして出勤しゆつきんする。健次けんじは每日まいにち同おなじやうなことを考かんがへて、一日にちの仕事しごとを濟すませて歸かへると、相あひも變へんらず母はゝは窶やつれた顏かほをして待まつてゐる。一家かには何なんの波瀾はらんもない。母はゝは年中ねんぢう廢屋あばらやに燻くすぶつてゐるのだから、偶たまに戶外そとへ出でるか、異かはつた人ひとが訪たづねて來くると、見みたり聞きいたりした何なんでもない事ことを、物珍ものめづらしさうに誇張こちやうして問とはず語がたりをするのを樂たのしみにしてゐる。妹いもとの千代ちよは思おもひ出だしては朗讀らうどくの稽古けいこをしてゐるが、平生ふだんほどお喋舌しやべりもせず、多少たせう鬱ふさいでる風ふうも見みえる。織田おだは忙いそがしいので手紙てがみを送おくつたきり訪たづねて來こない。先月せんげつから赤痢せきりが流行りうかうして、根岸ねぎし近傍きんばうにも大分だいぶ患者くわんじやがあ[Pg 93]るやうだが、菅沼すがぬまの一家かは數年すうねん來らい風邪ふうじや以上いじやうの病人びやうにんはない。で、父ちゝは家族かぞくが皆みな健全けんぜんで目出度めでたい々々々と一人ひとりで喜よろこんで、自分じぶんが少すこし風邪氣かぜけがあらうと腹加減はらかげんがよくなからうと、痩我慢やせがまんを出だして出勤しゆつきんしてゐる。しかし今度こんどの寒さむさ當あたりは我慢がまんし切きれなかつたと見みえ、或日あるひ役所やくしよを早退はやびけにして歸かへり、お定きまりの晚酌ばんしやくも止よして、行火あんかへもぐり込こんでしまつた。

健次けんじは父ちゝの代かはりに海苔のりを肴さかなに一本ぽんガブ呑のみにして、書齋しよさいへ入はいつたが、寢ねるには早はやし、ランプと睨にらめつくらをしてゐた。すると、その朝あさ桂田かつらだ夫人ふじんの筆ふでで晚餐會ばんさんくわい招待せうたいのハガキの來きたことから、桂田かつらだに借かりた「東西とうざい倫理りんり思潮してう」を、本箱ほんばこの上うへに置おいたまゝ手てにも取とらず、談話だんわ筆記ひつきに行ゆくのも忘わすれてゐたことを思おもひ出だし、それを取出とりだして飛とび〳〵に讀よみかけた。

西風にしかぜがカタ〳〵と雨戶あまどに當あたり、隣家となりの柿かきの葉はの散ちる音おとも幽かすかに聞きこえる。父ちゝは時々とき〴〵呻吟うめいてゐる。

[Pg 94]次第しだいに健次けんじの目めは書物しよもつを離はなれ、銳するどい神經しんけいは風かぜの音おとと父ちゝの呻吟うめきとに煩わづらはされ、火鉢ひばちへ俯首うつむいて眉まゆを顰ひそめ、煙草たばこの吸口すゐくちを嚙かんでゐると、門かどの戶とがそつと開あいた。それが木枯こがらしで自然しぜんに開あいたやうで、健次けんじは思おもはず薄氣味うすきみ惡わるく感かんじた。忍しのびやかに敷石しきいしに音おとがする。誰たれかが來きたらしく、やがて低ひくい聲こゑで母はゝとの話聲はなしごゑがする。

「あゝ織田おだだな」と、健次けんじは離はなれ島じまに人ひとの訪たづねた如ごとく、救助きうじよの舟ふねでも來きた如ごとく望のぞみを掛かけて待まつてゐた。

暫しばらくして織田おだは「ヤア」と、例れいの頓間とんまな聲こゑをして入はいつて來きて、火鉢ひばちを隔へだてゝ坐すわつた。新調しんてうと思おもはれる綿入わたいれを着きて、髯ひげも剃そつて、髮かみも奇麗きれいに分わけ、愉快ゆくわいさうな顏付かほつきをしてゐる。

「非常ひじやうに遲おそく來きたね」

「遲おそくなくちや君きみがゐないかと思おもつて、」と、織田おだは珍めづらしく敷島しきしまを袂たもとから出だして火ひを付つけ、

[Pg 95]「僕ぼくは今日けふ非常ひじやうに愉快ゆくわいだ」

「愉快ゆくわいだつて、君きみからそんな言葉ことばを聞きくのは不思議ふしぎだ、親爺おやぢの病氣びやうきでもよくなつたのか」

「いや、親爺おやぢは變かはらないがね、今日けふ僕ぼくは桂田かつらださんの紹介せうかいで新職業しんしよくげふに有ありついたんだ、神田かんだの本屋ほんやで辭書じしよの編纂へんさんだが、報酬ほうしうも非常ひじやうにいゝんだよ」

「さうか、面倒めんだう臭くさい厭いやな仕事しごとだね、辛抱しんばう出來できるかい」

「面倒めんだう臭くさいなんて云いつた日ひにや、いゝ仕事しごとはありやしないぜ、報酬ほうしうさへよけりや、僕ぼくは何なんでもやる、それにね君きみ、僕ぼくは長編ちやうへんを昨日きのふ譯やくしてしまつたよ、あの金かねが入はいると、借金しやくきんを殘のこらず拂はらへるし、醫者ゐしやの方はうも奇麗きれいに片付かたづくから一安心あんしんだ、君きみにも一杯ぱい奢おごらあ」

織田おだは平素ふだん健次けんじを無む二の親友しんいうと思おもひ、互たがひに喜憂きいうを分わかつつもりでゐるので、今日けふも吉報きつぽうを傳つたへに來きたのだ。

「そりや結構けつかうだ」と、健次けんじは口先くちさきでは云いつたが、心こゝろではこの魁偉くわいゝなる人間にんげんが、信州しんしう[Pg 96]訛なまりの拔ぬけぬ頭あたまの眞中まんなかの禿はげた老母らうぼと、頰ほゝの赤あかいよく肥ふとつた妻君さいくんのために、年中ねんぢう專念せんねん一意い脇目わきめも振ふらず稼かせいでゐる樣さまを憐憫みじめに感かんじた。

「僕ぼくも二三年ねん踠あがき通とほしだつたが、これからは少すこしは樂らくになるだらう、隨分ずゐぶん君きみにも迷惑めいわくを掛かけたがね、もう大丈夫だいじやうぶだ。節儉せつけんすりや月末つきずゑの拂はらひに困こまることはない、何なにしろ學校がくかうの月給げつきふは三十圓ゑんだから遣切やりきれなかつたが、辭書じしよからは六十圓ゑんづゝ吳くれるんだよ、丁度てうど倍ばいだからね、それに内職ないしよくに飜譯ほんやくを續つゞけてやつてけば、小使錢こづかひせんは取とれるし」と、織田おだは自分じぶんの現狀げんじやうを想おもつて悅うれしくてならぬ風ふうだ。で、尙なほ世帶話しよたいばなしを續つゞけて、「家賃やちんは收入しうにふの五分ぶんの一を超過てうくわしてはならぬ」とか、「消費せうひ組合くみあひに入はいれば幾いくら宛づゝ經濟けいざいになる」とか。終しまひには將來しやうらいの家計かけいの豫算よさん計畫けいくわくを細こまかく說とき出だした。

妹共いもとどもはもう寢ねたのか、家うちの内うちは靜しづかだが、隣家となりから赤兒あかごの泣聲なきごゑが洩もれ聞きこえ、柿かきの葉はもカサ〳〵と音おとを立たてゝゐる。健次けんじは火箸ひばしで炭籠すみかごを引寄ひきよせどつさり添炭そへすみした。最早もはや酒さけの氣けもなくなつて寒さむい。せめて織田おだが何時いつものやうに苦痛くつうを訴うつたへるのなら、聞きい[Pg 97]ても多少たせう張合はりあひもあるが、大得意だいとくいで生活せいくわつの勝利しやうりを談だんずるのだから健次けんじは聞きいてゐても眠ねむくなるばかり、

「それでね、父ちゝの病氣びやうきがどうかなり次第しだい、もつといゝ家うちへ轉宅てんたくして新あたらしい生活せいくわつを初はじめるつもりだ、それについて妹いもとだけ持もて餘あまし者ものだが、あれに對たいする責任せきにんさへ免まぬかれりや、僕ぼくの重荷おもには卸おりてしまうんだよ」と、織田おだは抑揚よくやう緩急くわんきふのない調子てうしで云いつて相手あひての顏かほを見みて答こたへを促うながした。

健次けんじは五月蠅うるさい奴やつだと思おもつて、何なにか云いはうとした所ところへ、母はゝが茶盆ちやぼんと菓子皿くわしざらを持もつて來きた。「今いま織田おださんに頂いたゞいたんだよ」と、母はゝは茶ちやを注ついで、中腰ちうごしで二つ三つ世間せけん話ばなしをして行いつた。皿さらにはチヨコレート、クリームが黃きいろい紙かみに包つゝまれて並ならんでゐる。健次けんじはそれを手てに取とつて、端はじを前齒まへばで嚙かんだが、厭いやな顏かほをして、喰餘くひあましを机つくゑの端はじへ置おき、

「もう君きみ、緣談えんだんは止よさうぢやないか、僕ぼくはもう聞ききたくない」と、命令的めいれいてきに云いふ。[Pg 98]織田おだは壓をさへ付つけられて暫しばらく默だまつてゐた。

「だが、君きみの爲ためにも結婚けつこんする方はうがいゝと思おもふ、今いまも母堂マザーに話はなすと母堂マザーも賛成さんせいして、さうなると結構けつかうだと云いつてる、それに何なんだよ」と、四圍あたりを憚はゞかつて聲こゑを低ひくくし、「君きみのシスターについても僕ぼくは考かんがへてる、今度こんどの事ことは四五日にち前まへに鶴つるにもよく話はなしたんだがね、その時とき彼女あれに聞きくと、お千代ちよさんは箕浦みのうらを思おもつてるんださうだ、それだと丁度てうどいゝぢやないか、シスターを箕浦みのうらへやつちまつては、何なんなら僕ぼくが周旋しうせんする。」

「だつて君きみは箕浦みのうらは嫌きらひだと云いつてたぢやないか」

「しかし君きみのシスターが好すいてりや仕方しかたがないさ、君きみも早はやく妹いもとを片付かたづけて、定きまりをつけて、活動くわつどうし玉たまへ、君きみは我々われ〳〵とは異ちがつて才さいがあるんだから幾いくらでも發展はつてん出來できる」

「うまく煽動おだてるね、煽動おだてたつて駄目だめだよ、僕ぼくに發展はつてんの道みちがある位くらゐなら、君等きみらに云いはれなくても疾とつくに發展はつてんしてる」と、健次けんじは肱枕ひぢまくらで橫よこになつた。

「箕浦みのうらの自惚家うぬぼれやでも君きみにや感心かんしんしてるよ、二三日前にちまへにも見舞みまひだつてやつて來きて、[Pg 99]何時いつか君きみは異彩ゐさいを放はなつだらうと云いつてた、實じつはその時とき妹いもとを君きみにおつ付つけたいと彼男あれにも明あかしたのだ」

「箕浦みのうらは何なんと云いつてた」

「彼男あれかね」と、織田おだは云いひかけて躊躇ちうちよして、「別べつに何なにも云いやしない、丁度てうどいゝだらうと云いつてた」

「さうでもなからう、しかし君きみは色いろんな事ことをするね、千代ちよにも何なにか話はなしたね」

「いや碌ろくに話はなしもしないが、妻さいや妹いもとを通とほして多少たせう聞きいたことはある」

「そうか、彼女あいつが此間こなひだ、君きみの家うちから歸かへると、僕ぼくに向むかつて頻しきりに結婚けつこんを勸すゝめるから、變へんだなと思おもつたが今いま分わかつた、彼女あいつも歲としが歲としだけに生意氣なまいきな事ことを考かんがへてやがらあ」と、舌打したうちして起上おきあがつた、健次けんじは腹はらの中うちで、「妹いもとは箕浦みのうらに對たいする競爭者けうさうしやのお鶴つるを自分じぶんに當あてがつて、箕浦みのうらを一人ひとり占じめにしやうと思おもつてるんだらう」と、妹いもとの腹はらの底そこまで小憎こにくらしく感かんじた。あんな男をとこを珍重ちんてうして戀こひとか何なんとか云いつてるのを蟲唾むしづの出でる程ほど厭いやに感かんじた。

[Pg 100]織田おだは健次けんじの目付めつきの銳するどくなるを見みて、「何なにを考かんがへてるんだ」と聞きく。

「君きみも餘計よけいな世話せわを燒やくね、自分じぶんの事ことだけで飽あき足たらなくて」

「餘計よけいな世話せわぢやない、友情いうじやうから考かんがへたんだ、一家かの幸福しあはせのために僕ぼくの云いつた通とほりにし玉たまへ、どうせ通とほる道みちなら早はやく通とほつた方はうがいゝぢやないか」

「いゝ仕事しごとに有付ありついたと思おもつて馬鹿ばかに大家たいかめいた事ことを云いふね、しかし僕ぼくは君きみや箕浦みのうらとは異ちがつて何處どこへ行いくんか方角はうがくが取とれんから仕方しかたないさ、」

「ぢや僕ぼくの說せつは用もちひないんか、それで君きみはどうするんだい、責任せきにんの重おもい身體からだで」

「さあどうするかね」と、他人事ひとごとのやうに云いつたが、急きふに鬱陶うつとうしい色いろを呈ていした。

「君きみは學生がくせい時代じだいと同おなじやうな氣きでゐるが、よく家族かぞくの事ことを思おもはんで浮々うか〳〵してられるね、目めの前まへに君きみの責任せきにんがころがつてるぢやないか」と織田おだは眞面目まじめな口調くてうを止やめぬ。

「だから僕ぼくは家うちが厭いやだよ」と、健次けんじは又また橫よこになつて目めを閉とぢて、「君きみとも長ながい間あひだ交際つきあつてるが、福音ふくゐんも聞きかせて吳くれんね、」と、云いつたきり、口くちを利きかなくなつた。

[Pg 101]で、織田おだが母はゝと話はなして歸かへつた後のち、健次けんじは冷つめたい蒲團ふとんの中なかへもぐり込こんで、「彼奴あいつも馬鹿ばか野郎やらうだ」と呟つぶやいた。しかしこれは他人たにんの間なかで氣㷔きえんを吐はいてる時ときに叫さけぶとは異ことなつて、滅入めいつた絕望ぜつばうの聲こゑだ。

(十二)

翌日よくじつは妹いもと娘むすめ寵愛てうあいの子猫こねこが、晚餐ばんさんの總菜用さうざいようの魚うをを啣くはへて緣えんの下したへ逃にげ込こんだので、一家かは大騷おほさわぎ。父ちゝは褞袍どてらを着きたまゝ寢室ねまを出でて來くる。母はゝは靑筋あをすじ立たてゝ怒鳴どなり立たてる。暫しばらくして何なに食くはぬ顏かほの猫ねこは鈴すゞを鳴ならして長火鉢ながひばちの側そばへ歸かへり、目めを細ほそくして口くちべた﹅﹅を甜なめずつてゐると、皆みんなに頭あたまを打ぶたれた。母はゝの愚痴ぐちが靜しづまると、家族かぞくは煮豆にまめで晚餐ばんめしを食くつた。

健次けんじはかねて賴たのんで置おいた或ある社員しやゐんの知しらせで、日暮ひぐれ前まへに月島つきしまの或ある下宿屋げしゆくやの空間あきまを檢分けんぶんした。廊下らうかに立たつと、安房あは上總かづさの山々やま〳〵が夢ゆめのやうに、ぼんやり﹅﹅﹅﹅水煙みづけむりの向むかうに浮うかび、[Pg 102]强つよい風かぜが絕たえ間まなく寄よせて來くる。隣室となりの話聲はなしごゑも風かぜに浚さらはれ波なみの音おとに沒ぼつして聞きこえぬ。彼かれは幼をさない頃ころ讚岐さぬきの濱はまで恣ほしひまゝに鹽風しほかぜを浴あびて遊あそんだことを朧氣おぼろげに思おもひ出だした。その瞬間しゆんかん「新生涯しんしやうがいを此處こゝで始はじめる、根岸ねぎしの古屋ふるやを去さつて腹はら一杯ぱい鹽氣しほけを吸すはう」と决けつし、二三日にち中うちに返事へんじをすると約束やくそくした。で、家うちへ歸かへると、母はゝや妹いもとに聞きかされた一日にち中ぢうの大事件だいじけんは猫ねこと魚うをの話はなしであつた。

(十三)

翌日よくじつ桂田かつらだの家いへで晚餐ばんさんをかねて小園遊會せうゑんゆうくわいが開ひらかれ、博士はかせ夫妻ふさいの親戚みうちの靑年せいねん男女なんによ、箕浦みのうら織田おだ等とうの家族かぞく、凡すべて十數名すうめいが招待せうたいされた。健次けんじもその一人にんだが、生憎あひにく編輯へんしふ締切しめきりの當日たうじつなので、原稿げんかうの計算けいさんやら雜誌ざつしの體裁ていさいやらの相談さうだんを持掛もちかけられ、漸やうやく夜店よみせ商人しやうにんが店みせを出だしかけた時分じぶん雜誌社ざつししやを出でて、生温なまあたゝかい空からつ風かぜに曝さらされ、千駄木だぎへ向むかつた。既すでに來濱らいひんは揃そろつてるらしく、笑聲わらひごゑも賑にぎやかで、玄關げんくわんには奇麗きれいな女をんな下駄げたや、磨みがき立たてた靴くつ[Pg 103]が幾いくつも並ならんでゐる。客間きやくまへ通とほされると博士はかせの甥おひに當あたる久保田くぼたと箕浦みのうらとが食卓しよくたくを隔へだてゝ博士はかせと向むかひ合あつて、盛さかんに話はなしをしてゐた。

襖ふすまを開あけると三人にんは一緖しよに頭あたまを上あげて健次けんじを見みた。床とこの間まには大輪だいりんの白菊しらぎくを生いけてあり、鴨居かもゐには嵐あらしの跡あとの海波なみを寫うつした新あたらしい油繪あぶらゑを揭かゝげてゐる。少尉せうゐの軍服ぐんぷくを着つけた久保田くぼたの顏かほは赤銅色しやくどういろをして、まだ文明ぶんめいに疲つかれない太古たいこの活氣くわつきに漲みなぎつてゐる。箕浦みのうらの靑あをい寶石ほうせき入いりの襟留ピンは、その磨みがき立たてた白しろい顏かほ黑くろい眼まなこと相照あひてらして光ひかつてゐる。

「菅沼すがぬまさん暫しばらくですね、相變あひかはらず元氣げんきがいゝつてぢやありませんか」と久保田くぼたは快活くわいくわつに笑わらつた。

「どう致いたして、一寸ちよつと見渡みわたしたところ、元氣げんきは貴下あなた一人にんで專有せんいうしてるやうだ」と、健次けんじは久保田くぼたの側そばに坐すわつた。卓上たくじやうにはクユラソーの德利とくりが置おかれてゐる。

「さあやり玉たまへ、貴下あなたが來こなくちや、僕ぼくの相手あひてがない」と、久保田くぼたは杯さかづきを差さし、「今日けふは散々さん〴〵に君きみの噂うはさをしたんですよ、箕浦君みのうらくんと叔父をぢとでね、頻しきりに貴下あなたの攻擊こうげきを始はじめ[Pg 104]るから、僕ぼくが一人ひとりで辯護べんごしましたハツ〳〵〳〵」

「さうですか」と、健次けんじは杯さかづきを受うけて、箕浦みのうらの顏かほを見みた。箕浦みのうらは少すこし頰ほゝを赤あかめ、

「僕ぼくは攻擊こうげきしたんぢやないよ」と顏かほを外そらして、「久保田くぼたさん、今いまのお話はなしの續つゞきを聞きかせて下ください、非常ひじやうに面白おもしろい、貴下あなたの話振はなしぶりがお上手じやうずだから、僕ぼくには演習えんしふの模樣もやうが目めに浮うかぶやうです」

「いや、もう止よしませう、それより庭にはへ行いつて、娘子軍らうしぐんを襲おそはうぢやありませんか」と、久保田くぼたは立たちかゝつた。

「何なにを話はなしたんです、去年きよねんは貴下あなたの決闘けつたう奬勵談しやうれいだんを聞きかされたが、今年ことしはもっと痛快つうくわいな新問題しんもんだいがあるんですか」と、健次けんじが問とふ。

「なあに、僕ぼくが大演習だいえんしふに行いつたから、今いまもその話はなしをしたんです。しかし下くだらないさ、演習話えんしふばなしなんか。新聞しんぶんで見みてると面白おもしろさうだが、實際じつさい飯事まゝごと見みたいな者ものですからな、あんな事ことをやつたつて、實戰じつせんの役やくに立たちやしない、先まづ昔むかしのお鷹狩たかゞりのやうな者ものさ」

[Pg 105]久保田くぼたは緣側えんがはを下おりて赤鼻緖あかはなをの草履ざうりを穿はき、健次けんじを指招さしまねいた。「さあ菅沼すがぬまさん被入いらつしやい、貴下あなたは我黨わがたうの士しだから」

「僕ぼくは少すこし休やすんでから行ゆきます」と、健次けんじは獨ひとりでキユラソーを三四杯ぱい傾かたむけた。博士はかせと箕浦みのうらとは哲學上てつがくじやうの問題もんだいを論ろんじ出だした。庭にはには花行燈はなあんどんが二つ三つ點とぼされ燈火あかりの側そばでは蓄音器ちくおんきで喇叭節らつぱぶしか何なにかゞ聞きこえ、草花くさばなの間あひだを黑くろい影かげが動うごいてゐる。さして廣ひろい庭にはでもないが、夜目よめには奧深おくふかく、一際きわすぐれた樅もみの木きは冴さえた空そらを摩ましてゐる。

「織田おだは來きてゐないか」と、四方はうを見廻みまはした揚句あげく、箕浦みのうらに問とうた。

「あゝ仕事しごとが忙いそがしいと云いつて、出でて來こない」

「彼かれの妹いもとは?」

「來きてるよ、君きみの妹いもとと一緒しよに」

「さうか」

蓄音器ちくおんきが止やむと、久保田くぼたの陽氣やうきな太ふとい聲こゑが庭には一杯ぱいに廣ひろがり、やがて小兒等せうにらの萬歲ばんざいの[Pg 106]叫さけびと女共をんなどもの笑わらひ聲ごゑが聞きこえる。

「君きみ、彼處あすこへ行いかうぢやないか」と、健次けんじは箕浦みのうらの躊躇ちうちよするのを無理むりに手てを執とり、庭にはに連つれ出だした。博士はかせは食卓しよくたくに肱ひぢをついたまゝ、二人ふたりの後姿うしろすがたを見送みおくつてゐる。

箕浦みのうらは久保田くぼたが四五人にんの子供こどもを相手あひてに調練てうれんの眞似まねをしてるのを見みて、步あゆみを止とゞめ、「あんな騷さわぎの中なかへ行いつても面白おもしろくない、何處どこか外ほかを散步さんぽしやうぢやないか、君きみに話はなしたいこともある」

「さうか」と、健次けんじはどうでもいゝと云いつた風ふうで、箕浦みのうらの後うしろについて植込うゑこみに添そうて、人氣ひとけない方はうへ向むかつた。丈たけ長ながきコスモスが風かぜに搖ゆられて、淡あはく白しろい花瓣はなびらが肩かたに觸ふれる。箕浦みのうらはその一輪りんを手折たをつて、鼻はなで嗅かいで弄もてあそんだ。

「君きみも此家こゝへ來き出だしてから、もう五六年ねんになるね」と、健次けんじは突如だしぬけに聞きいた。

「うん、君きみが一番ばんの古參こさんで、織田おだと僕ぼくと、皆みんなよく來きたものだ」

「しかし君きみや織田おだはこの家うちに何なにか跡あとを殘のこしてるが、僕ぼくは物ものを壞こはした丈だけで、何なんにも[Pg 107]貢献こうけんしてゐないね、この草花くさばなも大抵たいてい君きみが種たねを卸おろしたんぢやないか、客間きやくまの油繪あぶらゑだつて君きみが周旋しうせんして誰たれとかに書かかせたのだし、つまり君きみの盡力じんりよくでこの家うちもこの庭にはも大分だいぶ色艶いろつやがついたが、僕ぼくの見みた所ところぢや肝心かんじんの先生せんせい夫婦ふうふは大分だいぶ艶氣つやけがなくなつたね、君きみにやさう思おもはれんかい」

「だつて二人ふたりとも以前いぜんと異ちがはんぢやないか、今夜こんやは妻君さいくんもひどくめか﹅﹅して若々わか〳〵としてる」

「しかし幾いくら飾かざつてゝも、心こゝろの艶つやは失うせてる。僕ぼくにや二人ふたりが奇麗きれいなお墓はかの中うちに埋うづもつてるやうに見みえる、あれで妻君さいくんは獨ひとりで藻搔もがいてるが、とても拔ぬけ出でらりやしないよ、君きみなんかにも色いろんなことを云いふだらうが、つまり我々われ〳〵の若わかい息いきを嗅かいで、腹はらの蟲むしを慰なぐさめてるんだ」と、健次けんじは嘲あざけるやうに云いつた。

「馬鹿ばかな事ことを」と、箕浦みのうらは淋さびしく笑わらつて、「先生せんせいの家うちには何時いつ來きても穩おだやかな柔やはらかい空氣くうきが漂たゞよつてるぢやないか、僕ぼくはこんな平穩へいをんな生涯しやうがいを送おくりたいと思おもふ」

[Pg 108]「千駄木だぎの哲人てつじんに對たいして、麹町かうじまちの哲人てつじんになるんか、まあそれもいゝが、君きみは此頃このごろは妻君さいくんに可愛かあいがられてゐないね、去年きよねんは箕浦みのうらさんでなくちや夜よも日ひも明あけなかつたけれど、もう厭あいてゐるらしい、寵愛てうあいが僕ぼくに移うつつてる」

「だが、妻君さいくんは我々われ〳〵の仲間なかまにや、誰たれに對たいしても親切しんせつだよ、先日こないだも織田おだのことを心配しんぱいしてたから、僕ぼくがよく話はなしをして置おいた」

「そりや妻君さいくんも暇ひまだから、人ひとの世話せわを燒やいてるが寵愛てうあいは別べつだね、目付めつきが違ちがふ、言葉ことばの味あぢが違ちがふ、一人ひとりで焦慮ぢれて一人ひとりでペスミスチツクになつてるから面白おもしろい、しかし君きみにや分わかるまい、一年間ねんかん寵兒てうぢであつた癖くせに」

「そりや君きみが主觀的しゆくわんてきに見みるからさう見みえるんだ、妻君さいくんは誰たれに對たいしても平等びやうどうで、何時いつも同おなじ調子てうしぢやないか」

「君きみにやさう見みえるんだね、ぢやそれでもいゝ」と、健次けんじは無愛相ぶあいさうに云いつて口くちを閉とぢた。蟲むしの音ねが遠とほく近ちかく聞きこえる。

[Pg 109]「菅沼すがぬまさん〳〵」と、久保田くぼたの呼よぶ聲こゑがして、健次けんじは振向ふりむいたが、箕浦みのうらは首肯うつむいたまゝ草花くさばなの周圍まはりを步あゆみながら、

「實じつは過日こなひだから君きみに會あひたかつたのだ、僕ぼくの手紙てがみは見みて吳くれたらう」

「むん見みたよ、用ようは何なんだつたか、もう忘わすれてしまつたが」

「僕ぼくは近々ちか〴〵に慈善じぜん音樂會おんがくくわいを企くはだてゝるんだが、君きみも賛成さんせいして盡力じんりよくして吳くれ玉たまへな、先生せんせいも奧おくさんも助力じよりよくして吳くれる筈はずだが、君きみも助たすけて吳くれ玉たまへ」

「音樂會おんがくゝわいか、僕ぼくにや適任てきにんでないが、しかし君きみがやるなら助たすけてもいゝ」

「是非ぜひ賴たのむよ、尙なほ詳くはしいことは後あとで話はなすがね、僕ぼくはその會くわいで自分じぶんで新作しんさくを朗讀らうどくするつもりだ」と云いつて、箕浦みのうらは聲こゑが沈しづんでゐる。

「此頃このごろは頻しきりに朗讀らうどくが流行はやる」と、健次けんじは獨言ひとりごとのやうに云いつて「君きみは大論文だいろんぶんを書かいてるさうだが、まだ出來できないか」

「あゝ、も少すこしになつて完成くわんせいしない、それに此頃このごろはいろんな疑問ぎもんが湧わいて來きて、思[Pg 110]想しさうが錯亂さくらんしていかん」

「何故なぜ」

「何故なぜつて、考かんがへりや考かんがへる程ほど、自分じぶんの立たてた理窟りくつが分わからなくなる、織田おだのやうな單純たんじゆんな人間にんげんは幸福しあはせだね」

「まあ幸しあはせでも不幸ふかうでもいゝさ、僕ぼくはもう腹はらが減へつて來きた、彼方あつちへ行いつて何なにか食くはうぢやないか、織田おだの妹いもとやマダムにも會あひたくなつた」と、健次けんじは植込うゑこみの中なかを橫切よこぎり、黃きいろい花はな、白しろい花はなを無慈悲むじひに肱ひぢで散ちらした。箕浦みのうらは相手あひての顏かほを見みて、低ひくい聲こゑでわざと平氣へいきに、

「君きみは結婚けつこんするのか」

「織田おだが頻しきりに運動うんどうしてる、どうなるかね」

「その方はうがいゝだらう、定きまりがついて」

「何なにが定きまりがつくもんか、それよりや君きみこそ早はやく妻君さいくんでも情婦いろでも拵こしらへ玉たまへな、僕ぼく[Pg 111]にや女をんなて者ものあ肉にくの塊かたまりとしてあるから、口先くちさきや目めつきで慰藉ゐせきされたり愛あいを濺そゝがれたりする必要ひつえうはないが、君きみはさうはいかない。圓滿ゑんまん平穩へいをんなスヰートホームて奴やつを造つくらなくちや、君きみの全身ぜんしんが滿足まんぞくされまい、僕ぼくは君きみの作物さくぶつを讀よむ每ごとに、凡すべてが妻君さいくんを欲ほつする不安ふあんの聲こゑを發はつしてるやうに感かんずる。織田おだも君きみも僕ぼくも學校がくかう時代じだいに色いろんな夢ゆめを見みて、世よの中なかへ出でると、皆みな失望しつばうしたり、考かんがへも變かはつたが、君きみは終始しゆうし一貫くわんしてる、君きみの沈鬱症ちんうつしやうは戀人こひゞとの手てで電氣でんきを掛かけて貰もらひさへすれば直すぐ癒なほる。だから早はやくさうし玉たまへ、織田おだのやうに食くふに困こまるんぢやなし」

「君きみは故意こいに不眞面目ふまじめなことを云いふ。惡わるい癖くせだ」と、箕浦みのうらは少すこし顏かほを赤あからめ、「婦人ふじんに對たいしても、戀愛れんあいに關くわんしても、もつと眞面目まじめに深ふかい意味いみを見みなくちやならんよ」

「さうかねえ」と、健次けんじは冷ひやゝかに云いつて「併しかし僕ぼく自身じゝんがさう信しんずれば仕方しかたがない、人間にんげんは寄生蟲きせいちう、女をんなは肉にくの塊かたまり、昔むかしから聖人せいじんがさう云いつてる」

「まさかそんな聖人せいじんもあるまい、君きみは己おのれを欺あざむいて趣味しゆみや情熱じやうねつを蔑視べつししてるんだ」

[Pg 112]と、空そらを仰あふいで、「見玉みたまへ、空そらは冴さえて、月つきも鮮あざやかに出でかゝつてる、蟲むしでも秋あきの氣きを感かんじて鳴ないてる」

「ふゝん」と健次けんじは嘲あざわらつたが「しかしね、僕等ぼくら寄生蟲きせいちうにも血ちが流ながれてるし腦なうが働はたらくから、餘計よけいなことを考かんがへていかん、僕ぼくの拳こぶしにも力ちからがある」と、秋風しうふうに長ながい髮かみを吹ふかせ、思おもひに沈しづんでる箕浦みのうらの手てを握にぎつて急いそいで步あゆんだ。

月つきは木この間まに洩もれて、新あたらしい光ひかりを緣側えんがはに投なげてゐる。今迄いままで庭にはで戯たはむれてゐた連中れんちうも大方おほかたは客間きやくまに集あつまり、二つの食卓しよくたくの上うへには鮨すしや柿かきや栗くりが盛上もりあげられてゐる。健次けんじは緣側えんがはに立たつて一座ざを見渡みわたした。片隅かたすみに妻君さいくんとお鶴つるとお千代ちよとが鼎形かなゑがたに坐すわり、鮨すしを貪むさぼりながら、何なにか話はなしては笑わらつてゐる。光ひかりを正面まともに受うけて、妻君さいくんの白しろい齒はと、紅くれなゐと碧みどりの二つの指環ゆびわのちら〳〵動うごくのが目めを惹ひいた。

「菅沼すがぬまさん、此處こゝへ來き玉たまへ、貴下あなたがゐなくちや駄目だめだ」と、久保田くぼたが呼よんだ。彼かれは顏かほを熟柿じゆくしのやうにして、胡坐あぐらを搔かき、その前まへには博士はかせが三四歲さいの男をとこの子こを抱かゝへて、[Pg 113]獨ひとり笑壺ゑつぼに入いつてゐる。

久保田くぼたの聲こゑを聞きいて、妻君さいくんもお鶴つるも箸はしを置おいて健次けんじを見上みあげた。健次けんじは目禮もくれいして

「お鶴つるさんにも暫しばらくだね」と、柿かきの皮かはを入いれた盆ぼんを跨またいで、三人にんの側そばへ割込わりこむ、

「箕浦みのうら君きみ來玉きたまへ、便ついでに鮨すしでも抓つまんで來きて吳くれ」と、通路かよひぢを塞ふさがれて、ぐず〳〵してる箕浦みのうらを指招さしまねいた。

「兄にいさん、久保田くぼたさんが呼よんで被入いらつしやるぢやありませんか、彼處あすこへ被入いらつしやらなくちや惡わるいでせう」と、千代ちよは兄あにをこの平和へいわな群むれから追出おひださうとする。

「後あとで行いくから、お前まへは酒さけでも取とつて來きて吳くれ」

「彼處あちらで召上めしあがればいゝに」と、千代ちよは不承ふしやう々々〴〵に立たつて行いつた。

お鶴つるは片袖かたそでを抱いだくやうにして袴はかまの上うへに置おき、半なかばは口くちを開あいて、澄すました顏かほで正面しやうめんを見みてゐたが健次けんじが壓制的あつせいてきにその側そばへ箕浦みのうらを引据ひきすゑると、

「兄あにがよろしく」と會釋ゑしやくした。

[Pg 114]「お鶴つるさんも今日けふは淑女しゆくぢよ然ぜんとしてるね、それより箕浦君みのうらくんに酌しやくをして、うんと飮のまして下ください、今日けふはこの人ひとも憂愁いうしうの雲くもに鎖とざされてるから」と、健次けんじは妹いもとの手てから銚子てうしを奪うばつて、お鶴つるの前まへに置おき、箕浦みのうらの手てに盃さかづきを持もたせ、

「さあ飮のみ玉たまへ、君きみのライフはこれで幸福しあはせになる、君きみの不安ふあんの念ねんも消きえてしまう」

「僕ぼくは飮のみたくない」と、箕浦みのうらは不快ふくわいな顏かほをして、盃さかづきを下したへ置おいた。

「飮のみたくなくても、僕ぼくが勸すゝめるんだから飮のんでもいゝだらう」

「菅沼すがぬまさんはほんとに壓制的あつせいてきね」と、妻君さいくんは眉まゆを顰ひそめて、口元くちもとで笑わらつた。

「ぢや仕方しかたがない、僕ぼくが飮のまう、さあ注ついで下ください」

お鶴つるは伸のび上あがつて、不格好ぶかくかうな手付てつきで二三度ど酌しやくをした。

「兄にいさん、あまり召上めしあがつちやいけなくつてよ、今夜こんやね、お父とつさんが話はなしたいことがあるから、早はやく連つれて歸かへつて吳くれつて、私わたし云いひつかつたのよ」と、千代ちよは兄あにの顏かほをのぞき込こんで小聲こゞゑで云いつた。

[Pg 115]健次けんじはそれには答こたへず、盃さかづきに嚙かじりついてガブ呑のみを續つゞけてゐた。一座ざは皆みな食くつたり飮のんだりして腹はらを脹ふくらせ顏かほを赤あからめ、次第しだいに賑にぎやかになる。久保田くぼたの蠻音ばんおんはますます高たかく、女共をんなどもの笑聲わらひごゑを壓倒あつたうして響ひゞいてゐた。すると幹事役かんじやくの書生しよせいが閾しきひの外そとに立たち、羽織はおりの紐ひもをひねくつて餘興よきようの報告はうこくをした。

第だい一、菅沼すがぬま令孃れいじやうと織田おだ令孃れいじやうの英語えいご朗讀らうどく。來客らいきやくは座ざを改あらためて拍手はくしゆした。健次けんじはそれと見みるや直たゞちに小皿こざらに盛もつた鮨すしを持もつて、書生しよせい部屋べやへ逃にげ込こみ、肱枕ひぢまくらで橫よこになり、手掴てつかみで食くひながら、室しつを見廻みまはしてゐた。笠かさなしの小洋燈ランプの光ひかりが細ほそく照てらし、片隅かたすみには小ちいさい本箱ほんばこと赤毛布あかけつとでくるんだ夜具やぐがあるのみで、裝飾そうしよくは外ほかに何なんにもないが、只たゞ机つくゑの側そばの壁かべに新聞しんぶん附錄ふろくと思おもはれる美人びじんの石版摺せきばんずりが張はりつけられてある。朝夕あさゆふその持主もちぬしの無聊ぶれうを慰なぐさめてゐるのであらう。

健次けんじは酒氣しゆきを發はつして、うと〳〵してゐた。客間きやくまでは拍手はくしゆ相あひついで、尺しやく八の音ねが消きえるとピアノの音ねが聞きこえる。

[Pg 116]「兄にいさん被入いらつしやい、もう歸かへるんですよ」と、千代ちよは戶とを開あけて聲こゑ高たかく呼よんだが、返事へんじがないので側そばへ寄よつて搖ゆり起おこした。それでも返事へんじがない。

「仕樣しやうがないね」と呟つぶやいて去さつた。後あとで健次けんじは目めをパツチリ開あけた。妹いもとの締切しめきらなかつた戶とがギイ〳〵と幽かすかな音おとを立たてゝ動うごいてゐる。久保田くぼたの詩吟しぎんとドダンバタンの音おとが流ながれ込こむ。

「オヽ騷々さう〴〵しい」と呟つぶやいて、妻君さいくんは手燭てしよくを以もつて二階かいから下おりて、何氣なにげなく書生しよせい部屋べやの戶口とぐちを覘のぞいて「あら菅沼すがぬまさん、此處こゝにゐるのですか、どうなすつて」

「又また千代ちよなんかの金切聲かなきりごゑを聞きかされちやならんと思おもつて逃にげて來きたんですが、寢ねると立たつのが面倒めんだう臭くさくつて」と、健次けんじは大儀たいぎさうに坐すわつた。

「隨分ずゐぶん無性ぶしやうだわね」と、妻君さいくんは手燭てしよくを吹ふき消けして廊下らうかへ置おいた。

「奧おくさん貴下あなたの演奏えんそうも濟すんだんですか」

「貴下あなた聞きかなかつたの」と、妻君さいくんは指先ゆびさきで柱はしらを叩たゝきながら、雪ゆきのやうな腕かひなを露あらはし[Pg 117]てゐる。薄光うすひかりに土耳古とるこ模樣もやうの帶をびがぼんやり﹅﹅﹅﹅浮うかんでゐる。帶留をびとめの金具かなぐが光ひかつてゐる。何なんだつてあゝ何時いつまでも若わかいんだらうと健次けんじは思おもつた。

「さうですか、私わたしがうと〳〵﹅﹅﹅﹅してる間うちに、何なんだかいゝ音ねがしたと思おもつた、まだ皆みんなゐるんですか」

「子供こども連づれは歸かへつたけれど、貴下あなたの連中れんぢうは皆みなゐますよ、さあ被入いらつしやいな、これから面白おもしろい話はなしがあるんだから」

「先生せんせいや箕浦みのうらの話はなしも黴かびが生はへてるからな」と、健次けんじはひよろ〳〵と立上たちあがつた。緩ゆるんだ帶をびを不確ふたしかな手てで引締ひきしめ前まへを搔合かきあはせて、戶口とぐちを出でた。オヽデコロンの香にほひが鼻はなを突ついた。酒臭さけくさい息いきは妻君さいくんの顏かほを無遠慮ぶゑんりよに撫なでる。薄暗うすくらい廊下らうかを無言むげんで緩ゆるく步あるいた。

この夏なつピアノを洩もれ聞ききして心こゝろに妄想もうさうを描ゑがいた時ときが心こゝろに浮うかぶ。小說せうせつの話はなしに何なにか感かんじて妻君さいくんが「人間にんげんは獨身どくしんの間うちですよ」と云いつて、露氣つゆけのある目めを向むけたことを思おもひ出だす。お鶴つるや千代ちよの前まへですら、美びに誇ほこつてる樣子やうすが思おもひやられて傷々いた〳〵しくなる。と、[Pg 118]直すぐ博士はかせの灰はいのやうな面おもてが目めにつく。

彼かれは自分じぶんが妻君さいくんの寵兒ていじである、自分じぶんは勝利者しやうりしやであると思おもつた。で、幼稚えうちな空想くうさう放縦はうじうな妄念もうねんが錯亂さくらんして湧わき上あがつた。

しかし廊下らうか傳つたひは僅わづかに一分間ぷんかん、火花ひばなの如ごとく消きえては浮うかぶ空想くうさうも僅わづかに一分間ぷんかんに過すぎなかつた。障子しやうじを開あけると、殘肴ざんこうを圍かこんで四人にんがばら〳〵に坐すわつてゐる。

「今日けふは何なんだか蒸暑むしあついのね」と、妻君さいくんはぽーつと紅あからんだ顏かほを顰しかめた。

「菅沼すがぬまさんは何處どこへ雲くもがくれしてたのです、皆みんな一つづゝ隱藝かくしげいを出だしたのだから、貴下あなたも一つやらなくちやならん、箕浦みのうらさんもバイヲリンを彈ひいたのですよ」と、久保田くぼたは健次けんじの手てを握にぎつて「否いやだと云いへばこの手てを放はなさない」と、笑わらひながら、グツと力ちからを入いれて握にぎり締しめた。

「ぢや何時いつまでも握にぎつて玉たまへ」

「さあお演やんなさい、謹聽きんちやうする」

[Pg 119]「何なにをやります、貴下あなたの好すきな决闘けつたうですか」

「ハヽヽヽ决闘けつたうも面白おもしろいが、一つ都々どゞ一でも端唄はうたでも」

「唄うたへるの菅沼すがぬまさん、貴下あなたは何時いつも無藝むげいね」と、妻君さいくんは添口そへぐちした。

「何なに、唄うた位くらゐ唄うたへなくはない」と、健次けんじは自己流じこりうに「秋あきの夜よ」を胴間聲どうまごゑを張はり上あげて唄うたつて、巧うまくとも拙まづくとも何どうでもよいと云いふ風ふうだ。

「巧うまい感心かんしん々々〳〵〳〵」と、久保田くぼたは怒鳴どなつて兩手りやうてを亂打らんだし「さあ祝杯しゆくはいを献けんじよう………それから、一つ僕ぼくの愛國あいこくの唄うたを聞きかせます。謹聽きんちやうし玉たまへ」と、胸むねを突出つきだし、兩手りやうてを膝ひざに置おき、目めを細ほそくして土佐節とさぶしを唄うたつた。「死しねや死しね〳〵五十年ねんの命いのち、何なんの惜をしかろ國くにのため」と、强つよい響びゞきが締切しめきつた座敷ざしきの中なかに擴ひろがり、響ひゞきと共ともに、壁かべに映うつつた角張かくばつた肩かたが動搖どうえうする。

唄うたひ終をはると太ふとい息いきを吐ついて、「どうだ緖君しよくん甘うまいでせう、こんな小ちいさな部屋へやぢや調和てうわしないが、荒海あらうみの波なみの音おとを聞きいて唄うたふと、百萬まんの蒙古勢もうこぜいでも退治たいぢする氣きになる。つ[Pg 120]まり愛國あいこくの精神せいしんを唄うたつたのです、なあにヴアイオリンやピヤノは駄目だめだ」と怒鳴どなり、ぐつたり﹅﹅﹅﹅首くびを垂たれて、「我々われ〳〵靑年せいねんは太平洋たいへいやうの波なみの音おとを三味線みせんにして、この唄うたを唄うたはにやならん、それに不服ふふくな奴やつがありや、僕ぼくが相手あひてになつて决闘けつとうする」と云いつて、又また飛上とびあがるやうな聲こゑで笑わらひ、健次けんじに凭もたれかゝつて、

「貴下あなたは我黨わがとうの士しだ、國家こくかのために自愛じあいして吳くれ玉たまへ、僕ぼくは戰爭せんそうに行いつて死しぬるんです、國家こくかのために死しぬるんです、今いま二年ねん日露にちろ戰爭せんそうが遲おそかつたら、僕ぼくは遼東れうとうの野やに屍かばねを曝さらすのだつたが、無念むねんだ」と、叫さけんで、健次けんじの肩かたから辷すべり落おちると、そのまゝ逞たくましい握拳にぎりこぶしを投出なげだして、大だいの字じなりに寢ねて、正體しやうたいがなくなつた。

博士はかせは最初さいしよからあまり﹅﹅﹅口數くちかずを利きかず、只たゞ座中ざちうの話はなしを聞きいて微笑にこ々々〳〵してゐる。酒さけも二三杯ばいは付合つきあひに飮のんだが紅味あかみは何處どこにも見みえぬ。お鶴つると千代ちよとは遠慮ゑんりよして人形にんぎやうのやうに並ならんでゐる。箕浦みのうらは夢見ゆめみる如ごとくうつとり﹅﹅﹅﹅してゐる。一時じの騷さわぎが大嵐おほあらしの跡あとのやうに靜しづまり、只たゞ久保田くぼたの荒あらい鼻息はないきに名殘なごりを留とゞめてゐる。

[Pg 121]暫しばらくは互たがひに打うち見守みまもつたのみで、誰たれも口くちを利きかぬ。疲勞ひらうの色いろが人々ひと〴〵の顏かほに現あらはれかけた。

「もう歸かへらうか」と、健次けんじは箕浦みのうらを見みて小ちひさい聲こゑで云いつた。

「あゝ、もう遲おそくなつたね」と、箕浦みのうらは金鎖きんぐさりの小ちひさい時計とけいを出だして見みた。

「まだ早はやいぢやありませんか」と、妻君さいくんは慌あわてゝ引留ひきとめて、お愛相あいさうに茶ちやを注ついで廻まはつた。健次けんじは立たちかけて又また坐すわつた。外ほかの連中れんちうも容易よういに立たちさうでない。で、お鶴つると千代ちよとが久保田くぼたの寢姿ねすがたを見みて、何なにやら耳語さゝやいてる間あひだ、健次けんじは膝ひざを崩くづして煙草たばこを吸すひながら、妻君さいくんの顏かほを見詰みつめた、妻君さいくんは淋さびしく笑わらつた。健次けんじは何なにか云いはんとしたが、口くちも心こゝろも疲つかれてしまつたのか、そのまゝ口くちを噤つぐんだ。

一座ざはそれ〴〵に異ことなつたことを思おもつて、化石くわせきのやうに坐すわつてゐる。健次けんじは張詰はりつめた氣きが弛ゆるんで誰たれかに縋すがりついて、自分じぶんの本音ほんねを吐ふいて泣ないて見みたくなつた。「世界せかいに取殘とりのこされた淋さびしい人ひとが一人ひとりある」と、自分じぶんが賴たよりなく厭いやになると、妻君さいくんの顏かほも同おな[Pg 122]じ思おもひを現あらはしてるやうに見みえる。で、無意識むいしきに殘のこりの酒さけを飮のんで目めを轉てんずると、煙草たばこの煙けむに卷まかれた鴨居かもゐの額がくの海波なみが朧おぼろげに凄すごい色いろを見みせ、床とこの間まには菊きくの花片はなびらが何時いつの間まにか散ちつてゐて、燈火ともしびの薄うすい光ひかりに漂たゞようてゐる。戶外そとは暫しばらくは寂しんとしてゐる。

「どうした、大變たいへん靜しづかだね」と、博士はかせは沈默ちんもくを破やぶつて、力ちからのない目めを見張みはつた。

人々ひと〴〵の異ちがつた思おもひもぱつと消きえて、互たがひに目めと目めで歸かへりを促うながし、一同どうに挨拶あいさつして座敷ざしきを出でた。健次けんじも後あとから續ついて行いつた。妻君さいくんと博士はかせとは玄關げんくわんに立たつて、若わかい男女だんぢよの影かげを見送みおくつてゐた。

戶外そとへ出でると、健次けんじは四辻よつゝじに立留たちどまり、箕浦みのうらに向むかつて、

「君きみはこれから歸かへるんか、何時なんじだらう」

「もう九時じだよ、歸かへらなくちや仕方しかたがないぢやないか」

「しかし僕ぼくあ物足ものたらん、このまゝ歸かへつちや寢ねられりやしない」

「ぢや何處どこへ行く」

[Pg 123]「兎とに角かく君きみはお鶴つるさんを送おくつて行いくんだから此處こゝで分わかれよう」

「そうか」と、箕浦みのうらは千代ちよに目禮もくれいし、「ぢや菅沼君すがぬまくん近日きんじつ訪問はうもんするよ」と云いつて、お鶴つると並ならんで曲角まがりかどを曲まがつた。

健次けんじは箕浦みのうらを忘わすれお鶴つるを忘わすれ久保田くぼたを忘わすれ、桂田かつらだ夫妻ふさいがあの騷さわぎの後あとで悄然しよんぼり差向さしむかひでゐる樣さまをのみくつきり﹅﹅﹅﹅思おもひ浮うかべ、夢ゆめのやうに薄暗うすぐらく彼かの家うちを遮さへぎつてる立樹たちぎを顧かへりみてゐると、

「いいお月夜つきよね」と、千代ちよは空そらを仰あふいで詠歎えいたんの聲こゑを發はつして、「兄にいさん何なにを考かんがへて?」

「おれは最少もすこし散步さんぽして歸かへるから、お前まへは先さきに歸かへれ」

「だつてお父とつさんは兄にいさんを待まつて被入いらつしやるんですよ、早はやく歸かへらにやいけないわ」

「今日けふに限かぎつて親爺おやぢは何なんの用ようがあるんだらう、病氣びやうきでも惡わるいんか」と、健次けんじは今朝けさも朝寢あさねをして父ちゝの病床びやうせうを見舞みまはずして、社しやへ行いつたことを思おもひ出だした。この二三日にちは父ちゝと染々しみ〴〵話はなしたことはない。

[Pg 124]「別べつに惡わるくもないの、今日けふはお晝ひるから起おきてる位くらゐですもの」

「さうか、ぢやおれに何なんの用ようがあるか、お前まへ知しらないか」

「何なんですか、よく知しらないわ、…………だけど、今日けふお隣となりの緖岡もろをかさんがお見舞みまひに被入いらつしやるとお父とつさんは何なんだか心細こゝろぼそいことを話はなしてたやうだわ、兄にいさんのことも云いつて」

「おれのことを?」

「えゝ、……お父とつさんは一生しやう苦勞くらうしたばかりで、ちつとも取得とりえのない人間にんげんで終をはるんだけど、兄にいさんを立派りつぱに育そだて上あげたのが大事業だいじげふだと云いつてね、自分じぶんは今いま死しんでも殘のこり惜をしくはない、魂たましひは子供こどもの頭あたまに傳つたはつてる、健次けんじは男をとこらしい大おほきな考かんがへを持もつてるから何時いつかはえらい﹅﹅﹅學者がくしやとか政治家せいぢかとかになると云いつてたわ、」

「諸岡もろをかの隱居ゐんきよにそんなことを話はなしたのか、親爺おやじの十八番ばんだ、話はなしの種たねが盡つきるとおれのことを持出もちだす、聞きく奴やつも聞きく奴やつだね」

[Pg 125]「でも平生ふだんとは話振はなしぶりが異ちがつて、何なんだか憐あはれつぽさうだから、私わたし可笑をかしかつたわ、それでね、諸岡もろをかさんがお突合つきあひに兄にいさんを褒ほめるとさも悅うれしさうだつたわ、病氣びやうきになつてからは、馬うまの話はなしは立消たちぎえになつて、私逹わたしたちにまで、どうかすると、兄にいさんの話はなしばかりしたがるんだから變へんだわ」と云いつて、間あひだを置おいて小聲こゞゑで、「あんな風ふうだとお父とつさんももう老耄おひぼれちやつたのね、今夜こんやあたり屹度きつと兄にいさんに遺言ゆゐごんでもするんだわ」と云いつて無邪氣むじやきに笑わらつた。

千代ちよは止切とぎれ〴〵に家庭うちの話はなしをしかけて、「兄にいさんどうなさるの」「兄にいさんが何なんとか今いまの中うちに極きまりをつけなくちや」と、此頃このごろに珍めづらしく大人おとなびた口くちを利きいたが、健次けんじは只たゞ厭いやな氣きがして、あまり相手あひてにしなかつた。

(十四)

それから二三日にちして、父ちゝは寢床とこを離はなれ、綿入わたいれの重かさね着ぎに襟卷ゑりまきで身みを固かため、トボ〳〵[Pg 126]と出勤しゆつきんするやうになつたが、家うちの者ものにも目めにつく程ほど窶やつれて、以前いぜんの元氣げんきは急きふに失うせたやうだ。そして每晚まいばん健次けんじの歸かへるまでは目めを合あはさず、絕たえず氣きに掛かけて待まつてる樣やうになり、たま〳〵顏かほを見みると、十年ねんも別わかれた子こにでも會あつたかのやうに、一分間ぷんかんでも長ながく側そばに置おきたがり、何なにとか話はなしをしかける。それが我子わがこの氣分きぶんを害そこねぬやうに如何いかにも遠慮勝ゑんりよがちの態度たいどである。健次けんじには父ちゝの心根こゝろねがよく見みえ透すき、自分じぶんが家うちにゐなければ心元こゝろもとながつてゐることを知しつてゐるが、それが却かへつて不快ふくわいで溜たまらず、大抵たいていは外はづしてしまう。

次つぎの日曜にちえうには朝餐あさめしが濟すむと、父ちゝは健次けんじの意いを迎むかへてか、彼かれが雜誌ざつしに書かいた「社會しやくわいと文學ぶんがく」と題だいする間まに合あはせの平凡へいぼんな議論ぎろんに對たいし、馬鹿ばか褒ほめをした上うへ、自說じせつをも吐はきかけたので、健次けんじは苦笑くせうした。「人ひとに褒ほめられたくて書かくやうな頓間とんまな眞似まねをするものか、幇間たいこもちぢやあるまいし」と、自分じぶんが詮方せんかたなく爲してることが、何なんだか他人たにんから褒ほめて貰もらひたさに勤つとめてると思おもはれるのが不愉快ふゆくわいだ。自分じぶんは名譽めいよの接待せつたいに與あづかりたく[Pg 127]はない。

で、彼かれは父ちゝの前まへをそこ〳〵に逃にげ出だした。足あしは行場所ゆきばしよに迷まよつて、遂つひに麹町かうじまちに向むかふ。織田おだの住すんでる町まちまで來きて、訪とはうか訪とふまいかと躊躇ちうちよしてゐると、前まへの三階がい建だての二階かいの窓まどには、色いろの黑くろい耳みゝに輪わを嵌はめた女をんなと、靑あをい腹掛はらかけをした辮髮べんぱつの男をとことが頭あたまを並ならべて、聲高こわだかに分わからぬ言葉ことばで饒舌しやべつてゐる。路次ろじを隔へだてゝ隣となりの洋服店やうふくてんから、脊せいの高たかい色いろの白しろい毛皮けがはをぐる〳〵卷まきつけた西洋せいやう婦人ふじんが犬いぬを連つれて出でて來きた。二人ふたりの支那人しなじんはそれを見みては面白おもしろさうに笑わらつた。その邊へんに散ちらばつてた子供こども等らは婦人ふじんの前まへに集あつまつた。婦人ふじんは口笛くちぶゑを吹ふいたり、何なにか早口はやくちに云いつて、犬いぬを綾あやしてゐたが、やがて店みせから肥滿ひまんの男をとこが出でて來くると、一緖しよに勇いさましく去さつた。支那人しなじんも引込ひきこんでしまう。健次けんじは無心むしんに見みてゐたが、町まちが元もとのやうに淋さびしくつて、埃ほこりを含ふくんだ風かぜが顏かほに吹ふきつけると、身震みぶるひして路次ろじを入はいつた。すると向むかうから織田おだが大おほきな身體からだを縮ちゞめて、例れいの壞手ふところででノソリ〳〵やつて來きて、

[Pg 128]「大層たいそう寒さむさうな顏かほをしてるね」と、微笑にこ々々〳〵顏かほで云いふ。

「何處どこへ行ゆくんだい」

「一寸ちよつと買物かひものに、今いま箕浦みのうらが來きてるから御馳走ごちさうしようと思おもつて…………君きみもいゝとこへ來きた、まあ上あがつてゐ玉たまへ、直すぐ歸かへつて來くる」

健次けんじは何時いつものやうに緣側えんがはから上あがつた。座敷ざしきの眞中まんなかに箕浦みのうらが坐すわつてゐて、瀬戶物せとものの火鉢ひばちには藁灰わらばいの中なかに、どつさり﹅﹅﹅﹅火ひが盛もつてある。この前まへ來きた時ときよりも部屋へやの樣子やうすが明あかるさうだ、織田おだの母はゝが茶ちやを持もつて來きて、手短てみぢかに挨拶あいさつをして引込ひきこんだきり、妻君さいくんの顏かほも見みえねば病父びやうふの聲こゑもしない。

「靜しづかだね」と、健次けんじは平生ふだんよりは低ひくい聲こゑをして、「君きみは此頃このごろ此家こゝへよく來くるさうだね、織田おだと話はなしが合あふかい」と、箕浦みのうらの向むかうに腰こしを据すゑて、そのテカ〳〵光ひかつてる顏かほを見みた。

「いや、滅多めつたに來こんのだが、今日けふは織田おだが端書はがきで僕ぼくを呼よびつけたのだ」

[Pg 129]「さうか、織田おだが君きみに會あひたがるのは不思議ふしぎだね、何なんの用事ようじだらう」

「別べつに用事ようじていふ程ほどでもない」と、箕浦みのうらは澄すましてゐる。

「織田おだも多少たせう得意とくいになつてるだらう」

「どうだか、餘程よほど忙いそがしそうだよ」

「しかし今日けふは御馳走ごちそうするちうんだから珍めづらしい、」

「そうだ」と、箕浦みのうらの返事へんじの空々そら〴〵しいのが目めにつく。

同おなじく交際かうさいの深ふかい友人いうじんであれど、健次けんじは織田おだに對たいすると、常つねに弱者じやくしやを庇かばうと云いふやうな態度たいどを執とり、箕浦みのうらに對たいすると、何なんとなく壓おさえつけるやうな態度たいどを執とつてゐる。そして箕浦みのうらは彼かれの態度たいどを左程さほど厭いやがりもせず、寧むしろ自みづから一步ぽ讓ゆづつて滿足まんぞくしてゐる。自分じぶんの意見いけんの批評ひゝやうも先まづ彼かれに求もとめ、いろ〳〵の感想かんさうもその前まへで吐露とろする。しかし今日けふは多おほく語かたらぬ。何なんとなく隔へだてを置おいて、何時いつものやうに詩的してきの話はなしもせねば、人生觀じんせいくわん染じみたことも云いはぬ。

[Pg 130]健次けんじも奧おくの病人びやうにんに憚はゞかつて、元氣げんきのいゝ口くちも利きかず、暫しばらく默だまつてゐた。去年きよねんのまゝで薄黑うすくろくなつてる蚊帳かやの釣手つりてが、隙間すきま洩もる風かぜに緩ゆるく動うごいてゐる。箕浦みのうらの呼吸こきふの音おともよく聞きこえる。で、互たがひに睨にらみ合あつてると、次第しだひに緣えんもない他人たにん臭くさい色いろが相手あひての顏かほに讀よめる。

「此奴こいつどうかしてるわい」と、健次けんじは冷笑れいしやうを洩もらして、皮肉ひにくの一つも云いつてやらうかと思おもふてると、溝板どぶいたに重おもい足音あしおとがして、やがて織田おだは歸かへつて來きた。

「馬鹿ばかに畏かしこまつてるね、どうしたい」と、大人おとな振ぶつた音聲こわねで云いつて、目尻めじりを下さげてジロ〴〵二人ふたりの顏かほを見みた。織田おだはこの前まへとは打うつて變かはり、心こゝろに餘裕よゆうが出來できたのか、後うしろに病人びやうにんのゐるのも忘わすれてるやうだ。平生ふだんなら箕浦みのうらが喋舌しやべるのを默聽もくちやうするのだが、今日けふは自分じぶんから話題わだいを持出もちだして氣㷔きえんも吐はく。

「だが、仕事しごとは勤つとまるかい」と、健次けんじは話はなし半なかばに聞きくと、

「勤つとまるとも、それに彼店あすこの主人しゆじんが僕ぼくの家うちの事情じゞやうを聞きいて、同情どうじやうして吳くれてるしね」[Pg 131]と、ます〳〵得意とくいで、仕事しごとの話はなしまで持出もちだして、「僕ぼくももう四五年ねんしたら、基礎きそが堅かたくなるよ、目算もくさんもちやんと立たつてる」

「生意氣なまいきな口くちを利ききやがる」と、健次けんじは腹はらで思おもつた。

妻君さいくんは大おほきな腹はらをして、靑あをい顔かほに髮かみの毛けを亂みだしたまゝ、刺身さしみに麥酒びーるを運はこんで來きた。健次けんじはこの寒さむいのにと思おもつたが、一二杯はい煽あふつて、低ひくい聲こゑで、

「君きみ、お鶴つるさんはゐないか」

「あゝ朝あさからゐない」

「妹いもとでもゐないと、君きみの家うちは萎しなびてるね、」

「なあに、今いまに僕ぼくの後繼者こうけいしやが生うまれるから、大おほひに光彩くわうさいを放はなつさ、……君きみも早はやく後繼者こうけいしやを作つくり玉たまへ、空論くうろんを吐はかないで、」

「四五日會あはん間まに大層たいそう先輩せんぱいになつたね、箕浦みのうら君きみも敎訓けうくんを聞ききに來くるんかね、この人ひとに」

[Pg 132]「まあ、さうだ」と、箕浦みのうらは麥酒びーるで濡ぬれた手てをハンケチで拭ぬぐひながら、「君きみと話はなすこともあるんだが」と言淀いひよどんだ。

「何なにを、音樂おんがく會くわいの事ことか、」

「いや、それ計ばかりぢやない」

「ぢや話はなし玉たまへ」

「まあゆつくり﹅﹅﹅﹅でもいゝ」

「茲こゝでいゝぢやないか」

「歸かへり途みちに話はなさう」

「因循ゐんじゆんだね」と、健次けんじはもう微醉ほろゑひに目めを染そめて、思おもはず聲こゑの高たかくなるに氣きづいて一寸ちよつと後うしろを顧かへりみ、「僕ぼくはもう直すぐに歸かへるんだから、今いま話はなし玉たまへ、どうせ君きみはお鶴つるさんの歸かへるまでゐるんだらうから」と小聲こごゑで云いつて笑わらつた。

箕浦みのうらは「そんなこと」と云いつたばかりで默だまつてしまつた。織田おだは無神經むしんけいな顏かほで絕たえ[Pg 133]ず微笑びしやうしてゐたが、「今日けふは僕ぼくが話はなしがあつて來きて貰もらつたんだ」

「例れいの事ことでかい」

「うん」

「でどう極きまつた、君きみの重荷おもにはどうなつた」

「君きみは僕ぼくの說せつを用もちゐんから仕方しかたがないさ、僕ぼくも考かんがへ直なほさなくちや」

「さうか、君きみも何時いつの間まにか、箕浦みのうら君くんと意氣いき投合とうがふするやうになつたんだね」

と云いつたが、健次けんじは腹はらの中なかで、「織田おだの奴やつ、とうとう箕浦みのうらに妹いもとでも賣付うりつけるんだらう」と思おもふと、不思議ふしぎに氣きがむしやくしやして、麥酒びーるを二三杯ばいグイ呑のみにして、急きふに立上たちあがり「さあ歸かへらう」と、二人ふたりが引留ひきとめる間まもなく緣側えんがはを下おりた。

「氣きまぐれな男をとこだなあ、何なにを考かんがへ出だしたのだらう」と、織田おだは壞手ふところでのまゝ暫しばらく閾しきゐの上うへに立たつてゐた。

健次けんじの足あしは行場所ゆきばしよに迷まよつた末すゑ、遂つひに千駄木だぎへ向むかつた。


[Pg 135]

 玉突屋

「二本ほん歸がへり三つ!」と、ボーイは蟲むしの喰くつた出でつ齒ぱを出だして大聲おほごゑで叫さけんだ。彼かれは薄うすい座蒲團ざぶとんの上うへに几帳面きてうめんに坐すわつて、兩方りやうはうの袖そでを搔かき合あはせてゐる。年齡としは十五六で、顏かほは靑あをくて脹はれて、髮かみの毛けは薄うすい。

背廣せびろを着きたでつぷり﹅﹅﹅﹅肥ふとつた男をとこは、臺だいにすり寄よつて身みを屈かゞめ、鳥差とりさしが鳥とりを狙ねらふやうな態度たいどで、キユーを突出つきだした。

「三つ!」と、ボーイは袖口そでぐちから細ほそい棒ぼうを出だして、ゲーム盤ばんを動うごかし、橫よこを向むいて欠伸あくびをした。

向むかうの一臺だいは突手つきてもなく、四つの玉たまが佗わびしげに片隅かたすみに抱だき合あつてゐて、瓦斯がすの光ひかりは鈍にぶいが、手前てまへの一臺だいは明あかるい光ひかりの下したに、紅白こうはくの玉たまが追おひつ追おはれつ縱橫じゆうわう無盡むじんにころがつてゐる、ストーブを後うしろにキユーを逆ぎやくに突ついて、帶おびを緩ゆるくだらし﹅﹅﹅なくしたまゝ立たつ[Pg 136]てる角帽かくぼうの靑年せいねんは「又またやられさうだな」と呟つぶやいて、相手あひての突振つきぶりを見みてゐたが、急きふに後うしろを顧かへりみて、「中原なかはら、後あとで君きみと最もう一度どやらう」と力りきんで云いつた。柱はしらにもたれてワツフルを抓つまんでゐた中原なかはらは、時計とけいを見みて、

「もう十二時じぢやないか、明日あすにしやう」と落付おちついた聲こゑで云いふ。

「いや、明日あすは芝しばへ行いつて、あの話はなしを定きめて來こなくちやならん」

「なに、芝しばの方はうは急いそがなくてもいゝさ」

「だつて早はやく定きめなければ氣きになつてならん、相手あひてが愚圖ぐづだから」

「急勝せつかちだね」と、中原なかはらはゲーム盤ばんを見みて、

「栗山くりやまさん、今日けふは全勝ぜんしようですね」

「へゝゝゝ」と、栗山くりやまはキユーを扱しごいてゐたが、コツツと音おとがして、手玉てだまは外それたので、「こりやどうした」と、禿頭はげあたまをつるり﹅﹅﹅と撫なでゝ、厭いやな笑わらひをして、ストーブの側そばへ來きた。

[Pg 137]「さあ一キユーで取とり切きるか」と、角帽かくぼうは勢いきほひよく立上たちあがり、チヨークをギシ〳〵付つけながら玉臺たまだいを見みて、チエツと舌打したうちして「厭いやな玉たまだね」と首くびを二三度ど捻ひねり、「かう行いつてかう來くるか」と臺だいの上うへに乗のり上あがつて、邪慳じやけんにキユーを出だした。兵子帶へこおびがだらり﹅﹅﹅と垂たれる。

「二つ」と、氣拔きぬけのした聲こゑでボーイが呼よぶ。

「おい五だぜ、確しつかり見みとれ、ゲーム取とりならゲーム取とりらしくするんだぜ」と橫目よこめでぢろりとボーイを見みた。

「五つ」とボーイは數かぞへ直なほして、目めをぱつちり開あけたが、次第しだいに上目葢うはまぶたが垂たれて來くる。生欠伸なまあくびが喉のどを突ついて來くるのを漸やうやく嚙かみ殺ころしたが、淚なみだが目めに浮うかぶ。

角帽かくぼうは眉まゆを顰しかめ、口くちを捻ひねり、首くびを動うごかし、襟えりを寛ゆるくボタンの取とれたシヤツの廣ひろく出でてるのも關かまはず、熱心ねつしんに突ついてゐる。栗山くりやまは葉卷はまきの先さきを爪つめでつゝきながら、「玉たまは今いま時分じぶんからよく突つける、不思議ふしぎなものだ、世間せけんがしん﹅﹅として來くるとキユーも冴さえて來く[Pg 138]る」と、ストーブに顏かほがほてつ﹅﹅﹅てゐる。

「ぢや、今夜こんやは徹夜てつやして突つきますか」と、角帽かくぼうはクシヨンの方向はうかうを目めで計はかつてゐる。ボーイは氣遣きづかはしさうに栗山くりやまの顏かほを見みてゐたが栗山くりやまは「へゝゝゝ、徹夜てつやも面白おもしろいな、明日あすは日曜にちえうだし」と、惡わるくすると徹夜案てつやあんが成立せいりつしさうなので、幽かすかに溜息ためいきをついた。で、坐すわり直なほして、足あしの痺しびれを撫さすり、ぺこ〳〵の腹はらに力ちからを入いれ、「二つ」「三つ」と付元氣つけげんきで叫さけんだが、頭あたまは次第しだいに下さがつてぽうつとする、と、身體からだが地ちべたからする〳〵﹅﹅﹅﹅と引上ひきあげられるやうな氣きになり、そのまゝ遠とほい所ところへ持もつて行ゆかれさうになつたが、ガチヤツと音おとがしたので目めを細ほそく開あけて、「三つ」と夢心地ゆめごゝちで叫さけんだ。十二時じが打うつた。

栗山くりやまは火ひの熱ねつで汗あせばんだ手てに白粉こなを振ふりかけ、立變たちかはつてキユーを執とり、「早はやい者ものだ、もう十二時じだ、家うちに居ゐりや、とても今いま時分じぶんまで起おきてらりやしない」

「中原なかはら、昨夜ゆうべの今いま時分じぶんはどうだい」と、角帽かくぼうは意味いみありげににやり〳〵と笑わらつてゐる。

[Pg 139]「フヽン」と、中原なかはらはコークスを指先ゆびさきで抓つまんで、ストーブへ投なげ込こみ、「お蔭かげで今日けふは二時じ頃ごろまで寢ねてしまつた」

「起おきては玉たまを突つき、飮のんぢや寢ねてりや、それで春はるは來くるんだが、どうもかう玉突屋たまつきやにばかり日參につさんしてゝも困こまるよ」

「いゝぢやないか、學問がくもんで喰くへなきやキユーボーイになるさ、その方はうが洒落しやれてるぜ、フツ〳〵〳〵」

「それも呑氣のんきでいゝね、しかし何時いつまでもこんなことをして遊あそんでもゐられまいよ」

「良心りやうしんが咎とがめるか、君きみやそんな事ことをちよい〳〵考かんがへ出だすから酒さけも玉たまも上逹じやうたつしないんだよ、」

「さうだね、少すくなくとも君きみを對たいで負まかす程ほどにならなくちや癪しやくに觸さはらあ」と、ワツフルの殘のこりをむしや〳〵平たひらげた。

「勝負有ゲーム」とボーイは三人にんの顏かほを順々じゆん〴〵に見みたが、北風きたかぜが玻璃窓ガラスまどに吹ふきつけるので、音おと[Pg 140]を聞きいたゞけで首くびをすくめて兩手りやうてを前垂まへだれの下したへ入いれて脊せなを丸まるくした。

「さあ、も一度ど」と、角帽かくぼうは目めを光ひからせて、玉たまを並ならべる。

ボーイは恨うらめしげな顏かほ付つきをして、「栗山くりやまさん、も一ゲーム如何いかゞです」と哀あはれな聲こゑで云いつた。

「もう遲おそいから止よさうか」と、栗山くりやまは迷まよつてゐる。

「一時じ前まへか」と、ボーイは獨語ひとりごとのやうに云いつたが、角帽かくぼうは帶おびを締しめ直なほして威勢いせいよく、「なあに、まだ十二時じを十五分ふん過すぎたばかりさ、十分ぷんもあればゲームになりますよ」と促うながすので、栗山くりやまは時計とけを見みて、「今いま二十分ぷんだね、ぢや、やるかな」とキユーを執とつて、「どうです、十位ぐらゐ下さげますかね」

「なあに大丈夫だいじやうぶ、今度こんど負まけたら玉たまはお止やめだ」

「いや君きみの止やめる〳〵も當あてにやならんよ」と、中原なかはらは腰こしを掛かけたまゝ足あし拍子びやうしを取とつてゐる。

[Pg 141]ボーイはゲーム盤ばんを直なほして、「二つ」「三つ」「五つ」と數かぞへ出だしたが、少すこし當あたりが途切とぎれると、前まへに屈かゞみさうになる。眠ねむりをまぎらしたくも、軍歌ぐんかも歌うたへず、足あしも動うごかせず、手ても動うごかぬ。で、詮方せんかたなしに齒はを喰くひしばり目めを見詰みつめ心こゝろを凝こらしてゐると、かつとした目眩まぶしい光ひかりが前まへに廣ひろがつて、靑あをい臺だいと白しろい玉たまと紅あかい玉たまとが、浪なみの上うへにでも漂たゞよふてゐるかの如ごとく見みえる。しかし無意識むいしきに「二つ」「三つ」と叫さけんでゐたが、やがて口くちも目めも緩ゆるんで、心こゝろがとろ〳〵になり、自分じぶんの故鄉こきやうで弟をとゝを連つれて繍眼兒めじろ捕とりに行いつてる氣きになつた。枝えだの上うへに綠みどりの羽はねを重かさね合あつて、一所ところにピー〳〵鳴ないてゐる。で、黐竿もちざほを持もつて近寄ちかよらうとしたが、身體からだが縛しばられてるやうで近ちかづけぬ。矢鱈やたらに藻搔もがいてると、ズドンと音おとがして、鳥とりは飛とんでしまつた。

「おい吉公きちこう」と角帽かくぼうは怒鳴どなつて、「居睡ゐねむりなんかしないでゲームを取とれ、今いままでよく數かぞへなかつたんだらう、聲こゑがしなかつた」

「いえ、數かぞへてゐたんです」と、出鱈目でたらめに數かずを取とつて、「十八ゲーム」

[Pg 142]「ふゝん、いよ〳〵取切とりきるか」と、角帽かくぼうは微笑々々にこ〳〵して臺だいを廻まはつてゐる。

「さあ、それが濟すんだら、おれが最後さいごの一擊げきを與あたへて歸かへることにしよう、もうそろそろ眠ねむくなつた」と、中原なかはらは欠伸あくびをした。

夜番よばんの拍子木へうしぎが地ちの底そこからのやうに幽かすかに聞きこえる。

ボーイは百年ねんも千年ねんも「二つ」「三つ」と繰返くりかへし〳〵叫さけばねば、打倒ぶつたふれて熟眠じゆくすゐは出來できぬ運うんを脊負せおつてるやうに感かんじて、淚聲なみだごゑで「當あたりゲーム」


[Pg 143]

 六號記事

私わたしは例れいの如ごとく膳ぜんの側そばに新聞しんぶんを引寄ひきよせ、朝餐あさめしを食たべながら目めを通とほしてゐたが、ふと三面めんの隅すみに津坂つさか金きん一(木版業もくはんげふ)が二階かいから落おちて即死そくししたとある塵屑ごみくず扱あつかひの六號がう記事きじの一つを讀よんで、久ひさしく忘わすれてゐたこの男をとこの事ことを思おもひ出だし、急きふに氣分きぶんが欝ふさいで、肝心かんじんな食事しよくじを不味まづくしてしまつた。私わたしのやうな淚なみだ脆もろい人間にんげんは、知人ちじんの死去しきよや病氣びやうきの報ほうを聞きいた丈だけで、直すぐに世よの中なかを心細こゝろぼそく手賴たよりなく感かんずるのだが、左程さほど深ふかい交際つきあひをしたのでもなく、只たゞ偶然ぐうぜん知しり合あひになり、二三カ月げつの間あひだ時々とき〴〵往來わうらいして、再ふたゝび緣えんのない道路だうろの人ひととなつた津坂つさかの死しは、却かへつて懇意こんいな友人いうじんの死しよりも身みに染しみて、人ひとはかくて逝ゆくかとの感かんに打うたれる。彼かれのデツプリ肥ふとつた赭顏あからがほも、多少たせう上方かみがた訛なまりの殘のこれるゆつたり﹅﹅﹅﹅した語調ごてうも、私わたしの目めの奧おく耳みゝの中なかに深ふかく止とゞまつてゐて、今いまもはつきりと思おもひ浮うかべられるが、それは最早もはや死人しにんの影かげに過すぎぬのだ。

[Pg 144]私わたしが初はじめて津坂つさかに會あつたのは、去年きよねんの春はるの初はじめ。まだ尾張町おはりちやうの淸元きよもとの師匠しゝやうの二階かいを借かりて、先さきの見みえぬ暮くらしをしてゐた時ときである。師匠しゝやうは藝者げいしや上あがりの意氣いきな女をんな。もう四十過すぎで顏かほに小皺こじわも見みえてゐるが、口先くちさきが甘うまくて、情人いろの取持とりもちぐらゐ何時いつでもして吳くれさうなので、近所きんじよの狼連おほかみれんが頻しきりに出入でいりしてゐた。津坂つさかもその一人ひとりで、目めを細ほそくして、柄がらにない聲こゑを絞しぼり出だし、「よい初夢はつゆめを三つ蒲團ぶとん」だの「辨天べんてんさんと添伏そへぶしの」だのと唸うなつてるのを、私わたしは屡々しば〳〵洩聞もれぎきをしてゐた。で、この男をとこが木版屋もくはんやの親方おやかたで下職したしよくを二三人にん使つかつて氣樂きらくに暮くらしてゐること、酒さけの好すきなこと、釣魚つりの好すきなことなど、師匠しゝやうから噂うはさに聞きいてゐたが、私わたしの目めには外ほかの連中れんぢうと異ちがつたことなく、挨拶あいさつ一つするでもなかつた。然しかるに彼かれは、或朝あるあさ無斷むだんで二階かいへ上あがつて來きて、階子段はしごだんの側そばにどつかり坐すわり、もう酒氣しゆきを帶おびた顏かほに微笑びせうを浮うかべ、「失禮しつれいですが、一寸ちよつとお願ねがひがごあして」といふ。

「何なんですか」と、私わたしが振向ふりむくと、

[Pg 145]「實じつはね、今いま師匠しゝやうに聞きくと、貴下あなたにお願ねがひしたらと申まをすんで、失禮しつれいですが突然だしぬけに伺うかゞひました」

「で、用事ようじは何なんです」

「誠まことに御面倒ごめんだうで相濟あひすみませんが、實じつは私わたしの悴せがれが亜米利加あめりかへ參まゐつてるのでね、一つ其奴そいつに手紙てがみを送おくりたいのでごあすが、上書うはがきを貴下あなたに一筆ふで書かいて頂いたゞきたいと思おもひまして」と、重苦おもくるしい調子てうしで云いふ。

「承知しやうちしました、今いま直すぐ書かきませう」と、私わたしは津坂つさかから手紙てがみを受取うけとり、封筒ふうとうにペンで桑港サンフランシスコ何街なにまちと書かいて、

「貴下あなたの子息むすこさんは何なにをしに彼地あつちへ行いつてるのです、矢張やはり木版業もくはんげふですか」

「なあに、只たゞ何なんてことなしに參まゐつたんですが、此頃このごろは商店しやうてんへ入はいつて中々お金かねが取とれるさうです、日本にほんで版木はんぎいぢりしてるよりや結構けつこうでさあ」

「さうでせうね、貴下あなたの商賣しやうばいは隨分ずゐぶん氣きの詰つまる仕事しごとでせう」

[Pg 146]「えゝ、辛氣しんき臭くさい面倒めんだうな仕事しごとですよ、だから私わたし共どもの仲間なかまは皆みな酒さけを呑のむか、何なんか道樂だうらくをしない奴やつはごあせん、全まつたく根こんが盡つきますからね」

「しかし貴下あなたは道樂だうらくが多過おほすぎるぢやありませんか、釣魚つりもお好すきださうだし、これも甘うまいし」と、私わたしは自分じぶんの喉のどを指さした。

「へツ〳〵〳〵」と、津坂つさかはツル〳〵した頰ほゝを撫なでながら「しかしこれで手間てまを怠なまけて日限にちげんを遲おくれるてことはごあせん、仕事しごとは仕事しごと、道樂だうらくは道樂だうらくですからな」と、彼かれは重おもたい身體からだを持上もたげ、幾度いくども謝意しやいを述のべ、「是非ぜひ遊あそびに被入いらつしやい、私わたしの家うちは直すぐこの裏うらですから、何いづれその中うち沙魚はぜでもお禮れいに持もつて參まゐりませう」と、階下したへ下おりたが、門口かどぐちを出でると何なにか小聲こごゑで唄うたつてるやうであつた。

それから四五日後にちご、私わたしは或ある友人いうじんから甲州かふしう土產みやげに貰もらつた水晶すゐしようの印材いんざいを捜さがし出だし、津坂つさかに彫ほらせやうと思おもつて訪たづねて行ゆくと、津坂つさかは筒袖つゝそでを着きて仕事しごとをしてゐる。低ひくい机つくゑの上うへに凸鏡レンズを置き、細ほそい小刀こがたなで微細こまかい繪ゑを彫ほつてゐたが、私わたしの顏かほを見みると、「やあよ[Pg 147]く入いらしつた」と、急きふに笑顏ゑがほを造つくつて振向ふりむき、黑くろい眼鏡めがねを外はづして坐すわり直なほした。

家いへは廣ひろくはないが日當ひあたりがよく、主人しゆじんが潔癖けつぺきと見みえて諸道具しよだうぐはキチンと整頓せいとんし、塵ちり一本ぽんもないやうに拭掃除ふきそうぢが行屆ゆきとゞいてゐる。如何いかにも居心地ゐこゝちのよい家うちだ。片隅かたすみには弟子でしが二人ふたり、默だまつて一心しんに仕事しごとをし、次つぎの室まには妻君さいくんと女をんなの子この笑わらひ聲ごゑがしてゐる。成程なるほど唸うなる時ときは唸うなり、飮のむ時ときは飮のんでも、仕事しごとには身みを入いれると云いつたが、この男をとこ腹はらに締しまりのある、しつかり者ものであらう。この仕事しごと場ばを見みたゞけでも、だらし﹅﹅﹅ない趣おもむきは少すこしも見みえず、版木はんぎは几帳面きちやうめんに積重つみかさねられ、鋸のこぎりも錐きりも取散とりちらされてはゐない。机つくゑの側そばの柱はしらには鯉こひの形かたちの花瓶はないけを釣つるし、一莖くきの水仙すゐせんを挿さしてゐる。

「今日けふはお忙いそがしさうですね、」と、私わたしは彫刻ほりを賴たのんだ後あとで云いつた。

「何なに、さうでもごあせん、此頃このごろは木版もくはんも流行はやらなくなつて、暇ひまで困こまつてる位くらゐでさあ、まあ、ゆつくり﹅﹅﹅﹅話はなして入いらつしやい、貴下あなたにお尋たづねしたいこともあるんですよ」と津坂つさかは充血じうけつした目めをこすり〳〵、稽古けいこに來くる時ときとは打うつて變かはつて眞面目まじめな顏かほで云いふ。

[Pg 148]「ぢや、も少すこし遊あそんで行いきますから、私わたしに遠慮ゑんりよなく仕事しごとをして下ください、話はなしは仕事しごとをしてゝも出來できる」

「いや、私わたしやね、道具だうぐを持もつと、ちやんと彫ほり上あげるまで口くち一つ利きけん位くらゐでしたよ、こんなやくざ﹅﹅﹅な腕うででも、さあ仕事しごとだとなると、魂たましひが凝こるんですね、所ところが此頃このごろは變へんですよ、仕事しごとに取とりかゝると、平生ふだん思おもひもつかんことがごた〴〵と考かんがへられます、もう二十年ねんもこの仕事しごとをやつてゝ、こんな事ことは一度どもなかつたのですがね、どうも不思議ふしぎだ」と考かんがへ込こむ。

「腦なうが惡わるいんぢやないですか、あまり酒さけを飮のみ過すぎて」

「なあに、私わたしの身體からだは酒さけ位ぐらゐで弱よはるやうなのぢやない」

と云いつて、例れいの重苦おもくるしい聲こゑで笑わらふ。それから前夜ぜんやの勸工場くわんこうばの火事くわじの面白おもしろかつたことを手眞似てまね付つきで話はなし、又また市區しく改正かいせいで通とほりの鞄屋かばんやも立退たちのかねばならんので、この近所きんじよの家屋敷いへやしきを買かつて新築しんちくするさうだから、自分じぶんの家いへも高たかく賣付うりつけてやるなどゝ氣燄きえんを[Pg 149]吐はいた。その態度たいど、話振はなしぶりが少すこしも隔意へだてなく、初はじめて訪問はうもんした私わたしに對たいしても、さながら長ながい間あひだの知己ちきのやうであるので、私わたしは悅うれしくなり、思おもはず長座ちやうざをした。そして彼かれの身みの上うへを聞きくと、大阪おほさか生うまれで、少ちさい時ときから酒屋さかやに奉公ほうこうしてゐたが、身體からだが肥ふとつてる爲せいか、飛廻とびまはるのが厭いやで、遂つひにこの商賣しやうばいを習ならふことゝなつたさうだ。

「さやう、初はじめて三文判もんばんを彫ほり出だしたのが、二十はたちの歲としですから、丁度てうど二十五年ねんこれで御飯ごはんを頂いたゞいてます、しかし木版もくはんなんか、もう駄目だめですな、何なにかうん﹅﹅と儲もうかる確たしかな商賣しやうばいはごあせんか、先日こなひだも、或方あるかたが、これから寫眞版しやしんばんなんかゞ進步しんぽすると、木版もくはんのやうな不完全ふくわんぜんな者ものは無なくなつてしまふと仰有おつしやるので、心細こゝろぼそくなりましたよ、現げんに私わつしのお受合うけあひしてる新聞しんぶんや雜誌ざつしの仕事しごとが、大分だいぶん寫眞版しやしんばんに踏ふんだくられてしまふんですからね、本當ほんたうに心細こゝろぼそうごあすよ、私わつしが家内かないを貰もらつて一本立ぽんだちになつた時とき、親方おやかたが貴樣きさまはそれ丈だけ腕うでが利きけば、大丈夫だいじやうぶ一生しやう飯櫃めしびつに放はなれつこはないつて受合うけあつて吳くれたんですが、どうもね、世よが變かはりや仕方しかたがごあせんや、」と云いつて下職したじよくを顧かへりみ、「だから彼奴等あいつら[Pg 150]にも云いつて聞きかすんです、こんな手賴たよりにならん稼業かげふは若わかい間うちに早はやく見限みかぎつて、何なにか氣きの利きいた確たしかな仕事しごとをしろつてね」と、これが淸元きよもとを唸うなつてる男をとことは思おもへぬ程ほど生眞面目きまじめで、腹はらの底そこから感かんじてゐるやうだ。下職したしよくの一人ひとりは大おほきな眼鏡めがね越ごしでこつそり﹅﹅﹅﹅此方こちらを見みて、口くちの邊あたりで笑わらつてゐる。私わたしも親方おやかたの愚痴ぐちを寧むしろ可笑をかしく感かんじたが、多少たせう慰なぐさめてやる氣きで、「でも木版もくはんは日本にほん特有とくいうの美術びじゆつだから、廢すたれる氣遣きづかひはないでせう、西洋せいやうでも此頃このごろは日本にほんの木版もくはんには感心かんしんしてるんだから」

「さうですかな」と、尙なほ多少たせう不安心ふあんしんらしい。

私わたしは仕事しごとの邪魔じやまを恐おそれて、强しいて引留ひきとめられるのを辭じして歸かへりかけると、津坂つさかは跛足びつこ引ひくやうにして、送おくつて來きて、「近々ちか〴〵に釣魚つりに行いつてどつさり﹅﹅﹅﹅釣つつて來きますから、その時ときやお宅たくへ押おしかけて一盃ぱいやりませう」と約束やくそくした。

その後ご四五日にち心待こゝろまちにしてゐた甲斐かひもなく、彼かれは更さらに顏かほを見みせず、稽古けいこにも來こぬらしい。無聊ぶれうで友懷ともなつかしい私わたしは、遂つひに待切まちきれずして、或ある晚ばん此方こちらから訪たづねて見みたが、[Pg 151]生憎あひにく彼かれが無斷むだんで何處どこかへ出でて行いつた後あとで、妻君さいくんは「お宅たくへお稽古けいこにでも行いつたことゝ思おもつてゐました」と云いつて、氣遣きづかつてる樣子やうす。

私わたしはあんまり懇意こんいでもない家うちへ、度々たび〴〵遊あそびに行ゆくのを變へんだと思おもつて、それ切きり足あしを向むけず、殆ほとんど忘わすれかけた頃ころ、師匠しゝやうが私わたしに向むかつて、

「木版屋もくはんやの親方おやかたは腦病なうびやうとか何なんとかで、通とほりで倒たほれたんですつてね」と平氣へいきで云いふ。私わたしは吃驚びつくりして「ぢや腦充血なうじうけつですか、酒さけが過すぎたんだらう、そして生命いのちはあつたんですね」と問とふと、

「何なんでもね、くら〳〵つと眩暈めまいがして轉ころんだんださうですよ、それでも家うちの近ちかくだつたから助たすかつたんですわ、まだ少すこしは性根しやうねがあつたのか、無我むが夢中むちうで四つ這ばひをして、やつとこさで家うちの閾側しきゐぎはまで歸かへれたのですつてね、隨分ずゐぶん可笑をかしかつたでせうよ、あの肥ふとつた男をとこが眞晝中まつぴるなかに大通おほどほりを匍はつて步あるいたと云いふんですから」と、師匠しゝやうは笑わらひ出だした。

[Pg 152]「それでも、もうよくなつたんですか」

「えゝ、根ねがあの通とほり丈夫じやうぶなんですもの」

と、話はなしはこれだけで濟すんだ。で、私わたしは一寸ちよつと門口かどぐちまで見舞みまひに行いつたが、遠慮ゑんりよして病人びやうにんには遇あはなかつた。

それから二十日はつかあまり、窓まどへ差込さしこむ春はるの日ひもめつきり﹅﹅﹅﹅温あたゝかくなり、一冬ふゆ着通きとほしの襟垢ゑりあかの染しみついた下着したぎを脫ぬぎ、身みの輕かるくのび〳〵﹅﹅﹅﹅とした時分じぶん、思おもひがけなく津坂つさかが入はいつて來きた。相變あひかはらず肥ふとつてゐるし、顏かほも赭あかいが、前まへほど勢いきほひがなく、唇くちびるが黑くろく朽くちてゐる。

「病氣びやうきはどうです」と、私わたしは欄干てすりに干ほしてる座蒲團ざぶとんを取とつて津坂つさかに敷しかせた。

「へゝゝゝ、どうも弱よわつちまひました」と、彼かれは口くちを利きくのが、如何いかにも怠だるさうだ。

「一體たい何處どこが惡わるいんです」

[Pg 153]「何處どこと云いつて餘程よほど變へんですよ、醫者いしやは鼻はなが病氣やまひの元もとだらうつて、切開せつかいして吳くれたんですが、矢張やはりりよくなりません、何なんでもかう頭あたまの端はしの方はうが風かぜに吹ふき飛とばされさうになるんでね、一日にち氣きになります」と左ひだりの手てで頭あたまを撫なでまはす。

「なあに養生やうじやうしてりや癒なほるさ、酒さけを止やめて釣魚つりをしたり唄うたを歌うたつて遊あそんでたらいゝでせう」

「醫者いしやは寢酒ねざけの少すこし位ぐらゐはいゝつて云いふんですが、何なんだか恐おそろしくて、盃さかづきを見みると身震みぶるひがして一滴しづくも飮のむ氣きになりません、どうも妙めうな者ものです、飮のみ過すぎや食くひ過すぎで身體からだに障さはるなんて、ついぞ思おもつたことはなかつたんですがね、二十日はつかも酒さけを絕たつたのは今度こんどが初はじめですよ、それで氣晴きばらしに釣魚つりにでも行いけと勸すゝめられるんで、二三日にち前まへに小僧こぞうと一緖いつしよに行いきましたが、廣ひろい海うみに蒼あをい波なみが動うごいてるのを見みると、自分じぶんもその中なかへ吸すひ込こまれさうで恐こはくてなりません」

「ひどく臆病おくびやうになつたんですね」と、私わたしは大おほきな男をとこの悄然しよげた樣子やうすを憫然みじめに感かんじた。

[Pg 154]「皆みんながさう申まをして笑ひます、何處どこか身體からだの楔くさびが弛ゆるんだんですかね、それで夜よるも碌々ろく〳〵寢ねつかれませんから、色いろんなことを考かんがへますが、つまり今いまの稼業かげふが惡わるいんでさあ、坐すわつてゝ細こまかしい仕事しごとを二十年ねんも三十年ねんも續つゞけてたから、こんな病氣びやうきに取とつつかれたんだ、つまり木版もくはんに取殺とりころされたのです、それもどつさり子供こどもに殘のこす程ほどの身代しんだいでも出來できることか、商賣しやうばいは衰微すゐびして、この先さき糊口くちすぎさへ六ケ敷しいんですからね、昨日きのふも氣晴きばらしに銀座ぎんざから丸まるの内うちの方はうへ步あるいて見みましたが、世間せけんには木版もくはん稼業かげふよりやいゝ商賣しやうばいが幾いくつもころがつてる、何故なぜ自分じぶんは酒屋さかや奉公ほうかうを止やめた時とき、呉服屋ごふくやの丁稚でつちにでもならなかつたのだらう、何故なぜ銀行ぎんかうの給仕きふじにでもならなかつたのだらう、さうすれば何時いつまでも五體たいが丈夫じやうぶで、仕事しごとも衰微すゐびすりやしないのに、よくも〳〵人間にんげんの撰えり屑くづの木版屋もくはんやなんかになつたことかと、つく〴〵厭いやになりました」

「そんなに欝ふさがなくてもいゝでせう、酒さけが飮のめなけりや、唄うたでも唸うなつて陽氣やうきにやるさ、腦病なうびやう位ぐらゐ直なほつてしまふ」

[Pg 155]「唸うなつても五體たいに惡わるかあないでせうか」

「惡わるいものか、却かへつて藥くすりになりますよ」

「さうですかね、どうも惡わるいやうな氣きがしてならん」

「そんな事ことはないさ、第だい一好すきな者ものを何なにもかも封ふうじてしまつちや生甲斐いきがひがないでせう」

「さうも思おもふんですが、どうも恐こはうごあしてね、口くちに唾つばきが出でても盃さかづきを執とる氣きになれません」と、津坂つさかはだるく﹅﹅﹅目葢まぶたを垂たれ手てを拱こまねいてゐたが、暫しばらくして頭あたまを持上もたげ、

「御面倒ごめんだうですが、一つ亜米利加あめりかの忰せがれにやる手紙てがみを書かいて頂いたゞけますまいか、私わたしが書かくといゝんですが、手てが震ふるへて書かけませんから」

「よろしい、今いまでも書かいて上あげますが、何なんと云いつてやるんです、病氣びやうきのことですか」

「え、病氣びやうきも知しらせてやりたいんですが、忰あれが何なにか仕事しごとを定きめる時ときにや、先さきの確たしかな何時いつまでも繁盛はんじやうするやうな仕事しごとを撰えらべと、御面倒ごめんだうですが一筆ふで書添かきそへて下くださいまし」

[Pg 156]「それで貴下あなたが御病氣ごびやうきでも心配しんぱいするにや及およばん、歸かへるにも及およばんと書かいてやるんですね」

「左樣さやう、どうせ彼かれが私わたしの後繼者あとゝりだから、私わたしが死しねば歸かへらなくちやなりませんが」と云いつて、急きふに厭氣いやきが差さしたか、眉まゆを顰ひそめて首かぶりを振ふり、「なにまだ大丈夫だいじやうぶですよ、だから心配しんぱいするな、しつかり稼かせげとお書かき下ください」

で、私わたしは洋紙やうしへペンで書かきかけると、津坂つさかは少すこし伸上のびあがつて、目めをペン先さきに配くばり、取留とりとめなく用向ようむきを述のべ立たてる。

やがて認したゝめ終をはり、吸取紙すゐとりがみで墨汁いんきの潤うるみを乾かはかせて、私わたしは念ねんのために讀よんで聞きかせた。

「拜啓はいけい、當地たうちは春暖しゆんだんの好こう時節じせつ、櫻さくらも咲さきかけ申まをし候そろ、母はゝも無事ぶじ妹いもとも無事ぶじ御安心ごあんしん相成あひなるべく、父ちゝは先月せんげつ來らい腦病なうびやうにて仕事しごとも休やすみ居をり候そろが、ほんの輕症けいしやうなれば、別べつに御配慮ごはいりよにも及および申まをさず候そろ、扨さて先日せんじつ御申越おんまをしこしの事件じけん……」云々うんぬんと、宛名あてなまで讀よみ終をはり、

「これでいゝんですか」と聞きいた。

[Pg 157]「えゝ結構けつこうです、どうも有難ありがたう御座ございます」

と、津坂つさかは頭かしらを二三度ど下さげたが、私わつしが手紙てがみを封筒ふうとうに入いれかけるのを見みて、さも言憎いひにくさうに、「甚はなはだ御面倒ごめんだうで申兼まをしかねますが、私わつしの病氣びやうきのことを、もつと、何なんとか色艶いろつやをつけて書かいて頂いたゞけますまいか」と云いふ。

私わたしは不思議ふしぎに思おもつて、「ぢやどう書かくんです、病氣びやうきが重おもいと云いつてやるんですか」

「いえ、重おもいでもありませんが、忰せがれがこの手紙てがみを讀よめば、親爺おやぢは氣きの毒どくだ可愛かあいさうだと、淚なみだの一雫しづく位くらゐは落おとすやうに書かいて頂いたゞきたいと思おもひましてね、」

「だつて、それぢや御子息ごしそくが心配しんぱいなさるでせう」

「それもさうですね、」と少すこし考かんがへて、「しかし、私わつしの手賴たよりにするのは彼かればかりで、此頃このごろは每晚まいばんのやうに彼かれを夢ゆめに見みます、だから私わつしが酒さけも飮のまずに每日まいにち何なにか案あんじて暮くらしてる樣子やうすを、よく腑ふに落おちるやうに知しらせてやつて彼かれが私わつしの事ことを夢ゆめにでも見みるやうにさせたいんです、さうでもしないと、世よの中なかが心細こゝろぼそくつてなりません」

[Pg 158]「隨分ずゐぶん六むづケか敷しい御註文ごちうもんだが、力ちから一杯ぱい工夫くふうして見みませう」

と、私わたしは三十分間ぷんかんも考かんがへ、三四度ども書直かきなほして、哀あはれつぽい文句もんくを二つ三つ書かき加くはへ、認したゝめ終をはつて讀よんで聞きかすと、津坂つさかは膝ひざに手てを置おいて耳みゝを傾かたむけ、感かんに打うたれてか、どんより﹅﹅﹅﹅した目めに淚なみだをさへ浮うかべた。

「結構けつこうです〳〵」と、彼かれは胸むねの蟠わだかまりが融とけた如ごとく感かんじたらしく、手紙てがみを持もつて勇いさましく二階かいを下おりた。

それから五六日にち後のち、津坂つさかは私わたしにかの水晶すゐしやうの印いんを送おくり屆とゞけたが、それと共ともに、多年たねん大切たいせつにした自分じぶんの見臺けんだいを、師匠しゝやうに進呈しんていしたさうである。私わたしは間まもなく轉宅てんたくしたから、その後ご一度ども津坂つさかに遇あはぬ。手紙てがみの遣取やりとりもせぬ。只たゞ遺物かたみの印いんは今いまも座右ざいうにあり、その面影おもかげは今いまも私わたしの目めに殘のこつてゐる。


[Pg 159]

彼れの一日

彼かれ――黑塚くろづか白雨はくう――は九時じに目めを醒さました。下女げぢよの紙箒はたきの音おとが部屋へやの兩隣りやうどなりで騷々さう〴〵しく聞きこえる。電車でんしやの音おとがギイ〳〵耳みゝに響ひゞく。彼かれは今いままでうつら〳〵﹅﹅﹅﹅﹅﹅淺あさい夢ゆめを見みてゐたのだ――草山くさやまが赤あかい鉢卷はちまきして逆立さかだちして踊をどつてる。喇叭ラツパや太皷たいこで囃はやし立たてる。自分じぶんも手拭てぬぐひを頭あたまに載のせ褄つまを取とつて踊をどらうとする。場所ばしよは何なんでも七八年前ねんまへに住すんでた西方寺さいはうじの一室しつらしい――彼かれはその夢ゆめを考かんがへて厭いやな氣きがした。社しやには素面すめんでカツポレを踊をどる人ひとがあるが、自分じぶんは何なにかの拍子ひやうしで、一度いちど琉球節りうきうぶしを唄うたつたため、今いま思おもひ出だしても冷汗ひやあせが出でる。何なんだつてあんな夢ゆめを見みたことか……

彼かれは身體からだを伸のばして新聞しんぶんを取とり、又また寢床ねどこへずり込こんで、それを開ひらいた。朝日あさひが障子しやうじの破目やれめを通とほつて、新聞しんぶんに圓まるく映うつり、鮮あざやかに光ひかつた。彼かれは一通とほり讀よんで了しまうと、むく〳〵と起おき、小走こばしりで洗面場せんめんばへ行いつた。五分間ふんかん計ばかり冷水れいすゐ摩擦まさつに餘念よねんがない。これ[Pg 160]は十年ねんも前まへに身心しん〳〵鍛鍊たんれんのために初はじめたので、今いまはその必要ひつえうを感かんじてるのではないが、只たゞ習慣しふくわんで止やめられぬのだ。この寒さむいのに醉興すゐきようなと、人ひとも云いへば自分じぶんにも思おもふ。しかし苦學くがく時代じだいの名殘なごりがまだ消きゑてしまはぬ。

彼かれは朝食あさめしを濟すますと、元町もとまちの停留場ていりうばから電車でんしやに乗つた。

車掌しやしやうが回數券くわいすうけんに鋏はさみを入いれるまでは氣きが落付おちつかなんだが、お茶ちやの水みづを渡わたる時とき、その車中しやちうの役目やくめが濟すみ一安心ひとあんしんした。そして目めを閉とじ手てを拱こまねいた。彼かれはかねて往復わうふくの乗車じやうしや時間じかんを利用りようして獨逸語どいつごを硏究けんきうするつもりで、今日けふは懷中くわいちうにヂヤーマンコースを潜ひそませてゐるが、容易ようゐに取出とりださうともしない。數寄屋橋すきやばしまで二十分間ぷんかん、此頃このごろの例れいにより取留とりとめもない空想くうさうに耽ふけつた。空想くうさうと云いつても翠帳すゐちやう紅閨こうけいが浮うかんで來くるのでもなく、天外てんぐわい無窮むきうの境きやうに思おもひ及およぶのでもなく、彼かれの顏かほの乾涸ひからびてゐる如ごとく、その空想くうさうも乾涸ひからびてゐる。

朝あさ讀よんだ社しやの新聞しんぶんの記事きじが斷片的きれ〴〵に頭あたまに浮うかび、空想くうさうがそれに附随ふずゐして飛とび廻まはる――。[Pg 161]自分じぶんが力ちからを籠こめて書かいた或派あるはの議員ぎゐん買收ばいしうの記事きじが悉こと〴〵く抹殺まつさつされ、今朝けさの新聞しんぶんには一行ぎやうも出でてゐない。そして下くだらない記事きじはどつさり﹅﹅﹅﹅出でてゐる。電車でんしや會社ぐわいしやの重役ぢうやくの手前てまへ勝手かつての意見いけんが、さも尤もつともらしく長々なが〳〵と出でてゐる。あれを書かいたのは佐々良さゝらに違ちがひない。彼奴きやつ何なにか魂膽こんたんがあつて書かいたのだらう。怪けしからん奴やつだ。常つねに新聞しんぶんを自分じぶんの利益機關りえきゝくわんのやうに用もちひる。どう思おもつても怪けしからん。それで洒蛙々々しやあ〳〵として更さらに心こゝろにも顏かほにも疚やましい風ふうはない。……紙面しめんの賑にぎはひと云いふ大憲法だいけんぱふの下もとには、針はり程ほどのことも仰山ぎやうさんに吹聽ふゐちやうして、人ひとに迷惑めいわくを掛かけ、讀者どくしやに虛僞きよぎを傳つたへ、やうやく下宿げしゆく料れうに足たるか足たらぬの報酬はうしうを貰もらふ。情なさけない商賣しやうばい、怪けしからん職業しよくげふだ。たま〳〵正義せいぎと思おもつて破邪はじやの筆ふでを揮ふるふと抹殺まつさつされる――

彼かれの空想くうさうは一轉てんして今日けふの晝飯ひるめしを考かんがへた。蕎麥そば、五目鮨ごもくずし、餡あんパンが早速さつそく頭あたまに浮うかぶ。どれもどれも度々たび〳〵の事ことで鼻はなについてる。偶たまにや變かはつた者ものが慾ほしい。――遂つひに「大新たいしんの天麩羅てんぷら」と腹はらの蟲むしが叫さけんで、彼かれは我われ知しらず袂たもとから蟇口がまぐちを出だして見みた。銀貨ぎんくわが六[Pg 162]十錢せんばかりある。入社にふしや以來いらい三年ねん月給げつきうは居据ゐすわりで、天てんドンは十三錢せんから十八錢せんになつた。どうかしなくちやならん正義せいぎ呼よばはりもないもんだ。

「曲まがりますから御注意ごちういを」と、車掌しやしやうが大聲おほごゑで機械的きかいてきに云いつた。電車でんしやが激はげしく動搖どうえうする。立たつてる乗客じやうかくが靴くつの踵かゝとで彼かれの爪先つまさきを踏ふんだ。彼かれは角かど立たつた目めで恨うらめしさうに相手あひての後姿うしろすがたを見上みあげた。電車でんしやが落付おちつくと、彼かれは又また目めを閉とぢる。

夢ゆめに踊をどつてた草山くさやまの現實げんじつの顏かほが憎々にく〳〵しく浮上うきあがつて來くる。――あの野郞やらう、社長しやちやうにお謟べつかつて、狡づるいことをしてやがる。俳優やくしやの投票とうひやう、小說せうせつの懸賞けんしやう募集ぼしふ、皆みな彼奴あいつの差金さしがねだ。體ていよく社長しやちやうを說といて、社しやの發展はつてんの爲ためだと、お爲ためごかしに自身じしんの勢力せいりやく擴張ゝわくちやうをやつてる。出勤しゆつきん時間じかんだつて少ちつとも守まもつてゐない。朝あさは遲おそく出でて晚ばんは早はやく歸かへる。よく注意ちういして見みてるに、おれの三分ぶんの一の仕事しごとさへして居をらん。それに世間せけんからは、やれ何なに新聞しんぶんの敏腕家びんわんかだの、新進しん〳〵小說家せうせつかで御座ござるの、劇通げきつうで候さふらふのと、出放題ではうだいな稱賛しやうさんをしてゐる。何なんだい彼あれが、碌ろくそつぽに語學ごがくも出來できねば、文章ぶんしやうだつておれの目めから見みると些ちつとも[Pg 163]甘うまくはない。腕前うでまへと云いへば新聞しんぶんを甘うまく利用りようしては本屋ほんやの提灯ちやうちん持もちをして、そのお禮れいに拙まづい小說せうせつを賣込うりこむ位くらゐだ。何なんでも役者やくしやからの付屆つけとゞけもありや、御馳走ごちさうにもなつてるらしい。昨夜ゆふべだつて大坂おほさか役者やくしやに百尺ひゃくせきへ招待せうだいされたさうだ………おれは新聞しんぶんへ入はいつてから、役德やくとくと云いやあ、あれと此これと、招待せうだいも三度どしきや受うけてやしない――

空想くうさうはふら〳〵と一轉てんする。「今日けふは何なにを書かかう」、輪轉機りんてんきすら一臺だいもない小新聞せうしんぶんだから、彼かれの如ごとき政治せいぢ智識ちしきの乏とぼしい者ものも、一週しうに一度どは論說ろんせつを割付わりつけられてあるので、今日けふがその當番たうばんだ。彼かれはその問題もんだいを捜さがして、增稅案ざうぜいあん、移民ゐみん會社くわいしや取締とりしまり、對たい朝鮮てうせん政策せいさく、どれも六ケ敷しい。國民こくみんの驕奢きやうしやを攻擊こうげきするか、それとも惡小說あくせうせつの流行りうかうを罵倒ばたふするか、どちらが手易たやすいだらうか、小說論せうせつろんにしても、どう論ろんじたら早はやく書かけ手數てすうが掛かゝらないだらう………と考かんがへたが、別べつに妙案めうあんの纏まとまりもせず、又また强しいて纏まとめやうともせぬ間うち、

「數寄屋橋すきやばし」

彼かれは詮方せんかたなく空想くうさうを拂はらつて電車でんしやを下おりた。ノソ〳〵と二三町ちやう步あるいて社しやへ行ゆくと、[Pg 164]下駄箱げたばこの側そばで草山くさやまに出でつくはした。

「やあ、今日けふは馬鹿ばかに早はやいぢやないか」と、草山くさやまの方はうから聲こゑを掛かける。黑塚くろづかは「それや此方こちつの言分いひぶんだ」と、忌々いま〳〵しく思おもつたが、、口くちでは尋常じんじやうに、

「君きみこそ早はやいぢやないか、僕ぼくは何時いつも今いま時分じぶんに來くる」

「さうか、女房にようぼのない者ものあ異ちがつたものだね」と、草山くさやまは晴々はれ〴〵した聲こゑで云いつて二階かいへ上あがつた。黑塚くろづかは後あとから付ついて行ゆく。

草山くさやまは黑塚くろづかよりも三つ歲上としうへだが、學校がくかうも同おなじくクラスも同おなじく、共ともに苦學生くがくせいで、半年はんとしばかりは一緖しよに本鄉ほんがうのお寺てらで自炊じすゐしたこともある。黑塚くろづかの入社にふしやも草山くさやまの周旋しうせんによるのだ。しかし今いまは二人ふたりの生活くらしはその着物きものの結城紬ゆうきつむぎと瓦斯織がすおりと異ちがつてる位くらゐ異ちがつてゐる。一人ひとりは既すでに一家かを構かまへ女房にようぼもあり子この二人ふたりもあり、多少たせうの借金しやくきんもある。一人ひとりは自炊じすゐから下宿屋げしゆくやに移うつつた位くらゐで、さしたる變化へんくわもない。入社にふしやと同時どうじに今いまの下宿屋げしゆくやに轉てんじたので、もう彼此かれこれ四年ねん同おなじ部屋へやに居ゐる。せめて宿やどでも變かはつたらばと思おもつてゐるが、[Pg 165]思おもうばかりで斷行だんかうはしない。

そして草山くさやまは屡々しば〳〵、

「君きみ、何なにか書かかんか、僕ぼくが周旋しうせんしよう、君きみは原書げんしよが讀よめるんだから、その中なかに面白おもしろい話はなしが見みつかるだらう、何なんなら、僕ぼくに話はなして吳くれんか、翻案ほんあんの材料ざいれうに」

と云いつて、多少たせう生活くらしの補助ほじよを計はかつてやるが、黑塚くろづかは何時いつも淋さびしく笑わらつて、首くびと手てとを橫よこに振ふる。

「僕ぼくはとても書かけりやしない。それにどうも忙いそがしくつて、何なにをする暇ひまもない」と云いつて最後さいごは「君きみは餘暇よかがあるから結構けつこうだ」と、褒ほめるのか羨うらやましいのか冷ひやかすのか、この男をとこ獨得どく〳〵の調子てうしで云いふ。これが彼かれのお定きまりの返事へんじだ。そして腹はらの中うちでは「何なに彼等あれらに利用りようされて溜たまるもんか」と、竊ひそかに反抗はんかうしてゐる。

彼かれは編輯室へんしうしつに入はいると、ストーブの側そばで煙草たばこを一本ぽん吸すふ。「給使きうじ、お茶ちやと原稿紙げんかうし」と呼よぶ。その聲こゑは高たかく力ちからがある。軍曹ぐんさうが新兵しんぺいにでも命令めいれいする口調くてうだ。草山くさやまは椅子いすに反[Pg 166]身そりみになり諸新聞しよしんぶんの綴込とぢこみを見みてゐたが、

「開ひらけない奴等やつらだ。何なんだつてこんな眞似まねをするんだらう」と、鼻はなで笑わらつて、新聞しんぶんを下したに置おき、「君きみ讀よんだかい、綾瀨あやせと櫻井さくらゐの喧噪けんくわを」と黑塚くろづかの顏かほを見みた。

「ふん、大變たいへん面白おもしろい、綾瀨あやせに同情どうじやうする、眞劍しんけんだから活氣くわつきがある」

「兩方りやうはうとも眞劍しんけんさ、だから可笑おかしい、あの連中れんぢうは朝あさから拔身ぬきみで構かまへてるんだね」と、草山くさやまは無斷むだんで黑塚くろづかの煙草たばこを一本ぽん奪とつて火ひを借かり、「綾瀨あやせも西方寺さいはうじ時代じだいにはよく來きたものだが、この頃ごろはちつとも姿すがたを見みせん、君きみは遇あうかい。」

「いや滅多めつたに會あはん、眞面目まじめに勉强べんきやうしてるやうだよ、あの男をとこは狡づるい所ところがないからいい」と、黑塚くろづかは心こゝろの中なかでは、多少たせう草山くさやまに當あてこすつたつもりであつたが、草山くさやまは氣きつかぬ風ふうで、

「馬鹿ばか正直しやうぢきで損そんばかりしてると、人樣ひとさまに同情どうじやうして貰もらへるんだが」と笑わらひ〳〵云いつた。黑塚くろづかは不快ふくわいな顏かほをして席せきについた。彼かれの机つくゑは窓際まどぎはに沿そうて孤立こりつしてゐる。硯すゞりの塵ちりを[Pg 167]吹ふき墨すみを磨すり、凡およそ二十分ぷんも、考かんがへてゐると編輯長へんしうちやが來きたので、

「問題もんだいはありませんか、緊要きんえうな問題もんだいがなければ、小說せうせつの禁止きんしについて論ろんじて見みようと思おもひます、少すこし考かんがへもありますから」と後うしろを顧かへりみた。

「ぢや、それを書かき玉たまへ」と、編輯長へんしうちやうは卒氣そつけない返事へんじをする。

彼かれは筆ふでを嚙かんで一二行ぎやう書かいたが、次つぎの句くが出でて來こんので、原稿紙げんかうしを丸まるめて反古籠ほごかごへ投なげ込こみ、案あんを立たて直なほした。机つくゑの左右さいうでは草山くさやまや佐々良さゝら、それに編輯長へんしうちやうも加くははつて競馬けいば談だん株式かぶしきの話はなし。

彼かれはつい﹅﹅四邊あたりの話はなしに氣きを取とられ、筆ふでが更さらに墓取はかどらぬ間うち、時計とけいは一回轉くわいてんする。「何なんでおればかり急いそがしんだらう」「社長しやちやうはこの寒さむさに競馬けいばに行いつてる」と、云いふやうな考かんがへが、四邊あたりの話聲はなしごゑに和わして頭あたまに浮うかぶ。

「黑塚くろづか君くん、もう三十分ぷんですよ」と、編輯長へんしうちやうが急せき立たてる。

彼かれは慌あはてゝ何なにが何なにやら分わからぬながらに文字もんじを臚列ろれつし、一段だん半はん程ほど書かきなぐつた。こ[Pg 168]れで一日中にちゞうの大役たいやくが終をはり、二三時間じかんは手てが隙すく。で、ストーブに近ちかよつて、冷つめたくなつた天てんドンを食くつた。働はたらいて食くふ甘うまさを感かんじた。飯めし一粒ひとつぶも殘のこさない。

ストーブの向むかうの薄汚うすぎたない新聞しんぶん臺だいには女をんな記者きしやが居ゐる。何時いつもの通とほり地方ちはう新聞しんぶんの切拔きりぬきをしてゐる。彼かれは何時いつもの通とほり「哀あはれなる女をんなよ」と思おもつた。もう結婚けつこん期きを過すぎて顏かほに艶つやがなく目めにも力ちからがないと思おもひながら、その赤あかい房ふさのついた可愛かあいらしい鋏はさみの動うごくのを見みてゐた。

「この方かたが御面會ごめんくわい」と、突如だしぬけに給使きうじが名刺めいしを出だした。彼かれは言葉ことば少すくなに腮あごで指圖さしづした。しかし椅子いすから立上たちあがるには少すこし間あひだがあつた。女をんな記者きしやは切拔きりぬきを持もつて無心むしんに彼かれを見みて席せきを轉てんずる。彼かれも無心むしんに見みて應接所おうせつじよへ行ゆく。

來客らいきやくは頰髯ほゝひげの見事みごとに生はへた男をとこ。彼かれを見みると面相めんさうを軟やはらげ、吸すひかけの卷煙草まきたばこを火鉢ひばちに突込つきこみ、

「どうも御多忙ごたばうの所ところを」と恭うや〳〵しく腰こしを屈かゞめ、「何なに新聞しんぶんの鶴見つるみさんが貴下あなたにお願ねがい申まをせ[Pg 169]といふことで」

「はあ、何なんの御用ごようで」

「實じつは今日けふの新聞しんぶんに私わたしの學校がくかうの事ことが出でて居をりますが、あれは事實じゞつ相違さうゐで御座ございましてな」と、ぼつ〳〵その理由りいうを說とき出だした。

「ハア〳〵」と、黑塚くろづかは身みを入いれて聞きいてもゐなかつたが、相手あひてが口くちを閉とぢるのも待またず、「しかし貴下あなたのお望のぞみ通どほりの正誤せいごも出だせん、貴下あなたの方はうで新聞紙しんぶんし條例でうれいによつて、取消とりけしでもお出だしなれば格別かくべつ」と、目めを据すゑて嚴然げんぜんとして云いふ。彼かれの顏かほにも活氣くわつきがあつた。

「ですが取消とりけしだけではどうも」と、髯ひげは容易ようゐに納得なつとくしない。二三度ど押問答おしもんだうの後のち、黑塚くろづかは、

「この新聞しんぶんは徹頭てつとう徹尾てつび責任せきにんを以もつて書かいてるんですから、輕々かろ〴〵しく正誤せいごも出だせません」と斷言だんげんして、「少すこし用事ようじが殘のこつてますから、これで」と、輕かるく會釋ゑしやくして應接所おうせつじよを[Pg 170]出でた。

草山くさやまはもう帽子ぼうしを被かぶつて編輯室へんしうしつの戶口とぐちに立たつてゐたが、

「黑塚君くろづかくん、君きみを捜さがしてたんだ、一寸ちよつと話はなしたいことがある」と柔やさしく云いつて、應接所おうせつじよへ連つれて行いつた。黑塚くろづかはポカンとして髯男ひげをとこの座すはつてた椅子いすに腰掛こしかけた。

「別べつに急いそいだ話はなしぢやないんだが、君きみどうだね、三面めんへ來きて吳くれちや、實じつは三面めんも少すこし改良かいりやうするので、君きみに助たすけて貰もらうと至極しごく都合つがふがいゝんだ」

黑塚くろづかは不思議ふしぎさうにヂロ〳〵相手あひてを見みて、「だつて僕ぼくは二面めんの方はうがいゝ、政治せいぢや敎育けういくに關係かんけいした方はうが興味きようみが多おほい」と、自分じぶんでも信しんぜぬことを云いふ。

「しかし、編輯へんしうをやつてゝは政界せいかいのこともよくは分わかるまいし、君きみの素養そやうから云いつても三面めんの方はうが適てきしてるぢやないか、相互おたがひのためだ、一ひとつうん﹅﹅と云いつて吳くれ玉たまへ……尤もつとも今いまが今いま返事へんじをしなくてもいゝがね」と、草山くさやまは杖つえで床ゆかを叩たゝきながら、少すこし俯首うつむいて云いふ。

[Pg 171]黑塚くろづかは、相互おたがひの爲ためと云いふ言葉ことばを不快ふくわいに感かんじ、「でも僕ぼくにや今いまの受持うけもちがいゝ、少すこし抱負はうふもあるから」と云いつて、腹はらでは何なんでこんな男をとこの下したに使つかはれるものかと力りきんだ。

「さうだらう」と輕かるく首背うなづいて、「けれどね、實じつは何なんだよ、主筆しゆひつもそれを望そのんでるんだよ」

「主筆しゆひつが」と、黑塚くろづかは目めを尖とがらせ、「何なにか僕ぼくに落度おちどがあるんかい、」

「何なに、さうでもあるまい」と、あやふや﹅﹅﹅﹅に云いつて、强しいて笑顏えがほを造つくり、「まあ、何時いつかゆつくり﹅﹅﹅﹅話はなさう、どうだいビールでも呑のみに行ゆかんか」とお愛相あいそに云いつた。

「いや、僕ぼくはまだ仕事しごとが殘のこつてる、君きみのやうに早はやく歸かへれるといゝけれど」

と、黑塚くろづかは編輯室へんしうしつへ歸かへり、机上きじやうに堆積たいせきせる外交ぐわいかう記者きしやの齎もたらした議會ぎくわいの記事きじを添削てんさくした。粗末そまつな原稿紙げんかうしの曖昧あいまいな筆蹟ひつせきを辿たどつて「國家こくか十年ねんの大計たいけい」だの、「満面まんめん朱しゆを濺そゝいで演壇えんだんへ上のぼり」だのと元氣げんきのいゝ文句もんくを見みてる中うちに瓦斯がすがつく。

彼かれは硯箱すゞりばこを仕舞しまふと同時どうじに、草山くさやまの言葉ことばが急きふに毒氣どくきを帶おびて浮うかんで來くる。「彼奴あいつの[Pg 172]中傷ちうしやうだらう」「あんな奴やつの下したに使つかはれてなるもんか」と反抗心はんかうしんを起おこしてゐた。

社員しやゐんは一人ひとり減へり二人ふたり減へる。

彼かれは暫しばらく机つくゑを離はなれない。反抗心はんかうしんは次第しだいにゆるんで﹅﹅﹅﹅手賴たよりない氣きになる。

「そうだ、今日けふは綾瀨あやせを尋たづねよう、彼かれは我黨わがたうの士しだ、僕ぼくに同感どうかんして吳くれるに違ちがひない、草山くさやまのやうな俗物ぞくぶつぢやない」と立上たちあがり、今いま刷上すりあがつた初版しよはんの新聞しんぶんを取とつて、自分じぶんの書かいた慷慨的かうがいてき論文ろんぶんを讀よみ〳〵階下したへ下おりた。下駄箱げたばこの前まへに社長しやちやうが立たつてゐて、使方つかひかたが草履ざうりを出だしてゐる。競馬けいばに負まけたのか、社長しやちやうの顏かほは苦虫にがむし嚙潰かみつぶしたやうだ。「何なにか云いはれるか」と、彼かれは胸騷むなさわぎをさせ、恭うや〳〵しく會釋ゑしやくして、コソ〳〵戶外そとへ出でた。

五六間けん前さきには、女をんな記者きしやが白しろい肩掛シヨールを纏まとうて步あゆんでゐる。彼かれも同おなじ道みちを取とつた。埃ほこり臭くさい風かぜが萎しなびた路傍ろばうの柳やなぎを吹ふいた。


[Pg 173]

五月幟

(一)

「穗浪ほなみ村むらは人家じんか三百戶こ」と、小學せうがくの敎師けうしは二十年ねんも前まへから兒童じどうに敎をしへてゐる。この三百戶この八九分ぶは漁業ぎよげふか農業のうげふ、或あるひは漁農ぎよのう兼帯けんたいで生活くらしを立たてゝゐるが、百八十番地ばんちの「瀨戶せと吉松きちまつ」の一家かは、母はゝは巫女みこ、息子むすこは畵工ぐわこう。村むらに不似合ふにあひな最もつとも風變ふうがはりの仕事しごとをしてゐる。で、海うみが荒あれて不漁ふれうが續つゞいたり、暴風雨ぼうふうゝや蟲害ちうがいで麥むぎや稻いねの充實みのりが惡わるいと商人しやうにんも大工だいくも石屋いしやも疊屋たゝみやも、或あるひは僧侶そうりよ神主かんぬし、皆みなその影響えいけうを受うけるのだが、殊ことに吉松きちまつ一家かは酷ひどい。

しかし今歲ことしは漁れうがよかつた。鯛たいも捕とれた、鰆さはらも捕とれた、漁夫れうしは沖おきで釣つつた魚うをを賣うつて、岡山をかやまや牛窓うしまどから縮緬ちりめんの兵兒帶へこおび、疊付たゝみつきの下駄げた、洋銀やうぎんの簪かんざしやら派手はでな手拭てぬぐひやら、土產物みやげものをどつさり﹅﹅﹅﹅買込かひこみ、尙なほ魚籠どうまるには兩手りやうてで掬すくい切きれぬ程ほどの銀貨ぎんくわや銅貨どうくわを殘のこして歸かへつ[Pg 174]て來きた。明後日あさつては舊歷きうれき五月ぐわつの節句せつくであれば、遠海えんかいへ出稼でかせぎに行いつてる舟ふねも、よく〳〵不漁ふれうでない限かぎりは、久振ひさしぶりに陸くがの鹽辛しほからくない飯めしを食くひに歸かへり、濱邊はまべには珍めづらしく百艘そう近ちかくの小舟こぶね親船おやぶねが並ならんでゐる。そして吉松きちまつは諸方しよはうから幟のぼりの揮毫きがうを賴たのまれて、近年きんねんに無なく多忙たばうである。

彼かれは日限にちげんに迫せまられ、五六日にち戶外そとへ出でず、夜よるも行燈あんどんの側そばで書かいてゐたが、いよ々々今いま一ひとつで描かき終をはれるのだ。圖題づだいは鎧姿よろひすがたの淸正きよまさで、略々ほぼ形かたちだけ出來でき上あがつてゐる。彼かれは禿筆ちびふでの先さきで淸正きよまさの髯ひげを細こまかく描かきながら、疲つかれた肩かたを左ひだりの手てで揉もんだり、墨すみの染しみた下唇したくちびるを噛かんで、細ほそ長ながい布ぬのを見上みあげ見下みおろしてゐる。一筆ふで每ごとに凛々りゝしい姿すがたの浮うき上あがるのを見みるにつけて、もつと奇麗きれいな繪具ゑのぐが欲ほしくてならぬ。あの草摺くさずりもその臑當すねあても他ほかの色いろで彩いろどつて見みたい。何時いつぞや大福寺だいふくじで蟲干むしぼしのあつた時とき、佛樣ほとけさまの繪ゑを二三幅ぷく見みせて貰もらつたが、どれも懷なつかしい繪具ゑのぐを用もちひてあつて、見みてゐて何なんといふ事ことなしにいゝ氣持きもちがして、その前まへを離はなれたくなかつた。あんな繪具ゑのぐは何なんで拵こしらへるのか知しらんが、[Pg 175]自分じぶんも一年ねんに一度どでも、立派りつぱな繪具ゑのぐで絹地きぬぢへ書かいて見みたいな。

彼かれの左右さいうには墨すみを溶とかした飯めし茶碗ぢやわんと、小ちいさい朱硯しゆすゞりと、臙脂べこと藍あひを兩緣りやうふちに塗ぬつた小皿こざらがあるばかり。筆ふでも小學せうがく生徒せいとの手習てならひ用ようの一本ぽん二錢せんか三錢せんのを毛けが擦すり切きれるまで使つかつてゐる。で、道具だうぐには不平ふへいを抱いだいてゐるが、好すきな仕事しごとではあり、第だい一金かねが取とれるのだから、自然しぜんに勵はげみもついて、身體からだの怠だるいのも我慢がまんして、筆ふでを運はこばせた。家いへは二室ふたまだが、只たゞ閾しきゐで區切くぎつてあるのみで襖ふすまも障子しやうじもない。上等じやうとうの室まには床板ゆかいたの上うへに薄緣うすべりを敷しき詰つめ、次つぎの室まには座蒲團ざぶとん代がはりに一枚まいの蓆むしろを敷しいてある。繪布ゑぬのの裾すそは蓆むしろの室まへ挾出はみだされ巫女みこ婆ばあさんの膝ひざに觸ふれてゐる。婆ばあさんは片袖かたそでをまくり上あげ、肥ふとつた腕かひなを露あらはして臼うすを挽ひいてゐる。居眠ゐねむりをし通どほして、朝あさから掛かゝつてゝ、まだ一升しやう足たらずの粉こなが挽ひけ切きらぬ。

「吉きちよ、汝われやまだ書かいてしまはんか」

と、婆ばあさんは附木つけぎで粉こなを搔寄かきよせては張籠はりかごに移うつしてゐる。

[Pg 176]「も少すこしで書かいて仕舞しまわあ、お母かあはまだ挽ひいて仕舞しまはんのか」

「お母かあも、もう一握ひとにぎりでえゝんぢやがの、汝われお腹なかが減へつたら、お晝飯ひるにしやうか、太陽樣こんにちさまもそろ〳〵隣となりの牛小屋うしごやへ當あたりだした」

「さうかな、もう正午おひる過すぎか、そないになるたあ思おもはなんだ」

「どりやお茶ちやでも沸わかさう」

と、婆ばあさんは片手かたてで膝ひざを壓おさへ、「うんとしよ」と伸のび上あがり、凸凹でこぼこの多おほい庭にはへ下おりて、柴しばを一攫ひとつかみを壓折へしをつて茶釜ちやがまの下したへ投なげ込こみ、附木つけぎで火ひを點つけた。黑烟くろけむりが渦うづを卷まいて繪布ゑぬのの上うへを這はひ、低ひくい軒下のきしたへ流ながれ出でる。吉松きちまつは靑あをい顏かほを顰しかめ、勢いきほひのない咳せきを出だした。目めを細ほそくして戶外そとを見みた。門口かどぐちには五月雨つゆの用意よういに柴しばや木片こつぱを堆高うづたかく積つんである。空そらは見みえぬが、日ひは鮮あざやかに石いしころ道みちを照てらし、帽子ぼうし代がはりに頰冠ほゝかぶりして肥桶こえたご擔になつた男をとこが、腰こしを振ふつて通とほつてゐる。二三人にん首くびを抱だき合あひ、得意氣とくいげに卷煙草まきたばこを吹ふき、ゲラゲラ笑わらつて村むらの若わかい衆しゆが練ねつて行ゆく。「吉きちマよ」「チビ松まつ」と聲こゑを掛かけて行ゆく者ものもある。[Pg 177]尻しり端折はしをり藁わら草履ざうりを穿はいた水汲みづくみ女をんなが小ちいさい桶をけを荷になつて二人ふたり三人にん續つゞいて通とほつた。井戶水ゐどみづは鹽氣しほけがあり、山蔭やまかげの泉いづみのみが一村そんの飮料水いんれうすゐとなるので、盆ぼんと節句せつくには泉いづみが乾かれると云いふが、急きふに家族かぞくの殖ふえた此頃このごろ、女房かみさんや娘むすめは水汲みづくみが一日にちの大役たいやくなのだ。

吉松きちまつはその水汲みづくみの一人ひとりの後姿うしろすがたを見みて、お竹たけぢやないかと思おもつた。顏かほをも見みせず、すた〳〵と行いつてしまつたが、その眞紅しんくの襷たすき、脹ふくらかな白しろい脛はぎ、どうも彼女あれらしい。で、彼かれは少すこし伸のび上あがつてにつたり﹅﹅﹅﹅笑わらつた。これを書かいてしまつたら彼女あれに遇あへる。磯いその屋やでは節句せつくを當あて込こんで、岡山をかやまからうん﹅﹅と小間物こまものを仕入しいれて來きたそうだから、彼女あれに簪かんざしでも櫛くしでも買かつてやる。目顏めかほで呼よび出だして泉いづみの側そばの藪やぶへ行ゆくのだ。

二三年前ねんまへから目星めぼしをつけてたお竹たけと、睦むつまじい言葉ことばを交かはすやうになつたのは去年きよねんの秋あき。忘わすれもしない、彼女あれが藪下やぶしもの川かはで洗濯せんたくをしてゐた。澄すんだ水みづがちよろ〳〵と草くさの中なかから流ながれて來くる。お竹たけは絞しぼりの手拭てぬぐひを姉樣ねえさん被かぶりにし、幅はゞの廣ひろい滑なめらかな石いしの上うへに少すこし屈かゞんで立たち、足あしの甲かふまで水みづに浸ひたし、兩足りやうあしで調子てうしよく汚よごれ物ものを踏ふんでゐた。周[Pg 178]圍まわりに人ひとの聲こゑもしない。只たゞ烏からすが寺てらの屋根やねに鳴ないてゐるばかり。その時とき此處こゝを繪ゑに書かきたいと思おもつた。その姿すがたもその顏かほも、この村むらにや比くらべる女をんなはありやしない。それで「私わしの女房にようぼになるか」と云いふと、首くびを橫よこに振ふらなかつた。あんな別嬪べつぴんが私わしの女房にようぼになるんだぞ、村むらの小若連こわかれんの集會よりあひに行ゆくと、吉きちの野郞やらうは二十歲はたちになつて、まだ衒妻げんさい一人ひとりよう拵こさへぬ、意氣地いくぢなし奴めといつて、皆みんなして冷ひやかしやがるが、どうだ羨うらやましからう。

彼かれはうつとり﹅﹅﹅﹅考かんがへ込こみ、やがて又またにやり﹅﹅﹅と薄氣味うすきみ惡わるく笑わらつて筆ふでを執とつた。で、漸やうやく書かき終をはつた頃ころ、茶釜ちやがまがジン〳〵音おとを立たてる。

「吉きち、お茶ちやが沸わいたでえ」と、婆ばあさんは棚たなから膳ぜんと飯櫃めしびつを卸おろしてゐる。

「お母かあ、初野はつのはまだ戾もどらんかな」と、吉松きちまつは痺しびれた足あしを撫なで〴〵膳ぜんの前まへへ坐すわつた。米よね一分ぶの黑々くろ〴〵とした麥飯むぎめしを茶碗ちやわんに山盛やまもりにし、茶柄杓ちやびしやくで茶ちやを打ぶつかける。

「彼女あれは今朝けさ飛出とびだしたきり、まだ戾もどつて來こん、柏餅かしはもちを早はやう拵こせへて吳くれいとせがん﹅﹅﹅ど[Pg 179]いて、今いままで何處どこを步あるいとるんだらう」

「又また皆みんなに冷ひやかされとるんぢやないか、あの阿房あほうに困こまるなあ、早はやう死腐しにくされやえゝのに」

「汝われや何なにをいふ、阿房あほうでも狂人きちがひでも、汝われの眞實ほんまの妹いもとぢやないか」と、婆ばあさんは鐵漿おはぐろの斑まばらな齒はで、漬菜つけなをばり〴〵噛かみながら、金壺かなつぼ眼まなこで吉松きちまつを睨にらんだ。

「そがい﹅﹅﹅云いふても、初野はつのが居をりやがるんで、物入ものいりが多おほうなつて仕樣しやうがない」と、吉松きちまつは慳貪けんどんに云いつた、「それになあお母かあ、彼女あれが居をると、私わしや嫁よめが取とれんぞな、家うちは狹せまいし、初野はつのは大飯おほめしを食くらうから」

「そがい﹅﹅﹅な事こと心配しんぱいせえでもえゝ、汝われや苦勞性くらうしやうぢやから、何なんだれ彼かんだれ案あんじてばかり居をるけいど、入いらんこつちやがな、嫁よめを取とりたけりや、何時いつでも好すきな女子をなごを連つれて來こいよ、お母かあと初野はつのはこの蓆むしろの上うへへでも寢ねりやえゝ、それに彼女あれを連つれて御祈禱ごきとうに廻まわりや、袋ふくろに一杯ぱいや二杯はいのお米こめは、何處どこからでも貰もらうて來こられる、汝われ一人ひとりの世[Pg 180]話せわにやならんがな」

「貰もらう者ものは何なんぼ貰もらうてもえゝけど、乞食こじき見みたいな事ことをして下くだんすな、村むらの者ものは私わしの父とつちやんは狂人きちがひで、お母かあは乞食こぢき、妹いもとは阿房あほうぢやと云いふて笑わらうとるがな」

「笑わらうたて構かまうもんか、澤山たんとお甘いしい者ものを食たべさへすりや、汝われ、云いふ事ことあないでないか」

「お母かあはようても、私わしやつらい﹅﹅﹅がな」

婆ばあさんは吉松きちまつの憐あはれつぽい小言こゞとを聞ききながら、緩々ゆる〳〵食事しよくじを終をはると、汚よごれた茶碗や小皿こざらを隅すみの方はうへ押おしのけ、坐すわつたまゝ臼うすの側そばへにじり﹅﹅﹅寄より、口くちの内うちで眠ねむそうな引臼ひきうす唄うたを唄うたひ、又また粉こなを磨すり出だした。

吉松きちまつは布ぬのの乾かはくのを待まつて、それを白木綿しろもめんの大風呂敷おほぶろしきにくるんで外そとへ出でた。空そらには白しろい雲くもが漂たゞよひ、柔やさしい風かぜが沖おきから吹ふいて來くる。海邊うみべ近ちかく太ふとい松まつに圍かこまれた住吉すみよし神社ゞんじやでは太皷たいこの音おとがして、子供こどもの喜よろこび騷さわぐ聲こゑがする。この前まへお詣まゐりした時ときは、神社じんじやの扉とびら[Pg 181]は鎖とざされ、埃ほこりの積つんだ階段かいだんに子守こもりが二三人にん腰掛こしかけてるばかり。境内けいだいは寂寥ひつそりとしてゐたが、今日けふは馬鹿ばかに賑にぎややかだ。今夜こんや神前しんぜんで大漁たいれう祝いはひの集合よりあひがあるさうだが、宮みやを中心ちうしんにして、通とほる路々みち〳〵何處どこを見みても景氣けいき付づいてゐる。そして吉松きちまつも生々いき〳〵した空氣くうきに胸むねの鼓動こどうし、譯わけもなく悅うれしくなつて、大急おほいそぎに步あるき出だした。

(二)

彼かれは小學校せうがくかうも二年ねんで止やめた。繪畫くわいぐわの敎育けういくなど更さらに受うけたことがない。しかし何時いつの間まにか獨ひとりで工夫くふうして書かき出だした。少ちいさい時ときから棒切ぼうつきれで地上ちじやうに描かいたり、消墨けしずみで板いたに描かいたりした。草紙さうしへも碌ろくに手習てならひはせず、虎とらや人形にんぎやうを書かいてゐた。十三歲さいの初夏しよか、大酒おほざけ呑のみの父ちゝが、麥刈むぎかり最中さいちうに發狂はつきやうしてから、詮方せんかたなく自分じぶんも日雇稼ひやうかせぎをして、一家かの活計くらしを助たすけたが、チビ松まつと綽名あだなを付つけられる位くらゐ、身體からだが小ちいさくて弱よわいため、人並ひとなみの仕事しごとは出來できず、一日にち鍬くわを持もつと關節ふし〴〵が挫くぢけるやうであつた。と云いつて一日にち惰なまければ、一日にち食くはずにゐねばならぬ。狹せまい田舎ゐなかだから、力業ちからわざをしなければ外ほかに糊[Pg 182]口くちすぎの道みちもない。泣ないても叫さけんでも一生しやう野良のら仕事しごとをして、鍬くわと心中しんぢうする覺悟かくごを定きめねばならなかつた。所ところが或ある正月しやうぐわつ豐年ほうねん祝いはひとして、若わかい衆しうが勸進元くわんじんもとで村むら芝居しばゐを催もよほすことゝなり、寄よつて集たかつて衣裳いしやうや小道具こだうぐを借かり集あつめ、出だし物ものも千本櫻せんぼんざくらに阿波鳴門あはのなるとと定きまつたが、困こまるのは書割かきわりだ。無なくても濟すむが、凝こり性しやうの連中れんぢうは、夫それ迄まで大趣向だいしゆこうを廻めぐらし、どえらい﹅﹅﹅﹅物ものを拵こしらへて播州ばんしうあたりの本職ほんしよくの役者やくしやをも驚おどろかしてやらうと云いひ出だした。で、村中むらぢうで繪心ゑごゝろのある者ものを捜さがして、間まに合あはせに描かかすことゝなり、評定ひやうでうの結果けつくわ吉松きちまつが命めいを受うけた。古老こらうの指圖さしづで、木綿もめんの白布しろぬのや、數枚すうまい繼合つぎあはせた繪畫くわいぐわ用紙ようしに、鳥居とりゐに玉垣たまがき、椎しいの木きなどを描かいた。それが思おもひの外ほかの出來でき榮ばえなので、急きふに彼かれの畫才ぐわさいが一村そんの漁夫れうふや百姓しやうに認みとめられ、次第しだいに隣村りんそんにも知しられるやうになつた。この界隈かいわいの五月ぐわつ幟のぼり、漁夫れうしの崇あがめる惠比壽ゑびす大黑だいこくの掛物かけものは皆みな彼かれの筆ふでを煩わづらはすのである。

* * * * * *

[Pg 183]彼かれは依賴者いらいしやにかの布繪ぬのゑを渡わたして、五六十錢せんのお禮れいを貰もらひ、それから磯傳いそづたひに二三軒げん未納者みなうしやを訪たづねたが、何いづれも氣持きもちよく拂はらつて吳くれる。

「吉きちヤ汝われや每歲まいとし繪ゑが上手じやうずになるぜ」「今歲ことしの淸正きよまさはどえらい﹅﹅﹅﹅元氣げんきがえゝ、厄病神やくびやうがみも逃にげてしまう」と、行ゆく先々さき〴〵で褒ほめて吳くれる。で、吉松きちまつは袂たもとの中なかに錢ぜにの音おとをさせ、大得意だいとくいで心こゝろは急せいても、わざとゆつくり﹅﹅﹅﹅步あるいて、お竹たけを捜さがしに行ゆきかけた。日ひは山やまの端は近ちかくなり、潮しほも退ひきかけ、半なかば海うみへ突出つきでた駄菓子屋だぐわしやの支柱つゝかいぼうは、濡ぬれたまゝ根本ねもとを露あらはしてゐる。店前みせさきには多數たすうの若わか漁夫れうしが陣取ぢんどり、粟あわおこし﹅﹅﹅やら大福餅だいふくもちやら、てんでに攫つかんでは食くひ、大聲おほごゑで笑わらつたり叫さけんだりしてゐる。彼等かれらの話題わだいに上のぼる者ものは、大抵たいていは喧嘩けんくわか女をんな、或あるひは賭博ばくち、しかも四邊あたりかまはず露骨ろこつな言葉ことばで持切もちきりだ。たま〳〵澁皮しぶかはの剝むけた若わかい女をんなでも通とほれば、戯ふざけた口くちを利きいて、大勢おほぜいでどつと囃はやし立たてるは愚おろか、惡わるくすると道みち邪魔じやまをして罪つみな諧戯からかひを始はじめることもある。又また中なかには諧戯からかはれたがつて、自分じぶんで押おしかけ、簪かんざし位ぐらゐ奢おごらせてやらうと云いふ女をんなもある。漁夫れうしの休日きうじつにはこの駄菓子[Pg 184]屋だぐわしやが倶樂部くらぶになつて、時ときには賭博宿ばくちやども兼かねるのだ。

吉松きちまつは何氣なにげなくこの店先みせさきを通とほりかゝり、ふと氣きが付ついて見みると、意地いぢの惡わるい奴等やつらが揃そろつてゐる。牙齒きばの龜かめもゐる、備前びぜん德利とくりの米よねもゐる。ダニの虎とら、猪首ゐくびの鶴つる、村むらを騷さわがす連中れんぢうが皆みな久振ひさしぶりで歸かへつてゐる。惡わるい所ところへ來合きあはせた。あれ等らに掛かゝり合あつちや碌ろくな事ことはないと、知しらん顏かほで行過ゆきすぎやうとすると、鶴つるが素早すばやく見みつけて「吉公きちこうぢやないか、まあ寄よれいよ」と呼留よびとめた。吉松きちまつは仕方しかたなしに振向ふりむいて、「今日けふ用ようが殘のこつとるから遊あすんぢや居をれん」と、一寸ちよつとお世辭せじ笑わらひをして行ゆかうとしたが、「まあそないに云はずに寄よれと云いうたら寄よれいよ」と云いふと共ともに、龜かめは駈かけ出でて、兩手りやうてを開ひらいて道みちを防ふさいだ。

「今日けふは堪こらへて吳くれ」と吉松きちまつは情なさけない聲こゑで云いつて、くゞり拔ぬけやうとしたが、龜かめは肩かたを攫つかまへて離はなさない。

「さうら逃にげるなら逃にげて見みい、鳴門なるとの海うみを漕こぎ切きつた腕うでぢや」

[Pg 185]吉松きちまつは鷹たかに攫つかまつた小雀こすゞめ、爭あらそふも無駄むだだから、そのまゝ小ちいさくなつて店みせへ引摺ひきずり込こまれた。袂たもとの銀貨ぎんくわがヂヤラ〳〵音おとを立たてる。

「汝われも澤山たんと錢ぜにを持もつてけつかるな」と、龜かめは吉松きちまつの袂たもとを握にぎつて重味おもみを量はかり、牙齒きばを剝むき出だして笑わらふ。

「汝われに聞きくことがあるから、まあ坐すわれい」と、年長としかさの虎とらは後退あとずさりして席せきを空あけて、吉松きちまつを坐すわらせ、「吉公きちこうは何時いつ見みても白瓜しろうりのやうな顏かほしとる、何處どこか工合ぐあひが惡わるいんか、大事だいじにせえよ、汝われが煩わづらうと、家うちの者ものあ乞食こじきせねや饑かつえ死じにぢや」と柔やさしく云いつたが、吉松きちまつは厭いやな氣きがした。自分じぶんが死しねば母はゝと妹いもととは乞食こぢきをするのは分わかつてゐる。それに母はゝは乞食こぢきを恥はぢとするやうな人ひとぢやない。で、彼かれは魔まがさしたやうに自分じぶんの死後しごを思おもつて、鬱ふさぎ込こんで默だまつてゐると、米よねは鼻はなに皺しわを寄よせてヒツ〳〵と笑わら《わら》つて、

「思案しあん投首なげくびで何なにをしとる、衒妻げんさいの事ことでも考かんがへとるか、汝われやお竹たけと夫婦めをと約束やくそくしたちうぢやないか、」

[Pg 186]「さうぢや〳〵、誰たれやらがそんな噂うはさをしとつた」

「汝われも中々なか〳〵惡わるさをするのう、私等わしらが一寸ちよつと漁れうに出でて村むらに居をらん間まに、こつそり女子をなごを拵こしらへるたあ、汝われもえらいぞ、祝いはひに酒さけでも奢おごらんか、その袂たもとの錢ぜにで」

と、皆みんなで面白おもしろさうに色いろんな事ことを云いつて、冷ひやかしては笑わらひ、笑わらつては冷ひやかす、吉松きちまつは我知われしらず袂たもとを握にぎり締しめ、

「虛言うそぢや〳〵、そがいな事ことがあるもんか」と、狼狽あはてゝ云いつて、顏かほを少すこし赤あかくした。

「隱かくさんでもえゝわ、ぢやけど汝われもお竹たけだけは諦あきらめい、あの女子をなごはな、ちやんと主ぬしが定きまつとるんぢやぞ」と、虎とらは毛脛けずねを出だして胡座あぐらを搔かき、澄すました顏かほで煙草たばこを吸すつてゐる。

吉松きちまつは一座ざを見廻みまわして、最後さいごに目めを丸まるくして、虎とらの顏かほを見詰みつめた。

「お竹たけにやちやんと主ぬしがある」と、虎とらは繰返くりかへして、「汝われやまだ知しるまいが、彼女あれは源[Pg 187]兄げんあにの者ものに定きまつとるんぢや、源兄げんあにが去年きょねん土佐とさへ行ゆく時とき、お竹たけは己おらが嫁よめにする、五月ぐわつの節句せつくに歸かへるまで、彼女あれに手てでも觸さはつて見みい、承知しやうちせんぞと、私等わしらに云いひ付つけたんぢや、汝われも氣きを付つけい、うつかり﹅﹅﹅﹅してお竹たけの惚氣のろけでもぬかす﹅﹅﹅と源兄げんあにに首くびつ玉たまあ捻ねぢ切きられるぞ。」

その様子やうすが萬更まんざら戯言じやうだんでもなささうなので、吉松きちまつは眞靑まつさをになつて震ふるえた。頭あたまを奇麗きれいに刈込かりこんだ新客しんきやくが入はいつて來きて、漁れうの話はなしを仕掛しかけ、虎とらの仲間なかまは最早もはや吉松きちまつを相手あひてにしなくなつた。鶴つるは何時いつの間まにか大だいの字じに寢ねて鼾いびきをかいてゐる。

吉松きちまつはこそ〳〵と外そとへ出でた。もう二月ふたつきも手入ていれをせぬ髮かみは小ちいさい耳朶みゝたぼを蔽おほひ隱かくし、細こまかい棒縞ぼうじまの單衣ひとへは華はなやかな夕陽ゆふひに照てりつけられ、繪具ゑのぐの名殘なごりが黑くろく靑あをく光ひかつてゐる。虎とらの威嚇おどし文句もんくがまだ耳元みゝもとで鳴なつてるやうで、彼かれの魂たましひはくら〳〵して身みに添そはぬ。源げんと云いへば駐在所ちうざいしよの巡査じゆんさも恐おそれて手出てだしをせぬ程ほどの暴あばれ者もの。腕力うでぢからが强つよくて三人前にんまへの仕事しごともする代かはり、癇かんに觸さはると、出刃でば庖丁ぼうちやうを振ふり翳かざすのが評判ひやうばんの癖くせだ。十五六で[Pg 188]魚賣さかなうりをしてる時分じぶんから、魚源うをげん命知いのちしらずと、饅頭笠まんぢうがさに書かいて隣村となりむらへも名なの通とほつてる男をとこだ。虎とらでも龜かめでも源げんにや道みちを避よけて諂言おべつかの一ひとつも云いふ。彼かれに見込みこまれちや、厄病神やくびやうがみに取付とつゝかれたやうなもの。何なんだつて私わしやお竹たけなんか思おもつたことか。

彼かれは源げんが下駄げたで旅商人たびあきんどを滅多打めつたうちにしたこと。大酒おほざけ飮のんで素裸すつぱだかで村長そんちやうの家うちへ怒鳴どなり込こんだことなど思おもひ出だしてぞつ﹅﹅とした。お竹たけを呼出よびだす計畵もくろみなんか頭あたまの中なかから消きえてしまひ、只たゞ源げんの顏かほばかり目めに浮うかぶ。何故なぜ源げんの船ふねが土佐沖とさおきで沈沒ちんぼつしなかつたんだらう。何故なぜ鳴戶なるとの渦うづに捲まき込こまれなかつたのだらう。何故なぜ私わしを庇かばつて吳くれた人ひとのいゝ芝居しばゐ好ずきの作藏さくざう爺ぢいが早はやく死しんで、源げんのやうな奴やつは虎烈剌これらにも罹かゝらぬのだらう。

吉松きちまつは神社じんじやの方はうへ向むかつて石いしころ道みちを辿たどつた。道みちの左右さいうには貝殻かいがらの塚つかが所々ところ〴〵に築きづかれ、真紅しんくの石榴ざくろの花はなが白壁しらかべの側そばに咲さいてる。彼かれは夢心地ゆめごゝちでそれを見みてゐたが、太皷たいこの音おとや鈴すゞの音おとがます〳〵賑にぎやかに聞きこえる。子供こども等らは祭まつりででもあるやうに、群むれをなして玉垣たまがきの前まへを飛とんだり跳はねたりしてゐる。

[Pg 189]「兄ああよ」と、突如だしぬけに聲こゑがした。

驚おどろいて見みると、初野はつのは眞向まむかひに立たつてキヨロ〳〵してゐる。鹽しほたれた單衣ひとへを赤あかい扱帶しごきで締しめ、埃ほこりに染そめる白茶しらちやけた髮かみを藁わらで茶筅ちやせんのやうに結むすび、顏かほから首くびへかけて垢あかで塗ぬられてゐる。

「兄ああよ、お前まへ時ときさんに會あはなんだか」と、尙なほ前後ぜんごを見廻みまはす。

「會あふもんか、汝われももう家うちへ戾もどれ、お母かあが柏餅かしはもちを拵こしらへて待まつとるから」と、吉松きちまつが手てを執とると、

「柏餅かしはもちか」と云いつて笑わらつたが、又また身みを藻搔もがいて手てを振放ふりはなし、

「そいでも、時ときさんが私わしを捜さがしとると、皆みんなが云いふから、あの人ひとに會あはにやならんもの」と呟つぶやいて、鳥居とりゐの前まへをウロ〳〵してゐる。以前さつきから玉垣たまがきに寄よりかゝり初野はつのを調戯からかつて喜よろこんでた連中れんぢうは、此方こちらを見みて「初野はつのさん〳〵、時ときさんはお地藏様ぢざうさまへ行いつた」と囃はやし立たてゝ、どつ﹅﹅と笑わらつた。

[Pg 190]「本當ほんたうにお地藏樣ぢざうさまへ行いつたのかな」と勢いきほひのない聲こゑで云いつて、初野はつのは西にしの方はうへフラフラ步あるいて行ゆく。

吉松きちまつは情なさけなくなつて淚なみだを浮うかべた。この瞬間しゆんかん恐おそろしい源げんの事ことを忘わすれ、只たゞ白痴ばかの妹いもとが年中ねんぢう村むらの子供こどもの玩具おもちやになるのを恥はづかしく思おもつた。そして悄然しよんぼり家うちへ歸かへると、母はゝは膳ぜんを出だしたまゝ、板いたの間まへ眠ねむつてゐて、頭あたまの側そばには一ひとつ二ふたつの蚊かが幽かすかな音おとを立たてゝ飛とんでゐる。

(三)

吉松きちまつは酒さけも飮のまぬ。唄うたも唄うたへぬ。漁師れうし仲間なかまとは性しやうが合あはぬから、平生ふだん仲なかのよい友逹ともだちは少すくない。今夜こんやの集合よりあひにも誘さそひに來くる者ものもなく、又またとても行ゆく氣きにもなれぬ。で、早はやく晚食ばんしよくを濟すませ、神棚かみだなの燈明皿とうみやうざらに燈火あかりをつけ、上あがり框かまちに腰こしを掛かけて沈しづんでゐた。昨夜ゆうべは幟のぼりに忙いそがしくて何なんとなく悅うれしかつたが、今夜こんやからは繪ゑの仕事しごともなくなつた。平生ふだんなら夜業よなべに草鞋わらじを造つくるのだが、今夜こんやは肩かたが怠だるくて氣分きぶんが欝ふさいで槌つちを持もてさうでもな[Pg 191]い。婆ばあさんは行燈あんどんも點火とぼさず、燈明とうみやうの光ひかりで絲いとを紡つむいでゐる。數町すうちやうを隔へだてた宮みやでは太皷たいこの音おとがます〳〵賑にぎやかに聞きこえる。

「吉きちよ、汝われや錢ぜにを何處どこへ置おいたか」と、母はゝに問とはれて、吉松きちまつは振返ふりかへり。

「其處そこの戶棚とだなに入はいつとらあ」と云いつて、薄光うすあかりに緖卷をまきの絲いとのブル〳〵震ふるふのを見みてゐる。

「何なんぼ溜たまつたか」

「今月けふは三圓ゑんばかし貰もらうて來きた。まだ三軒げん殘のこつとらあ」

「そがい﹅﹅﹅に吳くれたかい、そいぢやえゝお節句せつくが出來できるなあ、お母かあも明日あしたはお高姊たかねえの宅うちへお祈禱はらひに賴たのまれとるから、又また錢ぜにになるし、麥むぎの二俵ひやうや三俵びやうは庭にはへ積つめるわい、汝われも嫁よめを娶とるなら今いまが丁度ちやうどえゝ機會しほぢや、誰だれでも好すきな女子をなごがありや連つれて來こい」

「私わしや嫁よめを娶とらんでもえゝ、一生しやう獨ひとりで暮くらすんぢや」

「そいでも、今朝けさは嫁よめを娶とりたいと云いふたぢやないか、芳よしでも鶴つるでも梅うめでも皆みんな[Pg 192]嫁よめがあるんじやもの、汝われも欲ほしからうがな」

婆ばあさんの聲こゑは欠伸あくびまぜりで、次第しだいに絲車いとぐるまも間斷勝とだえがちになる。吉松きちまつは時折ときをり話はなしかけられても碌ろくに答こたへぬ。で、暫しばらく母子おやこ脊合せなかあはせで默だまつてゐると、何時いつの間まにか初野はつのが勝手口かつてぐちからノロ〳〵入はいつて來きた。白痴ばかの中うちでも陽氣やうきに騷さはぐ方はうではなし、口數くちかずは少すくなく戶外そとへ出でるにも歸かへるにも、大抵たいていは忍しのび足あしで、家うちの者ものにも氣きづかぬ位くらゐだ。兩方りやうはうの袖口そでくちを持もつて、しよんぼり﹅﹅﹅﹅﹅庭にはに突立つゝたつたまゝ左右さいうを見廻みまわし、

「お母かあ、家うちは暗くらいなあ、兄ああよ、お宮みやは賑にぎやかぢやぞ」と、低ひくい聲こゑで云いつて、草履ざうりを引摺ひきずつて又また戶外そとへ出でかけた。

「初はつは朝あさから御飯ごはんも食たべいで、何なにをしとるんなら、もう何處どこへも行いかいで、早はやうお夕飯ゆふはんを食たべなよ」

と、婆ばあさんは猫撫聲ねこなでごゑで云いつたが、初野はつのは「そいでも家うちは淋さびしいもの」と、何處どこへか行いつてしまつた。

[Pg 193]「また皆みんなに嬲なぶられたいんか」と、婆ばあさんは獨言ひとりごとのやうに云いつたが、最早もはや娘むすめを氣きにも掛かけず、絲車いとぐるまを離はなれもせぬ。

吉松きちまつも今宵こよひは住すみ馴なれた家いへを、際立きはだつて暗くらく感かんじた。室うへに這はひ上あがつて行燈あんどんをつけ、燈心とうしんをかき立たてたが、隅々すみ〴〵は尙なほ暗くらい。天氣てんきが變かはつたのか東風こちが吹ふき出だし、ソヨ〳〵と裏口うらぐちから入はいつて來くる。枇杷びわの木きも騷さわぎ出だした。宮みやの太鼓たいこの音おとは止やんだが、ワイワイ叫さけぶ聲こゑは一層そう盛さかんに聞きこえる。彼かれは耳みゝを傾かたむけてゐたが、やがて不意ふいに起上おきあがつて、聲こゑする方はうへ向むかつた。三日月みかづきは既すでに沈しづんで、天てん遠とほく星ほしが力ちから弱よわく光ひかつてゐる。

彼かれは小暗こぐらき道みちを通とほつて、玉垣たまがきの側そばに彳たゝずんだ。鳥居とりゐの根本ねもとは出入でいりの提灯ちやうちんの光ひかりに照てらされ、松葉まつばに蔽おほはれた敷石しきいしが明あかるくなり暗くらくなつてゐる。醉漢よひどれの聲こゑが遠とほくなり近ちかくなる。神社やしろの扉とびらは廣ひろく開ひらいて、神前しんぜんには大おほきな蠟燭らうそくの光ひかりが燿かゞやき、左右さいうには數すう十の漁夫れうしが居並ゐならび、中なかには片肌かたはだを脫ぬいでる者もの、胸毛むなげを露あらはしてる者もの。怒鳴どなつては呑のみ、呑のんでは怒鳴どなり、言葉ことばの綾あやも分わからず、只たゞ騷さわがしい蠻音ばんおんが一ひとつになつて、酒さけの香にほひと共とも[Pg 194]に神かみの境内けいだいに漲みなぎつてゐる。神社やしろの周圍まわりには小兒こどもが群むらがり戯たはむれてゐる。常つねの夜よは漣さゞなみの音おとと松風まつかぜばかり。丑うし三みつには呪咀のろいの女をんなが白裝束しろしやうぞくで蠟燭らうそくを頭かしらに戴いたゞき、呪文じゆもんを誦じゆして松まつの幹みきに、胸むねの恨うらみを籠こめた五寸すん釘くぎを打うつと、母はゝから聞きいてゐるが、その淋さびしい淨地じやうちは、一村そんの勸樂くわんらくの巷ちまたとなつてゐる。

吉松きちまつはその聲こゑを聞ききその香かを嗅かぎ、熊くまの如ごとき腕かいなをまくつた人々ひと〴〵の勇いさましい姿すがたを垣間見かいまみてゐた。しかし團樂まどゐに飛込とびこみもしない。

「兄あゝよ」と後うしろから突如だしぬけに聲こゑがした。顧かへりみると初野はつのは依然いぜん兩方りやうはうの袖口そでくちを持もつて、無心むしんに身體からだを搖ゆすぶつてゐる。

「兄あゝはお宮みやの中なかへ行ゆかんのか」と、兄あにの顏かほを不思議ふしぎさうに見みた。

「汝われやまだ此處こゝに居をるんか、皆みんなに嬲なぶられん間まに、早はやう家うちへ戾もどれ、お母かあが待まつとる」と、吉松きちまつは常つねになく柔やさしく云いつて、妹いもとの袖そでを捕とらへやうとすると、初野はつのは身みを翻ひるがへして松まつの蔭かげに逃にげた。

[Pg 195]濃こい雲くもが東ひがしの山やまから吐はき出だされて、空そらへ廣ひろがつてゐる。

「明日あしたは雨あめか」と、チヨン髷まげの老漁夫らうぎよふがいぢかり﹅﹅﹅﹅股またで石段いしだんを下おりた。

飮のみ盡つくした空德利からどくりを提さげた千鳥足ちどりあしが鳥居とりゐの左右さいうへ散ちつてゐる。先立さきだつたのと遲おくれたのと互たがひに呼よんでは答こたへ、「畜生ちくしやうめ」「馬鹿ばか野郞やらう」の聲こゑが姦かしましく闇やみから闇やみに傳つたはる。吉松きちまつは彼等かれらが今宵こよひ至いたる所ところに賭博とばくに耽ふけり、女をんなに弄たはむれる樣さまを想像さう〴〵して、羨うらやましく嫉ねたましく感かんじた。

大勢おほぜいの後あとから、手拭てぬぐひを首くびに結むすんだ一群ひとむれが、社内しやないを出でて、お百度ど石いしを取圍とりかこみ、何なにか小聲こごゑで話はなし合あつてゐる。虎とらもゐる。龜かめもゐる。頻しきりに首肯うなづいてゐるのは源げんらしい。と思おもふと、吉松きちまつは空想くうさうの消きえて急きふに恐氣おぢけがつき、玉垣たまがきの蔭かげに小ちいさくなつた。そして彼等かれらが鳥居とりゐを潜くゞるのを待まち、靜しづかに歸かへりかけた。

星ほしは殘のこりなく隱かくれた。沖おきには常つねに見みる漁火いさりびの一ひとつもなく、舟唄ふなうたも聞きこえず、暗くらい波なみは黑くろい雲くもと接せつして、只たゞ風かぜにもまれた滿汐みちしほの音おとが高たかい。

[Pg 196]「兄あゝよ、沖おきにや海坊主うみばうずが居をるんぢやなあ」と初野はつのは闇やみの中なかから聲こゑを掛かけた。吉松きちまつは默だまつて妹いもとの手てを執とつて家うちへ歸かへつた。母はゝの影かげは障子しやうじに薄うすく映うつつてゐる。絲車いとぐるまの音おとも聞きこえる。

(四)

翌日よくじつは雨あめ。風かぜも少すこし加くははつた。婆ばあさんは鈴すゞを持もつて、お高たか姊あねえの家うちへ生靈いきりやう退治たいぢに出でかけた。初野はつのは柏餅かしはもちを腹はら一杯ぱい詰込つめこみ、津蟹づがにの鋏はさみを絲いとで縛しばつて弄もてあそんでゐたが、やがて厭あいたのか、傘からかさも差ささずに、雨あめを犯おかして當度あてどなく出でて行いつた。吉松きちまつは只たゞ腹匐はらばひになつて戶外そとを眺ながめる。

びしよ﹅﹅﹅濡ぬれの水汲みづくみ女をんなが昨日きのふと同おなじく、跡切とぎれ〴〵に通かよつてゐる。醉よつて銅鑼どら聲ごゑで唄うたつて通とほる者ものも多おほい。竹たけの皮鼻緒かははなをの足駄あしだを引ひきずり德利とくりを提さげた子供こどもが俯首うつむいて錢ぜにを讀よみ〳〵通とほつた。番傘ばんがさを擔かついで萌黃もえぎの重箱ぢうばこ包づゝみを柄えの先さきにぶら﹅﹅下さげた小娘こむすめが粽ちまきを嚙かぢりながら通とほつた。どれもどれも見馴みなれた顏かほだ。

[Pg 197]彼かれは目めでは戶外そとを見みながら、心こゝろでは昨日きのふの出來でき事ごとを思おもひ浮うかべた。他鄉たきやうを知しらず書しよも讀よまぬ彼かれには、夢ゆめにも現うつゝにも一村そんの事件じけんが凡すべての智識ちしきであり想像さうぞうであるのだ。で、今日けふも彼かれの貧あはれな智識ちしきの卷まきを繰廣くりひろげて見みたが、その全世界ぜんせかいには源げんもゐる、龜かめもゐる。彼等かれらは繪本ゑほんで見みた綱つなや金時きんときのやうな腕うでを持もつて、一村そんに跋扈ばつこしてゐる。彼等かれらが生いける限かぎりこの村むらは泰平たいへいではない。私わしのやうな痩腕やせうでで叶かなうものか。

彼かれは又またお竹たけのことを思おもひ出だした。その機織はたおり姿すがたや田植たうえ姿すがたが印象いんしやうの强つよい頭あたまにあり〳〵と浮うかび、兼かねてのひそ〳〵﹅﹅﹅﹅話ばなしも、今いま聞きく如ごとく感かんぜられたが、ふと源げんの事ことに思おもひ及およぶと、樂たのしい夢ゆめは一時じに消きえてしまひ、果はたしてお竹たけが源げんを思おもつてるのか、虎とらの吿口つげぐちが眞まことであるか戯言じやうだんであるか、靜しづかに考かんがへる暇いとまがない。只たゞ彼かれを打うたんとして源げんが拳こぶしを握にぎつてる姿すがたが見みえて、自然しぜんに目めを瞑つむつた。

雨あめは急きふに强つよくなり、戶外そとは一層そう暗くらくなつた。板いたの間まには藁屋根わらやねから雫しづくが垂たれる。隣となりの牛うしが大儀たいぎさうに吼ほえる。知しらぬ間まにお竹たけが綛かすりの前垂まへだれを頭かしらに戴いたゞいて軒下のきしたに立たつ[Pg 198]てゐた。

「吉きちさん、傘かさを貸かしてお吳くれんか」

吉松きちまつは幻影まぼろしでも現あらはれたやうにギヨツ﹅﹅﹅として、目めを丸まるくした。

「私わしんとこに傘かさがあるもんか」と、態わざと橫よこを向むいた。

「家うちにや誰だれも居をらんかな」

「むん」

と、微かすかに云いつたのみで、吉松きちまつは薄緣うすべりに顏かほをすり付つけてゐる。

「吉きちさん、先日こないだの話はなしはどないするんかな、考かんがへちや居をらんのかな」と、お竹たけは小聲こごゑで云いふ。吉松きちまつは默だまつてゐる。

「ちつとは小降こぶりになつた」と、お竹たけは空そらを仰あふいで、「なあ吉きちさん、お節句せつくが濟すんだら船ふねが出でるから來きてお吳くれな」と甘あまえて云いつて、前垂まへだれを被かぶつたまゝ尻端折しりはしおつて駈かけ出だした。

[Pg 199]吉松きちまつは頭かしらを持上もちあげて、夢ゆめ見みたやうにその後うしろを見送みおくり、姿すがたが見みえなくなると又また寢ねそべつた。何故なぜもつと話はなさなかつたらう、問とはなかつたらうと後悔こうくわいした。「舟ふねが出でたら會あはう」、節句せつくが濟すめばお竹たけの父ちゝも沖おきへ出でて、彼女あれの身みも暇ひまになる。源げんも龜かめも海うみへ行ゆく。さうなればお竹たけの心こゝろも確たしかめられる。と思おもふと一縷るの希望きぼうが浮うかばぬでもない。明日あす明後日あさつて明後々日しあさつてと、彼かれは指ゆびを折をつて、「八日やうかには腕うでの强つよい血ちを恐おそれん奴やつは、島しまの向むかう浪なみの荒あらい沖おきへ出でてしまう」と、にやり﹅﹅﹅と笑わらつた。

しかし子供こどもの時分じぶんから胸むねに刻きざみ込こんだ不安心ふあんしんは、今いまも消きえ失うせず、ちよろ〳〵舌したを出だす。彼かれには村むらが恐こわいのだ。盂蘭盆うらぼんとか氏神祭うじがみまつりとか、四季き折々をり〳〵の賑にぎはひには、屹度きつと下駄げたが飛とび鉈なたが飛とび、血塗ちまみれ騷さわぎの起おこるに定きまつたこの殺伐さつばつな村むらが恐こわい。何なんだつて皆みんなが仲なかよく面白おもしろく暮くらさんのだらう。せめて命知いのちいらずの源げんが死しんだなら、此この村むらも少すこしは穩おだやかになるかも知しれぬ。喧嘩けんくわの數かずも少すくなくならう。龜かめや米よねも源げんに唆そゝのかされて付元氣つけゞんきで暴あばれ廻まわるんだから、親分おやぶんの源げんがゐなければ、あんなに無理むり非道ひだうな人困ひとこまらせをせ[Pg 200]んに極きまつてゐる。

「村むらの爲ため自身じゝんの爲ため、源げんが死しんだら〳〵」と、二十分ぷんも三十分ぷんもそればかり考かんがへた。驟雨ゆうだち模樣もやうのドシヤ降ぶりが通とほると、密雲みつうんが薄うすらいで戶外そとは稍々やゝ明あかるくなつた。初野はつのの弄もてあそんでゐた津蟹づがには泡あわを吹ふきながら、吉松きちまつの頭あたまの側そばへ這はつて來きた。彼かれはふと思おもひ立たつて、絲いとを手繰たぐつて、蟹かにを柱はしらに縛しばりりつけ、塵紙ちりがみに寫生しやせいを始はじめた。蟹かには飛とび出でた目めに怒いかりを含ふくんで藻搔もがき出だす、紙かみにもその藻搔もがいてる樣さまが生々いき〳〵と現あらはれた。興きようが湧わいて五枚まい六枚まい書かき續つゞけたが、やがて惜氣おしげもなく鼻はなをかんで、丸まるめて外そとへ投なげた。軒下のきしたに羽搔はがいを縮ちゞめてコロ〳〵と鳴ないてた鷄とりは、餌ゑばと思おもつたか、反古紙ほごかみをつゝき出だした。低ひくい石いしころ道みちを番傘ばんがささして、白裝束しろしやうぞくの母はゝと赤あかい顏かほした妹いもととが歸かへつて來くる。

「本當ほんまに〳〵、源げんの死しにぞこない奴め覺おぼえてやがれ」と、母はゝは怒鳴どなつて、初野はつのを家うちへ引上ひきあげた。初野はつのはぼんやり﹅﹅﹅﹅立たつてゐたが、蟹かにが目めにつくと、柱はしらから離はなして居間中ゐまぢうを引ひきまはす。

[Pg 201]「おのれ糞くそ、源げんの獄道ごくだう」「罰當ばちあたり奴め」と、喧かしましい聲こゑが響ひゞき渡わたる。吉松きちまつは呆氣あつけに取とられて、母はゝの顏かほを見上みあげ、

「お母かあ、どうしたんなら」

「どうしたも何なにもあるもんか、汝われまあ聞きいて吳くれい、お高たか姉ねえのとこから戾もどりに、米公よねこうの前まへを通とほると、初野はつのが眞赤まつかな顏かほをして裸はだかになつとるぢやないか、何なにをしとるんかと思おもうて入はいつて見みると、汝われ、源げんや龜かめが大胡床おほあぐらかいて酒さけを食くらうとりやがつてなあ、初野はつのに無理むり無體むたいに酒さけを呑のませて踊をどらせとるんぢやでな、そりを見みて、私わしや腹はらが立たつて〳〵、飛とび込こんで叱しかりつけてやると、汝われ、尙なほの事こと皆みんなが惡戯氣ふざけ出だしやがる、終しまひにや私わしの持もつとる鈴すゞを出だして、囃はやしちや馬鹿踊ばかをどりを初はじめやがる、大事だいじな鈴すゞが汚よごれちや、私わしの命いのちを取とられたも同おなじでないか、今いまに見みて居をれ、祈いのり殺ころしてやるぞ」

と口惜くやし淚なみだを濺そゝいだ。吉松きちまつは心こゝろでは怖氣おぢけがついたが、それでも母はゝを慰なぐさめるつもりで、

「そがい﹅﹅﹅に怒おこらいでも、私わしが仇かたきを取とつて上あげらあ」と云いつたが、母はゝは氣きがむしやく[Pg 202]しや﹅﹅﹅﹅﹅﹅して、常つねになく邪慳ぢやけんに、

「汝われや口くちばつかりで、源げんの腕うでに叶かなふもんか、汝われが弱虫よわむしじやから、初野はつのまで皆みんなに意地いぢめられるんぢやがな」

「さう云いひなさんな、私わしも男をとこぢやもの」と、吉松きちまつは不快ふくわいな顏かほをした。母はゝは鈴すゞを眺ながめて血相きつさうを變かへてゐる。

(五)

晩餐ばんさんが終をはると、母はゝは絲車いとぐるまへ手てを掛かけたが、もう氣きが落付おちついたらしく、慳貪けんどんな口くちも利きかなくなり、顏色かほいろも平生ふだんの通とほりに眠ねむさうだ。雨あめがまだ止やまぬので早はやく戶締とじまりをして、初野はつのは宵よひの口くちから寢間ねまへ入はいつた。遠方ゑんぱうから幽かすかな聲こゑが風かぜにつれて吹ふき込こむのみで、今夜こんやは昨夕ゆふべと異ちがつて靜しづかだ。

「吉きち、もう寢ねえよ、お母かあも寢ねるから」

「私わしやまだ眠ねむたうない」

[Pg 203]吉松きちまつは村長そんちやうの宅たくへ繪本ゑほんでも見みせて貰もらひに行ゆかうかと思おもひ、門口かどぐちまで出でた。見みる限かぎり果はてのない暗黑あんこく世界せかい、後うしろの山やまも宮みやの松まつも闇やみに沒ぼつして、天てんにも地ちにも豆粒まめつぶほどの光ひかりもない。で、急きふに恐おそろしくなつて家いへの中なかへ駈かけ込こんだ。煤くすぶつた金比羅こんぴら神社じんじやのお札ふだの前まへに、燈火ともしびは丁子ちやうじを結むすんでゐる。彼かれは燈明とうみやうを搔かき立たて、油あぶらを注つぎ、その前まへに端坐たんざして、一家か安穩あんおん四海かい泰平たいへいの願ねがひを籠こめた。初野はつのは夢ゆめに泣聲なきごゑを立たてゝ、「兄あゝよ、來きて吳くれ、恐こわいがな〳〵」と叫さけんで、口くちから涎よだれを垂たれてゐる。

吉松きちまつは自分じぶんが妹いもと一人ひとり庇かばうことも出來できぬ腑甲斐ふがひなさを思おもつた。親子おやこ三人にんが雨風あめかぜに曝さらされ、乞食こぢきになつて流浪るらうする樣さまが思おもはれた。

でも、考かんがへてる中うちに何時いつとなく妹いもとの傍そばへもぐり﹅﹅﹅込こみ、木枕きまくらをして眠入ねいつた。斷たえ斷だえに苦くるしい夢ゆめに襲おそはれたが、ふと芥溜ごみためで拾ひろつた錆さびた瓦釘かはらくぎを持もつて、宮みやの松まつの樹きに源げんを呪のろつては打うち〳〵してゐると、愕然がくぜんと目めが醒さめた。妹いもとが彼かれの肚腹ひばらを蹴けつてゐる。燈明とうみやうは消きえかゝつてゐる。

[Pg 204]丑三うしみつは今いま時分じぶんだらう、宮みやへ詣まゐつて源げんを咀のろひ殺ころしたい。彼かれが死しぬりや一村そんの災わざわひが除のけると思おもひ込こんだ揚句あげく、自分じぶんが自分じぶんで恐おそろしくなつて、蒲團ふとんの中なかへ首くびを引込ひつこめた。

* * * * * *

翌日よくじつは五月ぐわつ五日いつか。雨あめは名殘なごりなく晴はれ、冴さえた光ひかりは一村そんを包つゝんでゐる。吉松きちまつは晝餐ひるの御馳走ごちさうにと魚買さかなかひに出でた。道みちの左右さいうの葺屋わらや瓦屋かはらや、家々いへ〳〵の門かどには五月ぐわつ幟のぼりが勇いさましく飜ひるがへつてゐる。小兒等せうにらは諸方しよはうの幟のぼり見物けんぶつに廻まわつてゐる。吉松きちまつは何なんとなく得意とくいになつて空そらを見上みあげてゐると、源げんが籠かごを提さげて近ちかづき、

「吉公きちこう、汝われも壯健たつしやか、久振ひさしぶりじやのう」と笑顏ゑがほをして、「沙魚はぜをたんと﹅﹅﹅貰もらうたから、汝われにも分わけてやらう、さあその鍋なべを此方こちらへ出だせ」吉松きちまつは返事へんじもせず棒立ぼうだちちになつてゐる。凉すゞしい鹽風しほかぜが顏かほを掠かすめる。


[Pg 205]

村塾

寄宿舎きしゆくしやのはづれ、松まつの樹きに蔽おほはれた櫓風やぐらふうの高たかい古堂ふるだうから、ドン〳〵と太鼓たいこが鳴なつて、擂鉢すりばちの底そこのやうな平地へいちを越こして、向むかうの山やまへ響ひゞき渡わたる。その最後さいごの音おとの消きえぬ間まに、袴はかまを着つけた二十歲はたち前まへの少年せうねんが、正門せいもんや通用門つうようもんから打うちつゞいて、幾人いくにんとなく現あらはれて來くる。校舎かうしやの石壁いしべいを背せにして丁字てうじ形がたの細ほそい道路だうろに溢あふれて、麥むぎの中なか、菜種なたねの中なかにも散ちらばつた。

今澤いまざわ定吉ていきちもその一人にんだ。文章ぶんしやう軌範きはんと靖獻せいけん遺言ゐげんとを、布呂敷ふろしきにも包つゝまず左ひだりの脇わきに抱かゝへ、右みぎの手ては木綿もめんの兵子帶へこおびに挿はさみ、同おなじ年頃としごろの通學生つうがくせいA君くんと無邪氣むぢやきな話はなしをしながら、草履ざうり穿ばきで畦道あぜみちを傳つたつた。この學生がくせいとは四五日前にちぜんに、東京とうきやうの雜誌ざつしの交換かうくわんを約やくしてから、急きふに懇意こんいになつたので、每晚まいばん往來わうらいして、文章ぶんしやうの議論ぎろんなどをして居る。

「君きみは何故なぜ寄宿舎きしゆくしやに入はいらんのだ」

[Pg 206]「僕ぼくあ入はいりたいんだけれど、親爺おやぢが寄宿舎きしゆくしやを嫌きらつてるから」

「そうかい、昨夕ゆふべは谷村たにむらが蒲團蒸ふとんむしにされたさうだな、寄宿舎きしゆくしやの奴やつは亂暴らんぼうだ」

「何なんだか賄まかなひ征伐せいばつをやると力りきんでる奴やつがある、喜公きいこうも生意氣なまいきだから擲なぐると云いつてるよ」

「寄宿舎きしゆくしやの者ものあ、碌ろくに勉强べんきやうもせんで、そんなことばかり考かんがへとる、僕ぼく等らは矢張やはり通學つうがくして、餘暇よかには文章ぶんしやうでも書かいた方はうがいゝねえ、君きみ」と、A君くんはさも深ふかく感かんじたように云いふ。

やがてA君くんは支道えだみちへ分わかれた。

「ぢや失敬しつけい」

「今夜こんやは僕ぼくの家うちへ來給きたまへ、紅葉亭こうえふていの方はうへ散步さんぽしよう」

今澤いまざわは「あの男をとこも面白おもしろいいゝ人間にんげんだ」と思おもつた。此頃このごろは凡すべての人ひとが懷なつかしい。新あたらしい知合しりあひになつた村むらの人ひとも學友がくいうも、凡すべて懷なつかしい。

二三步ぽすると、麥むぎと麥むぎとの間あひだに女をんなの背せなが見みえる。よく見みると宿やどの娘むすめだ。十七だと云い[Pg 207]ふが、色いろが白しろく靨えくぼがあつて可愛かあいらしく、そして親切しんせつだ。これも懷なつかしい一人にん。

娘むすめは藁畚ふごから腐くさつた木この葉はを攫つかみ出だして、畆はたけの中なかへ散ちらしてゐたが、彼かれが近ちかづくと莞爾につこりとして、汚よごれた手てで頭あたまの手拭てぬぐひを取とり、恭うや〳〵しく挨拶あいさつして、

「もうお歸かへんなさるかな」

「いゝや、今日けふは午後ひるからお休やすみだから、少ちつとの間ま、何處どこかで遊あそんで歸かへります、晝ひるの御飯ごはんもゆつくり﹅﹅﹅﹅でよろしい」

「左樣さうかな、最少もすこしすると、向むかひの叔父おぢさんも魚市いちから戾もどつて來きませうから、何なにかお魚さかなを持もつて來きて吳くれませう」

「ぢや、それ迄まで僕ぼくは腹はらを減へらして來くる。」

今澤いまざわは肥料こやしの香にほひが、畝はたけの中なかから湧わき上あがるのに眉まゆを顰ひそめ、急いそいで通とほり拔ぬけた。小溝こみぞの丸木橋まるきばしを渡わたり、道側みちばたから馬うまの背せほど高たかくなつてる空地あきちへ匍はひ上あがつた。柔やはらかい草くさが一面めんに生はへてゐて、寢ねころぶと肱ひじや首筋くびすじにひやり﹅﹅﹅と觸ふれる。それが何なんとなくいゝ氣[Pg 208]持きもちだ。雌摑めくぬぎの歪ゆがんだ葉はが疎まだらに空そらを遮さへぎつて、眞晝まひるの光ひかりも眩まぶしくはない。雲雀ひばりの聲こゑが獨ひとり忙せはしく、近ちかく遠とほく聞きこえる。

彼かれは今年ことしの三月ぐわつ――明治めいぢ二十五年ねん――初はじめて兩親りやうしんの膝下しつかを離はなれ、この山間さんかんの百姓家しやうやに、自分じぶんで寢床ねどこをのべ、獨ひとり淋さびしく眠ねるやうになつてから、天氣てんきさへよければ、殆ほとんど每日まいにちこの空地あきちへ來くる。時ときには國民こくみん新聞しんぶんや少年園せうねんゑんを漢書かんしよの間あひだに挾はさみ、放課はうくわ時間じかんに讀よみに來くることがある。或ある大家たいかの「熱海あたみだより」に「上かみに幽禽ゆうきんの囀さへずるを聞きき、下しもに淸瀨せいらいの咽むせぶを聞きき、ヲルヅヲルスの詩しを誦じゆし候さふらふ」とあるを讀よんで、小ちいさい胸むねを轟とゞろかせ、自分じぶんもその境涯けうがいに身みを置おいて、ヲルヅヲルスの代かはりに、靖獻せいけん遺言ゐげんの屈原傳くつげんでんを朗讀らうどくしたこともあつた。時ときには母はゝの手紙てがみを持もつて來きて、繰返くりかへし〳〵暗記あんきする程ほど讀よんで、逸はるかに故鄕こきやうの春はるを思おもつたこともある。或あるひは袂たもとに駄菓子だぐわしの袋ふくろを入いれて、この木蔭こかげで腹はら一杯ぱいに貪むさぼつては、喉のどが乾かはくと、篠笹しのざゝに縋すがつて後うしろの渓流けいりうへ下くだり、淸水しみづに口くちを浸ひたすこともある。

[Pg 209]しかし今日けふは讀よむべき雜誌ざつしも新聞しんぶんも持もつてゐない。食くふべき菓子くわしも持もつてゐない。只たゞ寢ねころんで春はるの空氣くうきに浴よくしてゐるばかり。やがて兩手りやうてで頰杖ほゝづゑついて、目前めさきにちらちらする糸遊いとゆうを眺ながめ、ピイツク〳〵と雲雀ひばりの口くち眞似まねをした。それも厭あくと、何なんだか眠ねむくなつて、暫しばらくウト〳〵してゐた。

車力しやりきの音おとに夢ゆめが融とけて、寢ねたなり目めを開ひらくと、數町すうちやう先さきの彼かれの宿やどのあたり﹅﹅﹅から、淡あはい煙けぶりが舞まい上あがつてゐる。

悠長いうちやうな鼻はな唄うたと共ともに、道みちの曲角まがりかどから竹籠ざるを擔かついだ逹公たつこう――宿やどの娘むすめの所謂いはゆる叔父をぢさん――が現あらはれた。

「貴下あなたは何なにをしてゐなさる」

「何なんでもない、お前まへの歸かへるのを待まつとるんだ。甘おいしい魚さかながあるかな」

「あるとも、まあ下おりて見みなされ」と、竹籠ざるを下したへ置おいて、鉢卷はちまきを取とつて、それを廻まわして風かぜを呼よぶ。

[Pg 210]今澤いまざわは投なげ出だされてる書物しよもつを拾ひろつて、懷中ふところにねぢ込こんで驅かけ下おりた。逹公たつこうは竹籠ざるの柴しばを搔かき分わけて、

「そうれ、黑鯛ちぬもあらあ、針魚さよりもあらあ」と指示さしゝめした。

「甘うまさうだな」と、今澤いまざわはさも欲ほしさうに云いつて、針魚さよりの長ながい嘴くちばしを抓つまんで見みる。靑あをい縞しまが日ひを受うけて燦かゞやく。逹公たつこうは自分じぶんの子供こどもでも綾あやすやうに、

「さあ一緖しよに歸かへりませう、歸かへつて料理れうりして上あげます」と、竹籠ざるに葢ふたをして擔になつた。

野道のみちには通學生つうがくせいは消きえて、寄宿生きしゆくせいはまだ散步さんぽに出でて來こない。逹公たつこうは黑くろい脚あしに太ふとい筋すぢを浮うかせて、先さきに立たつて行ゆく。今澤いまざわは肩上かたあげのある粗あらい絣かすりの袷あはせを着きて、減すき腹ばらに强つよい食慾しよくよくを感かんじて、後あとからついて行ゆく。

逹公たつこうは本職ほんしよくの畠はたけ仕事しごとの傍かたはら、魚賣さかなうりをして、三日みつかに一度ど位ぐらゐは三里りあまりもある海邊うみべへ出掛でかける。總領そうりやうの喜助きすけは寄宿舎きしゆくしやの賄方まかなひかたに入はいつてゐる。そして今澤いまざわは宿やどが逹公たつこうの家いへと向むかかひ合あつてゐるので、風呂ふろにも入はいりに行ゆく。怠屈たいくつな時ときは話はなしをしに行ゆく。初はじめは逹公たつこう[Pg 211]の顏かほが恐こわかつたが、腹はらの中なかは柔やさしい親切しんせつな人ひとらしく、二三度ど會あうとこれも懷なつかしい一人にんとなつた。家族かぞくの者ものが皆みんなして可愛かあいがつて吳くれる。入學にふがく當時たうじ旅窓りよそうの淋さびしさ怠屈たいくつさをこの家族かぞくによつてどれ程ほど慰なぐさめられたであらう。「貴下あんたはこんな山やまの中なかへ來きて、お甘いしい者ものが食たべられんからお困こまりぢやらう、不味まづい者もの食たべて瘠やせちや、國くにのお母かあさんが泣なきなさる。」とは、逹公たつこうの女房かみさんの口癖くちぐせで、團子だんごやお萩はぎが出來できると必かならず持もつて來きて吳くれる。魚市いちへ行ゆくと屹度きつと魚さかなを屆とゞけて吳くれる。そして今澤いまざわは母はゝから送おくつて來くる小使錢こづかひぜにの半なかばは、この魚代さかなだいに拂はらつてしまう。

彼かれの宿やどの前まへは欝蒼うつさうたる山やま、木樵きこりの斧おのの音おとも手てに取とるやうに聞きこえる。彼かれは開あけ放はなした部屋へやで飯めしを食くひ、母はゝへの手紙てがみを認したゝめてゐると、「御勉强ごべんきやうですか」と、靑脹あをぶくれの背せの高たかい男をとこが日ひを遮さへぎつて前まへに立たつた。壯太さうたと云いつて、喜助きすけと同おなじく、寄宿舎きしゆくしやの賄方まかなひかただが、中々なか〳〵大志たいしを抱いだいてゐて、暇ひまがあれば學課がくゝわを傍聽ばうちやうしてゐる。前まへからこの家うちへは遊あそびに[Pg 212]來きてゐたが、今澤いまざわとは同國どうこくだといふので、遂つひに懇意こんゐになり、古雜誌ふるざつしなどを借かりて行ゆく。

「君きみは今日けふ講義こうぎを聽ききに出でましたか」と、今澤いまざわは手紙てがみを卷まいて仰向あふむいた。

「いや行ゆきません、今日けふはごた〳〵してゐましたから」

「君きみ、今日けふの靖獻せいけん遺言ゐげんは大層たいそう面白おもしろかつた、中野なかの先生せんせいは甘うまいなあ」といつたが、壯太さうたは何時いつものやうに乗出のりだして來こない。

「さうですか、僕ぼくはもう暇ひまを貰もらつて國くにへ歸かへらうかと思おもひます」と、何なんとなく萎しほれた色いろが見みえる。

「何故なぜ歸かへるんです、え、君きみ」と、今澤いまざわは少すこし驚おどろいて問とひ詰つめた。

「何なんでもありません、只たゞ國くにが戀こひしくなりましたから」

「だつて、君きみは此校こゝでうん﹅﹅と勉强べんきやうするつもりで來きたんでせう」

「しかしもう﹅﹅厭いやになりました、學問がくもんも厭いやだし、この村むらの者ものも厭いやだし」

[Pg 213]今澤いまざわは腹はらの中なかで「變へんだな」と思おもひ、相手あひての顏かほをジロ〴〵見みて、「君きみ、寄宿舎きしゆくしやの者ものあ、賄まかなひに不平ふへいを云いつてるさうだな、何なにかあるんですか」

「さあ、何なんだか知しらんが、今いまに騷動さうどうがあるでせう」

「賄まかなひの中うちでは喜公きいこうが惡にくまれとるさうだが、どうしたんでせう、あれもいゝ人ひとだがなあ………昨夕ゆふべも遲おそくこの家うちへ來きてゐた」

「さうですか、どんな話はなしをしてゐました」と、壯太さうたは厭いやに聲こゑを低ひくくして、目めを据すゑた。

「どんな話はなしだか僕ぼくあ寢ねつちまつたから知しりません」

「ふゝん」と云いつて、壯太さうたは考かんがへてゐたが、暫しばらくして「ぢや貴下あなたはよく勉强べんきやうなさい、當分たうぶんお目めに掛かゝれんかも知しれません」と云いつて、お辭義じぎをして机つくゑの前まへを離はなれた。

娘むすめは門かどで鎌かまを磨といでゐる。壯太さうたは屈かゞんで娘むすめと何なにか話はなしをしてゐたが、やがて娘むすめを小突こづいて、怒おこつた顏かほをしてスタ〳〵と行いつてしまつた。今澤いまざわは驚おどろき呆あきれた。そして書かきさしの手紙てがみに向むかひ、村むらの靜しづかで景色けいしよくも佳よいこと、住民じうみんの善良ぜんりやうなること、學課がくゝわの面白おもしろい[Pg 214]ことなどを美文調びぶんてうで書かいて、それを封ふうじながら、壯太さうたの事ことを考かんがへた。

この家うちには夜よるになつて、よく村むらの百姓しやうや寄宿舎きしゆくしやの賄方まかなひかたの連中れんぢうが遊あそびに來くる。しかし世間せけん話ばなしばかりで、別べつに變かはつたこともない。壯太さうたも宿やどの老爺ぢいさんの好すきな狐鮨きつねずしを買かつて來きて、父娘おやこ二人ふたりに自分じぶんの行末ゆくすゑの大望たいまうを話はなしなどして歸かへるばかりだ。壯太さうたはよく「私わたしだけは他國よその者ものだから、どうも仲間なかまと折合をりあひが惡わるい」と零こぼしてゐたが、逹公たつこうは度々たび〴〵宿やどの娘むすめに向むかつて、「今澤いまざわさんなんか、遠方ゑんぱうから來きてゐなさるんだから、不自由ふじいうなことが多おほからう、氣きをつけてお上あげよ、他國よその人ひとは大事だいじにせねばならん」と注意ちういする程ほどだから、他鄉よその者ものを虐待ぎやくたいする譯わけはない。

で、彼かれは暫しばらく疑うたがつて見みたが、別べつに壯太さうたと深ふかい關係かんけいがあるのでもないから、間まもなく忘わすれてしまひ、聲こゑを出だして靖獻せいけん遺言ゐげんの復習ふくしふをした。折々おり〳〵木きの倒たふれる音おと、木樵きこりの唄うたが聞きこえる。復習ふくしふが終をはつた頃ころ、その唄うたも止やみ山やまは靜しづかになり、春はるの日ひも山やまへ入はいつた。狹せまい谷間たにまだから、日ひの隱かくれるのが早はやいが、容易よういに暗くらくはならぬ。淡あはい長閑のどかな夕暮ゆふぐれが長なが[Pg 215]く續つゞく。今澤いまざわは閾しきゐに腰掛こしかけて、朧おぼろに霞かすんだ逹公たつこうの藁屋わらやを眺ながめてゐると、宿やどの娘むすめが

「向むかひに風呂ふろが湧わいたからお入はいりなさい」と知しらせて來きたので、何氣なにげなく、

「壯太さうたさんは播州ばんしうへ歸かへるさうですね、どうしたのか知しらん」

と聞きくと、「私わたし、存ぞんじません」と、卒氣そつけない返事へんじをして、何時いつもの愛嬌あいけうを見みせて吳くれなかつた。しかし今澤いまざわは不思議ふしぎにも感かんじない。そして丸裸まるはだかになつて、小ちいさい野菜やさい畝ばたを橫切よこぎり、野天のてんの据風呂すゑふろへ飛込とびこんだ。半月はんげつが次第しだいに明あかるくなるのを眺ながめて、柔やはらかい湯ゆに漬つかつてゐると、裏口うらぐちから逹公たつこうが來きて太ふとい柴しばを無雜作むざうさにへし折をつては燒くべる。

「よく湧わいてるから、もうよろしい」と云いつても、

「大事だいじな子こに風かぜでも引ひかせちやならん」と承知しやうちしない。今澤いまざわは燃もえ上あがる火ひの、逹公たつこうの頑丈がんじやうな赤あかい顏かほを照てらすのを見みてゐたが、

「叔父をぢさんは力ちからが强つよいだらうな」

「强つよいとも、十人力にんりきだ、貴下あんた位ぐらゐは手ての表ひらでさし上あげらあ、村むらの若わかい者ものでも私わしにや降[Pg 216]參こうさんするからな」と大おほきな聲こゑで云いつて、ハツ〳〵と笑わらひ、「學問がくもんする人ひとは、何なんで皆みな弱よわいんだらう」

「そりや色いろんなことを考かんがへるから、百姓しやうしてるやうにボンヤリしちや居をれんもの」

と、今澤いまざわがマセた口くちを利きくと、逹公たつこうはへゝんと嘲笑あざわらつて、

「百姓しやうでもボンヤリしちや居をりませんぜ、貴下あんたなんかこそ今いまの間うちは本ほんを讀よんで逹たつの魚さかなでも食たべとりや、外ほかに云分いひぶんはないんだから結構けつこうだ、しかし貴下あんただつて今いまに心配事しんぱいごとが出來できて來くる、屹度きつと出來できる、今歲ことし十四におなりなさるんだから、卒業そつげふ迄までまだ後あと四年ねんだ、この村むらにゐる間うちに、もうそろ〳〵﹅﹅﹅﹅慮見方れうけんかたが違ちがつて來きまさあ」

「そんな事ことあ本ほんを讀よんで知しつてらあ」

「さうでないて、壯太さうたなんかゞな、エラさうな口くちを利きくと、私わしが云いつて聞きかせます。私わしの目めにやお前まへ逹たちの腹はらは見みえ透すいてるつてね、逹公たつこうは明盲あきめくらでも頭あたまにちやん﹅﹅﹅と四書しよ五經きやうが備そなはつとるんですぜ、だから忰せがれにもちつとばかりの學問がくもんをせんでも、親爺おやぢの敎をしへ[Pg 217]をよく聞きけ、それで澤山たくさんだと云いふんです、忰せがれもあれで親爺おやぢの子こだ、ヘマな眞似まねをして耻はぢを搔かくやうなことはしません」と、息子むすこの自慢じまんをして、獨ひとりで笑わらつた。今澤いまざわはゆで﹅﹅鮹だこのやうになつて聞きいてゐた。

その夜よ今澤いまざわが散步さんぽから歸かへると、直すぐ寢床ねどこへ入はいり、朝あさまで夢ゆめ一ひとつ見みずに熟睡じゆくすゐした。起おきると例れいの如ごとく畦あぜ傳づたひに學校がくかうへ向むかつた。通學生つうがくせいの溜たまりへ入はいると、既すでに四五人にん集あつまつて賑にぎやかに喋しやべつてゐたが、その一人にんが今澤いまざわを見みると、

「ぢや今澤君いまざわくんに聞きいて見み玉たまへ」といふ。

「何なんだい」と、今澤いまざわは駈かけてその群むれへ入はいつて目めをきよろ〳〵させた。

「君きみはまだ知しらんのか、昨夕ゆふべの賄方まかなひかたの喧嘩けんくわを、喜公きいこうが打ぶたれたさうだぜ」

「え、喜公きいこうが誰だれに」

「壯太さうたといふ奴やつに」

「[Pg 218]本當ほんたうか、何故なぜだらう」

「だから君きみに聞きくんさ、君きみは二人ふたりともよく知しつてるから」

今澤いまざわは驚おどろいてよく聞きくと、壯太さうたは刃物はものを持もつてゐたので、他ほかの者ものは恐おそれて近ちかづかず、喜公きいこうは思おもふさま打ぶたれた。そして壯太さうたは昨夕ゆふべから寄宿舎きしゆくしやにゐないさうだ。

この噂うはさは放課はうくわ時間じかん每ごとに話題わだいに上のぼり、逹公たつこうが賄まかなひ部屋べやで怒鳴どなつてる樣さまを報吿ほうこくする者ものもあれば、その原因げんいんを硏究けんきうする者ものもある。學校がくかうは一日にちこれで賑にぎはつた。

學課がくゝわが終をはると、今澤いまざわは例れいの木蔭こかげで休やすんで、書物しよもつを讀よみ草くさの香にほひに浸したつて、最早もはや喧嘩けんくわの原因げんいんなどを念頭ねんとうに置おかなかつた。

その晚ばん、彼かれは近頃ちかごろ覺おぼえた詩吟しぎんをしながら、谷川たにがはに沿そうて散步さんぽした。宿やどの娘むすめは鍬くわを洗あらつてゐる。側そばには二三の百姓しやうが脚胖きやはんと草鞋わらじを投なげ出だして足あしを洗あらつてゐる。茲こゝでも高たかい聲こゑで喧嘩けんくわの噂うはさだ。

[Pg 219]「喜公きいこうも意氣地いくぢのない奴やつだのう」「播州者ばんしうものなんかに毆なぐられるなんて村むらの名折なをれだ」「彼奴あいつがまだ村むらにゐようなら袋叩ふくろたゝきにしてやるになあ」と、口々くち〴〵に憤慨ふんがいしてゐる。

「何なんでも壯太さうたの野郞やらうが惡わるいに違ちがいない、ちつとばかりの學問がくもんを鼻はなにかけて、漢語かんごなんか使つかやがつて、平生ふだんから小憎こにくらしい奴やつだつた」

「全體ぜんたい彼奴あいつ生意氣なまいきだ、新田しんでんの辰たつの娘むすめに艶書ふみをつけたといふぜ、女をんなを口說くどくに小六こむつケ敷しい艶書ふみにも及およぶまい」

「他國たこくの奴やつに女をんなを荒あらされて溜たまるもんか」と皆みんなで笑わらつた。宿やどの娘むすめは鍬くわを擔かついで急いそいで歸かへつた。入違いりちがつて逹公たつこうが佛頂面ぶつてうづらをして來きたが、今澤いまざわが蹲しやがんで道みちを防ふさいでるので、

「そうら、退どいた〳〵」と邪慳ぢやけんに云いつて、彼かれを突飛つきとばすやうにして、馬うまをザブリと水みづへ入いれた。水みづは四邊あたりに飛とびかゝる。

「逹たつさん、壯太さうたは行方知ゆくへしれずか」

[Pg 220]「何なんであんな無茶むちやな事ことをしたんだらう」と、左右さいうより問とひかけた。

「播州ばんしうの奴やつあ畜生ちくしやうだ、穩順おとなしさうな面つらしてやがつて」と、逹公たつこうは凄すごい顏かほをして、手綱たづなで馬うまを打うつた。

今澤いまざわは目めを丸まるくして恐々こは〴〵見みてゐたが、やがて逃にげるやうに川下かはしもへ下くだつた。水みづは月光げつくわうを乗のせて耳語さゝやくやうに足下あしもとを流ながれてゐる。彼かれは生うまれて初はじめて他鄉たきやう孤獨こどくの感かんを覺おぼえた。


[Pg 221]

空想家

(一)

單調たんてうな自分じぶんの生涯しやうがいでも、三十五年さいの今いまから過去かこを振返ふりかへつて見みると、知しらぬ間まに幾多いくたの波瀾はらんを經過けいくわしてゐる。何故なぜあんな事ことを考かんがへてゐたのだらうと、昔むかしの幼稚えうちな自分じぶんを冷笑れいせうしたくなるが、それと共ともに五年前ねんまへ十年前ねんまへが懷なつかしく、あゝ今いま一度どあんな氣きになりたいなどと思おもはぬでもない。

自分じぶんは學校がくかうを卒業そつげふする十年前ねんまへ、雜多ざつたの空想くうさうや希望きばうが取留とりとめもなく湧わき上あがり、一人ひとりで悅うれしかつたり氣遣きづかはしかつたりした時とき、山吹町やまぶきちやうの素人宿しらうとやどに下宿げしゆくすることゝなつた。普通ふつうの下宿げしゆく屋やは騷々さう〴〵しいから、靜しづかな家うちへ移うつつて、うん﹅﹅と勉强べんきやうして卒業そつげふ後ご社會しやくわいへ出でる準備じゆんびをしやうぢやないかと、最もつとも親したしい細野ほその徹とほると相談さうだんして、漸やうやく捜さがし當あてたのが五十ばかりの寡婦くわふと十四五の男をとこの子こと二人ふたり切きりの或ある家うち。別べつに生活くらしに困こまるのではない[Pg 222]が、小人數こにんずで淋さびしくはあり、家うちに不用ふようの室まがあるのだから、温和おとなしい人ひとになら貸かしてもいゝといふのを、或所あるところから聞込きゝこみ、早速さつそく談判だんぱんして承諾しやうだくを得えたのである。長ながい間あひだ手てを入いれぬと見みえ、家いへは隨分ずゐぶん古ふるびてゐるが、狹せまいながらも、庭にはもあり、殊ことに自分じぶん共どもの借かりた二階かいからは早稻田わせだの森もりまで一面めんに見渡みわたされる。

で、二人ふたりは引越ひきこした時とき、籖引くじびきで席せきを定さだめ、細野ほそのは西にし自分ゞぶんは東ひがしに机つくゑを据すえ、勉强べんきやう時間じかんも定きめて、その間あひだ决けつして無駄むだ話ばなしをしないことにした。互たがひに負まけぬやうに讀よんでは考かんがへ、考かんがへては讀よみ、時々とき〴〵小聲こごゑで話はなしをする外ほか、常つねに靜しづかに机つくゑに向むかつてゐるので女主人かみさんは非常ひじやうに感心かんしんし、自分じぶん共どもに向むかつて「貴下方あなたがたは屹度きつと御出世ごしゆつせなさる」と褒ほめそやし、暇ひまに任まかせて、五月蠅うるさい位くらゐ何なにかの世話せわを燒やいて吳くれる。その上うへ來くる人ひと來くる人ひとに、自分じぶん等らの噂うはさを持出もちだす。それも婆ばあさんの癖くせとして、つまらぬことまで仰山ぎやうさんに吹聽ふゐちやうするので、二階かいで聞きいてゐても可笑をかしくなる。「ほんとに今時いまどき珍めづらしい書生しよせいさんですよ、お酒さけを召上めしあがるぢやなし、寄席よせを聞ききに一度ど入いらつしやるぢやなし、」と褒ほめられるのは當前あたりまへ[Pg 223]だが、時ときとすると「御飯ごはんだつてちよんびり﹅﹅﹅﹅﹅しか召上めしあがらない」と、さも感心かんしんしたらしく褒ほめることがある。

或日あるひ細野ほそのがまだ學校がくかうから歸かへらず、自分じぶん一人ひとり東ひがしの窓まどを開あけて初秋はつあきの澄すんだ空そらを仰あふぎ、ぼんやりしてゐると、階下したで女主人かみさんが來客らいきやくに向むかつて、べちや〳〵お喋舌しやべりをしては笑わらつてるのが聞きこえる。相變あひかはらず自分じぶん共どもの自慢じまんをもしてゐるらしい。暫しばらくしてその話はなし聲ごゑの消きえると、窓まどの下したの垣根かきねに若わかい女をんなが現あらはれ、自分じぶんを見上みあげたが、急きふに驚おどろいて俯首うつむいて、すた〳〵と通とほり過すぎた。色いろの白しろい細ほつそりした女をんなで、髮かみは束髮そくはつ、葡萄色ぶだういろの羽織はおりを着きてゐた。自分じぶんは目めに映うつつて直すぐ消きえたこの姿すがたを思おもひ浮うかべ、懷なつかしくて溜たまらない氣きがする。今いま女主人かみさんと話はなしてた女をんなに違ちがひないが、何處どこの者ものだらうと、得意とくいの空想くうさうを逞たくましうして、甞かつて或ある處ところで出會であひ、互たがひに戀こひを打明うちあけやうとする間うちに何なにかに遮さへぎられ、別わかれ別わかれになつた女をんなではないかなどと、考かんがへてゐた。すると向むかひの家うちの庭にはから椽側えんがはへ上あがり、障子しやうじを開あけて内うちへ入はいる女をんなが見みえる。後姿うしろすがただけだが、束髮そくはつで葡萄色ぶだういろの羽織はおり、首筋くびすじ[Pg 224]が滑なめらかで白しろい。自分じぶんは意外いぐわいに驚おどろいたが、譯わけなく悅うれしかつた。「隣家となりには宮内省くないしやうの役人やくにんが住すんでゐて、別嬪べつぴんの娘むすめさんがゐる」と、女主人かみさんが問とはず語がたりをしたことがあつて、自分じぶんは別べつに氣きにも留とめなかつたが、あの女をんなを云いつたのだ。側そばにゐながら自分じぶんは一度ども見みたことがなかつたが、細野ほそのはこの窓側まどぎわに居ゐるんだから、屹度きつと見みてゐたに違ちがひない。

で、窓まどを離はなれずに、それからそれと考かんがへてゐる間うち、細野ほそのが例れいの如ごとく、長ながい髮かみをふは〳〵させ、沈しづんだ顏かほをして、白木綿しろもめんの風呂敷ふろしき包づゝみを抱いだいて歸かへつて來きた。

「郊外そとがよくなつたね、僕ぼくは『經濟けいざい』を休やすんで、一時間じかん落合おちあひの方はうを散步さんぽした」

と、細野ほそのは包つゝみを開あけて、書物しよもつや筆記帳ひつきちやうを取出とりだし、キチンと机つくゑの上うへに重かさねた。

「さうか、これから又また戶山とやまの原はらで讀書とくしよが出來できるね」といつて、態わざと平氣へいきで、「君きみは向むかひの娘むすめを見みたか」と問とふた。

「むん、何なんだか知しらんが、若わかい女をんなを一二度ど見みたよ」と云いつて細野ほそのは微笑びせうした。頰ほゝも[Pg 225]少すこし紅味あかみを帶おびる。

「美人びじんだね」

「品ひんのある女をんなだ」

これだけの話はなしで、自分じぶんは元もとの机つくゑへ戾もどり、近世史きんせいしを讀よみかけたが、頻しきりに心こゝろが動搖どうえうして頁ページが墓取はかとらない。

そも〳〵自分じぶんが細野ほそのと親したしくなつたのはこの時ときから一年前ねんまへの秋あきである。それ迄までは陰氣いんきな因循いんじゆんな、何なんとなく齒切はぎれの惡わるい男をとことのみ思おもひ、打解うちとけて話はなしをすることもなかつた。所ところが或ある溫あたゝかき小春日こはるびに自分じぶんが落合おちあひの方はうへ散步さんぽに行ゆくと、土手どての木蔭こかげに背せなを靜しづかな秋あきの日ひに曝さらして一心しんに讀書とくしよしてる男をとこがある。よく見みると細野ほそのだ。好奇心こうきしんから近ちかづいて會釋ゑしやくし、

「何なにを讀よんでるんです」

と、小形こがたの書物しよもつをのぞくと、カツセル版ばんの「ウエルテルの悲哀ひあい」である。

[Pg 226]「小說せうせつですか」と再ふたゝび問とふた。

「まあそんな者ものです」と、細野ほそのは書物しよもつを閉とぢて懷ふところに入いれたが目めが潤うるむでゐる。自分じぶんは不思議ふしぎに感かんじて、

「それは哀あはれな小說せうせつですか」と聞きくと、

「え、主人公しゆじんこうが失戀しつれんで苦悶くもんして自殺じさつするんです」

「君きみはそんな者ものに同感どうかんしますか」

細野ほそのは躊躇ちうちよして、「君きみはどうです」と問返とひかへした。

「僕ぼくは無論むろん同感どうかんします、君きみは」

「僕ぼくも同おなじ事ことです」

「そうですか、僕ぼくは君きみが戀こひに泣なく人ひととは知しらなかつた。」と、自分じぶんはステツキで櫻さくらの枝えだを叩たゝきながら、「どうです一緒しよに其その邊へんを散步さんぽしませんか」と促うながすと、細野ほそのは立上たちあがつて衣服きものの埃ほこりを拂はらひ、土手どてを駈かけ下おりた。

[Pg 227]で、二人ふたりは寄よりつ離はなれつ、鐵道てつだう線路せんろを橫切よこぎつて田圃たんぼ道みちを步あゆみ、小說せうせつの話はなしから戀こひの議論ぎろんをした。その間あひだにも細野ほそのは目めを留とめ耳みゝを澄すまして、しんみりした周圍しうゐの景色けしきを味あぢはつてゐるやうである。既すでに初雪はつゆきの降ふつたといふ富士山ふじさんは白しろく正面しやうめんに聳そびえ、天てんは深ふかく澄すんで、雲くももなく風かぜもなく、只たゞ兵士へいしの射的しやてきのみが、物凄ものすごく空氣くうきを騷さはがせてゐる。

「僕ぼくは每日まいにちこの界隈かいわいを散步さんぽします」と、細野ほそのは上目うはめで空そらを仰あふぎ、「僕ぼくは靑あをい空そらを見みたり、白しろい雲くもの漂たゞようてるのを見みると、身體からだが地ちの上うへからふら〳〵飛とんで行ゆくやうな氣きがするんです、自然しぜんという者ものは實じつに神々かう〴〵しい美うつくしい者ものだ、それに何故なぜ人間にんげんばかりは汚きたないことや殘酷ざんこくなことをして下品げひんな生活せいくわつを送おくつてるんでせう、昨日きのふもね風かぜが吹ふいて寒さむかつたけれど、此處こゝを散步さんぽして、木この葉はがさら〳〵と雨あめの降ふるやうに落おちて、小鳥ことりが哀あはれさうに鳴ないてるのを聞きいてると、魂たましひがとろける﹅﹅﹅﹅やうになりました。君きみはどうです、自然しぜんを見みてそんな感かんじはしませんか。」

自分じぶんは左程さほど深ふかくは感かんじないのだが、細野ほそのの言葉ことばに感心かんしんした所ところだから、强しいて同意どういし[Pg 228]て、

「僕ぼくも君きみと同感どうかんです、つまり人間にんげんの慾望よくばうの中うちで最もつとも神聖しんせいな者ものは、自然しぜんを愛あいする心こゝろと戀愛れんあいとでせう」

「自然しぜんに醉ゑひ戀こひに醉ゑひか」と、細野ほそのは銀ぎんの鈴すゞでも鳴ならすやうな聲こゑで、朗吟らうぎんして深ふかく自みづから感かんじてゐる。自分じぶんは初はじめて彼かれを面白おもしろい男をとこだと思おもつた。

で、これ迄までの經歷けいれきを聞きくと、彼かれは作州さくしう津山つやまの生うまれ、縣けんの中學ちうがくを卒業そつげふすると直たゞちに上京じやうきやうしたが、學資がくしの支給しきうが充分じふゞんでないので、二三年ねんで身みに藝げいをつけ、自活じくわつした上うへ兩親りやうしんの世話せわまでせねばならぬ。その爲ために止やむなく私立しりつ學校がくかうの政治科せいぢくわへ入學にふがくしたものゝ、元來ぐわんらい政治せいぢや法律はふりつは好このましくない。だから學科がくゝわを勉强べんきやうする傍かたはら、詩しや小說せうせつを讀よんで慰なぐさめてゐるので、時々とき〴〵は自身じゝんでも新體詩しんたいしなどを作つくるとのこと。

「先日こないだも天使エンゼルの詩しを作つくつたんです、靑年せいねん男女だんぢよの純潔じゆんけつな戀こひ物語ものがたりを天てんの使つかひが白雲しらくもの上うへで聞きいてゐて、永久えいきうに戀こひが醒さめぬやうに神泉しんせんの水みづを注そゝぎかけてやる所ところを歌うたつたのです、[Pg 229]近日きんじつ君きみに見みせませう、批評ひゝやうして下ください」

「そりや面白おもしろい、是非ぜひ見みせて吳くれ玉たまへ、二三日間にちゝうに訪問はうもんしますから」

自分じぶんは同級どうきふの友人いうじんの多おほくが、寄よると觸さはると徒いたづらに悲歌ひか慷慨かうがいして天下てんか國家こくかを談だんじ、或あるひは淫猥いんわいな話はなしに耽ふけるのを快こゝろよく思おもはず、殊ことに酒さけを呑のんで下女げぢよに戯たはむれたり、遊廓いうくわくに出入しゆつにふするのを苦々にが〳〵しく感かんじ、卑俗ひぞく下劣げれつの徒とと卑いやしみ、自分じぶんと趣味しゆみの同おなじい學友がくいうのないのを遺憾いかんに思おもつてゐた所ところだから、細野ほそのに會あつたのを無上むじやうに喜よろこび、翌日よくじつ學校がくかうの歸かへりに、彼かれの下宿げしゆくへ立寄たちよつた。四疊半でふはんで床とこもない部屋へやだが、小こさつぱりと取片付とりかたづけてある。

「よく來きましたね」と、情愛じやうあいのある聲こゑで迎むかへられると、もう懷なつかしくて悅うれしくて溜たまらなかつた。それから奇麗きれいな文字もじに滿みちた天使エンゼルの詩しの朗吟らうぎんを聞きき、自分じぶんは批評ひゝやうどころではなく、一字じ一句く悉こと〳〵く感動かんどうさせられ、自分じぶんもこんな詩しを作つくつて見みたいと、心底しんそこから細野ほそのの才さいが羨うらやましくなつた。情死じやうしの是非ぜひ、自殺論じさつろん、精神せいしんの自由說じいうせつ、社會しやくわいの俗趣味ぞくしゆみの攻擊こうげき、それからそれと話はなしの絕たゆる暇ひまなく、遂つひに晚飯ばんめしを共ともにして、夜よの十時じ頃ごろ[Pg 230]迄まで腰こしを据すえた。

かくて二人ふたりは無む二の親友しんいうとなつたのである。

(二)

「お神かみさん、今いま來きてた女をんなは向むかひの娘むすめですか」と、晚餐ばんめしの膳ぜんに向むかつて聞きくと、女主人かみさんは指ゆびの先さきで長火鉢ながひばちの緣ふちをこすりこすり、微笑びせうして、

「貴下あなた御覽ごらんなすつて」

「え、一寸ちよつと見みました」

「いゝ女をんなでせう、先まづこの近所きんじよでは天神町てんじんちやうの煙草屋たばこやの娘むすめか、隣となりの娘こかが評判ひやうばんの女をんなですけれど、どうして角力すまふになる者ものですか、第だい一品ひんが違ちがひまさあね、それに堤つゝみのお多津たつさんは、學問がくもんが大變たいへんお出來できなさるし、生花いけばなであれ裁縫ぬいものであれ、何なに一ひとつ女をんなの藝げいに缺かけたものはないので御座ございますよ、もう十九ですから彼方あちらからも此方こちらからも、お嫁よめに吳くれろつて、やい〳〵云いつて來くるさうですがね、中々なか〳〵親御おやごが確しつかり者ものだから、お[Pg 231]いそれとは行ゆかないんで御座ございますよ、それにもつと藝げいを仕込しこんで、何處どこへ出だしても耻はづかしくないものにしたいつてね」と、女主人かみさんは一息ひといきに喋舌しやべつて、湯沸ゆわかしをチヤブ臺だいに置おき、「貴下方あなたがたも堤つゝみさんへ御遊おあそびに被入いらつしやいましな、今いまは旦那だんなが御用ごようで西京さいきやうの方はうへ行いらしつて、無人ぶにんで淋さびしがつてゐられるんだから、お話はなし相手あひてでも出來できると、屹度きつとお喜よろこびなさいますよ、些ちつとも氣きの置おけぬ氣持きもちのいゝ家うちでね、私わたし共どももよく伺うかゞつては長話ながばなしをするんで御座ございますよ、昨日きのふも奧おくさんに貴下方あなたがたのお話はなしを致いたしますと、大變たいへん褒ほめて入いらつしやつたんですわ」

自分じぶんは平生ふだん女主人かみさんが物事ものごとを仰山ぎやうさんに云いふのを苦々にが〳〵しく思おもつてゐたが、隣家となりの話はなしについては少すこしも疑うたがひを挿さしはさまなかつた。それに自分じぶん等らの事ことをも隣となりの家族かぞくに向むかつて大袈裟おほげさに吹聽ふゐちやうしたことゝ察さつせられるが、それが少すこしも厭いやな氣きがせぬのみか、却かへつて悅うれしい氣きがした。

しかし、自分じぶんはよく知しらぬ家うちへ推おしかけて行ゆく勇氣ゆうきのあらう筈はずなく、只たゞ時々とき〴〵窓まどから隣とな[Pg 232]りの庭にはや緣側えんがはを見下みくだし、その姿すがたが現あらはれるかと空賴そらだのみするのみであつた。隣となりは平屋建ひらやだてゞ左程さほど大おほきくはないが、古色こしよくを帶おびて由緒よしありげに見みえ、庭にはが可成かなりに廣ひろく秋草あきくさが垣根かきねに茂しげり片隅かたすみには小ちいさな畠はたけがある。自分じぶんはその家庭かていをも連想れんさうし、氣品きひんのある母はゝと、古風こふうの父ちゝと、かの素直すなほな娘むすめとが穩おだやかな生活くらしをしてゐる樣さまを思おもひ浮うかべ、源氏げんじ物語ものがたりなどにある床ゆかしい住居すまゐを目めに見みてゐるやうに感かんじた。夜よるになり、冴さえた月つきがその草くさの生はへた屋根やねを照てらし、庭にはの草叢くさむらでは蟲むしが頻しきりに鳴なき出だすと、向むかひの家いへが夢ゆめの世界せかいになる。自分じぶんは憧憬あこがれの目めを以もつてそれを眺ながめ、果はてのない空想くうさうの浮うかび、悅うれしい悲かなしみが胸むねに滿みちる。

こんな風ふうで二三日にちを送おくつたが、あの女をんなが自分じぶんの念頭ねんとうを去さらぬことは、少すこしも細野ほそのに語かたらない。細野ほそのは又また卒業後そつげふごの責任せきにんを感かんじながら、絕たえず新體詩しんたいしに心こゝろを取とられ、今いまも『知しられぬ戀こひ』などを作つくつてゐる。それで晚食ばんめし後ご散步さんぽしながら、學問上がくもんじやうの議論ぎろんや卒業後そつげふごの生活せいくわつ方法はうはふについて互たがひに語かたり合あふ時ときも、何時いつの間まにか肝心かんじんの話はなしが外それて、人生じんせい[Pg 233]の問題もんだいや戀こひの如何いかんが話題わだいに上のぼり、熱心ねつしんに感想かんさうを述のべ意見いけんを闘たゝかはす。細野ほそのは屡々しば〳〵ダンテの悲慘ひさんなる失戀しつれんに同情どうじやうを寄よせて說とき、「人生じんせいは要えうするに悲慘ひさんだ」とお定きまりの結論けつろんをする。ロメオの悲戀ひれん、ハムレツトの煩悶はんもん、細野ほそのはそれ等らの物語ものがたりを凉すゞしい聲こゑで詩的してきの調子てうしを以もつて話はなし、自分じぶんは眞面目まじめに聞きいて、間接かんせつに其等それらの主人公しゆじんこうに同感どうかんし、自分じぶんも彼等かれらと同おなじく、浮世ゆきよの哀あはれを身みにひし〳〵と覺おぼえてゐる一人ひとりだと信しんじてゐた。それと共ともにその哀あはれを解かいしない我々われ〳〵の仲間なかまは俗物ぞくぶつだとの自負じぶ心しんも多少たせうないでもなかつた。

(三)

舊曆きうれき八月ぐわつの十五夜や、これから散步さんぽに出でやうとしてる所ところへ女主人かみさんが二階かいの入口いりぐちへ首くびを出だして、

「ね槇田まきたさん、今いまお隣となりからお使つかひが來きましてね、今夜こんやお月見つきみをするから、太郞たらう(女主人かみさんの子こ)と、それから貴下方あなたがたにも是非ぜひ入いらしつて下くださいと云いふのですよ、行いつて御覽ごらんなさい、私わたし一人ひとりでお留守番るすばんしますから」と勸すゝめた。

[Pg 234]自分じぶんは飛立とびたつやうであつたが、態わざと躊躇ちうちよの體ていで、

「さうですね、細野君ほそのくんは行ゆくかい」

「でも知しらん家うちへ行いくのは變へんだね」

「だつて太郞たらうもまゐるんですから、いゝぢやありませんか」

と、女主人かみさんは頻しきりに促うながす。

「ぢや行いつて見みるかな、君きみは」と聞きくと細野ほそのも同意どういした。

で、二人ふたりは太郞たらうについて、裏木戶うらきどから庭にはを橫切よこぎつた。太郞たらうは緣側えんがはに立たつて、

「叔母をばさん來きましたよ、皆みんなを連つれて」と大聲おほごゑで呼よんだ。すると四十位ぐらゐの小柄こがらな女をんなと太郞たらうと同おなじ年輩ねんぱいの顏かほの靑あをい男をとこの子こが奧おくから出でて來きて、

「よく入いらしつた、さあお上あがんなさい」と、頻しきりに後退しりごみする自分じぶん等らを、引張ひつぱり上あげるやうにして座敷ざしきへ通とほした。

自分じぶんは窮屈きうくつに畏かしこまつて只たゞ「はい〳〵」と受答うけこたへをしてゐたが、妻君さいくんは愛想あいそよく、快[Pg 235]活くわいくわつな調子てうしで、絕間たえまなくいろんな世間せけん話ばなしを持出もちだすので、自分じぶんも何時いつの間まにか釣込つりこまれて、例れいの娘むすめが枝豆えだまめや白玉しらたまを盆ぼんに載のせて運はこんで來きた時ときは、最早もはや膝ひざも崩くづれてゐた。

「私わたしは面倒めんだう臭くさい世態話しよたいばなしは大嫌だいきらひな性分しやうぶんで御座ございましてね、若わかい方かたと一緖しよになつて、罪つみのないお話はなしをするのが一番ばん面白おもしろいんで御座ございますよ、ですからどうか度々たび〳〵入いらつして下くださいましな、此頃このごろは主人あるじが留守るすだし、小人數こにんずで本當ほんたうに淋さびしくてね、退屈たいくつで〳〵困こまつてるので御座ございますよ」と白玉しらたまをコツプに盛もつて、砂糖さとうをぶつかけて吳くれた。妻君さいくんは痩やせて目めの下したに小皺こじはがあるが、顏立かほだちは娘むすめによく似にてゐる。娘むすめは岐阜ぎふ提灯ぢやうちんを點火ともして軒のきに釣つるし、母はゝの側そばに座すわつた。太郞たらうは緣側えんがはで白玉しらたまを頰張ほゝばりながら、靑白あをじろい子息こどもと、蟲籠むしかごを弄もてあそんでゐる。

「今夜こんやはいゝお月樣つきさまだ」と、妻君さいくんは仰視あふむいて空そらを見上みあげた。

「私わたしはこんな晚ばんには哀あはれな音樂おんがくが聞ききたくなります」と細野ほそのが云いつた。

「音樂おんがくがお好すきなの、では此女これがもつと上手じやうずだとお聞きかせ申まをすんですけれど」

[Pg 236]「琴ことがお上手じやうずだつて云いふぢやありませんか、聞きかせて頂いたゞくといゝんだが」

「だつて暫しばらくお稽古けいこを止やめてますから」と娘むすめは低ひくい聲こゑで云いつて、澄すましてゐる。細野ほそのも自分じぶんも强しいて求もとむる勇氣ゆうきはない。

「細野ほその君くんは新體詩しんたいしの朗讀らうどくが上手じやうずです、全まつたく音樂おんがく的てきです」と自分じぶんは座興ざきようを增ますやうにと差出口さしでぐちを聞きいた。

「おやさう、是非ぜひ聞きかせて下くださいましな」と、妻君さいくんが促うながすので、細野ほそのは初はじめ一寸ちよつと辭退じたいしたが、遂つひに中音ちうおんで「天使エンゼルの歌うた」を吟ぎんじた。こんな場合ばあひ、細野ほそのの性質せいしつとして別べつに氣取きどりもせず羞耻はにかみもせぬから、如何いかにも聲こゑが自然しぜんで歌うたひ振ぶりが面白おもしろかつた。妻君さいくんは口くちを極きはめて褒ほめ、娘むすめは莞爾につこりして「いゝ聲こゑだわねえ」と母はゝを見みて云いつた。

「槇田まきださんも何なにか隱かくし藝げいがおありなさるでせう」と、妻君さいくんが自分じぶんの方はうを見みる。

「いえ僕ぼくは駄目だめです、詩吟しぎん位ぐらゐだから」と自分じぶんは氣乗きのりもしなかつたが、あまりに攻せめられるので、詮方せんかたなく簡短かんたんに漢詩かんしを怒鳴どなつたが、あまり感心かんしんはされなかつたらし[Pg 237]い。それから太郞たらうの軍歌ぐんかがあつて、互たがひに打解うちとけて來くると、妻君さいくんはトランプでもと云いひ出だしたが、自分じぶん等らは後日ごじつを期きして宿やどへ歸かへつた。

これから堤つゝみの家族かぞくと懇意こんいになり、二三度ど訪たづねても行いき、その度たび每ごとに妻君さいくんは機嫌きげんよく迎むかへて吳くれるが、娘むすめは何時いつも口數くちかずが少すくなく、ツンとした態度たいどを執とつてゐる。自分じぶんは東京とうきやうの若わかい女をんなに全まつたく知邊しるべのないためか、これに對たいしては一種しゆの畏おそれを感かんじて居をり、殊ことに堤つゝみの娘むすめは神々かう〴〵しいやうで、あまり馴なれ〳〵しく言葉ことばを掛かけると、無禮ぶれいを咎とがめられはせぬかと思おもつた。で、たまたま「欝陶うつとうしいお天氣てんきですこと」とか、「どちらへ御散步ごさんぽに行いらつしやつたの」とか、何なんでもない挨拶あいさつをされた丈だけで、非常ひじやうに愉快ゆくわいに感かんじてゐた。

「何故なぜあの女をんなはあゝ冷コールドなんだらう」と細野ほそのに問とふと、細野ほそのは、

「肉感にくかんが乏とぼしいからだらう、純潔じゆんけつな女をんなは冷ひやゝかに見みえるんだ、しかしあれで戀こひを感かんじやうなら、顏かほに生命いのちが現あらはれて溫味あたゝかみを帶おびて來くるよ」と鹿爪しかつめらしく說とく。

「さうかも知しれん、しかしあの女をんなはまだ戀こひを感かんじたことがないんだらうか。」

[Pg 238]「無ないとも、戀こひした目めと戀こひしない目めとは、ちやんと區別くべつがある。」

「さうかね」と、自分じぶんは一も二もなく同意どういして、只たゞその戀こひする目めを見みたいと思おもつた。しかし自分じぶんがこの二階かいで、軟やはらかい空想くうさうに包つゝまれながら、矢鱈やたらに勉强べんきやうする平和へいわの時代じだいは長ながくは續つゞかなかつたのである。

(四)

或日あるひ同鄉どうきやうの友人いうじん葛原くづはら勇吉ゆうきちが訪たづねて來きて、盛さかんにこの宿やどを褒ほめ、「僕ぼくも少すこし勉强べんきやうしたいから、靜しづかな家うちへ移うつりたい、此家こゝには置おいて吳くれんだらうか」と云いつたが、自分じぶんはこの男をとこの騷々さう〴〵しいのを嫌きらつてゐたから、「外ほかに部屋へやもないやうだし、人出ひとでがないから大勢おほぜいを留とめる譯わけに行いかんだらう」と諦あきらめさせた。すると葛原くづはらは階下したへ下おりて、二三十分ぷん間かん女主人かみさんと話はなして來きたが、どう說ときつけたのか、太郞たらうの勉强べんきやう部屋べやを借かりることに定きめたさうだ。口先くちさきの味うまい爲ため、女主人かみさんも否いやと云いへなかつたのであらう。

案あんの通とほりこの男をとこが來きてからは、一家かの空氣くうきが異ちがつてしまう、自分じぶんと細野ほそのとは三度どの[Pg 239]食事しよくじの時とき、女主人かみさんと話はなしをするのみで、箸はしを置をくと直樣すぐさま二階かいへ上あがるのだが、葛原くづはらは煙草たばこを吸すうて一時間じかんも話はなし込こみ、時々とき〴〵は太郞たらうの將來しやうらいについても親切しんせつさうに相談さうだん對手あひてになつてやる。根ねが我々われ〳〵とは違ちがひ、快活くわいくわつで調子てうしのいゝ洒落しやれの巧うまい男をとこだから、二三日にちの中うちに、すつかり女主人かみさんの氣きに入いつた。自分じぶん等らは勉强べんきやう家かで身持みもちがよいと褒ほめられても好すかれはしない。葛原くづはらは午寢ひるねをしやうと、夜深よふかしをしやうと、人間にんげんが面白おもしろくて、淋さびしい家いへを賑にぎやかにするのだから好すかれない譯わけがない。土曜日どえうびの晚ばんには屹度きつと一本ぽんつけさせ、微醉ほろゑひで落語らくごの眞似まねをしたり、色話いろばなしをする。細野ほそのの夕陽美せきやうびの講釋かうしやくや、新體詩しんたいしの說明せつめいよりは、どんなに面白おもしろく、女主人かみさんの耳みゝに響ひゞいたであらう。或晚あるばんも葛原くづはらは自分じぶん等らを前まへに置おいて一本ぽん平たひげて、更さらに一合がふだけを强請ねだり、窪くぼんだ眼めの緣ふちを紅あかくし、尖とがつた頤あごを突出つきだし、

「だつてお母つかさん、僕ぼくなんか酒さけでも呑のまなけりやつまらないさ、こんな御面相ごめんさうで、情婦いろが一人ひとり出來できるんじやなしさ。」

[Pg 240]「今いまからお酒さけなんか召上めしあがるから、尙なほ出來できないんぢやありませんか」

「しかし槇田君まきたくんだつて細野ほその君くんだつて、まだ戀人こひゞとといふ奴やつが出來できんのは不思議ふしぎだ、磨みがき上あげれば皆みな色男いろをとこたる風采ふうさいを持もつてるんだがね、我黨わがとう振ふるはざる久ひさしだ、ハツヽヽヽ」

「どうして槇田まきたさんなぞは、卒業そつげふさへなされば、どんないゝ奧樣おくさまでもお好このみ次第しだいですわねえ、堤つゝみのお孃じやうさんだつて、槇田まきたさん〳〵つて大騷おほさわぎなんだから」と、女主人かみさんはさも眞實まことらしく云いふ。自分じぶんは「あゝ又また婆ばあさんが捏造ねつざうを初はじめたな」と思おもつたが、多少たせう嬉ゝれしくも感かんぜられた。

「本當ほんたうかい槇田君まきたくん」と、葛原くづはらは目めを丸まるくして眞顏まがほで聞きいた。

「そんな馬鹿ばかなことがあるものか」と、自分じぶんは苦笑くせうした。

「なにね、槇田まきたさんは御存知ごぞんぢなくつても、向むかうでは屹度きつと思おもつて居ゐらつしやるに違ちがひない」と老婆ばあさんは意地惡いぢわるく確たしかめた。

「眞實ほんとでも虛僞うそでも、そんな噂うはさが立たつだけでも名譽めいよだ、一ひとつ奢おごり玉たまへ、何なんならこれ[Pg 241]一本ぽんに負まけて置おくから」と瓶子てうしを振ふつた。

「下くだらんことを云いつてらあ」と、自分じぶんは取合とりあはずに二階かいへ上あがつた。さら〳〵と雨あめを含ふくんだ風かぜが窓まどに當あたり、蟲むしの音ねが絕間たえまなく聞きこえ、折々をり〳〵は葛原くづはらの高たかい笑聲わらひごゑも聞きこえる。暫しばらくして細野ほそのが側そばへ來きて、「今いま女主人かみさんの云いつた事ことは本當ほんとかい、君きみがゐなくなつてから、いろんな皮肉ひにくを云いつてたよ」と、低ひくい聲こゑで、何なんだか氣遣きづかはしさうに云いつたが、彼かれの胸むねも鼓動こどうしてるやうだ。

「馬鹿ばかな、そんな事ことのある筈はずがないぢやないか、滅多めつたにあの家うちへ行いきやしないしさ、只たゞ老婆ばあさんが何なんでもないことを意味いみありげに云いひたがるんだ」

「でも全まつたく種たねのないことも云いはないだらう」

「屹度きつと何なんだよ、あの娘こが何なにかの拍子ひやうしで僕ぼくの事ことを聞きいたのだらう、それが老婆ばあさんの口くちへ上のぼると、あんなに誇張こちやうされてしまうんだから厭いやになつちまう」

「さうかねえ」と、細野ほそのは安心あんしんした風ふうだ。

[Pg 242]しかし自分じぶんは、女主人かみさんの言葉ことばに、或あるひは多少たせうの事實じゝつが含ふくまれてはゐないかとも思おもひ、又また强しいてさう思おもふやうにした。で、萬一まんいちさうであつたらどうしやう、如何いかなる障礙しやうがいを破やぶつても、戀こひを成遂なしとげるの外ほかはない。葛原くづはらに揶揄やゆされやうとも老婆ばあさんに嘲あざけられやうとも關かまうものか、自分じぶんは彼かの女をんなと靜しづかな所ところに清貧せいひんなる生涯しやうがいを送おくればそれで足たつてゐる。彼かの女をんなとても世俗せぞくの榮華えいぐわを追求つひきうする風ふうはないから、自分じぶんの理想りさうに同意どういするに違ちがひない。

一日にち二日ふつかこんな取留とりとめのない空想くうさうに頭あたまを惱なやましてゐたが、敢あえて彼かの女をんなに會あつて心中しんちうを確たしかめやうともしない。葛原くづはらは堤つゝみの妻君さいくんとも懇意こんいになり、太郞たらうを連つれて頻しきりに出入しゆつにふすれど、自分じぶんや細野ほそのは滅多めつたに行いく機會きくわいがない。そして自分じぶんは葛原くづはらが隣家となりと親したしくなり、妻君さいくんにもチヤホヤされるのが不快ふくわいでならなかつた。自分じぶんの渇仰かつかうする聖殿せいでんを泥足どろあしで汚けがされる氣きがした。

或晚あるばん葛原くづはらが、「隣家となりでは今夜こんや大將たいしやうが留守るすだから、トランプを取とると云いつて來きたよ、一[Pg 243]緖しよに行いかうぢやないか」と自分じぶん等らに勸すゝめた。

「トランプは知しらんもの」

「知しらなくたつていゝさ、人ひとが少すくないと面白おもしろくないから、是非ぜひ付合つきあつて吳くれ玉たまへ、君きみ等らもあまり勉强べんきやうに凝こると毒どくだよ、少すこしは呑氣のんきに遊あそぶ方はうがいゝよ」

「ぢや行いつて見みやう」

と、太郞たらうと共ともに凡すべて四人にんで隣家となりへ推おしかけた。

「叔母をばさん、皆みんな引張ひつぱつて來きましたよ」と、葛原くづはらはずんずん座敷ざしきへ上あがつた。彼かれは宿やどの女主人かみさんをお母つかさんと呼よび、堤つゝみの妻君さいくんを叔母をばさんと云いひ、娘むすめをお多津たつさんと呼よぶのだ。

「お多津たつさん、今日けふは負まけたものが奢おごるんですよ」

「えゝ〳〵、よう御座ござんすとも、どうせ負まけやしないから」と、娘むすめは違ちがひ棚だなから札ふだを取出とりだし、一同どうは輪わをなした。で、葛原くづはらが札ふだを切きつて順々じゆん〴〵に撒まいて行いつたが、その[Pg 244]手際てぎはは甘うまいものだ。自分じぶんや細野ほそのは只たゞ敎をそはつた通とほり機械的きかいてきにやつてるのみで別べつに興味きようみもない。娘むすめは夢中むちうになつて、身體からだを搖ゆすぶり札ふだを持もつた手てをもぢ〴〵させて勝敗しやうはいを氣遣きづかつてゐる。葛原くづはらは叫さけんだり笑わらつたり、頭あたまを搔かいたり舌したを出だしたり、一人ひとりで騷さわいで座ざを賑にぎやかにする。自分じぶんは折々をり〳〵うつとり﹅﹅﹅﹅して、この家庭かていの行末ゆくすゑを思おもひ、葛原くづはらのやうな卑俗ひぞくな男をとこが出入しゆつにふして、穩おだやかな床ゆかしい生活くらしを搔亂かきみだし、下等かとうな趣味しゆみを注そゝぎ込こみ、一家かが堕落だらくしてしまうことを氣遣きづかひ、「何なにを考かんがへて入いらつしやるの、貴下あなたの番ばんぢやありませんか」と、側そばの妻君さいくんから叱しかられる位くらゐであつた。

遂つひに細野ほそのと自分じぶんとが劣敗者れつぱいしやと定きまり、蕎麥そばを奢おごらされた。葛原くづはらは萬歲ばんざいを唱となへ、娘むすめはほつと息いきを吐つき、「あゝよかつた」と莞爾につこりする。自分じぶん等らは如何いかにもつまらない。それで今いま一度どと娘むすめが云いひ出だして外ほかの者ものは同意どういしたが、自分じぶん等ら二人ふたりは辭退じたいして歸かへつた。歸かへつて二階かいの窓まどを開あけて、星影ほしかげを仰あふいでゐると、堤つゝみの座敷ざしきの燈火あかりが微かすかに見みえる。まだトランプをやつてるのであらう。

[Pg 245]「困こまるね、葛原くづはらが侵入しんにふしては、此家こゝだつて、あの男をとこが來きてから、すつかり婆ばアさんの態度たいどが違ちがつてしまつた。が、それはまあいゝとして、堤つゝみの家うちへ行いつちや困こまるよ、家うちの婆ばアさんなんか、どうせ趣味しゆみが低ひくいんだから、葛原くづはらに感化かんくわされるのも當然たうぜんだがね、隣となりの家族かぞくは敎育けういくもあり品位ひんゐも備そなへてるのに、何故なぜ葛原くづはらを勸迎くわんげいするんだらう」と、自分じぶんが細野ほそのに話はなしかけると、

「さうだね」と細野ほそのは首くびを傾かしげ、「僕ぼくは隣となりの母子おやこが决けつして葛原くづはらを喜よろこんでやしないと思おもふ、擧動きよどうや顏色がんしよくでさう察さつしられるぢやないか、殊ことに娘むすめは胸むねに何なにかの苦くるしみがあつて堪たまらないから、それでトランプや馬鹿ばか話ばなしで忘わすれやうとしてるんだ、あの目めは確たしかに美うつくしい者ものや淸きよい戀こひを求もとめてるといふ風ふうだ」と、上目うはめで空そらを見みて、落付おちついた聲こゑで云いつた。

自分じぶんは細野ほそのの說せつには少すこしの根據こんきよもないと思おもつたが、「さうかねえ」と云いつて、別べつに反對はんたいもしなかつた。平生ふだん自分じぶんは己おのれの希望きばうや想像さう〴〵について、多少たせうの疑うたがひを有いうしてゐた[Pg 246]が、細野ほそのは决けつしてそんな事ことなく、何事なにごとについても一種しゆの意見いけんを有いうしてゐて、自分じぶんが聞きいてすら、幼稚えうちな空想くうさうだと思おもふ事ことを確信かくしんしてゐた。

で、兎とに角かく自分じぶんは細野ほそのの如ごとく樂觀らくゝわんしてゐられぬ。堤つゝみ一家かのために、葛原くづはらを遠とほざける工夫くふうを講かうぜぬばならぬと、腹はらの中なかで藻搔もがいてゐた。所ところがその翌晚よくばん、葛原くづはらが女主人かみさんと太郞たらうとを連つれて寄席よせへ行いつた後あと、

「御免ごめんなさい、叔母をばさんはお留守るす?」

と勝手かつての方はうで呼よぶ聲こゑがする。自分じぶんは留守番るすばんを仰あふせつかつてゐるから、早速さつそく駈かけ下おりて見みると、それがお多津たつである。萩餅おはぎを持もつて來きて吳くれたのだ。

「まあお上あがんなさい、皆みんな留守るすだけれど」

「葛原くづはらさんも」

「え僕ぼくと細野ほその君くんだけです、」

「昨夕ゆふべお負まけなすつて、今夜こんや又またお留守番るすばんではつまらないわねえ」と、目めに笑わらひを含ふく[Pg 247]んで馴なれ〳〵しい態度たいど。

「僕ぼくは寄席よせは嫌きらひだから行いきたくはないんです、トランプだつて些ちつとも面白おもしろくはないし、負まけたつて口惜くやしくはありません」といつたが、今夜こんやは珍めづらしくお多津たつの態度たいどが打解うちとけ易やすいやうであり、又また他人ひとを交まじへずに差向さしむかひで話はなす機會きくわいは又またと得えられぬのであるから、思おもひ切きつて、

「僕ぼくは是非ぜひ貴女あなたにお話はなししたいことがあるんですが、此方こちらへ上あがつて聞きいて吳くれませんか」と、氣きを靜しづめて、言葉ことばも强しいて穩おだやかにした。

「何なんのお話はなし」と、例いつもの冷ひやゝかな調子てうしで云いつて、勝手かつてに板いたの間まに腰こしを下おろし、橫向よこむきに自分じぶんの顏かほを見詰みつめた。

「何なんと云いつて別べつに何なんでもないが」とドキマギした揚句あげく、「僕ぼくは貴女あなた初はじめ、家族かぞくの方かたを尊敬そんけいしてるんです、お宅たくへ行いくと優雅いうがなしつとり﹅﹅﹅﹅した空氣くうきが滿みちてるやうに感かんぜられるんです。貴女あなたは幸福かうふくな家庭かていに生うまれて純白じゆんぱくな生涯しやうがいを送おくるんだから」と、又また云いひ淀よど[Pg 248]んだ。

「あらそんなお話はなし、槇田まきたさんも隨分ずゐぶん可笑をかしな方かたね」と、お多津たつは半なかば身みを起おこした。

「だから貴女あなたは天てんから授さづかつた純白じゆんぱくな性質せいしつを傷きづゝけんやうにしなくちやならん、下品げひんな趣味しゆみや野卑やひな談話だんわは貴女あなたには適てきしないんです。」

「槇田まきたさんは六むつケ敷しいことばかり仰有おつしやるのね、お說敎せつけうでも聞きいてるやうだわ」と笑わらつて、

「下品げひんな趣味しゆみといふのは何なんですか、トランプを取とること」

「さうでもないんだが、兎とに角かく葛原ゝづはらなんかに感化かんくわされちや駄目だめですよ」

「え、葛原くづはらさんがどうかしたの」

「あの男をとこは面白おもしろい人間にんげんだけれど、どうも趣味しゆみが下品げひんだからいかん、貴女あなたもそのつもりで御交際おつきあひなさるがいゝ」

「私わたし趣味ゝゆみが下品げひんだつていゝのよ」と、例れいのツンとして立上たちあがつた。

「僕ぼくは貴女あなたを尊敬そんけいしてるから云いつたのです、惡わるい意味いみに取とらないやうにして下ください」

[Pg 249]と、自分じぶんは狼狽うろたへた氣味きみ。

「つまり葛原くづはらさんとお交際つきあひするなと仰有おつしやるんでせう、貴下あなたは何故なぜお友逹ともだちを除物のけものになさるの、葛原くづはらさんは被入いらつしやる度たびに、貴下あなた方がたをお褒ほめなさるのに、貴下あなたは葛原くづはらさんの惡口わるくちなんか云いつて、」

「さうぢやないさ、しかし貴下あなたはまだ御存知ごぞんぢないだらうが、葛原くづはらはこれ迄までズボラで評判ひやうばんの惡わるい男をとこだから、あんな男をとこを家庭かていへ侵入しんにふさすと信用しんように關くわんすると思おもつて云いつたのです、僕ぼくは貴女あなたに初はじめてお目めに掛かゝつた時ときから、貴女あなたを品性ひんせいの傑すぐれた方かたと思おもつて、一生しやう天使エンゼルのやうな生涯しやうがいを送おくるやうに願ねがつてゐます。」

お多津たつは澄すました顏かほで不審いぶかしげに自分じぶんの顏かほを見みて、「私わたし、尊敬そんけいされたり、天使エンゼルとかになりたくはありませんわ、貴下あなたこそ餘程よつぽど妙めうね……お話はなしつてそれつ切きり」と云いつて、會釋ゑしやくして歸かへつてしまつた。自分じぶんは失望しつばうして二階かいへ上あがると、細野ほそのが、

「君きみは何なにを話はなしてたんだ」

[Pg 250]「向むかひの娘むすめが來きたから葛原くづはらの人ひとと爲なりを聞きかせたけれど、薩張さつぱり分わからない、矢張やはり平凡へいぼんな女をんなだね」

「僕ぼくはさう思おもはない」と、細野ほそのは彼かの女をんなを月世界げつせかいから降ふつて來きた女をんなのやうに思おもつてゐるらしい。自分じぶんは葛原くづはらに大事だいじの寶たからを踏碎ふみくだかれ、又また理想りさうの女をんなから愛相あいそを盡つかされた如ごとく感かんじ、急きふにこの宿やどが厭いやになり、轉居てんきよしやうと决心けつしんし、細野ほそのに同意どういを求もとめたが、細野ほそのは面倒めんだう臭くさいからといふ口實こうじつで賛成さんせいしない。

で、その翌日よくじつから學校がくかうの歸途きと自分じぶん一人ひとりで宿やどを捜さがし廻まはり、二三日にちの間うちに、漸やうやく氣きに向むいた所ところを見みつけた。いよ〳〵轉宅てんたくと定きまつた日ひに、葛原くづはらは二階かいへ來きて、

「諦あきらめて逃にげ出だすんか」と、皮肉ひにくを云いひ、「君きみはひどいな、レデイに向むかつて僕ぼくの事ことを趣味しゆみの低ひくい奴やつだと云いつたさうだが」

「何なにさうぢやないよ」と、自分じぶんは少すこし紅あかくなつて辯解べんかいしやうとすると、葛原くづはらは無邪氣むじやきに口くちを開あけて笑わらひ、

[Pg 251]「それはどうでもいゝさ、しかし、君きみ、女をんなに向むかつて趣味しゆみの高下かうげを論ろんずるなんか、野暮やぼの極きよくだぜ、レデーでもエンゼルでもお薩さつを喜よろこんで召上めしあがるんだもの」

(五)

自分じぶんの轉居てんきよ先さきは雜司ざうしケ谷やの百姓家しやうや、藁葺わらぶきの軒のきの傾かたむき、壁かべは骨ほねを出だし、疊たゝみは擦すりむけて足あしに引ひつかゝる程ほどだが、前まへに大根たいこん畑ばたがあり四方はうは楢ならや樅もみが取圍とりかこみ、外ほかの人家じんかとかけ離はなれて、荒寺あれてらのやうである。下町したまちのさる富豪ふがうの所有しよいうで、やがて地代ぢだいの上あがるのを待まちち賣うりはなす筈はずだが、それ迄まで番人ばんにんとして、獨身ひとりものの作藏さくざう爺ぢいに無代むだいで貸與たいよしてゐるのだ。自分じぶんはこの爺ぢいさんの白痴はくちの如ごとく逹人たつじんの如ごとく、何なんとなく世間せけん離ばなれしてゐるのを面白おもしろく感かんじ、一緖しよに引割ひきわり飯めしを食くひ、時々とき〴〵は大根だいこの蟲取むしとりの手傳てつだひをもしてやり、無論むろん學問がくもんは怠おこたらなかつた。で、山吹町やまぶきちやうへは全まつたく足あしを向むけぬ。細野ほそのは屡々しば〳〵訪たづねて來きては、楢林ならばやしの下したに落葉おちばを敷しいて、暮くれ行ゆく秋あきを眺ながめて、夢ゆめのやうな話はなしに耽ふけつてゐた。しかし自分じぶんは堤つゝみの娘むすめの事ことは成なるべく口くちに出ださぬやうにし、細野ほそのも語かたらなかつた。

[Pg 252]しかし細野ほそのも間まもなく山吹町やまぶきちやうの宿やどを出でて、戶塚町とつかまちの植木屋うゑきやの一室まを借かり、卒業そつげふ迄まで其處そこで暮くらしたのである。

卒業後そつげふごは二人ふたりとも一日にちも早はやく職業しよくげふを求もとめねばならぬ。殊ことに細野ほそのは鄉里きやうりの家族かぞくを補助ほじよする義務ぎむさへあつて、自分じぶんよりも糊口こゝうの方法はうはふを焦あせらねばならぬのだ。しかるに彼かれは試驗しけんが濟すむと、一生涯しやうがいの重荷おもにを卸おろした氣きで、衣服きものや敎課書けうくわしよを賣拂うりはらつて、相州さうしう葉山はやまへ旅行りよかうした。そして或日あるひ自分じぶんが先輩せんぱいを訪問はうもんして職業しよくげふの周旋しうせんを依賴いらいし、汗あせと埃ほこりにまみれて歸かへると、彼かれからの手紙てがみが來きてゐた。

「…………僕ぼくは今いま相模灣さがみわんを見下みおろした小高こだかい寺てらに寄寓きぐうし、菜食さいしよくに滿足まんぞくし、肉慾にくよくを忘わすれて靈れいの生活せいくわつをしてゐる。朝あさは早はやく起おきて、まだ人影ひとかげもなく、海うみも神秘しんぴの水氣すゐきに閉籠とぢこめられてゐる頃ころ、明神崎みやうじんざきへ行いつて、岩蔭いはかげに踞きよして作詩さくしの工夫くふうを凝こらし、晝ひるは寺てらの廣間ひろまに寢ねころんで、海風かいふうに耳みゝの穴あなまで撫なでられて、キーツやヲルヅヲルスの詩しを朗讀らうどくしてゐる。僧侶そうりよの讀經どくきやうや筧かけひの水音みづおとは、柔やはらかに僕ぼくの膓はらわたまで染しみ込こむ。今いまも夕暮ゆふぐれの磯傳いそづた[Pg 253]ひから歸かへり、苔こけに蔽おほはれた石段いしだんを上あがつてゐると、鐘かねの音ねが永遠エターニチーの響ひゞきを傳つたへ、僕ぼくは宇宙うちうの神靈しんれいに觸ふれた如ごとく感かんじ、希悅きえつの淚なみだが出でた。戀こひに絕望ぜつばうし世よに倦うんだ古いにしへの人ひとが、寺院じゐんに身みを遁のがれたのは、さもあるべき事ことと思おもはれる。……」

と記しるし、最後さいごに現在げんざいの我わが心こゝろだとして、キーツのソンネツト"Oh! How I love, on a fair summer's eve"の全體ぜんたいを寫うつし添そへた。

彼かれは殆ほとんど生活せいくわつの方針はうしんなどを念頭ねんとうに置おいてゐないらしい。歸京きゝやうしてからでも敢あえて齷齪あくそくとして職しよくを漁あさるでもなく、月給げつきう取とりとなり一家かを構かまへるよりも、秋あきが來きて郊外かうぐわい散步さんぽの出來できる時ときを待まつてるやうだ。超然てうぜんとしたその態度たいど、純潔じゆんけつなその精神せいしん、自分じぶんは細野ほそのを尊敬そんけいせずにはゐられなかつた。

幸さいはひにして自分じぶんも細野ほそのも會社員くわいしやゐんの口くちに有りついたが、自分じぶんは大阪おほさか、細野ほそのは東京とうきやう、別わかれ〳〵に勤つとめねばならぬ。で、自分じぶんが出立しゆつたつの二三日前にちまへ、二人ふたりきりで離別りべつの會くわいを催もよほし、自分じぶんは將來しやうらい活動くわつどうの計畵けいくわくを詳くはしく語かたり、細野ほそのは理想りさう、神靈しんれい、淸きよき戀こひなどについて美うるは[Pg 254]しい夢ゆめを語かたつた。

それから四五年ねん、細野ほそのに會あふ機會きくわいはなかつた。初はじめの間うちは書信しよしんの往復わうふくが頻繁ひんぱんであつたが、月つきを重かさぬるにつれ次第しだいに減げんじ、後のちには殆ほとんど音信おんしん不通ふつう、たまの手紙てがみも極きはめて簡短かんたんで、君きみも無事ごぶじにや、僕ぼくも無事ぶじ、殘暑ざんしよ酷きびしく候そろ位くらゐに過すぎぬ。

この間あひだに自分じぶんの生活せいくわつ狀態じやうたいは餘程よほど變かはつた。酒さけも飮のむ、遊廓いうくわくへも行ゆく、上役うはやくの目顏めがほを注視ちうしするやうにもなつた。月日つきひの徒いたづらに早はやく過すぎて、豫想よさうの一ひとつ〳〵外はづれて行ゆくことも知しつた。しかしまだ若わかい血潮ちしほが乾かれてはゐない。詩しを讀よんで泣なき、會社くわいしやの冷遇れいぐうを憤いきどほり、或あるひは戀人こひゞとと共ともに淵川ふちかはに身みを投とうずるの勇氣ゆうきがないでもなく、從したがつて多少たせうの波瀾はらんが一身上しんじやうに湧わいて起おここつたが其等それらは他日たじつを期きして茲こゝには語かたらぬ。

さて或年あるとしの夏なつ、辛からうじて一週間しうかんの休暇きうかを得えて上京じやうきやうした。久振ひさしぶりであり、訪とふべき先輩せんぱいや友人いうじんも多おほいけれど、先まづ遇あつて見みたきは細野ほその徹とほる。長ながらく消息せうそくに接せつしなかつたのだが、どんなに變かはつてるだらうと、大手町おほてまちの會社くわいしやを訪たづねると、先頃さきごろ退社たいしやしたとかで[Pg 255]宿所しゆくしよも分わからぬ。で、二三軒げん聞きき廻まわつて、漸やうやく移轉先ゐてんさきを突留つきとめ、早速さつそく車ゝるまで駆かけつけたのだが品川しながは御殿山ごてんやまの門構もんがまへ嚴いかめしい家うち。此處こゝで何なにをしてゐるのだらうと訝いぶかりながら案内あんないを乞こふと、玄關げんくわんに出でて來きたのが細野ほそのである。「ヤア」と自分じぶんは目めを見張みはつて、彼かれの痩やせて靑あをく鼻はなばかり尖とがつた顏かほを見みてゐたが、彼かれも驚おどろいて「君きみも非常ひじやうに異ちがつたね、會社員くわいしやゐんらしくなつた」と、兎とに角かく直すぐ傍そばの書生しよせい部屋べやへ案内あんないした。

「君きみは會社くわいしやを止よしたさうだね、今いまは何なにをしてるんだ」と、自分じぶんは座すわるや否いなや聞きくと、

「この通とほり書生しよせい部屋べやにごろ〳〵してる、しかし突然とつぜん君きみに會あつたので、何なんだか外ほかの世界せかいへ來きてる氣きがするよ」と、自分じぶんをのぞき込こんで沈しづんだ聲こゑで云いひ、目めが潤うるんでゐる。

「僕ぼくも忙いそがしいもんだから、つい手紙てがみも怠おこたつて濟すまなかつた、その後ご君きみはどうしてゐた、何なんだか身體からだも惡わるさうぢやないか」

「うん少すこし弱よわつてるがね、大たいしたこともあるまい」と、彼かれは云いひさして、急きふに「氷こほりでも取とつて來こやう」と出でて行いつた。後あとで自分じぶんは羽織はおりを脫ぬいで、扇子せんすを激はげしく使つかひ、[Pg 256]汗あせを乾かはかせながら、部屋へやの隅々すみ〴〵を見みるに、衣紋竿えもんざをにかけた衣服きものも、小ちいさい本箱ほんばこも、茶道具ちやだうぐまで四五年前ねんまへの下宿げしゆく屋や時代じだいとあまり變かはつてゐない。只たゞ海邊かいへんの水彩畵すゐさいぐわが一枚まいかかつてゐるのが目新めあたらしい位ぐらゐ。本箱ほんばこを開あけて見みると、矢張やはりキーツやシエレーの詩集ししふがあつて、前まへよりも手垢てあかがついてゐる。机つくゑには二三帖てうの半紙はんしを載のせ、感想錄かんさうろくやうの者ものを書かきかけてゐる。

「昨夜さくや公園こうえんを散步さんぽして瞑想めいさうに耽ふける、美うつくしき世界せかいよとの感切かんせつにして、随喜ずゐきの淚なみだにむせんだ。夕暮ゆふぐれの紅あかい雲くもが見みる間まに色いろを失うしなひ、一抹まつの靄もやが大崎おほさきの平地へいちを籠こめ、あちこちの燈火とうくわは水中すゐちうに浮動ふどうしてゐるやうであつたが、やがて際立きはだつて赤あかい一點てんの燈火とうくわが、大蛇だいじやの眼まなこの如ごとく光ひかつて、靄もやを突破つきやぶつて疾驅しつくして、轟々ぐわう〴〵と音おとのみ殘のこして姿すがたを隱かくすと、靄もやは次第しだい々々〳〵に消きえ失うせ、月光げつくわうは隈くまなく照てり渡わたり、谷たにを隔へだてた彼方かなたの欝蒼うつさうたる森林しんりんから、目めの下したの小ちいさい藁小屋わらごやまで、風情ふぜいある詩しの世界せかい、床ゆかしき夢ゆめの里さととなつてしまつた。人間にんげんの聲こゑもせぬ。風かぜの音おともせぬ。只たゞ停車場ステーシヨンの向むかう、森もりの右端いうたん、白雲しらくもが渦卷うづまい[Pg 257]てる遠とほき〳〵所ところに、電光でんくわうが銳するどく光ひかつてる計ばかり。予よは翼つばさを得えて光ひかりの中なかに漂たゞよひたく思おもつた。冴さえた月影つきかげは戀こひする男をとこ戀こひする女をんなを乗のせて、遠とほき光明くわうめうの鄉さとへ送おくるに適てきしてゐる。」

と書かき、尙なほ「月つき曰いく」と題だいをつけ、何なにをか書かかんとしてゐる。

自分じぶんはこれを讀よんで、「まだこんなことを考かんがへてるな、身體からだは非常ひじやうに痩やせ衰をとろへてるが心こゝろは昔むかしの通とほりだな」と思おもつてゐると、ドアが開あいて、

「細野ほそのさん、蟲干むしぼしをするんだから、一寸ちよつと新座敷しんざしきへ來きて下くださいな」と、美人びじんが顏かほを出だし、自分じぶんを見みて直すぐ引込ひつこんだ。

間まもなく細野ほそのが歸かへつて來きた。

「今いま美人びじんが君きみを呼よびに來きたよ、あれは此家こゝの娘むすめかい」

「うん」

「一體たい何なんの緣故えんこで君きみは此家こゝへ入はいり込こんだ」

「一寸ちよつとした關係かんけいで來くるやうになつたのさ」

[Pg 258]「何なにか目的もくてきがあるのか」

「外ほかに食くふ道みちがないから」

「しかし玄關番げんくわんばんはひどいぢやないか、何なにか外ほかに仕事しごとがあるだらうに」と、自分じぶんは眉まゆを顰ひそめたが、細野ほそのは敢あえてそれを苦くにもしない風ふうだ。彼かれは無限むげんの空そらを仰あふいで泣なき、詩しを讀よんで泣なくことが多おほいけれど、自己じこの境遇けうぐうについて萎しほれることはない。

「僕ぼくは放浪はうらうすべき運命うんめいを有もつてるんだ。定職ていしよくに拘束こうそくされてゐたくてもゐられない。社しやを止やめたのも、自分じぶんでいやで止やめたのでもなし、敢あえて免職めんしよくさゝれたのでもない。只たゞ何なんとなく止やめるやうになつたのだ。運命うんめいだね。此處こゝへ來きたのも、ほんの偶然ぐうぜんの事ことさ。社しやの或ある友人いうじんに連つれられて、此處こゝへ古畵こぐわを見みせて貰もらひに來きた時とき、主人しゆじんに繪ゑの話はなしをしたら、此處こゝの主人しゆじんも少すこし變物へんぶつと見みえてね、僕ぼくの感想かんさうが面白おもしろいと云いふんだ。それから懇意こんいになつて、食扶持くひふちに離はなれた時とき、轉ころがり込こむことになつたんだが、何なに、長ながく居ゐるつもりはないんさ。一體いつたい僕ぼくは祖父ぢいさんに能よく似にてるさうだがね、祖父ぢいさんは維新前いしんまへに西國さいこく[Pg 259]四國こくと巡禮じゆんれいの旅たびばかりして、最後さいごに善光寺ぜんくわうじで往生わうじやうしたんだ。面白おもしろい一生しやうぢやないか。僕ぼくは昨夜ゆふべその祖父ぢいさんの巡禮じゆんれい姿すがたを夢ゆめに見みたよ、雲くもに乗のつて、脊せなには負笈おひづる、手てには金剛杖こんがうづゑ、菅笠すげがさには同行どうぎやう二人にんと書かいてある。二人ふたりの一人ひとりは僕ぼくかも知しれん、僕ぼくも多少たせうの旅費りよひが出來できたら、都會とくわいを出でて巡禮じゆんれいで暮くらして見みたい」と、云いつて微笑びせうした。が、彼かれの面おもては四五年前ねんぜんよりも更さらに俗氣ぞくきが少すくない。

「それも面白おもしろからう、君きみは生存せいそん競爭けうさうの渦中くわちゆうに投とうずる人ひとぢやないんだから。しかし國くにの家族かぞくはどうする、君きみが貢みつがなくてもいゝんかい。」

「いや國くにぢや困こまつてるだらう」

「ぢや、君きみ一人ひとり仙人せんにんになる譯わけにも行いかんぢやないか、第だい一經濟科けいざいくわに入はいつたのが、既すでに君きみ自身じしんの好このみぢやなくつて、一家かの事ことを思おもつたからだもの」

「無論むろんさうだがね」と細野ほそのの面おもてにも少すこしは憂色いうしよくが現あらはれたが、それも瞬またゝく間うちに消きえ失うせ、「しかし僕ぼくは鄉家くにの事ことばかり考かんがへちやゐられない、それで彼方あちらから手紙てがみでも來く[Pg 260]ると、厭いやな氣きがしてならんから、成なるべく讀よまんやうにしてる」

「だつて、何時いつまでもそれぢやゐられまい、君きみだつて既すでに二三年ねんも會社くわいしやで働はたらいてたんだから、多少たせう事務じむの經驗けいけんも積つんだらうしね、捜さがしたら相當さうたうな職しよくが得えられるだらう、何なんなら僕ぼくが周旋しうせんしやうか」

「先まづ當分たうぶん見合みあはせる、それに僕ぼくにや經驗けいけんが役やくに立たたんから駄目だめだよ。尤もつとも社しやへ出でてる間あひだは漸やうやく一人ひとり前まへの事ことだけ出來できんでもなかつたがね、社しやを出でると直すぐにその經驗けいけんが消きえてしまつた氣きがする。社しやにゐた時ときでも、帳簿ちやうぼに向むかつてると、何なんだかかう、脊せなに石いしでも脊負せおつてるやうで、呼吸いきも苦くるしくなるんだ、それで社しやから歸かへりに堀端ほりばたへ出でて、あの石垣いしがきや松まつを見みると、急きふに重荷おもにが下おりて氣きが淸々せい〳〵するよ。で、終しまひには算盤そろばん持もつて何なにかやつてゝも、目めの前まへに石垣いしがきがちら〳〵することがあつた位くらゐだ」

「何時いつまでも君きみは變かはらないね、その點てんは羨うらやましいが、少すこしは生活せいくわつも考かんがへ玉たまへな」

「あゝその間うちどうかする」

[Pg 261]それから二人ふたりは、戀こひを談だんじ詩しを語かたり、人生じんせいの憂苦いうくを歎たんじた。細野ほそのの顏かほは窶やつれて、如何いかにも世路せいろに疲つかれてるやうに見みえるが、心こゝろは昔むかしのまゝだ。人間にんげんの冷熱れいねつ世路せろの艱難かんなんは彼かれの肉にくを殺そぎ骨ほねを削けづつても、その心こゝろを傷きづゝけることは出來できぬのであらう。彼かれの胸中きやうちゆうには永とこしへに汚けがされぬ靈花れいくわが潛ひそんでゐる。自分じぶんの心こゝろにもまだ多少たせう昔むかしの影かげが殘のこつてるのか彼かれの詩しの話はなしを聞きくと胸躍むねおどつて、俗事ぞくじに身みを沒ぼつするのが厭いとはしく、社長しやちやうや重役ぢうやうの俗氣ぞくき紛々ふん〴〵たる顏かほに唾つばきでも引きつかけたくなる。

「時ときに山伏町やまぶしちやうの婆ばアさんはどうしたらう、君きみはちつとも行いかないか」と、自分じぶんは突如だしぬけに聞きいた。

「むん、婆ばアさんには一度ども會あはないが、先月せんげつだつたか、あの近所きんじよへ行いつたからね、餘所よそながらどうなつたか見みやうと思おもつて、迂廻まわりみちして行いつて見みると、もう前まへの家いへはない、打壞うちこわして新築しんちくに取とりかゝつてる」

「で、堤つゝみの家うちはどうだ」

[Pg 262]「あれは元もとの通とほりだ、家うちの者ものには會あはないが、妻君さいくんの話はなし聲ごゑはしてゐたよ、それで僕ぼくはいろんな事ことが考かんがへられて、暫しばらくあの前まへをうろ〳〵してゐたよ、君きみ、僕ぼく等らが住すんでた二階かいはもう倒たほされて影かげも形かたちもないのだ」と細野ほそのは感かんじを籠こめた聲こゑで、白目しろめを寄よせて云いふ。

「あの二階かい時代じだいが僕ぼくの一生しやうで一番ばん愉快ゆくわいな空想くうさうの時代じだいだつたがね、もう壞こわされたかね。そして堤つゝみの娘むすめはどうしたらう、無論むろん何處どこかへ片付かたづいたらうが、君きみは知しらないか」

「知しらんよ」

「さうか、僕ぼくはね、今いまだから云いふんだが、あの女をんなにラブしてたよ」と自分じぶんは初はじめて他人たにんに打明うちあけた。

「さうか」と細野ほそのは驚おどろいた風ふうもなく、「君きみは獨ひとりで思おもつてただけか」

「無論むろんさ、今いまならあの位くらゐの女をんなに恐おそれを抱いだきやしない、成功せいこうか失敗しつぱいか、兎とに角かく當あたつて見みるがね、あの時ときは奇麗きれいな女をんなを見みりや、頭てんから天女てんによのやうな氣きがして、うつかり手[Pg 263]出てだしは出來できやしない、只たゞ拜おがんでばかりゐたんさ、」

「しかしあの女をんなは純潔じゆんけつだよ、僕ぼくは今いまでもあの女をんなを思おもふと、一種しゆの刺激しげきを受うける。そして若もしか彼女あれが卑俗ひぞくな男をとこに結婚けつこんしてゐやしないかと思おもふと、非常ひじやうに哀あはれに感かんぜられる、」

「なあにあれだつて只たゞの女をんなだらう、で、君きみはどうだつた、あの女をんなに思召おぼしめしがあつたか」

細野ほそのは少すこし頰ほゝを紅あかめて、「あの女をんなは一時じ僕ぼくの理想りさうだつたんさ、無論むろん結婚けつこんしたいの何なんのといふ考かんがへは更さらになかつたがね、その代かはり他人たにんとも結婚けつこんしないやうに望のぞんでゐた、結婚けつこんすれば堕落だらくする、だから何時いつまでも獨身どくしんで、女神めがみで一生しやうを送おくるやうに願ねがつてたんだ」

「だが、幾いくら君きみだつて、今いまあの女をんなに會あつたら失望しつばうするだらう、理想りさうの女神めがみ先生せんせい、もう子供こどもの一人ひとりや二人ふたりは生うんで、所帶しよたい染じみてるだらう、」と、自分じぶんは冷笑れいせうして、「あれ[Pg 264]から、葛原くづはらの大將たいしやうは何處どこにゐるだらう、僕ぼくは堤つゝみの奴やつよりも葛原くづはらに遇あひたいよ」

「あの男をとこは凾館はこだてにゐるさうだ、物產ぶつさん會社くわいしやで多少たせう重おもく用もちひられて、今いまは彼地あちらへ派遣はけんされてるさうだ」

「さうか、葛原くづはらは理想りさうのない俗物ぞくぶつだが、どうもエライ所ところがあるよ」

(七)

自分じぶんは大阪おほさかへ歸かへつて、半歲はんとし程ほどは月つきに二三度ど必かならず細野ほそのへ手紙てがみを送おくつてゐたが、次第しだいに怠おこたり勝がちになり、以前いぜんと同おなじく全まつたく音信おんしんの絕たえるやうになつた。で、殆ほとんど彼かれの名なをすら思おもひ浮うかべなくなつた。所ところが或日あるひ、全まつたく緣えんのない人ひとから彼かれの變死へんしの噂うはさを聞きいたのである。自分じぶんは驚おどろいて詳くはしいことを尋たづねたが、明瞭めいれうには分わからない。只たゞ或ある山間さんかんの溪たにに落おちて死しんだとばかり、自殺じさつやら過失くわしつやら、それも分わからぬ。で、自分じぶんは色々いろ〳〵に想像さう〴〵して見みた。巡禮じゆんれいに出でて崖がけの上うへで、何なにか考かんがへ込こんで足あしを辷すべらしたのかも知しれぬ。水中すゐちゆうに天女てんによの影かげを見みて飛込とびこんだのかも知しれぬ。しかし彼かれは生活せいくわつの困難こんなんの爲ために自殺じさつ[Pg 265]するやうな男をとこではない。ウエルテルに同感どうかんしてゐたけれど、决けつして失戀しつれんの爲ために自殺じさつする男をとこではない。自分じぶんの生活せいくわつや戀こひの苦くるしみも、自分じぶんから離はなして見みて、泣ないたり笑わらつたりしてゐた男をとこだと、一人ひとりで定きめて、敢あえて細野ほそのの死しについて、彼かれの鄉家くにや友人いうじんから事情じゞやうを聞きかうともしなかつた。それから五年ねんの後のち、自分じぶんは東京とうきやうの支店してんに勤つとめることゝなり、飛立とびたつやうに喜よろこんで上京じやうきやうし、小石川こいしかはに一家かを構かまへた。この時ときは既すでに結婚けつこんをして子供こどもも一人ひとり設まうけてゐたのである。

或夏あるなつの午後ごゞ仕事しごとを濟すませ茅場町かやばちやうの會社くわいしやを出でて、電車でんしやの停留場ていりうぢやうへ向むけて步あるいてると、向むかうから鍔つばの廣ひろいパナマの帽子ぼうしを被かぶつた大柄おほがらの男をとこが、綱引つなびき付つきの車くるまで駈かけて來くる。稍々やや近ちかづいて見みると、それが葛原くづはらのやうだ。もしやと疑うたがひながらその顏かほを見詰みつめてゐた。するとその男をとこも自分じぶんの顏かほを不審ふしんげに見みてゐたが、摺違すれちがう機會とたんに、彼かれから大聲おほごゑで、「槇田君まきたくんぢやないか」と云いつて車くるまを止とめた。

[Pg 266]「葛原くづはら君くんですか、どうもさうだらうと思おもつた。久振ひさしぶりだねえ」

「いゝ所ところで會あつた、色々いろ〳〵話はなしもしたいんだが、今日けふは急用きふようがあるんだからね、近日きんじつ改あらためて會あはうぢやないか、堅かたく約束やくそくして置おかう」と互たがひに住所じうしよを交換かうくわんして別わかれた。

この後ご自分じぶんは二三度ど葛原くづはらに會あつて、彼かれのお供ともをして料理屋れうりやや待合まちあひ入ばいりをして呑のみ明あかすこともある。或時あるとき彼かれに向むかつて、

「僕ぼくは山伏町やまぶしちやう時代じだいには寧むしろ君きみを嫌きらつてたが、今いまぢや君きみに感服かんぷくする、君きみはあの時分じぶんから世間せけんを心得こゝろえてたからね、確たしかに僕ぼく等らより十年ねんも進步しんぽしてゐたのだ」と云いつて細野ほそのの話はなしをすると、葛原くづはらも久振ひさしぶりで細野ほそのを思おもひ出だしたらしく、

「あの男をとこには一度ど停車場ステーシヨンで會あつたよ、あれが死しにに旅行りよかうする時ときだつたらう、元氣げんきのない顏かほで、ぼんやり立たつてたよ」と面白おもしろさうに笑わらひ、

「山吹町やまぶきちやうにゐた時とき、何なんでも君きみが一人ひとりで外ほかへ移うつつた後あとでね、餘程よほど面白おもしろかつた。細野ほその奴め、隣となりの美人びじんに惚ほれてゝ、獨ひとりで煩悶的はんもんてきのことをやつてたさ、或時あるときも何なにを考かんがへたかね、[Pg 267]夜中よなかに起おきて、裏木戶うらきどから堤つゝみの庭にはへ入はいり込こんでうろ〳〵してたんだらう、其處そこを書生しよせいか誰だれかに見みつかつて、大騷おほさわぎになつたんだがね、隨分ずゐぶん滑稽こつけいだつたよ。水みづで死しんだのも、流行りうかうの失戀しつれん的てき煩悶はんもんか何なにかの結果けつくわだらう」と、冷笑的れいせうてきに云いふ。しかし自分じぶんは細野ほそのが庭にはに忍しのび込こんだのも、何なにかの夢ゆめに誘さそはれたので、別べつに意味いみもなからうと思おもふ。彼かれの死しについては偶然ぐうぜんか故意こいか、誰だれも知しらぬ。只たゞ葛原くづはらは細野ほそののことを話はなす每ごとに、「變へんな男をとこだ」とか「あれぢや飯めしが食うへん、生いきてられる譯わけがない」とか、一口ひとくちに嘲あざけつてしまうのが例れいで、自分じぶんも同意どういはする。しかし時々とき〴〵は細野ほそのが空そらを仰あふいでる姿すがたを思おもひ出だし、彼かれが白雲しらくもの徂徠そらいを見みて感淚かんるゐにむせんでる五分間ふんかんと、葛原くづはらの一代だいの事業じげふと、何いづれが味あぢが深ふかいだらうかと疑うたがふこともある。


[Pg 269]

株虹

太平洋岸たいへいやうがんの激浪げきらう怒濤どとう、東北とうほく地方ちはうの荒凉かうれうたる光景くわうけいは見馴みなれてゐるが、これ等らはどうも予よの性しやうに合あはぬ。それでこの秋あきは局面きよくめんを變かへて、瀨戶内海せとないかいの沿岸えんがんに寫生しやせい旅行りよかうをした。氣きに入いつた土地とちには五日いつかでも六日むいかでも滯在たいざいし、厭いやになれば夜中よなかにでも出立しゆつたつする。贅澤ぜいたくを盡つくす旅たびでもなく、名所めいしよ舊蹟きうせきを遍歷へんれきするのでもなく、只たゞ海岸かいがんを巡めぐつて柔やはらかい波なみの音おとを聞きき、よく食くらひよく眠ねむるを喜よろこんで一月ひとつきばかりを過すごした。その中うち旅費りよひも乏とぼしくなり、歸京きゝやうの期きも迫せまり、申譯まをしわけばかりのスケツチも、大分だいぶん量張かさばつた頃ころ、或ある無名むめいの海岸かいがんに最後さいごの旅裝りよさうを解といて數日すうじつを送おくることゝした。

夜よる遲おそく着ついて撰擇せんたくの暇ひまもなく、酒樓しゆらう兼帶けんたいの小ちいさい薄汚うすぎたない旅人宿はたごやに宿とまつたが、案外あんぐわいによく眠ねむれたので、翌日よくじつは早朝さうてうから畫板ぐわばんを提ひつさげて海邊かいへんへ出でた。藻草もくさの臭にほひや魚さかなの臭にほひはするが、既すでに鼻はなに馳なれて、それが何なんとなくいゝ氣持きもちがする。呟つぶやく如ごとく足下あしもとへ寄よる波なみ[Pg 270]の音おとを聞きくと、潮うしほの中なかへ全身ぜんしんを浸ひたして、骨髓こつずゐまで海氣かいきに染そみたくなる。山間やまがには秋あきの哀あはれさ淋さびしさが露骨むきだしにあらはれてゐやうが、少すくなくも瀨戶内海せとないかいの潮風しほかぜには、しんみり﹅﹅﹅﹅した穩おだやかな香にほひが漂たゞようてゐても、萬物ばんぶつを凋落てうらくせしむる氣きを含ふくんで居ゐない。

予よは二三十分間ぷんかん徐おもむろに滿みち來くる潮うしほに對たいし、陸りくから十丁ちやう乃至ないし一里りの海中かいちゆうに浮うかんでる二三の小ちいさい島しまの間あひだから、一つ二つ夜漁やれふの舟ふねの歸かへりかけてるのを見みて後のち、スケツチに取とりかゝつてると、知しらぬ間まに後うしろから誰たれやら覗のぞいてゐて、「うまい物ものだな」と無遠慮ぶえんりよに聲こゑを掛かけた。旅行中りよかうちゆう寫生しやせいの度たび每ごとに田舎物ゐなかものに取卷とりまかれて、高たかい聲こゑで奇妙きめうな批評ひゝやうを聞きかされるのに馴なれてゐるから、別べつに氣きにも留とめなかつたが、この男をとこは予よの前まへに立たつて、如何いかにも馴なれ〳〵しく、

「貴下あなたは何處どこからお出いでなすつた、岡山をかやまですか、上方かみがたですか」と問とひ掛かける。

予よは變へんに思おもつて見上みあげると、丈たけの短みじかい筒袖つゝそでを着き、鼻下びかに髯ひげを蓄たくはへた男をとこで、釣竿つりざほを肩かたにかけ、手てに魚籠びくを提さげてゐる。言葉ことばつきから態度たいどまで、只たゞの漁夫れうしとは思おもへない。[Pg 271]肥ふとつた柔和にうわな顏かほには微笑ゑみを含ふくんでゐる。

「東京とうきやうです」と、予よが簡單かんたんに答こたへると、

「はゝは東京とうきやうですか、私わたしも十年ねんも前まへに彼地あちらに參まゐつたことがあります」と、多少たせう自慢じまんの色いろを見みせて、「そして、今いまは何處どこに宿やどをお取とりですか」と、さも懇意こんいさうに話はなしかける。

「日野屋ひのやといふ家うちです」

「うん、彼家あすこですか」と、眉まゆを顰ひそめて、「ぢや八釜やかましくてお困こまりでせう。あれは下等かとうな家うちでさあ、とても東京とうきやうの方かたがお宿とまりなさる所ところぢやありません。と云いつて、外ほかにいゝ宿やどもないんですが」と、賴たのみもせぬに、首くびを傾かしげて考かんがへてゐたが、やがて、「ぢや、どうです、私わたしの家うちへお出いでなすつちや、丁度ちやうど離座敷はなれが空あいてゐますから、お貸かし申まをしても差支さしつかへありません」

「はあ、都合つがふでお願ねがひに參まゐりませう」と予よは卒氣そつけない返事へんじをして、あまり取合とりあはな[Pg 272]かつたが、彼かれは「是非ぜひお出いでなさい」と繰返くりかへし、「あの宮みやの後うしろです、鶴崎つるざきといやあ直すぐ分わかります」と、顋あごで敎をしへて、丁寧ていねいに予よに一禮れいし、杭くひに繋つないである小舟こぶねに飛乗とびのつた。予よはその漕こぎ行ゆく姿すがたを見送みおくり、田舎物ゐなかものの呑氣のんきで隔へだてなきを羨うらやましく感かんじた。それからぞろ〳〵﹅﹅﹅﹅集あつまつて來くる鼻垂はなたれ小憎こぞう子守こもりなどを相手あひてに寫生しやせいしたり、無邪氣むじやきな話はなしをして一日にちを暮くらした。で、宿やどへ歸かへると、据風呂すゑふろに入はいつて後のち、相宿あひやどの旅商人たびしやうにんと世間せけん話ばなしをしながら、夕食ゆふめしを食くつてゐたが、ふと彼かの男をとこを思おもひ出だし、お給仕きうじの女主人かみさんに向むかひ、

「女主人おかみさん、鶴崎つるざきといふ家うちがあるだらう、何なにをする家うちかね」

と聞きくと、女主人かみさんは頓狂聲とんきやうごゑを出だして、

「何なにもしちやゐなさらん、お金持かねもちだもの」

「髯ひげのある人ひとは、あれが鶴崎つるざきの旦那だんなかい」

「ありや若旦那わかだんなだあ」

「ぢやあの人ひとは釣つりばかりして、遊あそんで暮くらしてるんかい」

[Pg 273]「えゝ、釣つりにも行ゆきなさるし、獵れうにも行ゆきなさる。結構けつかうな身分みぶんで御座ございまさあ」

「ぢや釣つりも獵れうも上手じやうずだらうな」

「なあに、去年きよねんも鐵砲てつぱうの狙ねらひを間違まちがへて、柴草しばくさあ刈かつてる女をんなの足あしに傷きづをつけたんで御座ございまさあ、それからちうものは、若旦那樣わかだんなさまが鐵砲打てつぱうゝちに出でなさると、芝刈しばかりは逃にげ出だす位くらゐだ」と女主人かみさんは鐵漿おはぐろの齒莖はぐきを出だしてにつたり﹅﹅﹅﹅笑わらつた。

「鶴崎つるざきといやあ、この界隈かいわいで一番ばんの家柄いへがらでさあ、隨分ずゐぶん村むらの事ことにや肩かたを入いれたもので、この海端うみばたの道普請みちぶしんなんか一人ひとりでやつたものでね、村むらの者ものがお禮れいに石碑せきひを立たてた程ほどだ。村むらにや大たいした恩人おんじんで、鶴崎つるざきの屋敷やしきにや落書らくがき一ひとつする者ものがないていふ評判ひやうばんだつたが、今いまは世よが違ちがつて來きた」と、旅商人たびあきんどの素麺屋そうめんやは、薄黑うすぐろい飯めしを鵜呑うのみにして、赧あかい顏かほに歎息たんそくの樣子やうすを見みせた。「ねえ、お神かみさん、今いまの鶴崎つるざきの大將たいしやうも惡わるいぢやないか、丸まる八の嚊かゝを引掛ひつかけてるちうぢやないかい」

「そんな噂うはさだがな、困こまつた若旦那わかだんなだ。去年きよねんも吉きちどんが鮪まぐろ取とりに土佐とさへ行いつた留守るすに[Pg 274]も、何なんだかあつたやうだしな」と、女主人かみさんは小聲こごゑで云いつた。

「大將たいしやう、金かねはあるし懷手ふところでで遊あそんでるから、そんなことでもせねや日ひが立たつまい。それに丸まる八も鶴崎つるざきの家うちにや親爺おやぢの代だいから借金しやくきんがあるし、世話せわになつてるんだから、目めをつぶつて我慢がまんしてるんだらう。嚊かゝあのお伽とぎは借金しやくきんの利息りそくのやうなものだ、ハツヽヽヽ」

予よはこんな話はなしを聞きいて、好奇心かうきしんが湧わき上あがり、急きふに鶴崎つるざきを訪たづねて見みたくなり、飯めしが濟すむと、女主人かみさんに案内あんないさせ、提灯ちやうちんぶら提さげて、その家うちへ行いつた。潜戶くゞりを入はいると、庭前にはさきで盲目めくらの男をとこが唐臼からうすを搗つき、かの若主人わかしゆじんは臼うすの側そばに立たつて、何なにやら小言こごとを云いつてゐたが、予よを見みると、ぺこ〳〵二三度ども頭あたまを下さげて、「よくお出いで下くだすつた」と、手てを取とらぬばかりにして、座敷ざしきへ通とほした。

予よが旅行中りよかうちうの見聞談けんぶんだんを緖いとぐちとし、主人しゆじんは釣つりの話はなし獵れうの話はなしをぺら〳〵と絕間たえまなく述のべ立たて、終しまひには倉くらから書畵しよぐわを一抱かゝへも持出もちだして、一々所由いはれの說明せつめいを始はじめる。舊家きうかほどあつて、[Pg 275]山陽さんやうや文晁ぶんてうや竹田等ちくでんとうの眞筆しんぴつもあるが、中なかにはひどい贋作がんさくも交まじつてゐる。

「御覽ごらんの通とほりの貧乏村びんばふむらで、外ほかに書畵しよぐわなんか持もつてる家うちは一軒けんもありませんがね、私わたしの家うちは祖父ぢゞの代だいから、多少たせう風流氣ふうりうぎがありましてな、矢鱈やたらにこんな者ものを集あつめたのです。この竹田ちくでんのなぞは祖父ぢゞが九州しうへ參まゐつた時とき、わざ〳〵賴たのみましたので、丹山翁たんざんおうの需もとめに應おうずとある丹山たんざんは、祖父ぢいの雅號ががうですよ」

「しかし隨分ずゐぶんお集あつめになつたものですな、これ丈だけあれば東京とうきやうへ持もつてゝも大たいしたものですよ」

と、褒ほめ立たてれば、主人しゆじんは「へゝゝゝ」と笑わらつて、「なあにこれ許ばかりぢや、まだ自慢じまんになりません、私わたしも一ひとつ奮發ふんぱつして名作めいさくを蒐あつめたいと思おもつてゐます。で、どうでせう、折角せつかくお近付ちかづきになつたんですから、貴下あなたにも一ひとつ書かいて頂いたゞく譯わけに行いきませんか、大切たいせつにして子孫しそんに傳つたへます」

「どうして私わたし共どもの者ものが」

[Pg 276]「いえ是非ぜひお願ねがひ申まをしたい。こんな好機會かうきくわいはないんですから」

と、東京とうきやうでは埃屑ごみくづの如ごとき予よを、天下てんかの大美術家だいびじゆつかでゝもあるやうに、頻しきりに嘆願たんぐわんし、

「こんな田舎ゐなかでもね、昔むかしから年ねんに二度どや三度どは、書家しよかだの歌人うたよみだのが、私わたしの家うちを訪たづねて、幾日いくかも逗留とうりうして行いきますよ、貴下あなたも御遠慮ごゑんりよなく私わたしの家うちへお越こしになつて、五日かでも六日かでも御逗留ごとうりうなすつて、ゆつくりお書かき下ください、明日あすあたり釣つりにでも御案内ごあんないしませう」

予よはこれ程ほど尊敬そんけいされ優待ゆうたいされたことは、甞かつて例れいがないのだから、多少たせう得意とくいになり、二三度ど形式的けいしきてきに辭退じたいした後のち、翌日よくじつから此家こゝの離座敷はなれに移うつることを約やくした。

一村そんの半なかばは疊たゝみのない家いへで、障子しやうじの代かはりに蓆むしろを垂たれてる程ほどだが、その間あひだに在あつて鶴崎つるざきの家うちは一箇この小城廓せうじやうくわくの趣おもむきがある、四方はうを練塀ねりべいで圍かこみ、屋敷内やしきうちに數畝すうほの菜園さいえんもあり、土藏どざうが二ふたつ、母屋おもやは百餘年よねんを經へたもので、柱はしらに蝕むしばんだ跡あともあるが、如何いかにも手丈夫てじやうぶで宏壯こうさうに出來できてゐる。

[Pg 277]若主人わかしゆじんは丁度ちやうど三十歲さい、小學校せうがくかう卒業後そつげふご、近村きんそんの漢學塾かんがくじゆくに學まなんだのみで、左程さほど學問がくもんをしたらしくはない。今いまは一家かの主權者しゆけんしやだが、何なんと定きまつた仕事しごともなく、一村そんの問題もんだいにも少すこしも關係くわんけいせぬさうだ。

「しかし貴下あなたが村むらを指導しだうなさらなくちや、外ほかに適任者てきにんしやはないでせう」と、予よが問とうと、彼かれは髯ひげを捻ひねつて鹿爪しかつめらしく、

「いやこの村むらの奴やつは皆みな野獸やじうのやうでしてね、目上めうへの者ものを敬うやまうことを知しらず、行儀ぎやうぎ作法さはふも辨わきまへんのですから、指導しだうも何なにもありませんよ、だから私わたしは村むらの者もの等らが何なにをしやうと、一切さい關かまはないで、自分じぶんは自分じぶんで好すきな事ことをして氣樂きらくに暮くらしてゐます。しかし四五年前ねんまへから私わたしが先さきに立たつて碁ごの會くわいや淨瑠璃じやうるりの稽古けいこを始はじめました。そのために多少たせうは上品じやうひんな氣風きふうが出來できて來きたやうです、明日あすも朝あさから碁ごの師匠しゝやうが來くる筈はずですが、貴下あなたも會くわいにお加くはゝりなすちや如何いかゞです」

「えゝ有難ありがたう、しかし田舎ゐなかにゐると長命ながいきをする譯わけですね、私わたしもどうかして、こんな[Pg 278]風景ふうけいのいゝ田舎ゐなかの遊民いうみんになりたいものだ」

と、染々しみ〴〵彼かれの境遇けうぐうを羨うらやんだが、彼かれはそれを當然たうぜんの如ごとく思おもつて、「ぢやどうです、此地こゝに永住えいじうなすつちや、向むかひの島しまは私わたしの家うちで有もつてるんですが、お望のぞみならば、あれを全部ぜんぶお貸かし申まをしてもいゝ。今いまは近所きんじよの者ものに貸かしてるんですが、何なに、何時いつだつて取上とりあげりやいゝんでさあ」

と、事こともなげに云いつて、大口おほぐち開あけて笑わらふ。

「はあ、私わたしもうんと稼かせいで財產ざいさんを造つくつたら、島しまを拜借はいしやくして、別莊べつさうでも建たてるんですね、しかし島しま一ひとつ御自身ごじしんの者ものだと、貴下あなたは丸まるで王樣わうさまのやうですね」

と、予よも相手あひてを見みて煽動おだてると、

「いや、この小ちいさい村むらですが、畠はたけの三分ぶんの一ばかりは私わたしの所有しよいうです、全體ぜんたいこの村むらの草分くさわけは私わたしの先祖せんぞで、代々だい〴〵村むらのためには盡つくしたものです。だから明治めいぢの初はじめに頌德碑しやうとくひを立たてゝ、お祭まつりをした位くらゐですが、どうも世よの中なかの風儀ふうぎは惡わるくなりましたね、今いまじや[Pg 279]石碑せきひも滅茶めちや々々〳〵に瑕きづがついてゐます。一ひとつは今いまの學校がくかう敎育けういくが惡わるいんですな、貴賤きせんの區別くべつも敎をしへるぢやなし」

と、大おほいに憤慨ふんがいした。それから下女げぢよがわざ〳〵隣村りんそんから取とつて來きた酒さけの御馳走ごちそうがあり、予よは十時じ過すぎに宿やどへ歸かへり、旅商人たびしやうにんと一緖しよに、襖ふすまもない居室へやに眠ねむつた。

その翌朝よくてうから予よは鶴崎つるざきの賓客ひんかくとなり、三度ど々々取立とりたての魚さかなを饗きやうせられ、絹夜具きぬやぐに寢ねかされ、「先生せんせい」と呼よばれて、二三日にちを送おくつた。で、主人しゆじんの日常にちじやう生活せいくわつを見みてると、彼かれは朝あさ早はやく起おきて、褞袍どてらを着きたまゝ胡座あぐらをかき、煙草たばこを吸すひながら、作男さくをとこを指圖さしづし、自身じゝんも時々とき〴〵はぶらり〳〵畠廻はたけまはりに行ゆくらしい、家うちにゐる間あひだは一時間じかんに一度ど位ぐらゐ、下女げぢよか下男げなんか妻君さいくんか誰だれかに向むかつて、何なにか云いつては怒鳴どなつてゐる。屡々しば〳〵屋敷やしきの周圍まはりを懷手ふところてでぶらつき、偶々たま〳〵落書らくがきでも見みやうなら、凄すさまじい聲こゑで下男げなんを呼よんで削けづらせ、惡戯者いたづらものでも見みつけたらば、子供こどもであらうと女をんなであらうと引捕ひつとらへて縛しばり上あげる。しかし予よに對たいしては穩おだやかで親切しんせつで、全まつたく人ひとが異ちがうやうだ。妻君さいくんは痩やせて靑あをく、大抵たいていは奧おくへ[Pg 280]引込ひつこんでゝ、家いへの事ことにはあまり關かまつてゐないやうだが、一人ひとり變へんな男をとこが始終しよつちう出入でいりして、下男げなん下女げぢよ以上いじやうの特權とくけんを持もつてゐるやうだ。婢僕ひぼくはこの男をとこを馬鹿市ばかいち々々々と蔭かげで呼よんで居るが、主人しゆじんには餘程よほどのお氣きに入いりと見みえ、何なにをしても小言こゞとを喰くつたことがない。丈たけが短ひくくて顏かほが圖拔づぬけて大おほきく、智慧ちゑの足たらんやうな所ところもあるが、又また極きはめて敏捷びんしやうで、樹登きのぼりや屋根傳やねづたひをさすと、飛鳥ひてうの如ごとく身みを運はこぶ。それに不仁身ふじみであつて、打ぶたれても毆なぐられても痛いたくはないといふ。

或晚あるばん主人しゆじんは、予よの前まへにこの馬鹿市ばかいちを呼よび、鞭むちを持もつてぴしやり〳〵脊中せなかを打うち、「不思議ふしぎぢやありませんか、これで何なんとも感かんじないんですから、さあ貴下あなたも一ひとつ打ぶつて御覽ごらんなさい、實際じつさい當人たうにんに苦痛くつうはないんです」と、鞭むちを前まへに置おいて勸すゝめたが、予よは如何いかにも殘酷ざんこくな氣きがして、座興ざきようにもそんな眞似まねは出來できず、その代かはりに杯さかづきを差さしてやると、市公いちこうは續つゞけ樣ざまに五六杯はいを煽あほつて、その悟さとれる如ごとく愚ぐなるが如ごとき顏かほを赤あかくして、船頭唄せんどうゝたを唄うたつた。聲こゑもいゝし唄うたも面白おもしろいが、予よには何なんとなく哀あはれに感かんぜられる。

[Pg 281]で、主人しゆじんに向むかつて、「一體たいこの男をとこは何物なにものです」と聞きくと、

「孤兒こじですよ、親爺おやぢは鳴門なるとで難船なんせんして死しぬる、阿母おふくろは旅商人たびあきんどと駈落かけおちする、後あとに一人ひとり殘のこされてたのを、可愛かあいさうだから、私わたし共どもが育そだて上あげてやつたんです、今いまは舟乗ふなのりになつて、糊口くちすぎだけは出來できるんですが、氣きまぐれ物もので、何處どこへ行いつても永ながくは勤つとまらんのです」

「しかし孤兒こじぢや可愛かあいさうですね」と、市公いちこうを見みて、同情どうじやうを表ひやうしたが、彼かれは平氣へいきな顏かほをして、予よと主人しゆじんとを見比みくらべてゐる。

予よは出立しゆつたつの前日ぜんじつ、スケツチ帖てうの一ひとつを材料ざいれうとし、主人しゆじんに約束やくそくの小ちいさい風景畵ふうけいぐわを申譯まをしわけだけに書かき上あげ、獨ひとり屋後おくごの丘をかや畠はたけの畦あぜを散步さんぽし、感興かんきように耽ふけつた。中秋ちうしうの空そらは底深そこふかく澄すみ、目めの下したには靜しづかな海うみが廣ひろがり、一村そんは柔やはらかな光ひかりを浴あびて眠ねむれるが如ごとく、寂せきとして人語じんごなく、只たゞ漁船れうせんから物打ものうつ音おとがコト〳〵と幽かすかに響ひゞくのみ。小徑こみちの左右さいうには大木たいぼくはなく、山間さんかんのやうに落葉おちばを踏ふむの興きようはなけれど、灌木くわんぼくが繁しげつて、その間あひだに[Pg 282]女郞花をみなへし濱萩はまはぎが交まじつてゐる。予よは此等これらの花はなを雜草ざつさうの間うちから、一本ぽんづつ撰えり出だしては折をり、花束はなたばを作つくりながら、無意識むいしきに菜畠なばたけを橫よこぎつてると、後うしろから怒鳴どなる聲こゑがする。顧かへりみると一丁ちやう程ほど隔へだてゝ頰被ほゝかむりをした大男おほをとこが鍬くわをついて立たつてゐる。予よは別べつに氣きにも止とめず、ずん〳〵步あるいてると、彼かの男をとこは物ものをも云いはず、いきなり、後うしろから予よの後腦こうのうを打うつた。力ちからが籠こもつてるのでもないが、痩身やせみには酷ひどく應こたへて、前まへへのめつたのを、漸やうやく踏ふみ止とまつて、「何なにをするんだ」と、身構みがまへすると、

「馬鹿ばか、何なにをするもあつたものか、おれの大事だいじな畠はたけを何故なぜ踏ふみやがつた、今いま鍬くわを入いれたばかりぢやないか」

と、恐おそろしい劍幕けんまくに、予よは吃愕びつくりして、一口ひとくちの返答へんたふも出來できず、ぼんやり相手あひての顏かほを見みてると、突如だしぬけに目めの前まへに市公いちこうが現あらはれて、

「この人ひとは若旦那わかだんなの大事だいじなお客樣きゃくさまだぞ」

と相手あひてを叱しかり、予よの手てを執とつて、さも保護者ほごしやでゝもあるやうな態度たいどをして、大股おほまたに[Pg 283]步あゆみ出だした。予よは胸むねを鎮しづめて、

「彼奴あいつは誰だれだ」と問とふと、

「丸まる八といふ奴やつさ」と云いふ。

「うん、あれか」と獨ひとりで首肯うなづいて「市いちさん、お前まへは鶴崎つるざきの旦那だんなのことを知しつてるだらう」

「そりや知しつてるとも、何なんでも知しつてらあ、あの旦那だんなはえらい人ひとだ、誰だれでも意地いぢめる者ものがあつたら、旦那だんなにさへ云いひつけやうなら、直すぐ敵かたきを取とつて吳くれらあ、何なにしろ我等おいらあ、旦那だんなのお氣きに入いりだもの」と、大得意だいとくゐの風ふうをして、「それで我等おいらあ、村むらの者ものが、旦那だんなの惡口わるくちを云いつてると、直すぐ吿口つげぐちをしてやらあ、旦那だんなは喜よろこぶせ」と首くびをすくめて予よの顏かほをのぞき〳〵、その吿口つげぐちの例れいを話はなす。

予よは市公いちこうに連つれられて、宿やどへ歸かへつたが、百姓しやうに毆なぐられたことは一言ひとことも語かたらず、獨ひとり離座敷はなれに引籠ひきこもり、鞄かばんを整頓せいとんし、翌朝よくてう出立しゆつたつの用意よういをなし東京とうきやうの友人いうじん宛あてに、二三の端[Pg 284]書はがきを認したゝめて居ると、母屋おもやの方はうで、主人しゆじんの怒鳴どなり聲ごゑがして、靜しづかな空そらに尖するどく異樣ゐやうに響ひゞく。又また始はじめたなと、障子しやうじの隙間すきまから窺のぞくと、主人しゆじんは小高こだかい緣側えんがはに座すわり、その下したの石段いしだんに、かの見覺みおぼえある百姓しやうが蹲しやがんでゐる。少すこし隔へだつてる爲ため、言葉ことばの綾あやはよく分わからぬが、見みた所ところ、白洲しらすのお捌さばきといつた風ふうだ。

主人しゆじんは疎まばらな髯ひげを捻ひねつて尊大そんだいに構かまへ、眉まゆを怒いからせて相手あひてを睨にらみつけてゐたが、百姓しやうは俯うつむいて、口くちを噤つぐみ、暫しばらくして挨拶あひさつもせずに歸かへつてしまつた。

予よは主人しゆじんに對たいして、不快ふくわいな氣きが萠きざし、優遇いうぐうも有難味ありがたみがなくなり、この平靜へいせいの漁村ぎよそんも多少たせう厭いやになり出だした。

すると主人しゆじんは微笑にこ〳〵して入はいつて來きて、

「散步さんぽして入いらしつたんですか、今いまね、市公いちこうに聞きゝますと、馬鹿奴ばかめが貴下あなたに大變たいへん御無禮ごぶれいな事ことを致いたしたさうで、どうも無敎育むけういくの者ものは仕方しかたがありませんよ、それについて私わたしも申譯まをしわけがないと思おもひましてな、早速さつそく彼奴あいつを呼よびつけて小言こゞとを云いつときました。なあに[Pg 285]不都合ふつがふな奴やつには、田地でんぢを取上とりあげてやりますよ、あの田地でんぢだつて皆みな私わたしの者ものですからな」

と、自身じゝんの威光いくわうを見みよと云いはぬばかりの風ふうをする。

「だつて、それ位くらゐの事ことで、あんな貧乏者びんばふものの田地でんぢを取上とりあげるのは可愛想かあいさうぢやありませんか、どうせ私わたしが惡わるいんだし」

「いや〳〵、あんな蟲むしけら同然どうぜんの者ものには口くちで敎をしへたつて駄目だめです、食くふにも困こまるやうになつたら、少すこしは性根しやうねが入いるでせう」

と、彼かれは百姓共しやうどもの卑いやしい汚きたない生活くらしの樣さまを說明せつめいして、頻しきりに「蟲むしけら同然どうぜんです」を繰返くりかへした後のち、「どうです、釣つりにお出いでなすつちや、私わたしが御案内ごあんない致ゝたしませう」と勸すゝめる。予よは今日けふに限かぎり釣魚つりに心こゝろも向むかなかつたが、この一日にちが瀨戶内海せとないかいの見收みおさめであれば、强しいて心こゝろを引立ひきたてゝ承諾しやうだくした。

で、市公いちこうに釣道具つりだうぐを擔かつがせて、一足ひとあし先さきへやり、予よと主人しゆじんとは後あとから磯いそへ出でたが、何時いつもの通とほり肥桶こへたごを擔かついだ老農夫らうのうふも網あみを抱だいてるチヨン髷まげの漁夫れうしも、皆みな擦すれ違ちがひ樣ざまに[Pg 286]鉢卷はちまきを取とつて恭うや〳〵しく挨拶あひさつし、主人しゆじんは目めか顎あごで會釋ゑしやくして村王そんわうの威ゐを示しめす。中なかには予よに對たいしても腰こしを屈かゞめる者ものもあつたが、ふと埠頭場はとばに集あつまつて艫綱ともづなを造つくつてる二三の若わかい漁夫れうしが、互たがひに予よを見みては嘲あざけつてるやうなのが目めについた。ほんの耳語さゝやいてるのであらうが、田舎者ゐなかものなれば、自然しぜんに聲こゑが大おほきくて、予よの過敏くわびんな耳みゝには響ひゞいて來くる。

「あの人間にんげんをぶん毆なぐつたら、田地でんぢを捲上まきあげられるんぢやちうぜ」

「彼奴あいつは馬鹿市ばかいちの相棒あひぼうだらう、馬鹿ばか旦那だんなの御機嫌取ごきげんとりに遠方ゑんぱうから來きたんさ」

「おれ逹たちや腕うでさへありや、五兩りやうや十兩りやうは何時いつでも稼かせげらあ、船板ふないた三尺しやく下したあ地獄ぢごくと决きまつてるんだから、誰だれだつて恐こわかあないさ、」

「さうとも、あの大將たいしやう、又また漁場れふばへ邪魔じやまをしに行いきやがらあ、鰒ふぐでも釣つるんかい」

と、彼等かれらの一人ひとりは予よに向むかつて握拳にぎりこぶしを突出つきだして見みせ、くつ〳〵笑わらつてゐる。予よは不快ふくわいで溜たまらなくなつた。主人しゆじんには聞きこえぬのか聞きこえたのか知しらぬが、高聲たかごゑで釣つりの講釋こうしやくをしながら、舟ふねに乗のり、市公いちこうには閼伽あかをすくはせ、自分じぶんでは櫓ろを操あやつる。予よは舳へさきに彳たゝづんで[Pg 287]煙草たばこを吹ふかせてゐたが、不快ふくわいの念ねんは容易よういに去さらぬ。

舟ふねは油あぶらを流ながしたやうな水面すゐめんを辷すべつて、島蔭しまかげへ來きた。主人しゆじんは櫓ろを棄すてゝ水棹みさほを取とり、

「魚うをにも巢すがあります、だから釣つりもその巢すを見みつけてからでなくちや、幾いくら上手じやうずでも釣つれるもんぢやありません」と、舟ふねをその魚うをの巢すの側そばへ留とめ、市公いちこうに碇いかりを卸おろさせた。蒼あをく澄すんだ水みづの底そこに藻屑もくづが生おひ茂しげり、小ちいさい魚うをが水面すゐめんに飛とび上あがるのを見みると、予よは心躍こゝろおどり、先さきの不快ふくわいも忘わすれてしまう。此處こゝには既すでに二三艘さうの漁船れうせんがゐて、一心しんに釣つりをしてゐたが、我等われらの舟ふねを見みると、漁夫れうしは變へんな顏かほをして、相あひついで他方たはうへ逃にげて行ゆく。

「そら疫病神やくびやうがみが」と云いつてるやうに見みえる。

「私わたし等らが釣つると、外ほかの漁夫れうしの妨害ばうがいになるんぢやありませんか」

と、予よが氣兼きがねをすると、

「いや、此處こゝは私わたしが見みつけたので、先まづ私わたしの領分れうぶんのやうなものです、何卒どうぞ御遠慮ごゑんりよなくお釣つりなさい」

[Pg 288]と、主人しゆじんは小蝦こゑびの肉にくを餌えさにして、釣針つりばりを垂たれると、見みる間まに大おほきな沙魚はぜが釣つれた。予よは市公いちこうに敎をそはつては釣つりを垂たれ、不馴ふなれな手てですら二三時間じかんに、沙魚はぜや海鯽ちぬや或あるひは鰒ふぐが數すう十尾びも釣つれた。

釣つりの面白おもしろさに、我等われらは多おほく話はなしもせず夕方ゆふがたまでこの島蔭しまかげに漂たゞよひ、釣つつては魚うをを舟ふねの底そこに投なげ入いれ〳〵してゐた。

「どうです一服ぷくやりますか」と、主人しゆじんは釣竿つりさをを置おいてマツチを擦すつた。

「成程なるほどよく釣つれますね、これだと商賣しやうばいになるでせう、僕ぼくも繪ゑを止やめて漁夫れうしになるかな」と、予よは舟底ふなぞこに重かさなり合あつてる魚うをが、ばしや〳〵音おとをさせるを聞きき、漁村ぎよそんの秋氣しうきの膓はらわたまで染しみ込こむを覺おぼえた。風かぜはます〳〵凪なぎ、ちぎれ〴〵の夕雲ゆふぐもも空そらに固定こていしてるやうだ。

主人しゆじんは兩膝りやうひざを抱いだいて銜くはへ煙管ぎせるで、「どうだ、市公いちこう、水練すゐれんを御覽ごらんに入いれちや」と、予よに向むかひ、「此男これは水潜みづくゞりの名人めいじんです」と云いつたが、市公いちこうはその言葉ことばの耳みゝに入いらぬ程ほど、一心しんに[Pg 289]空そらを見みつめ、

「や、株虹かぶにじが出でた、大風おほかぜだ〳〵」と叫さけんだ。

主人しゆじんもその方はうを見上みあげて、「御覽ごらんなさい、あの虹にじを、あれが出でると、屹度きつと空模樣そらもやうが變かはるんです」

山やまの端はには、太ふとい短みじかい虹にじが物凄ものすごくかゝつてゐた。この内海ないかいの大嵐おほあらしはどんなであらう。予よが歸京後きゝやうごに描ゑがいた大作たいさくは、三人にんが舟中しうちうでこの虹にじを見みて居ゐる所ところである。


[Pg 291]

凄い眼

工場こうぢやうの奧おくに疊たゝみを敷しいた一室ひとまがある。狹せまい一方ぽう口ぐちで丁度ちやうど袋ふくろのやうだ。滅多めつたに掃除さうじもせねば隅々すみ〴〵には埃ほこりが積つもり、壁かべは一體たいに黑くろずんでゐる。棚たなにある磨滅まめつした活字くわつじ、開ひらいてる傘からかさ窄すぼめてる傘からかさ、散ちらばつてる衣服きものや帶おび、この居室ゐまにある者ものに一ひとつとして汚よごれめのない者ものはない。それに空氣くうきの流通りうつうは惡わるい。時候じこうは梅雨つゆで二三日にち來らい鮮あざやかな日光につくわうが窓まどガラスを通とほつたことはない。異樣ゐやうの臭氣しうきが室内しつないに漲みなぎる。

しかしこの廢物はいぶつ同樣どうやうの居室ゐまも、數多あまたの人ひとに利用りようされてゐる。騷さわがしい社會しやくわいの隱かくれ家がとなつてゐる。仕事しごとに疲つかれた老おいたる社員しやゐんが、こつそり此處こゝに忍しのんで、肱枕ひぢまくらで腰こしを叩たゝいてゐることもある。丸髷まるまげの女工ぢよこうが火鉢ひばちの前まへに立膝たてひざをして二三服ぷく煙草たばこを吸すうて行ゆく。夜勤やきんの四五人にんがジメ〳〵した座蒲團ざぶとんを取捲とりまいて、片肌かたはだ拔ぬいで花札はなふだを弄もてあそぶ。折々をり〳〵は艶なまめかしい言葉ことばさへ聞きかれるさうだ。

[Pg 292]そして集金しふきん掛がゝり帆田ほだ常造つねざうは十數年すうねん來らい此處こゝに起臥おきふししてゐる。年齡としは五十を越こしたばかりだが、顏かほが萎しなびて頰ほゝが凹くぼみ、櫛梳くしけづらぬ髮かみは野生やせいの雜草ざつさうの如ごとく、星明ほしあかりに黃きばんだ痩腕やせうでを投なげ出だして寢ねてゐる姿すがたはこの世よの人ひととも思おもはれぬ。朝あさは職工しよくこうが威勢いせいよく入はいつて來きて、周圍まはりで騷さわぐのに目めを醒さまされ、ヒヨロ〳〵と起上おきあがつて、足あしを引ひきずり匐は ふやうにして階子段はしごだんを下おりる。顏かほを洗あらふと裏うらの屋臺店やたいみせで鹽餡しほあんの大福餅だいふくもちを三つ買かつて來きて、應接所おうせつじよか車夫しやふ溜だまりで、顏かほ中ぢゆうをモグ〳〵させて食くふ。喰くうてしまふと水道すゐだうの水みづを茶椀ちやわんに一杯ぱい呑のんで、自分じぶんの居室ゐまへ歸かへる。それから外出そとでの身仕度みじたくをして草鞋わらじを穿はき、風呂敷ふろしきを脊負せおひ、細ほそい竹たけの杖つゑをついて、トボ〳〵と集金しふきんに廻まはる。雨あめが降ふると番傘ばんがさを竹たけの杖つゑに代かへるのみで、一 日にちたりとも休やすんだことがない。吹ふけば飛とぶやうな身體からだで重おもさうな傘かさをかついで、風雨ふうゝを衝ついて步あるいてゐるのは、外目よそめには悲慘みじめに感かんぜられるが、當人たうにんは苦くにもしない。命めいぜられた通とほりに賣捌店うりさばきてんを順じゆんぐりに廻めぐつて、夕暮ゆふぐれには時刻じこくを違たがへずに歸かへつて來くる。それから足あしを濯すゝいで、晩餐ばんめしに取掛とりかゝるのだが、晩餐ばんめしも朝あさと同おなじ[Pg 293]く一ひとつ一錢せんの大福だいふくか鐵砲卷てつぱうまき、只たゞ朝あさは生水なまみづで濟すますのに、晚ばんには小使こづかひ 部屋べやから暖あたゝかい茶ちやを貰もらつて來きて飮のむだけ異ちがつてゐる。夜よるはこの居室ゐまには不似合ふにあひな電燈でんとうの下したに腹這はらばひになつて、珠盤そろばんを前まへに帳簿ちやうぼを調しらべ、一錢せんの相違さうゐもないのを幾度いくたびも見屆みとゞけて、初はじめて安心あんしんしてごろり﹅﹅﹅と橫よこになる。尤もつとも時々とき〴〵は自分じぶんの財產ざいさん調しらべもするので、胴卷どうまきの金庫きんこから幾重いくへにも白紙はくしで包つゝんだ紙幣しへいを取出とりだし一枚まい々々〳〵調しらべて押頂おしいたゞき、又また元もとの通とほりに收をさめて 胴卷どうまきを枕まくらの下したにかくして眠ねむる。この財產ざいさん調しらべの折をりには、人目ひとめを憚はゞかるのと悅うれしいのとで元氣げんきのない目めも活々いき〳〵して來くる。貯蓄額ちよちくがくはせい〴〵二三百圓ゑんであらうが、社員しやゐんの噂うはさでは千圓ゑんには逹たつしたと定きめられてゐる。費用つひへを恐おそれて妻つまを離緣りえんし子こをも勘當かんだうして、獨ひとりぼつちで食くふ者ものも食くはずに貯蓄ちよちくして何なににするのであらうとは、若わかい社員等しやゐんらの疑問ぎもんで、屡々しば〳〵調戯からかひ半分はんぶんに聞きいて見みるが、彼かれは薄氣味うすきみ惡わるく笑わらふのみで相手あひてにもしない。一日にちの仕事しごと――食事しよくじもこの人ひとには樂たのしみではなくて仕事しごとの一ひとつだ――を終をはると、居室ゐまの片隅かたすみに他人ひとの邪魔じやまにならぬやうに煎餅蒲團せんべいぶとんを額ひたひまで被かぶつて寢ねる。寢ねてからは只たゞ翌[Pg 294]日あすを待まつばかりで、側そばで誰だれが何なにをしてゐようと、少すこしも心こゝろに留とめぬ。輪轉機りんてんきの音おと、植字歌しよくじうた、雨あめの音おと、嵐あらしの響ひゞき、職工しよくこうの喧嘩けんくわも口論こうろんも、皆みな老人らうじんの耳みゝを煩わづらはさずに消きえて行ゆく、睡ねむりを妨さまたぐる者ものもない。

所ところがこの二三日にち、帆田ほだ老人らうじんは腰こしのあたりにビリ〳〵微かすかな疼痛いたみを感かんじて、容易よういに眠ねつかれぬ。かねて醫藥いやくの料れうにと物干臺ものほしだいで乾かはかした蕺草どくだみ枇杷びはの葉はなどの藥草やくさうを煎せんじて呑のんでも利目きゝめがない。で、今日けふ――六月ぐわつ二十三日にち――も蒲團ふとんへ橫よこになると自分じぶんで腰こしを撫なでゝ小聲こごゑで呻吟うめいてゐたが、不圖ふと枕許まくらもとで自分じぶんを呼よぶ聲こゑがする。

「君きみ一ひとつお賴たのみがあるんだがね」と、夜勤やきんの宇野うのが靴くつのまゝ疊たゝみの上うへに立たつて、「今いま香川かがはから電話でんわが掛かゝつたんだが、赤坂あかさかで飮のんで金かねが足たらぬので歸かへれんそうだから、君きみ迎むかへに行いつて吳くれ玉たまへ」と云いふ。

帆田ほだは白布しらぬのの夜具やぐから乗のり出だし、顏かほを顰しかめて宇野うのを見みたが、暫しばらく返事へんじをしない。

「ねえ君きみ行いつて吳くれ玉たまへ、金かねは今いま會計くわいけいから借かりて持もつて來きてるんだ。使賃つかひちんは出だすよ」

[Pg 295]「行いつてもえゝが、今夜けふは氣分きぶんが惡わるいでなあ」と、皺枯しやがれ聲ごゑで云いつた。

「二十錢せん出だすよ、一時間じかんで行いつて來こられるんだから、先日こなひだよりや割わりがいゝよ」

帆田ほだは尙なほ躊躇ちうちよしてゐたが、やがて、

「ぢや行いかうかい」と、蒲團ふとんから匐はひ出だした。寢衣ねまきは着きず菱形ひしがたの腹當はらあてのみを着つけ、脊骨せぼねは高たかく現あらはれてゐる。破扉やれドア二ふたつを繼つぎ併あはせた衣桁いかうから衣服きものを卸おろして、ゆる〳〵身體からだに卷まきつけ、胴卷どうまきをぐつと締しめ、尻端折しりはしをつて出でて行いつた。糠ぬかのやうな五月雨さみだれの降ふつてゐる中なかを傘かさもさゝず、電車でんしやにも乗のらぬ。小石こいしに躓つまづいても倒たふれさうな足あしを踏占ふみしめ〳〵、竹たけの杖つゑを手賴たよりに赤坂あかさかまで往復わうふくした。

二十錢せん銀貨ぎんくわを財布さいふに入いれ、腰こしの疼いたみを我慢がまんして步あるいたが、次第しだいに疲つかれて、社しや近ちかくなると途みちにへたばり﹅﹅﹅﹅そうになる。喉のどは渇かはいて來くる。そしてふつと﹅﹅﹅﹅酒さけが飮のみたくなつた。酒さけと云いふもの月つきに一度ど飮のむことも稀まれだが、今夜こんやはよく〳〵堪たへがたくなつて、使賃つかひちんの半分はんぶんを捨すてるつもりで、ギヨロ〳〵見みまはした。酒屋さかやもビアーホールも左右さいうにあ[Pg 296]れど、電燈でんとうに輝かゞやいて美うつくしく、氣臆きおくれがしてとても入はいれそうにない。で、わざ〳〵社しやの前まへを行過ゆきすぎ迂道まはりみちして、大根だいこん河岸がし向むかうの繩暖簾なはのれんを潜くゞつた。ランプは薄暗うすぐらく、土間どまは連日れんじつの雨あめに濕しめり、腐くさつた臭にほひが漂たゞようてゐて、外ほかに客きやくは一人ひとりもゐない。彼かれはべた〳〵汚よごれた腰掛こしかけにぐつたり身體からだを曲まげて座すわり、燒酎せうちうを啜すゝつた。一杯ぱいが五錢せんだ。

手てについた滴しづくを頰ほゝになすくり、十五錢せんの釣錢つりを財布さいふに入いれて戶外そとへ出でたが、頭あたまも足あしも一緖しよにふら〳〵﹅﹅﹅﹅する。手拭てぬぐひで鉢卷はちまきをして細ほそい雨あめの中なかを踊をどるやうな手てつきで通とほつて

「ア、コラ〳〵」と皺枯しやがれ聲ごゑで拍子ひやうしを取とつて社しやへ入はいつた。

「大變たいへん景氣けいきがいゝね、君きみが酒さけを飮のんだのは初はじめて見みた」

と、宇野うのは微笑にこ々々〳〵して云いつた。

帆田ほだは「へゝゝ」と笑わらつて奧おくへ行ゆきかけたが、又また後戾あともどりして、懷ふところから鉛筆えんぴつの受取書うけとりがきを宇野うのに渡わたした。

「受取うけとりなんか入いらないのに」

[Pg 297]「でも間違まちがひがあつちやならん」

と云いつて、帆田ほだは又また「ア、コラ〳〵」を續つゞけて、自分じぶんの居室ゐまへ入はいると、電燈でんとうの側そばで職工しよくこうが四人よにん花札はなふだを並ならべ、銅貨どうくわの音おとをさせてゐた。

物珍ものめづらしそうに上うへから覘のぞくと、その中うちの一人ひとりが、

「帆田ほださん明日あすまで五十錢せんばかり借かして吳くれませんか」

と、顏かほを上あげた。

帆田ほだはへゝゝと云いつたきり、隅すみの寢床ねどこへ轉ころげ込こんだ。濡ぬれた衣服きもののまゝ鉢卷まちまきをも取とらずグツスリ睡ねてしまつた。

それから一時間じかん、香川かがはが赤あかい顏かほをして、ビシヨ濡ぬれで歸かへつて來きた。上衣うはぎを脫ぬいで黑くろずんだ肉色にくいろのシヤツ一枚まいになり、宇野うのと賑にぎやかに話はなしてゐたが、夜よは更ふけて、周圍あたりも靜しづかに、繁吹しぶきに曇くもつた玻璃窓ガラスまどから、柳葉りうえうの風かぜに亂みだれてゐるのが見みえる。

「さあ歸かへらうか、電車でんしやのある中うちに」と、宇野うのは椅子いすを離はなれた。

[Pg 298]「僕ぼくも寢ねようか」と、香川かゞはは眠ねむそうな目めで時計とけいを見みて欠伸あくびをした。

「可愛かあいそうだね、そんな大おほきな身體からだをして宿やどるに家いへなしぢや、」

「うゝん」

宇野うのの靴くつの音おとが消きえると、香川かゞはは椅子いすを二脚きやくづゝ兩手れうてで提さげて、隣となりの豫備よび應接室おうせつしつへ行はいつた。此處こゝには新聞しんぶんの綴込とぢこみが保存ほぞんされ、テーブルと椅子いすが据すゑつけられてゐる。光ひかりは廊下らうかの電燈でんとうが隅すみの方はうから薄うすく照てらすばかり。香川かゞははテーブルを片寄かたよせ、椅子いすを四脚きやくづゝ二列れつにくつゝけて並ならべ、その上うへに毛布けつとを敷しき、厚あつい冬夜具ふゆやぐをかけ、素裸すつぱだかになつて藻もぐり込こんだ。書物しよもつを枕まくらに首くびだけ出だして寢ねてゐたが、蒸暑むしあつくて身體からだが汗あせばんで來くるので、我知われしらず夜具やぐを腰こしから下したへ押おしのけ、胸毛むなげのある赤あからんだ胴どうを曝さらし、一ひとつ二ふたつ蚊かの襲おそふのも知しらずに眠入ねいつた。

夜よは更ふけて電車でんしやも絕たえ、街上がいじやうは靜しづかに、雨あめは或あるひは急きふに或あるひは緩ゆるく降ふりつゞけてゐる。香川かゞはは酒さけの醉よひに若わかい血汐ちしほの心こゝろよくめぐつて、夢ゆめも見みず、片足かたあしを投なげ出だして、太ふとい[Pg 299]緩ゆるい息いきをして眠ねむつてゐる。帆田ほだは一時じ忘わすれてゐた疼痛いたみの又またも起おこつては、屡々しば〳〵夢ゆめを破やぶられて呻吟うめいてゐる。

工場こうぢやうの奧おくの電燈でんとうも消けされた。暗くらい中なかに老人らうじんの低ひくい呻吟うめきと香川かゞはの高たかい鼾鼻いびきとが漂たゞようてゐた。その間あひだに階下したでは輪轉機りんてんきの音おと、新聞しんぶんを積出つみだす音おとがしてゐる。

空むなしき編輯局へんしうきよくには時計とけいが一時じを打うち、二時じを打うつ。三時じを打うたんとした頃ころ、香川かゞはは口くちをもが〳〵させ唾つばきを呑のんでゐたが、やがて鼻はなを鳴ならして深ふかく息いきを吸すひ、目めを細ほそくして寢返ねがへりをした。喉のどが乾かはく。

で、椅子いすを脫ぬけ出でて、柱はしらの釘くぎに釣つるした洋服やうふくの上衣うはぎを裸身はだかみに纏まとひ、階下したへ驅かけ下おりて水道すゐだうの水みづをガブ呑のみして歸かへつた。

此頃このごろは癖くせになつて今いま時分じぶんに目めが醒さめる。今夜こんやは酒さけの勢いきほひで睡過ねすごしたが、それでもまだ短みじかい夜よるの明あけんともせぬ。空氣くうきは寢ねた間まに冷ひえて來きて、身體からだがゾク〳〵する。彼かれは嚔くさめをした。椅子いすの足あしにからまつてる夜具やぐを引上ひきあげて首くびまで被かぶつた。

[Pg 300]天井てんじやうの黃きいろい紙かみが垂たれ、連日れんじつの雨あめに黴臭かびくさい香にほひが、締切しめきつた居室ゐまの中うちに何處どこからともなく湧わき出でて來くる。

彼かれの目めは冴さえて再ふたゝび睡ねつかれぬ。筋肉きんにくの逞たくましい腕うでに力ちからを籠こめ、脊延せのびをして、

「おれも何時いつになつたら滿足まんぞくに疊たゝみの上うへに寢ねられることか」と思おもつた。グツと夜明よあけまで睡ねれゝばよいが、暗くらい中うちに目めが開あくと、屹度きつとこの惡念あくねんに取とりつかれる。殊ことに醉よつて騷さわいだ晚ばんはひどい。

しかし醉よつた間あひだに何なにを唄うたつたか、何なにを喋舌しやべつたか、何どんなにして女をんなと戯たはむれたか、彼かれの頭あたまにはハツキリ殘のこつてゐない。只たゞボンヤリ「面白おもしろかつた」と云いふ感かんじが浮うかんで來くる。それにつれて、「明日あすの辨當代べんたうだいもなくて、こんな事ことをしてゐたつて」と云いふ感かんじが激はげしく胸むねに響ひゞゐて來くる。

彼かれは又また强つよい嚔くさめをした。それが淋さびしい居間ゐまに鳴なり渡わたる。

「まだ夜よの明あけるに間まがあらう」と、頭あたまを持上もたげて玻璃ガラス越ごしに廊下らうかを見みると、工場こうば[Pg 301]の入口いりくちからコソ〳〵と草履ざうりの足音あしおとが聞きこえる。外そとは雨あめで暗くらい、足音あしおとは次第しだいに近ちかづいて寢室しんしつの側そばまで來きた、「今いま時分じぶん誰だれだらう」と疑うたがつて、薄氣味うすきみ惡わるく思おもつて見みてゐると、薄光うすびかりに幽靈ゆうれいのやうな帆田ほだの半身はんしんが現あらはれた。幽かすかに呻吟うめきながら階子段はしごだんの手摺てすりに凭もたれた。

香川かゞははこの痩やせさらぼへる老人らうじんが、自分じぶんと同おなじように一人ひとりぼつちで、奧おくで寢ねてゐることを思おもひ出だした。で、ドアを開あけて首くびを出だし、

「お爺ぢいさん、何なにをしてる」と、陽氣やうきな聲こゑで問とうた。

「腹はらが痛いたくつて」と、帆田ほだは牡蠣かきのやうな目めを向むけて、虫むしの音ねで云いふ。

「そうか困こまつたね、醫者いしやでも呼よんで來こようか」

「なあにそれにや及およばん」

帆田ほだは匐はふやうにして階下したへ下おりた。厠かはやへでも行いつたのだらう。

香川かゞはは階子段はしごだんの隅すみの玻璃ガラス窓まどを開あけて冷つめたい空氣くうきを吸すうた。暗澹あんたんたる雲くもは低ひくい屋根やねか[Pg 302]ら屋根やねへ垂たれて、曙光しよくわうはまだ堰せき止とめられてゐる。

彼かれは再ふたゝび寢床ねどこへ歸かへつたが、帆田ほだ老人らうじんの事ことが氣きになる。あれで金かねばかり溜ためてゝ何なにをするんだらう。家いへもなく、病氣びやうきの看護かんごもされず、紙幣さつを抱だいて死しんでしまう。それつきりだ。それ以上いじやうになすべきこともないのだ。しかし自分じぶんは歲としも若わかい、身體からだも强つよい、爲なすべきことが多おほい。爲なすべき時ときに何なにもせず、徒いたづらに帆田ほだのやうな骸骨がいこつになるのは無念むねんだ。「あゝ金かねが欲ほしい」帆田ほだには無用むようの金かねだが、自分じぶんには生いきて役やくに立たつ。隣となり同士どうしで寢ねてゐて、老人らうじんは何時いつ死しぬかも分わからぬ。財產ざいさんの相續人さうぞくにんもなく、財產ざいさんの高たかも知しつた人ひとはない。

で、香川かゞはは夜具やぐで顏かほを蔽おほうて、それからそれと雜念ざつねんに襲おそはれてゐたが、周圍まはりの騷々さう〴〵しくなるに氣付きづいて、首くびを出だすと、何時いつの間まにか夜よは明あけて、小使こづかひが掃除さうじをしてゐる。

香川かゞはの雜念ざつねんは搔かき消けす如ごとく消きえてしまう。で、元氣げんきよく起おきて、洋服やうふくを着つけ、顏かほを[Pg 303]洗あらつて後のち、髯ひげを捻ひねりながら、無心むしんに社内しやないをぶら﹅﹅ついてゐると、應接室おうせつしつに帆田ほだの後姿うしろすがたが見みえる。朝餐あさめしを食くひながら、前まへに算盤そろばんを置おいて帳簿ちやうぼを調しらべてゐる。

香川かゞはが後うしろから近ちかづくと、老人らうじんは驚おどろいたやうに胸むねに手てを當あてゝ振向むりむいた。

「もう病氣びやうきはよくなつたのかね」

「もう大丈夫だいじやうぶだ」

「でも大事だいじにせんといかんよ、一日にち位くらゐ休やすんでもいゝだらう」

「はゝゝ、休やすむ譯わけにも行いかんでな」

「僕ぼくが代理だいりで廻まはらうか、僕ぼくは君きみに肖あやかつて金持かねもちになりたいから」

帆田ほだは鹽餡しほあんの大福だいふくを豆粒まめつぶ程ほどに千切ちぎつては口くちに入いれて、相手あひてに耳みゝを貸かさず、震ふるへる指先ゆびさきで算盤そろばんを彈はじいてゐた。

「君きみは僕ぼくを養子やうしにして吳くれんかね、二人ふたりで家うちを持もつて稼かせいだ方はうがいゝぢやないか、僕ぼくは親爺おやぢがないんだから、君きみを實じつの親おやのやうにして孝行かう〳〵するよ、ねえ、その方はうがい[Pg 304]いぢやないか」と、香川かゞはは笑わらひながら五月蠅うるさく云いふので、帆田ほだは物ものをも云いはず、帳簿ちやうぼを抱いだいて應接所おうせつしよを出でて行いつた。

一時間じかん後ごには帆田ほだは草鞋わらじ脚絆きやはんの身裝みづくりをして、集金しふきんに出でかけた。二時間じかん後ごに香川かゞはは車くるまに乗のつて政黨せいとう本部ほんぶや官省くわんしやうを廻まはつた。

この日ひ帆田ほだは一手柄ひとてがらをしたつもりで新聞しんぶんの材料たねを持もつて來きた。云いふ事ことがボンヤリしてよく要點えうてんを得えないが、何なんでも本鄉ほんがうの弓町ゆみちやう邊へんで人殺ひとごろしがあつたのださうだ。被害者ひがいしやは高利貸かうりかし、殺害さつがいの原因げんいんは借金しやくきんを催促さいそくしたからだと云いふ。

「老爺おぢいさん、又また夢ゆめでも見みたのだらう」

「先月せんげつも公園こうえんで首くびくゝりがあつたつて知しらせて來きたが、あれでも社員しやゐんと云いふ意識いしきがあるからだらう。態々わざ〳〵知しらせに來くるだけ感心かんしんだ」

「首くびくゝりか人殺ひとごろしか、何時いつかも下くだらない小泥棒こどろぼうの噂うはさを持もつて來きた。老爺おぢい碌ろくな事ことを[Pg 305]見みないんだね」

と、三面めんの連中れんちうはあまり取合とりあはず、探訪たんぼうをも特派とくはしなかつた。

帆田ほだは顏かほと足あしとを水道すゐだうで洗あらつて、自分じぶんの居間ゐまへ上あがつた。擦すれちがひに歸かへつて行ゆく職工しよくこう、入はいつて來くる職工しよくこう、階子段はしごだんは傘かさの雫しづくでズブ濡ぬれになつてゐる。日ひは早はやく暮くれて、電燈でんとうはジメ〳〵した疊たゝみを照てらしてゐる。老人らうじんは例れいによつて帳簿ちやうぼ調しらべをしようと思おもつたが、疲勞ひらうと腹はらの痛いたみに弱よわつて、晩餐ばんめしも食くはずに寢床ねどこへ入はいつた。何なんとなく寢苦ねぐるしい。それに晝ひるの人殺ひとごろし騷さわぎが折々をり〳〵思おもひ出だしたように胸むねに浮うかぶ。

で、長ながい間あひだ眠ねつ醒さめつした揚句あげく、眞夜中まよなか頃ごろ人氣ひとけのないのを見みて、藥湯やくとうを飮のみ、唯一ゆゐいつの樂たのしみの財產ざいさん調しらべを初はじめた。

「老爺おやぢさん、淋さびしいだらう」と、香川かゞはは突如だしぬけに入はいつて來きた。酒さけの息いきを吐はいてゐる。帆田ほだはモグ〳〵口くちの中なかで云いつたが、それは香川かゞはには聞きこえない。

「いよ〳〵工場こうばも建增たてましをすることに决きまつたそうだから、この部屋へやも壞こはされるのだ[Pg 306]らう。そしたら老爺おぢいさんも何處どこかへ立退たちのかなくちやなるまい、どうするつもりかね」

と、詰責きつせきするような調子てうしで問とうたが、老人らうじんは何なんとも答こたへない。心こゝろでは只たゞ自分じぶんの樂たのしみの妨害者ぼうがいしやを怒いかつてゐた。工場こうぢやう建增たてましの噂うはさは時々とき〴〵老人らうじんの耳みゝにも入はいつて來くるが、それが別段べつだん刺激しげきをも與あたへない。過去くわこと將來しやうらいはこの老人らうじんの衰おとろへた頭あたまを惱なやますに足たらぬのである。

で、香川かゞはの去さつた後のちは、何なにか不安ふあんらしく、有合ありあはせの板片いたぎれで入口いりくちを蔽おほうて眠ねむりに就ついた。翌朝よくてうも雨あめで、顏かほを見みると人々ひと〴〵は皆みないやな天氣てんきを歎たんじてゐたが、帆田ほだは獨ひとり默だまつて仕事しごとに出でた。衰弱すゐじやくせる上うへに氣候きこうの不順ふじゆんに害そこなはれて、顏かほは死人しにんのようであるが、誰たれも怪あやしむ者ものはなく、氣遣きづかつてやる者ものもない。

香川かゞはは尙なほ夜中よなかに目めの醒さめる癖くせが止やまぬ。醒さめると雜念ざつねんが起おこる。雜念ざつねんの中うちには帆田ほだ老人らうじんが織おり込こまれる。かの無用むようの財產ざいさんは自分じぶんの手てにあらば幸福こうふくに使つかへるのだとの思おもひは夜々よゝに嵩かさまつて來くる。男をとこ一匹ぴき世よの中なかに活躍くわつやくするの地步ちほもつくれるとも思おもはれる。[Pg 307]そして香川かゞはは老人らうじんの牡蠣かきのやうな凄すごい眼めを暗中あんちうにも思おもひ浮うかべるようになつた。二人ふたりは何なんとなく關係くわんけいがあるやうな氣きがする。宿世しゆくせの緣ゑんが成立なりたつてゐるやうな氣きがするのであつた。

降ふるか曇くもるかの鬱陶うつとうしい梅雨期ばいうきがつゞく。その中うちに老人らうじんは衰弱すゐじやくを重かさねて、步あゆむにも堪たへかね、或ある晚ばん階子段はしごだんで倒たふれたなり、遂つひに床とこに就ついて起おき得えなくなつた。

小使こづかひに粥かゆを煑にて貰もらふばかりで、誰だれにも顧かへりみられず看護かんごされず、殆ほどんど存在そんざいをも認みとめられずに、幽かすかな呻吟うめきと昏睡こんすゐとを續つゞけてゐた。

只たゞ香川かゞはのみは半なかば好奇心かうきしんから、時々とき〴〵見舞みまつてやるが、老人らうじんは不快ふくわいな目めを向むけて、少すこしも喜よろこぶ風ふうはない。恨うらめしいやうな恐おそろしいやうな顏かほをして、側そばへ寄よられるのを厭いやがり、痩腕やせうでで防禦ばうぎよするやうな身構みがまへをすることもある。或ある晚ばんは夢心地ゆめごゝちで、「この野郞やらうまだおれを意地いぢめに來くるか、もう親おやでないぞ、子ことは思おもはんぞ」と叫さけんで、尙なほ不明[Pg 308]瞭ふめいれうな聲こゑで獨言ひとりごとを云いつた。香川かゞはは理由わけは分わからないが、何なんとなく恐おそろしくなつて逃にげて歸かへつた。そして老人らうじんは職工しよくこうなどが幾いくら周圍まはりで立騷たちさわがうと、自分じぶんを冷ひやかしてゐやうと、無感むかん無覺むかくでゐるが、香川かゞはを見みると面相めんさうが變かはつて來くる。

「何故なぜだらう」と、香川かゞはは怪あやしんで宇野うのに話はなした。

「何なにか惡わるいことをしたんぢやないか、金かねでも借かりたんぢやないか」

「あの老爺ぢいさんが何なんで人ひとに金かねを貸かすものか、それに僕ぼくだけが多少たせう同情どうじやうしてるんだから、感謝かんしやすべき筈はずだ」

「君きみの顏かほが老爺ぢいさんの息子むすこにでも似にてるんぢやないか」

「なあに彼奴あいつの子こは身體からだが痩やせてゝ、親爺おやぢのやうな恐こわい目めをしてるそうだ」

「兎とに角かく君きみも酷ひどい奴やつに見込みこまれたものだね」

「氣味きみの惡わるい老耄おいぼれだよ」

香川かゞははその夜よから目めが醒さめると、暗中あんちゆうにかの凄すごい目めを見みて震ふるえることがある。で、二三[Pg 309]日にちすると遂つひに堪たへかねて、詮方せんかたなく外ほかへ轉居てんきよした。

暫しばらく老人らうじんの事ことを忘わすれて、金かねの苦面くめんに惱なやんでゐたが、或ある日ひ不圖ふと社しやの前まへで彼かれに出會であつた。病氣びやうきは治なほつたのか治なほらぬのか、尋たづねても、齒はの拔ぬけた口くちをもぐ〳〵させた許ばかりで分わからなかつたが、風呂敷ふろしき包づゝみを脊負せおうて、フラつく足あしで出でて行いつた。

香川かゞはは眉まゆを顰ひそめて顏かほを脊そむけた。


[Pg 311]

世間並

(一)

私わたしは小こ半時間はんじかん東片町ひがしかたまちの加瀨かせの宿やどを捜さがした。彼かれとは今年ことしになつて、一度ども相會あひあふの機會きくわいがなかつた。又また强しいて會あひたくもなかつた。所ところが昨夜ゆふべ情熱家じやうねつかの豐島とよしまが私わたしの家うちへ來きて、加瀨かせの戀こひを語かたつて憤慨ふんがいした。彼かれの戀こひは熱烈ねつれつでない沈痛ちんつうでない、浮薄ふはくだ、キザだ、見得坊みえばうだ、柔弱じうじやくだと罵倒ばたふを續つゞけ、終しまひにお定きまりのバイロン、ハイネを叫さけんで歸かへつた。加瀨かせの戀こひ々々々々、私わたしの耳みゝには多少たせう面白おもしろく響ひゞく。それで急きふに訪たづねて見みたくなり、雨あめをも厭いとはず大久保おほくぼから遙々はる〴〵來くるには來きたが、さて容易よういに家うちが見みつからぬ。先頃さきごろ久振ひさしぶりで、引越ひつこしの通知つうちを兼かねて手紙てがみを吳くれたけれど、彼かれに用事ようじはないと、そのまゝ反古ほごにして仕舞しまつたので、番地ばんちは分わからぬ。○○方かたと云いふ○○もはつきり﹅﹅﹅﹅記憶きおくに留とゞまつてゐない。只たゞ小山こやまとか戶山とやまとか山やまの字じのあつたことは覺おぼえて居ゐる。それから

[Pg 312]「僕ぼくの宿やどを尋たづねんとならば、垣根かきねに沿そえる椿つばきの花はなを目印めじるしとなさるべく候そろ」と、あの男をとこ相應さうおうの文句もんくを書かき添そへてあつたことは覺おぼえてゐる。

私わたしは幾いくつも路次ろじを通とほつた。傘かさの必要ひつえうもない程ほどの春雨はるさめが降ふつてゐる。下駄直げたなほしの皷つゞみの音おと、煑豆屋にまめやの鈴すゞの音おとが、ゆるやかな空そらに響ひゞいてゐる。私わたしは無理むりに焦あせつて尋たづねる氣きもなく、「會あつたつて格別かくべつ話はなしもないんだもの」と、通とほりへ突拔つきぬけやうとすると、往來わうらい安全あんぜんの瓦斯燈ぐわすとうの向むかうに眞紅しんくの椿つばきの花はなが鮮あざやかに目めに映うつつた。果はたして小山こやまといふ門札もんさつが見みえる。狭せまい門もんが開あいて、塗ぬりの新あたらしい車くるまが道みちを塞ふさいで、玄關げんくわん先さきに橫よこたはつてゐる。

案内あんないを乞こふ迄までもなく、開あけ放はなした座敷ざしきに加瀨かせの立姿たちすがたが見みえた。光ひかるやうなフロツクコートを着きて、長ながい髮かみを奇麗きれいに分わけ、頻しきりに衣紋いもんを正たゞしてゐる。私わたしは彼かれを見違みちがへる程ほどであつた。

「さあ上あがり玉たまへ」と、彼かれは靜しづかに云いつて、色いろの白しろくて目鼻めはなの尋常じんじやうな、しかし皮膚ひふの硬こわばつた顏かほに幽かすかに微笑びせうを浮うかべた。

[Pg 313]「出掛かけるのか」と、私わたしは座敷ざしきへ通とほつて、中折なかをれを被かぶつたまゝ、椅子ゐすに腰こしを掛かけた。

「ウン」と加瀨かせは輕かろく首肯うなづく、小ちいさい丸髷まるまげを結ゆつた、背せの低ひくい痩身やせぎすの、もう老婆ばあさんと云いつてもよささうな女をんなが、緣側えんがはで山高やまたか帽子ぼうしの塵ちりを拂はらつてゐたが、私わたしを見みると、「オヤ被入いらつしやいまし」と、もう二三度ども會あつた人ひとのやうに馴々なれ〳〵しい顏かほをした。私わたしはぢろり﹅﹅﹅と老婆ばあさんを見みたばかりで、あまり構かまひつけず、「何處どこへ行ゆくんだい」と、再ふたゝび加瀨かせに聞きいた。

「菊坂きくざかまで、直すぐに歸かへつて來くるから、待まつてゐ玉たまへ、折角せつかく來きて吳くれたのに失敬しつけいだが、約束やくそくしてあつて是非ぜひ行ゆかなくちやならんのだ」

「さうか、ぢや行いつて來き玉たまへ、僕ぼくは此處こゝで晝寢ひるねでもしやう」

加瀨かせは老婆ばあさんの手てから帽子ぼうしを執とつて、「失敬しつけい」とゆるく﹅﹅﹅云いつたきり、姿勢しせい正たゞしく澄すました足あし取どりで玄關げんくわんへ下おりた。老婆ばあさんは見送みおくつてゐる。

私わたしは腰掛こしかけたまゝ動うごかなかつた。居室ゐまはフロツクコートの住人じうにんには不似合ふにあひで、天井てんじやう[Pg 314]は低ひくく疊たゝみは茶色ちやいろになり、床とこの間まは漸やうやく花瓶くわびんを載のせるだけの深ふかさしかない。しかし庭にはは割合わりあひに廣ひろく、數種すうしゆの椿つばきの外ほか、几帳面きちやうめんに沈丁花ぢんちやうくわが植うはつてゐて、濃こい香にほひを送おくつて來くる。春日楓かすがもみぢの鉢植はちうゑも五ツ六ツ並ならんでゐる。家いへといひ庭にはといひ、先まづ大久保おほくぼの私わたしの家うちと大差たいさがないが、加瀨かせの財產ざいさんは以前いぜんよりも遙はるかに殖ふゑて、舊態きうたい依然ゝぜんたる私わたしとは比較ひかくにならぬ。衣紋竿ゑもんざをには糸織いとおりであらうか、いやに光ひかつた着物きものが掛かけてある。鼠色ねづみいろの縮緬ちりめんの襦袢じゆばんの袖口そでくちも見みえる。ふつくり﹅﹅﹅﹅した座蒲團ざぶとんも四五枚まい重かさねてある。讀よめぬ筈はずの英書えいしよが二ふたつ、本箱ほんばこにギツシリ詰つめ込こまれ、テーブルの上うへには金蒔繪きんまきゑの卷煙草まきたばこ入いれ、毛糸けいとのランプ敷しき、鋏はさみや耳搔みゝかきの小道具こだうぐまで、ちやんと揃そろつてゐる。

老婆ばあさんは茶ちやを汲くんでテーブルに置おき、散ちらかつた白縮緬しろちりめんの兵子帶へこおび、キヤラコの紺足袋こんたびなどを片付かたづけながら、「每日まいにちいけないお天氣てんきで御座ございます」とか、「上野うへのはもう咲さいたで御座ございませう」とか、頻しきりに話はなしをしかける。

五月蠅うるさいと思おもつたが、返事へんじをせぬ譯わけにも行ゆかず、よい加減かげんにあしら﹅﹅﹅つてゐると、老[Pg 315]婆ばあさんはビスケツトを持もつて來きて、椅子ゐすの前まへに坐すわり込こんだ。私わたしは餘儀よぎなく相槌あひづちを打うちながら、加瀨かせの變遷へんせんを思おもつた。老婆ばあさんの話はなしと自分じぶんの追想つゐさうとがごつちやになつて、加瀨かせの面影おもかげが頭あたまの中なかに動搖どうえうする。

彼かれが上京じやうきやうしたのは一昨年おとゝしの春はる。同鄉どうきやうの緣えんで暫しばらく私わたしの家いへに同居どうきよしてゐた。普通ふつうの學資がくし位ぐらゐ出だせぬ身分みぶんでもないから、何處どこかへ入學にふがくするのだらうと思おもつたら、少すこしもそんな希望きばうはない。そして私わたしの知しらぬ間まに先輩せんぱいを歷訪れきはうして、その紹介しやうかいで或ある女學ぢよがく雜誌ざつしの記者きしやとなつた。訪問はうもんには洋服やうふく でなくては不便ふべんだと云いつて、直すぐに有合ありあはせの三圓ゑん足たらずの金かねで、白しろい小倉こくらの夏服なつふくを造つくつた。私わたしはさんざ﹅﹅﹅﹅冷ひやかしてやつた。しかし彼かれはにやり﹅﹅﹅〳〵笑わらふばかりで、何なんとも思おもはぬ。職業しよくげふを得えると同時どうじに、最早もはや一人前にんまへになつたつもりか、私わたしの家うちを出でて植木屋うゑきやの離座敷はなれを借かりた。持物もちものは月々つき〳〵に殖ふ ゑて行ゆく。國訛くになまりの目醒めざましく消きえると共ともに、身體からだの泥どろも次第しだいに拔ぬけて行ゆくやうだ。夏なつの末すゑには絽ろの襦袢じゆばんを着きて柾目まさの下駄げたを穿はく。私わたしは彼かれよりも五歲いつゝの年長者ねんぢやうじやで、十年ねんも東京とうきやうに住すま[Pg 316]つてゐるが、身裝みなりは彼かれが半歲はんとしの進步しんぽにも劣おとつてゐる。で、會あふと目顏めかほや口先くちさき で揶揄からかつてやる。「いくら鍍金めつきしたつて肥桶こえたごは肥桶こえたごだぜ」と云いふと、「僕ぼくは虛榮みえを張はるんぢやない、自分じぶんに氣持きもちがいゝからだ」と落付おちついて答こたへる。雜誌ざつし社しやの者ものに聞きくと、この男をとこは社中しやちう第だい一の勉强べんきやう家かで、器用きようでもあり主任しゆにんの信用しんようも厚あついさうだ。月給げつきうもずん〳〵昇のぼつて行ゆくらしい。彼かれにはコツ〳〵六むつケ敷しい敎科書けうくわしよいぢりをするよりは、雜誌ざつし 記者きしやで飛廻とびまはる方はうが面白おもしろいのだ。成程なるほど生活せいくわつのためにいや〳〵﹅﹅﹅﹅勤つとめるのとは異ちがつて、足たらねば國くにから送おくらされる身分みぶんの、二十二三の靑年せいねんの雜誌ざつし道樂だうらくなら面白おもしろからう。そして社しやの者ものは「加瀨かせさんは大變たいへん大人おとな振ぶつた人ひとですね、行おこなひも謹直きんちよくだし、非常ひじやうにしつかりしてる」と褒ほめるが、私わたしの目めには矢張やはり歲とし相當さうたうのお坊ぼつちやんだ。無口むくちでマセてはゐるが、私わたしには小憎こぞツ子こと見みえる。甘あまい奴やつと見みえる。實際じつさいはさうでなくても、私わたし自身ゞしんに無理むりにさう思おもつて見みる。向むかうから親したしんで來きても、此方こつちからは何どうしても打解うちとける氣きになれぬ。これが二三年來ねんらいの私わたしの性分しやうぶんで、又また一種しゆ憐あはれなプライドとなつてゐるのだ。

[Pg 317]その後ご彼かれは越前堀えちぜんぼりへ移うつつた。江戶えど趣味しゆみ硏究けんきうのためか、綠雨りよくうの文集ぶんしふを買集かひあつめて熟讀じゆくどくしては氣きに入いつた文句もんくに線せんを引ひき圈點けんてんを付ふし、餘白よはくには頻しきりに感歎かんたんの辭じを書かき散ちらしてゐたのもこの時とき。女學ぢよがく雜誌ざつしの隅すみの方はうに三四行ぎやうづゝの皮肉ひにくの書かき出だしたのもこの時とき。私わたしに當あてこすつたつもりか、或ある號がうには「我われを貴族きぞく主義しゆぎなりと云いふものあり、我われを平民へいみん主義しゆぎなりと云いふものあり、或ある時ときは埃及えじぷと煙草たばこを吸すひ、或ある時ときは朝日あさひを吸すふを哂わらふものあり、彼等かれらは變通へんつうの道みちを知しらぬ徒輩しれものなり、晴天せいてんにも足駄あしだを穿はいて步あゆむ人ひとなり、我われは月つきの初はじめには辨當べんたうに鰻うなぎや牛肉ぎうにくを食くひ、月つきの終をはりには饂飩うどんか麺麭パンにて濟すます、この趣おもむき拘泥派こうでいはの知しる所ところにあらず」と書かいたが、これなどが彼かれの警句中けいくちうの壓卷あつくわんであつて、隨分ずゐぶん一人ひとり合點がてんの無意味むいみの者ものが多おほかつた。

しかし越前堀えちぜんぼり移轉ゐてん以後いごはあまり往來わうらいしない。學校がくかう生活せいくわつをせぬ彼かれは、眞味しんみの友人いうじんの少すくないので、時々とき〴〵は私わたしに向むかつて人懷ひとなつかしい手紙てがみを送おくつて來くるが、私わたしはあまり構かまひつけぬ。で、暫しばらく彼かれの發展はつてんを知しらなかつた。

[Pg 318]

(二)

「加瀨かせさんは本當ほんとにお柔やさしいんで御座ございますね、それにお若わかい癖くせによく何なににでも氣きがお付つきなさいますし」と、老婆ばあさんは指先ゆびさきで耳みゝの後うしろを撫なで〳〵、世間せけん話ばなしから加瀨かせの噂うはさに移うつつた。

「暫しばらく會あはん間うちに非常ひじやうにハイカラになつた」と、私わたしは獨言ひとりごとのやうに云いつて、「加瀨かせは粧めかしてばかりゐるんでせう」と、笑わらひ〳〵聞きいた。

「え、そりや大變たいへんで御座ございますよ」と、老婆ばあさんは少すこし乗出のりだし、「油あぶらをつけたり、チツクで撫なでたり、每朝まいあさお出掛でかけまで一ひと仕事しごとで御座ございますわ、それに何なんであんなに髮かみをおのばしなさるんでせう、さぞお五月蠅うるさいでせうのに」と、女をんなに有勝ありがちな皮肉ひにくな口付くちつきで云いつた。

「ハイカラになるのも容易よういぢやありませんね、一體たい加瀨かせは誰だれの紹介しやうかいでお宅たくへ來きたのです?自分じぶんで捜さがしたんですか」

[Pg 319]「何なにね、私わたしの甥をひがあの方かたと同おなじ雜誌ざつし社しやへ勤つとめてゐますのでね、二三度ど宅たくへも遊あそびに被入いらつしつたのが御緣ごえんで、ついお越こしなさるやうになつたので御座ございます。無人ぶにんでとても人樣ひとさまのお世話せわなんか出來できませんのですが、ついねえ……こんな窮屈きうくつな所ところで、さぞお困こまりだらうと思おもひますのにね」

私わたしは老婆ばあさんの顏色かほいろを讀よんで、「いや却かへつて貴女あなたの方はうで御迷惑ごめいわくでせう、この通人つうじん先生せんせい、そんなことにはお氣きのつかん方はうだし、それに不愛相ぶあいそで氣きの置おける男をとこだから」

「いゝえ、どうしてお愛相あいそがよくて、中々なか〳〵お話はなしがお好すきで被入いらつしやる、十時じ頃ごろからお茶ちやを召上めしあがつて、每晚まいばんお話はなしがはずむんですよ」

「そりや不思議ふしぎだ、何なにを話はなすんです」

「あの方かたは何なんでもよく御存知ごぞんぢなんですね、頭あたまの物ものから足あしの裏うらまで、何なににでもよく目めがおつきなさいます」

「あれがそんな話はなしをするんですか」と、私わたしは少すこし驚おどろいた風ふうをすると、老婆ばあさんは乗のり出だ[Pg 320]して、

「えい〳〵、私わたし逹たちよりもよく御存ごぞんじで被入いらつしやる、櫛くしは小形こがたが流行はやるの、羽織はおりは桔梗納戶きゝやうなんどが色合いろあひがいゝのと、そりや驚おどろいてしまうんですよ、一昨日おとゝひの晩ばんも宅たくで歌留多かるたを取とりまして、娘むすめさん方がたが四五人にん被入いらつしやると、あの人ひとには何なにが似合にあう、この人ひとには何なにが似合にあうと、一々お見立みたてをなさるんですよ」

「雜誌ざつしにでもあるんでせう」と、私わたしは笑わらつて、少すこし碎くだけた口振くちぶりで「加瀨かせに色女いろをんながあると云いふぢやありませんか、」と問とうた。

「何なんだかそんなことを甥をひが申まをして居をりますがね、」と、老婆ばあさんは窪くぼんだ目めに微笑びせうを湛たゝえてゐる。

「誰だれでせう、」

「御自分ごじぶんではいろんな﹅﹅﹅﹅事ことを有仰おつしやるんですから、見當けんたうが付つき兼かねますが、何なんでもお樂らくといふ女をんなに一番ばん御執心ごしふしんのやうで御座ございますよ、下谷したやに居ゐました時分じぶんから娘むすめのお友逹ともだち[Pg 321]でちよい﹅﹅﹅〳〵宅たくへもまゐります、大變たいへんなハイカラで、讀よみ書かきも可成かなり上手じやうずださうで御座ございますよ、先日せんじつも加瀨かせさんが僕ぼくはあゝ云いつた肌合はだあひが好すきだと有仰おつしやるから、ぢやお貰もらひなすつたらと申まをしますと、さうさ何どうしやうかと考かんがへて被入いらつしやるのです」

「ぢや、まだ女をんなが出來できたと云いふ譯わけぢやないんですね」

「えい〳〵、まだこうと定きまつてるのぢや御座ございますまいよ、尤もつともね、加瀨かせさんの事ことですから外ほかにどんなのが出來できてゐるのか、ちつとも存ぞんじませんけれど」と、老婆ばあさんは息いきを吐つき、「何なにしろあの方かたですから」と、低ひくい聲こゑで無意味むいみな事ことを云いつて、兩手りやうてを膝ひざの上うへで揉もみながら、「何時いつかも甥をひとお酒さけを召上めしあがつて、お話はなしがはずんだ時ときに、僕ぼくあ女をんなを惚ほれさせて廻まはるのが面白おもしろいと有仰おつしやるのです、何なんでも品川しながはにも銀座ぎんざにもお目めに留とまる者ものがあるそうでしてね、甥をひはよく戯談じやうだんに、僕ぼくが一緖しよに行いかなくちや幕まくが開あかんのだから厄介やくかいで仕方しかたがない、僕ぼくあ丸まるで若樣わかさまのお幇間たいこのやうな者ものだ、無給金むきうきんで、加之おまけに時々とき〴〵は持出もちだしまでして、こんな下くだらないことはないと申まをすんで御座ございますよ」と、さも[Pg 322]面白おもしろさうに云いふ。次つぎの室までは娘むすめがクツ〳〵笑わらつて居ゐる。

「さうですかねえ」と、私わたしは冷淡れいたんに云いつて、目めを轉てんじてテーブルの上うへのバイブルを飜ひるがへして、老婆ばあさんにはあまり耳みゝを貸かさなかつた。

しかし老婆ばあさんは問とはず語がたりに加瀨かせの噂うはさ――頓間とんまな江戶えどツ子振こぶり、辻褄つじつまの合あはぬ裝飾方しやれかた、變梃へんてこな田舎ゐなか言葉ことばの丸出まるだしの柔やさしい惡罵あくば――を止やめなかつたが、やがて臺所だいどころで魚屋さかなやの聲こゑのするのを機會しほに立たつて行いつた。

加瀨かせは容易よういに歸かへつて來こぬ。私わたしは日曜にちえう一日じつ待まち甲斐がひのない人ひとを待まつて過すごすのが惜おしくてならぬ。歸かへらうかと立上たちあがつたが、又また思おもひ返かへして疊たゝみの上うへに橫よこになつた。雨垂あまだれが落おちては又また落おちてゐる。新あらたにいゝ香にほひが庭にはから吹ふきつける。後うしろでは車井戶くるまゐどの音おとがギイ〴〵と聞きこえる。私わたしは眠ねむくなつた。氣きが緩ゆるんだ。すると、ふとお靜しづも憎にくくないなと思おもはれた。私わたしが寢卷ねまきのまゝ顏かほを洗あらつてゐると、派手はでな絣かすりの道行みちゆきを着きて、勝手口かつてぐちから傘かさをすぼめて入はいつて來きた彼あの女をんなの可憐かれんな姿すがた、身體からだが華奢きやしやで髮かみが濃こくて、島田しまだの重おもみに[Pg 323]堪たへぬと云いつた風ふうに、首垂うなだれ勝がちのその顔付かほつき。こんなことが此頃このごろの私わたしには珍めづらしく目めに浮うかんだ。しかし直すぐに自分じぶんで自分じぶんを嘲あざけつて見みて、間まもなく常つねの心こゝろになつた。

やがてよい氣持きもちで眠入ねいつた。

暫しばらくして自分じぶんの家いへにゐる氣きで、細ほそく目めを開あけて伸のび上あがると、加瀨かせは緣側えんがはに膝ひざを抱だいてニコ〳〵してゐる。

「よく眠ねてるね、どうしたんだ、昨夕ゆふべ夜更よふかしでもしたんぢやないか」

「もう何時いつかね」と、私わたしは目めをこすり〳〵臺所だいどころへ顏かほを洗あらひに行いつた。老婆ばあさんと娘むすめとが膳立ぜんだてをしてゐる。娘むすめの顏立かほだちは老婆ばあさんに似にて、左程さほど美うつくしくもないが、年頃としごろだから皮膚ひふが艶々つや〳〵しい。私わたしは娘むすめの手てから西洋せいやう手拭てぬぐひを借かりて顏かほを拭ぬぐひながら、偸ぬすむやうにして相手あひての顏かほを見みた。娘むすめは不快ふくわいな顏かほをして橫よこへ向むいた。子供こどもの時ときから私わたしの目付めつきは人ひとを馬鹿ばかにしてゐると云いはれてゐたが、殊ことにこの頃ごろは毒氣どくきが加くははつて來きたのか、何氣なにげなしに見みてさへ相手あひてによつて、薄氣味うすきみ惡わるく感かんずるさうだ。ましてこの頃ごろの私わたしは穩おだやかに柔おとな[Pg 324]しく人ひとに接せつすることが出來できぬ。冷笑れいせうするやうな、蔑視べつしするやうな、腹はらの底そこまで見拔みぬいてやるぞと云いつたやうな氣持きもちになつて喜よろこんでゐる。

私わたしは緣側えんがはへ戾もどつて、「この家いへは一體たい何なにをしてるんだ」と小聲こゞゑで聞きいた。加瀨かせは袂たもとから淸心丹せいしんたんを出だして舌したに載のせ絹手巾きぬはんけちで赤あかい唇くちびるのあたりを拭ふき〳〵、

「これでも昔むかしはちよつといゝ旗本はたもとだつたさうだが、今いまぢや親爺おやぢは元町もとまちの女學校ぢよがくかうの會計くわいけいをしとる、月給げつきうは極ごく僅わづかだが、多少たせう家ゝちに財產ざいさんがあるから、氣樂きらくに暮くらしとるやうだ」

「家内かないは三人にん限きりかい」

「うん、娘むすめが跡取あとゝりで養子やうしでもするんだらう」

「そんな大事だいじな一人ひとり娘むすめの側そばに、君きみのやうな美男子びだんしがゐちや危險きけんだね」

「馬鹿ばかな」と、加瀨かせは幽かすかな聲こゑで云いつて、ニヤ〳〵笑わらひを續つゞける。

「しかしこんな家うちにゐちや窮窟きうくつぢやないか」

[Pg 325]「別べつにそんな感かんじはしない、却かへつて家庭的かていてきで居心地ゐごゝちがいゝ」

「だが、越前堀えちぜんぼりの江戶えど趣味しゆみから退化たいくわしたぢやないか、僕ぼくは君きみは早晩さうばん藝者屋げいしやゝの長火鉢ながひばちの前まへに坐すわる男をとこだと思おもつてゐたんだが、矢張やはり山やまの手ての野暮やぼ臭くさい家うちが君きみの柄がらに相當さうたうしてるんかね」

「下町したまちは衞生ゑいせいに惡わるいから」

「うまく言譯いひわけするね、しかし君きみのことだから何なにか竊ひそかに理由りいうがあるんだらう」と、私わたしは卷莨入まきたばこいれをテーブルから下おろして、加瀨かせの側そばに橫よこになつて煙草たばこを吸すひながら、「君きみも東京とうきやうへ來きてから大分だいぶ嗅かいで步あるいてるが、今いまに鼻はなも足あしも疲つかれてしまうぜ、君きみの鼻はなは銳敏えいびんな方はうぢやないがね、それでも君きみの親爺おやぢのとは異ちがつてるから、」

「何なんだ、謎なぞのやうなことを云いつて」と、加瀨かせは淸心丹せいしんたんの香にほひを吐はいて、相變あひかはらず氣樂きらくな顏かほで微笑びせうしてゐる。

「今いまに謎なぞの解とける時ときが來くる」と云いつたきり、私わたしは口くちを噤つぐんだ。加瀨かせも默もくして只たゞ庭にはを[Pg 326]眺ながめてゐたが、やがて何なにを思おもつたか尺しやく八を取とつて吹ふき出だした。顏かほは少すこし紅味あかみを帶おび、長ながい前髮まへがみを震ふるはせ、白しろい指先ゆびさきを輕かろく鮮あざやかに動うごかし、私わたしをば相手あひてにせぬやうな風ふうで勝手かつてに吹ふいてゐる。これはこの男をとこの癖くせで、心こゝろでは私わたしの訪問はうもんしたのを喜よろこんでゐるのだが、さて話はなすこともなく、打解うちとける手段てだてもない。で、私わたしの方はうからそれ相應さうおうの話題わだいでも持出もちださぬ限かぎりは、詮方せんかたなしに、主人しゆじんは主人しゆじん、お客きやくはお客きやくの態度たいどを執とるのだ。しかし彼かれの心こゝろづくしは何時いつものやうに食卓しよくたくに現あらはれてゐる。

老婆ばあさんと娘むすめとは甲斐かひ々々〴〵しくチヤブ臺だいを運はこび込こんだ。いろ〳〵の御馳走ごちさうが一杯ぱいに並ならべられた。ビールさへ添そうてゐる。

加瀨かせは尺しやく八を下したへ置おき、「サア」とコツプを私わたしの前まへへ出だして、置おきつぎをした。私わたしはそれを尻目しりめに見みて、

「君きみは尺しやく八が甘うまくなつたね、續つゞいて稽古けいこをしてるんか」

「いや別べつに稽古けいこもせん、退屈たいくつすると出鱈目でたらめに吹ふくだけだ。」

[Pg 327]「君きみの尺しやく八を聞きくと思おもひ出だす、君きみは上京じやうきやうの時ときに手紙てがみを寄よこして、⦅一管くわんの笛ふゑを携たづさえて都みやこの花はなを尋たづね申まをすべし⦆と云いつてゐたぢやないか、此頃このごろはどんな花はなを尋たづねてる、君きみは田舎ゐなかにゐた時分じぶんから風流ふうりうの嗜たしなみがあつたさうだし、僕ぼく等らとは異ちがつて五官くわんが發逹はつたつしとるんだから、東京とうきやうの味あぢも少すこしや味あぢはつたらう」

「それよりや魚さかなでも食たべ玉たまへな」と、加瀨かせは不味まづさうに二三口くちビールを啜すゝつて、兩膝りやうひざを抱だいて、私わたしを見みてゐたが、「君きみは矢張やはり學校がくかうへ出でてるのか」と、分わかり切きつたことを聞きく。

「厭いやでも仕方しかたがないからね、月給げつきう三十五圓ゑんの先生せんせいで、朝寢あさねは一週しうに一度どしきや出來できん、憫あはれむべき生涯しやうがいだらう」

「厭いやなら止よして何なにか面白おもしろい仕事しごとを求もとめりやいゝぢやないか、世間せけんは廣ひろいのに」と、加瀨かせは不愛相ぶあいさうに云いふ。聲こゑも態度たいども大人おとな振ぶつてゐる。私わたしは暫しばらく無言むごんで二三の皿さらを平たひらげて後のち、低ひくい聲こゑで何氣なにげなく、

[Pg 328]「君きみもハイカラのお樂らくとか云いふ女をんなを知しつてると云いふぢやないか」

「それがどうかしたのか」と、加瀨かせは少すこし頰ほゝを赤あかくした。

「何なに、どうもしないが、君きみがあの女をんなに惚ほれとると云いふから」

「馬鹿ばかあ云いつてる」と、加瀨かせは澄すましてゐる。

「いや僕ぼくは眞面目まじめだ、僕ぼくには戀こひの經驗けいけんがないが、君きみは年少ねんせうにしてその道みちの硏究者けんきうしやだから、よく色いろんなことを知しつてるだらう、少すこし聞きかせて吳くれ玉たまへな」

「硏究けんきうも何なにもないぢやないか、戀こひは戀こひだから」と云いつたきり、加瀨かせはあまり話はなしに身みを入いれぬ。既すでに醉よつてゐれど、私わたしに向むかつては妙めうに腹帶はらおびを締しめて、他所行よそゆきの言葉ことばばかり使つかつて本音ほんねを吐はかぬ。そして私わたしの不思議ふしぎな好奇心かうきしんは、ます〳〵募つのる。この男をとこを攻せめ落おとして、見得みえも自惚うぬぼれも搔かき消けし、表面うはべでも腹はらの中なかでも、眞しんに萎しほれ返かへらせて見みたい。一度どでも身みの腑甲斐ふがひなさ、世よの味あぢの苦にがさを感かんじさせて見みたい。

私わたしはこんなことを思おもひながら、口くちでは途切とぎれ〴〵に何なんの興きようもない短みじかい會話くわいわを取とり[Pg 329]やりして、午餐ひるめしを終をはつた。跡片付あとかたづけが濟すんで又また緣側えんがはへ出でて、暫しばらく前まへのやうな平凡へいぼんな對話たいわをしたり、雨あめの音おとに心こゝろを澄すませてゐると、

「やー、お客樣きやくさまか」と、小柄こがらな男をとこが帽子ぼうしを被かぶつたなり、ニコ〳〵入はいつて來きた。

「小山こやま君くん、昨夕ゆふべはどうだつた」と、加瀨かせは私わたしに對たいする時ときとは打うつて變かはつて、快活くわいくわつな口調くてうで云いふ。

「えゝ、又またやられたよ、運命うんめいの神かみに見放みはなされたのだね」と、薄唇うすくちびるの大おほきな口くちを捻ねぢてハツ〳〵と笑わらひ、「どうだい、歌留多かるたは、今夜こんや二三人にん美人びじんを招待せうたいしといたよ」と云いつて後うしろを顧かへりみ、「楠くすちやんお茶ちやをお吳くんな」と叫さけぶ。この男をとこ眉まゆが短みじかく首くびが長ながく、一寸ちよつとしやくつ﹅﹅﹅﹅た顏かほは見みるから罪つみがなさゝうだ。加瀨かせの紹介しやうかいを待またずとも、老婆ばあさんの甥をひと云いふことは分わかつてゐる。私わたしとも直すぐに懇意こんいになつた。

「貴下あなたも晚ばんまで遊あそんでゝ歌留多かるたをやつちやどうです」

「僕ぼくは歌留多かるたを知しらんから駄目だめです」

[Pg 330]「いゝぢやありませんか、加瀨かせ君くんだつて極きはめて下手へたなんですもの、隨分ずゐぶん美人びじんが來くるから見みてゐらつしやい。加瀨かせ君くんの御馳走ごちさうで美人びじん見物けんぶつをするだけでも得とくですからね、これで此頃このごろは每晚まいばんのやうに歌留多かるたをやるんですが、實じつは歌留多かるたを餌ゑばに女をんなを釣つるんです」と、無遠慮ぶゑんりよな聲こゑで喋舌しやべり立たてた。

「馬鹿ばか云いつちやいかんぜ」と、加瀨かせは障子しやうじに頭あたまを持もたたせ苦笑くせうした。

老婆ばあさんと娘むすめも菓子皿くわしざらや茶盆ちやぼんを持もつて來きて、それを機會しほに團樂まどゐの中なかに入はいつた。皆みんな笑顏ゑがほをしてゐる。小山こやまは頻しきりに歌留多かるた仲間なかまの品評ひんぴやうを始はじめ、一座ざはこれに相槌あひづち打うつて、暫しばらく陽氣やうきに賑にぎはつた。加瀨かせもこれ迄まで東京とうきやうに孤獨こどくの月日つきひを送おくつてゐたのだから、この一家かの温あたゝかい空氣くうきに浴よくして、さも悅うれしさうだ。

空そらはます〳〵暗くらくなつて、雨あめは止やみさうでない。外出ぐわいしゆつも面倒めんだうであり、訪たづぬべき人ひともなく爲なすべき用事ようじもなければ、私わたしは引留ひきとめられるまゝ、遂つひに晩餐ばんさんの御馳走ごちさうにもなつた。無駄むだ話ばなしも聞厭きゝあいた。加瀨かせの尺しやく八小山こやまの都々一どゞいつも聞厭きゝあいた。私わたしを煙けむたさうにして[Pg 331]ゐる娘むすめの顏かほも見厭みあいた。やがて一人ひとり二人ふたり若わかい女をんなや男をとこが集あつまつて來きたが、加瀨かせは新顏しんがほを見みる每ごとに嬉うれしさうな風ふうをする。そして二ふたつの明あかるいランプは、大勢おほぜいの騷さわぎの中心ちうしんとなつた。

(三)

私わたしは歌留多かるたの群むれに入いらず、只たゞ傍觀ばうくわんしてゐた。白しろい手てと黑くろい手ての忙いそがはしく入亂いりみだれるのを超然てうぜんとして見みてゐた。一座ざの中うち最もつとも熱心ねつしんの乏とぼしいのがお樂らくで、老婆ばあさんの豫報よほうした通とほり、派手はでな縞しまの銘仙めいせんに八丈ぢやうの羽織はおりを着きてゐる。廂髮ひさしがみだがハイカラ風ふうでもなく、他ほかの女をんな共どもに比くらべると顏付かほつきが何なんとなく意氣いきに見みえる。お納戶なんどの襦袢じゆばんの襟ゑりが白しろく首筋くびすぢに喰くひ入いつた加減かげんが馬鹿ばかに色氣いろけがある。負まけても左程さほど口惜くやしがる風ふうはない。そして加瀨かせと敵てき味方みかたで向むかひ合あつて、加瀨かせの方はうから奪掠だつりやくしかけても、敢あえて爭あらそはんともせず、仲間なかまから小言こごとを云いはれると、「だつて加瀨かせさんがズルイんだもの」と甘あまえた口くちを利きく。加瀨かせは口元くちもとで微笑びせうしながら一生しやう懸命けんめい。

[Pg 332]二三番ばんの勝負しやうぶあつて、中休なかやすみとなり、皆みんなが息いきを吐ついた。私わたしは一人ひとり隅すみの方はうで欠伸あくびをした。そして加瀨かせとお樂らくとは交かはる〳〵見みてゐたが、只たゞ加瀨かせがお樂らくの方はうを見みる時ときは上目うはめを使つかふ氣味きみがあるだけで、別べつに戀こひ中なかと云いつた風ふうの素振そぶりもない。

小山こやまはお喋舌しやべりの間々あひだ〳〵に加瀨かせを冷ひやかしてゐたが、不意ふいに藝競げいくらべを主張しゆちやうして、

「お樂らくさんの長唄ながうたも暫しばらく聞きかんから今夜こんやは是非ぜひ拜聽はいちやうしたい、」

といふと、加瀨かせも盛さかんに賛成さんせいする。否いやだと云いふ者ものは、小山こやまが下駄げたを隱かくして歸かへさんと强迫きやうはくして、一座ざ五六人にん殘のこらず特意とくいの藝げいを出だした。宿やどの娘むすめお楠くすの常磐津ときはづ、米屋こめやの娘むすめの義太夫ぎだいふなど、何いづれも大喝采だいかつさい。遞信省ていしんしやうの女をんな判任官はんにんくわんのお杉すぎ女史ぢよしは獨ひとりで浮うかれて、小山こやまの催促さいそくも待またず、肩かたを聳そびやかし下唇したくちびるを突出つきだして、「死しんだと思おもつたお富とみさん」と誰たれかの假聲こはいろを使つかつたが、皆みんなに笑わらはれて極きまりが惡わるそうに口くちを噤つぐんだ。

それから小山こやまの卷舌まきじたの端唄はうた、お樂らくの長唄ながうた「宵よひは待まち」があつた。お樂らくのは本物ほんものだ。一座ざ鳴なりを靜しづめ視線しせんを唄うたひ手ての顏かほに集あつめて聞きいてゐた。加瀨かせは首くびを傾かしげて恍惚うつとりとし[Pg 333]てしまう。白粉おしろい臭くさい生若なまわかい女をんなの香にほひが漲みなぎる狹せまい部屋へやに、艶つやつぽい聲こゑが柔やはらかに耳みゝを掠かすめて通とほる。見みるから加瀨かせは極樂ごくらく淨土じやうどにゐるようだ。小山こやまは駄洒落だじやれの連發れんぱつで女をんな連づれを笑わらはせ、餅菓子もちぐわしと蜜柑みかんとで、主客しゆかくは陶然とうぜんと醉心地ゑひごゝちになつて來くる。

「何時いつもこんな馬鹿ばかな眞似まねをして遊あそんでるんか」と、私わたしは突如だしぬけに加瀨かせに問とうた。浮うかれてゐる連中れんぢうは一時じに私わたしの顏かほを見みた。

「面白おもしろいぢやないか、君きみの家うちでも時々とき〴〵やり玉たまへな、僕ぼく等らが大勢おほぜい引連ひきつれて行ゆかう」と、加瀨かせは一座ざの棟梁とうれう氣取きどりだ。

「須崎すさき(私わたしの名な)さんだけは、まだ何なにも藝げいをお出だしになりませんね、お突合つきあひに一ひとつお聞きかせなすつちや如何いかゞです」と、老婆ばあさんは私わたしを顧かへりみた。小山こやまも加瀨かせも左右さいうから手てを執とるやうにして勸すゝめる。

「そんなふざけた﹅﹅﹅﹅眞似まねが出來できるか、しかし是非ぜひ僕ぼくのが聞ききたけや、加瀨かせ君くんの親爺おやぢがよくやる權兵衞ごんべゑが種蒔たねまきの踊をどりでもやらうか、醉ゑふと素裸すつぱだかになつて腰こしを振ふつてやつ[Pg 334]てたのを、僕ぼくも覺えとる。君きみも幼い時分じぶんによく親爺の眞似まねをしとつた。ねえ、さうだらう」と、私わたしが云いふと、加瀨かせは默だまつてしまつた。

「だが僕ぼくだつて長唄ながうたぐらゐは出來できる。お樂らくさんでも三味線さみせんを彈ひいて吳くれゝば」と、私わたしは厭いやな思おもひをして云いつて、前まへへ乗のり出だした。もう二三年ねんにならうか、私わたしはお靜しづから戯言ぢやうだん半分はんぶんに「越後えちご獅子じゝ」を習ならつたことがある。あの時分じぶんでも音曲おんぎよくは好すきな方はうではなかつたが、お靜しづの口くち眞似まねをしたり、笑わらつたり笑わらはれたりするのが嬉うれしかつた。今いまではそれを思おもひ出だしても不快ふくわいだが、小山こやまの周旋しうせんで、三味線さみせんがお樂らくに押付おしつけられたので、詮方せんかたなくお樂らくと並ならんで、うろ覺おぼえの一ひとくさりを唄うたつた。調子てうしもしどろもどろ﹅﹅﹅﹅﹅﹅である。加瀨かせは少すこし驚おどろいた風ふうで、

「君きみは何時いつ習ならつた」

「不思議ふしぎだらう、まだ十八番おはこがあるんだ。そりやこの次つぎにしやう、何なんなら近々きん〳〵僕ぼくの家うちで演藝會えんげいくわいをやるから皆みんなで來玉きたまへ、お樂らくさんも三味線さみせんを持もつて」

[Pg 335]「そりや面白おもしろい、是非ぜひおやんなさい、私わたしが周旋役しうせんやくになるから」と、小山こやまは頻しきりに勸すゝめた。

(四)

再ふたゝび歌留多かるたが初はじまつたので、私わたしは退屈たいくつし切きつて、一人ひとり暇いとまを吿つげて薄暗うすくらがりの冷つめたい戶外そとへ出でた。そして電車でんしやに飛乗とびのつたが、直すぐに大久保おほくぼへは歸かへらなかつた。

數すう十分ぷんの後のちには傘かさを擔かついで、土州橋としうばしの上うへを步あるいてゐた。中洲なかすの方はうは小雨こさめに煙けむつて、提灯ちやうちんの光ひかりが空そらを飛とんでゐる。足下あしもとの荷船にぶねは晝ひるの汚きたない姿すがたをかくして、夢ゆめのやうに淡あはく水面すゐめんに浮うかび、濕しめつた光ひかりがチラ〳〵して、寢呆聲ねぼけごゑが洩もれて來くる。橋はしを渡わたると早足はやあしに右みぎへ曲まがつて、玄關げんくわんの暗くらく二階かいの燈火ともしびの花はなやかな家うちへ上あがつた。私わたしは一年ねん近ぢかくこの家うちへ通かよつてゐるのである。

安逹あだちが原はらの鬼婆おにばゞあから毒氣どくきを拔ぬいたやうな老婆ばあさんは私わたしの顏かほを見みると、齒はを剝むき出だして、「貴下あなた新奇しんきなのが出でましたよ」といふ。これがお定きまりだ。老婆ばゞあは私わたしに對たいする骨こつを知し[Pg 336]つてゐる。只たゞ「新奇しんきだ」といふ。どんなのだらう。昨年さくねん一年ねん、今年ことしの今いま迄ゝで私わたしの注意ちういを惹ひき、心こゝろに柔やさしさ温あたゝかさを覺おぼえるのはこればかりである。階子段はしごだんを踏ふむ足音あしおと廊下らうか傳づたひの衣摺きぬずれの音おと、障子しやうじの開あく音おと、私わたしはそれを聞きいてゐる時ときにのみ世よに生甲斐いきがひを感かんずるのである。美うつくしい眉まゆ滑なめらかな肌はだに魂たましひが盪とろけるのではない。優やさしい言葉ことば色いろつぽい素振そぶりに胸むねが湧立わきたつのではない。只たゞ「珍めづらしいの」「新奇しんきなの」を待設まちまをけては、乾かはき行ゆく心こゝろを濕うるほさうとするに過すぎぬ。

私わたしは上京じやうきやう後ご七年間ねんかん、豐ゆたかならぬ學資がくしで學問がくもんをした。卒業後そつげふごは敎師けうしをしてゐる。交友かういうも多おほくはなく、自分じぶんの出入しゆつにふし目睹もくとしてゐる社會しやくわいは廣ひろくはない。しかし最早もはや努力どりよくして榮逹えいたつを計はかる氣きは微塵みぢんもない。高名かうめいな人ひとと伍ごして世よに名なを唄うたはれようと希ねがふ心こゝろも更さらにない。心こゝろを許ゆるす人ひともなければ、他人たにんに心こゝろ許ゆるされようとも思おもはない。知友ちいうの中うちには私わたしを「落付おちついた確しつかりした男をとこだ」と評ひやうする者ものがある。又また「冷酷れいこく無情むじやうな男をとこだ」と評ひやうする者ものもある。有望いうばうな靑年せいねんか愚昧ぐまいな男子だんしか、他人たにんのお世話せわを待またずして、自分じぶんで自分じぶん[Pg 337]を知しり切きつてゐるのだ。圖拔づぬけた天分てんぶんもないが、努力どりよくすれば並なみの人ひとには負まけぬと確信かくしんしてゐる。處生しよせいの法はふぐらゐ心得こゝろえてゐる。只たゞその煩わづらはしさが厭いやだから見合みあせてゐるのだ。

凡すべてが煩わづらはしい。そして友人いうじんの落魄らくはくも榮華えいぐわも憐あはれとも感かんぜぬ羨うらやましくも思おもはぬ。昨年さくねんから引續ひきつゞいて兄あにが死しに叔父をぢが死しんだが、それすら私わたしには木この葉はの散ちつた位くらゐの感かんじをしか與あたへなかつた。

明日あすの私わたしはどうなるか、今いまの私わたしはこんな風ふうで死運しうんの來くるまで生いきてゐる。

(五)

「あれは如何いかゞでした」

「さうだね、唇くちびるの皮かはが硬こわい」

「隨分ずゐぶん此頃このごろ出でましたから、せい〴〵目めをつけときまして」

私わたしは老婆ばゞあに見送みおくられて外そとへ出でた。糠雨ぬかあめが身體からだに降ふりかゝれど、所々ところ〴〵雲くもの剝はげて、澄す[Pg 338]んだ靑空あをぞらが現あらはれてゐる。私わたしは再ふたゝび土州橋としうばしを渡わたつたが、「明日あすは天氣てんきだ」と思おもふのみで、外ほかに何なにをも頭あたまに浮うかべなかつた。そして電車でんしやに乗のると手てを拱こまぬき目めを瞑ねむり頭あたまを窓まどにもたせ、半醒はんせい半眠はんみんで終點しうてんに逹たつし、月つきを踏ふんで、人氣ひとけの絕たえた大久保おほくぼの宿やどへ歸かへつた。明日あすの勤つとめを思おもうて、直すぐに寢仕度ねじたくをし、二三の郵書いうしよを見みたが、その中うちに故鄕こきやうからの手紙てがみもあつた。父ちゝは老をい母はゝは目めを病やみ、弟おとうとは小賣商こうりしやうをして一家か僅わづかに口くちを糊こしてゐるので、救助きうじよの願書ぐわんしよの絕たえた月つきはない。今月こんげつのは殊ことに長ながい。私わたしは卷紙まきがみの半なかばを讀よまぬ中うちに、眠氣ねむけさして堪たへられぬので、それを机つくゑに廣ひろげたまゝ床とこの中うちへ入はいつた。

翌朝よくてう下女げぢよが雨戶あまどを開あける音おとを幽かすかに聞ききながら、起おきもやらず寢返ねがへりして、尙なほウト〳〵してゐたが、その間あひだに珍めづらしく故鄕こきやうの夢ゆめを見みた。――兄弟きやうだい三人にん裏うらの畑はたけに出でてゐる。樹木じゆもくの少すくない丘をかから斜なゝめに麓ふもとまで畑はたになつてゐて靑々あを〳〵と麥むぎは波なみを打うち、畦あぜには蓮華草れんげさうが赤あかく緣取ふちどつてゐる。日ひは眩まぶしい位くらゐ照てつて居ゐる。兄あには被頰ほゝかぶりして汗あせばんだ手てで畑はたを耕たがやし、私わたしは弟おとうとと紙鳶たこを飛とばした。風箏うなりが靜しづかな空そらに氣持きもちよく鳴なつて、赤あかい繪具ゑのぐで[Pg 339]塗ぬつた紙鳶たこの影かげは小ちいさくなる。私わたしは興きように乗のつて畑はたを踏ふみ丘をかへ上のぼり四方はうへ驅かり廻まはると、弟おとうとは後あとから喘あえぎ〴〵追おうて來くる。やがて私わたしは手てに纏まとうた糸いとを有ある限かぎり手繰たぐり出だしたが、運惡うんわるく糸いとは木きの枝えだ に引掛ひつかゝつて如何いかにするも離はなれない。その間あひだに紙鳶たこは糸いとを切きつてフワ〳〵空そらを飛とんで行ゆく。私わたしも弟おとうとも兄あにも仰向あふむいてその行衞ゆくゑを眺ながめた。――目醒めざまし時計どけいの鳴なる音おとに驚おどろいて夢ゆめは消きえた。歸國きこく每ごとに亡兄ばうけいは私わたしに向むかつて、「今いまの田地でんぢさへ荒あらさなければ、家うちのものは生活くらしに困こまりやしない、お前まへは學才がくさいがあるんだから、家うちの事ことは心配しんぱいせんで勉强べんきやうして早はやく出世しゆつせして吳くれ」と云いつて、自身じゝんは死際しにぎはまで鍬くわを離はなさなかつた。この手紙てがみによると弟おとうとは此頃このごろ反物たんものを脊負しよつて近村きんそんを廻まわつてゐるらしい。そして一家か揃そろうて私わたしの噂うはさをしてゐるとある。私わたしも亦また絕たえず故鄕こきやうの家族かぞくを思おもつてゐることと向定むかうぎめに定きめてゐる。私わたしは手紙てがみを座右ざいうの反古籠ほごかごに入いれて、心こゝろ淋さびしく肌寒はださむく感かんじた。

(六)

[Pg 340]この日ひは宿雨しゆくう晴はれて、敎員室けうゐんしつは花見はなみの噂うはさが盛さかんであつた。日課につくわを終をはつて家うちへ歸かへり、和服わふくに着替きかへてゐると、豐島とよしまと云いふ私わたしの所謂いはゆる情熱家じやうねつかが訪たづねて來きた。同鄕どうきやうで同おなじ中學ちうがくにゐた男をとこで、加瀨かせがこの家うちに同宿どうしゆくしてゐた頃ころ、職しよくを失うしなつて轉ころがり來こんだこともある。醉よはぬ時ときは顏色かほいろ靑あをく、言葉ことばも少すくなく、目めは潤うるんでゐるが、少すこしでも醉ゑひが廻まはると、悲憤ひふん慷慨こうがい滿心まんしんの血ちが湧わき立たつて、自身じゝん一人ひとりで世界せかいと角力すまふでも取とる勢いきほひだ。彼かれの所謂いはゆる「お利口連りこうれん」を罵のゝしつて淚なみだを浮うかべることもある。加瀨かせなどは頭あたまから「馬鹿野郞ばかやらう」「靑あを二才さい」「僞善者ぎぜんしや」の百萬遍べんを浴あびせかけられる。

今日けふは七分ぶの醉ゑひだ。格子戶かうしどをガラリと激はげしく開あけると、「大將たいしやう居ゐるか」と怒鳴どなつて、帽子ぼうしを投なげて、座敷ざしきの眞中まんなかに胡床あぐらを搔かいた。

「大分だいぶ元氣げんきがいゝね、ちつとは儲まうかつたんだらう、おれに金かねでも吳くれに來きたのぢやないか」と、私わたしは帶おびを締しめながら相手あひてを見下みおろして云いつた。

「馬鹿ばか云いへ、金かねなんかあるもんか」

[Pg 341]「宿やどは矢張やはり下谷したやの天井裏てんじやうゝらか」

「馬鹿ばか云いへ、とつくに轉居てんきよして今いまは四谷よつやの庭にはの廣ひろい家うちにゐる、近ちかいから學校がくかうの歸かへりにでも寄よれ、アブサンを呑のましてやらあ」

「さうか、モー天井裏てんじやうゝらにゐないんか、ぢや少すこし堕落だらくした方はうだね、僕ぼくは君きみがあの二階かいにゐるのを悲かなしむよりも寧むしろ祝しゆくしてゐたのだがなあ、鼠ねづみの糞ふんや蜘蛛くもの巢すの中なかで、蠟燭らうそくを點火とぼして文章ぶんしやうを書かいてるのを見みると、僕ぼくあ拜おがみたいやうな氣きがした。昔むかしの天才てんさいや義人ぎじんによくある例れいだからね。」

「うんにや僕ぼくはもう方針はうしんを變かへた、どんな卑屈ひくつな眞似まねをしても金かねを儲まうけるつもりだ、世よの中なかは俗物ぞくぶつばかりだから、これまでのやうにしちや馬鹿ばかを見みるからな、もう主義しゆぎ變更へんかうだ。」

「しかし君きみはどうして金かねを儲まうける、何處どこから見みたつて素質そしつはないぢやないか、君きみが俗物ぞくぶつになるのは加瀨かせの頭あたまが五分刈ぶがりになる時代じだいだらう」

[Pg 342]「加瀨かせなんかゞ」と、豐島とよしまは投なげつけるやうに云いつて、「あんな男をとこで八方ぱうに色女いろをんなが出來できるんだらうか、馬鹿野郞ばかやらうに」と叫さけんで、唾つばきを迸ほとばしらす。

「そうだねえ、僕ぼくや君きみにや待まてども〳〵雌猫めねこ一匹ぴき寄よつて來こないんだからね」

「つまり何なんだよ、君きみや僕ぼくは自分じぶんを屈くつして優やさしくなれんから駄目だめなんだよ、お互たがひに金かねも出來できにや女をんなも出來できん、けれど僕ぼくあこれからやる、戀こひもするし金かねも取とる、君きみもさうしろ、その方はうが得とくだもの、どうせ利口りこうな奴等やつらにや僕ぼく等らの心こゝろは分わかりやせんのだから、」と豐島とよしまは毛けの濃こい腕うでをまくつて、赤あかく肥ふとつた頰ほゝをこすり上あげつゝ、充血じうけつした目めを瞬しばだたく。

「僕ぼくもせい〴〵心掛こゝろがけやうよ、しかし君きみは今いま何なにをしとる、夜學校やがくかうの方はうは革命論かくめいろんか何なにかやつて止やめたそうだが」

「講義錄こうぎろくに關係かんけいしとる、大著述だいちよじゆつにも着手ちやくしゆしとる、も少すこし餘裕よゆうが出來できたら、新運動しんうんどうも初はじめる、まだはつきり﹅﹅﹅﹅言いふ譯わけに行いかんが、筆ふでを劍けんにして口くちから焰ほのほを吐はいて、惰眠だみんを[Pg 343]貪むさぼつてる今いまの社會しやくわいを震動しんどうさすんだ、君きみも我黨わがとうの士しだから、その時ときや片端かたはし擔になつて吳くれ」

「少すこし矛盾むじゆんだね、さつきにや金儲かねまうけの計畵けいくわくをしたぢやないか」

「馬鹿ばか云いふな、僕ぼく等らはこんな薄うすのろい世よに我慢がまん出來できんのだ」

「同感どうかん々々〳〵、早はやくその活劇くわつげきを見みせて吳くれ、僕ぼくは君きみの「馬鹿野郞ばかやらう」の聲こゑが日本國にほんこくに地響ぢひゞきすることを望のぞむんだ」

「屹度きつとやる〳〵」と、豐島とよしまは頰杖ほゝづゑついて、何なにをか考かんがへてゐたが、やがてぶつ﹅﹅倒たふれて鼾いびきをかき出だした。裾すその摺すり切きれた袷あはせから毛脛けずねを出だし足袋たびを穿はかぬ足あしは塵ちりにまみれてゐる。私わたしはぢつと見みてゐたが、やがて毛布もうふを出だしてそつと肩かたにかけてやつた。で、彼かれが前後ぜんごを忘わすれて何なにかいゝ夢ゆめを見みてゐる間あひだに、私わたしは學課がくゝわの下調したしらべをしてゐた。

「お客樣きやくさまはもうお歸かへり」と、緣側えんがはの障子しやうじの破やぶれ目めからのぞいた女をんなが、「あれ寢ねてゐらしつて」と呟つぶやいた。

私わたしは障子しやうじをそつと開あけた。お靜しづが立たつてゐる。少すこし靑あをざめた顏かほに長ながい眉まゆと黑くろい眼め、[Pg 344]肉付にくつきの不足ふそくの頰ほゝに、鼻はなのみが高たかく鮮あざやかに刻きざまれた、左程さほど美うつくしくない女をんなだ。しかしその哀あはれつぽい樣子やうすが一二年前ねんぜんの私わたしには悅うれしかつた。

「お花見はなみにはゐらつしやらないの」と、お靜しづの癖くせとして一寸ちよつと口くちを歪ゆがめて笑わらつた。私わたしはそれには答こたへず、半なかば書物しよもつを見みながら穩おだやかに、

「まだ日本橋にほんばしへ行ゆかないんかね」

「もう歸かへらなくちやならんのですけど、身體からだがよくなつたら明日あすにも來きて吳くれなくちや困こまるつて、今いまも手紙てがみが來きたのですけど、私わたしもうあんな騷々さう〴〵しい所ところは厭あき〳〵しましたから」と萎しほれた聲こゑで云いつた。顏かほにも萎しほれた色いろが動うごいたのであらうが、私わたしはよく見みなかつた。

「だつて仕方しかたがないぢやないか、行ゆかなくちやお母つかさんが承知しやうちしないんだらう」

「だつて私わたし厭いやで〳〵、とてもこの上うへ半歲はんとしも辛抱しんばうしちやゐられませんもの」

「さうかねえ、しかし世よの中なかはどうしたつて氣樂きらくで通とほれりやしないんだから、まあ[Pg 345]若わかい中うちに我慢がまんして苦勞くらうするさ、お靜しづさんなんか女をんなはよし氣立きだてもいゝんだから」と、私わたしは辭書じゝよを引ひき〳〵、ちらと顏かほを見みた。女をんなの目めは早はや濡うるんでゐる。

「そんな酷ひどいことを云いつて」と、聲こゑは四邊あたりを憚はゞかつて、顏かほ付つきで不平ふへいを訴うつたへる。

「何故なぜ、お靜しづさんなんかこそ、出世しゆつせする運うんを持もつてるぢやないか、去年きよねんからお母つかさんが來くる度たびに自慢じまんしてゐたよ、大商人おほあきんどの家うちへ奉公ほうこうして、大變たいへんお氣きに入いつてるんだつて、今いまでも家うちの娘むすめが〳〵と五月蠅うるさい程ほど云いつてるよ。」

近所きんじよではお靜しづをさる穩居いんきよの妾めかけであるとか、怪あやしい商賣しやうばいをしてゐるとか蔭口かげぐちを利きいてゐるが、私わたしはそれを確たしかには信しんじてゐない。二三年前ねんまへにこそ一時じ心こゝろの浮立うきたつて、忍しのび〳〵に弄もてあそむでは、世よの中なかへ出初でぞめの淋さびしさ苦くるしさを忘わすれたこともあつたが、今いまでは初戀はつこひの思おもひ出でも只たゞ人事ひとごとのやうな氣きがしてゐる。お靜しづはさうは思おもつてゐない。私わたしにも昔むかしの心持こゝろもちが繰返くりかへすものと思おもつてゐるのであらう。

「お母つかさんは私わたしが目めを廻まはして死しんだつて、何なんとも思おもつてやしないんですもの、人中ひとなか[Pg 346]へ出だして氣骨きぼねを折をらせてお母つかさんは私わたしをどうしやうと思おもつてるんでせう、先日こないだもお話はなしたあのことでね」と、お靜しづは首俯うつむいて、淚なみだぐんだ聲こゑをする。

「おい〳〵先日こなひだの話はなしはもう願ねがひ下さげだよ、耳みゝにたこ﹅﹅の出來できる程ほど聞きかされたんだからな、そんなことを云いつてクヨ〳〵しとるから病氣びやうきに取付とりつかれて、靑あをくなつてなくちやならん、下くだらないぢやないか、それよりや早はやく手賴たよりになる男をとこでも捜さがし出だして、面白おもしろい日ひを送おくる方はうがいゝぜ、一昨年おとゝしだつたか、日本橋にほんばしへ行ゆく前まへにや大變たいへん元氣げんきのいゝ事ことを云いつてたぢやないか」と、あの時ときお靜しづが私わたしとの關係かんけいはけろり﹅﹅﹅と忘わすれたやうにして、寶たからの山やまへでも入はいる氣きで、日本橋にほんばしとかへ旅立たびだつ時分じぶんの得意とくいの樣さまを思おもつた。

お靜しづはシク〳〵泣なき出だした。で、今いまにも一昨日おとゝひのやうに、怨うらんだ言葉ことば自棄やけになりさうな文句もんくで、私わたしの心こゝろを動うごかさうとするだらうと待設まちまうけながら、書物しよもつの頁ページを飛とばせてゐると、ザーツと手水鉢てうづばちに水みづを入いれる音おとがした。頭あたまを上あげると下女げぢよがバケツを持もつて、不思議ふしぎさうにお靜しづを見みてゐる。

[Pg 347]樹木じゆもくも草花くさばなもない狹せまい庭にはは蔭かげつて、隣となりの二階かいの壁かべにのみ冴さえた光ひかりが止とゞまつてゐる。下女げぢよは勝手かつてへ廻まはりながら、まだ振返ふりかへり〳〵見みてゐる。

豐島とよしまも目めを覺さました。片頰かたほゝに赤あかく疊たゝみの形かたを殘のこして、拳こぶしで目めをこすつてゐる。

「お靜しづさんぢやあ明日あすの晩ばんにでもゐらつしやい」と、私わたしは外方そとへ向むかつて笑顏ゑがほで柔やさしく云いつて障子しやうじを締しめ、

「もう醒さめたかい、茫然ぼんやりしてるね」

「うん」と起上おきあがつて、帶おびをキチンと締直しめなほし、一ひとつ欠伸あくびをして、「さあ歸かへらう」

「まあいゝぢやないか、何なにか僕ぼくに用事ようじはないんか」

「うん、用事ようじもあるんだが、又また二三日中にちうちに來こよう、これから本鄉ほんがうへ行ゆくから、加瀨かせの家うちへも寄よるかも知しれん」

「あまり彼奴あいつを意地いぢめるなよ」

豐島とよしまは外ほかに急用きふようでも控ひかへてゐるやうに、急いそいで門もんを出でた。後あとに「敷島しきしま」の袋ふくろを置忘おきわすれ[Pg 348]てゐた。袋ふくろの中なかには煙草たばこが二本ほんと白銅はくどうが二ふたつ入はいつてゐる。

私わたしはこの夜よ故鄕こきやうの弟おとうとへの手紙てがみを書かいた。中なかには「出來できるだけの事ことをして、それでも食くへなければ仕方しかたがない、一家か擧こぞつて乞食こじきになつて諸國しよこくを流浪るらうしやうぢやないか、おれもその仲間なかまになつてもよい、何なにをしても一生しやうだ」と、筆ふでの拍子ひやうしでこんなこと迄まで書かき添そえた。

(七)

私わたしは學校がくかうの生徒せいとに人望じんばうのある方はうでもないが、敢あえて不評判ふひやうばんでもない、職務しよくむに精勤せいきんする方はうではなく、病やまひと稱しやうして缺席けつせきすることも多おほいが、免職めんしよくされる程ほど怠なまけはせぬ。增給ざうきうも覺束おぼつかなけれど、これで當分たうぶん食くひはづしもないから不平ふへいを云いふ必要ひつえうもない。衣食いしよくの慾よくは少すくなく、外ほかに娯樂ごらくを求もとめるのでもない。そして豐島とよしまなどの二三の友人いうじんがちよい〳〵訪たづねて來くるので、無聊ぶれうで苦くるしむ時ときも少すくない。此頃このごろは豐島とよしまの外ほかに、加瀨かせの宿やどで會あつた小山こやまが屡々しば〳〵顏かほを出だすやうになつたが、この新奇しんきな友人いうじんは初對面しよたいめんの折をりからスツカリ私わたしの氣き[Pg 349]に入いつた。此方こつちから碎くだけて話はなしかけると、直すぐ私わたしの懷ふところに入はいつて來くる。その呑氣のんきらしい容貌ようばうと心こゝろ、微塵みじんも苦味にがみ辛味からみのなく、ポカンとして無駄むだ口ぐちを利きく工合ぐあひが面白おもしろい。で、「君きみは話はなせる、學校がくかうの先生せんせい連中れんちうは元もとよりだが、豐島とよしまだつて加瀨かせだつて娑婆しやば臭くさくつて鼻はな持もちもならん、君きみは流石さすがに江戶えどツ兒こだ、社會しやくわいを咀のろつて革命かくめいを唱となへるでもなし、加瀨かせのやうに見得坊みえばうでもなし」と感服かんぷくすると、小山こやまも多少たせう得意とくいになつて、「加瀨かせ君くんのやうにしてちや、さぞ氣骨きぼねの折をれるこつでせう」と笑わらふ。

或日あるひの正午ひる過すぎに上野うへのを散步さんぽしてゐると、小山こやまが縞しまの羽織はおりに袴はかまを着つけ、不似合ふにあひな山高やまたか帽子ぼうしを被かぶり、少すこし仰向あふむいて口くちを開あけ、左ひだりの手てで突つき袂たもとをして廣吿隊くわうこくたいの後あとから澄すまして步あるいて來きたが、その樣子やうすが甚はなはだ面白おもしろかつた。私わたしは呼止よびとめて、一緖しよに夕方ゆふがたまで遊あそび暮くらしたが、彼かれは女をんなの步あるき振ぶりから、その心理しんり上じやう生理せいり上じやうの批判ひはんを下くだすと云いつて、左右さいうを顧かへりみては、毒どくのない毒語どくごを放はなち、

「巧うまいもんでせう、加瀨かせ君くんにもよく敎をしへてやるんですよ、僕ぼくが多年たねんの經驗けいけんから歸納きなう[Pg 350]した結果けつくわですから、一々いち〳〵的中てきちうします」

と自慢じまんした。會あふ度たび每ごとにお樂らくの身みの上うへも加瀨かせの秘密ひみつも、面白おもしろさうに話はなして、多少たせうのお景物けいぶつまで添そへる。「お樂らくの事ことは、もう加瀨かせ先生せんせいがちやんと﹅﹅﹅﹅一人ひとりで呑込のみこんでる、おれが見込みこんだらどんな女をんなでも厭いやとは云いはせんと、自分じぶんで確信かくしんしてるんです」とか「貴下あなたのこともよく例れいに引ひいて、あの男をとこはとても女をんなに好すかれりやしないと云いつてる」とか、調子てうしに乗のつて喋舌しやべる。

この男をとこに連つられて、私わたしはお樂らくの家うちへも行いつた。お樂らくは從姉いとこと二人ふたりで徒士町おかちまちの或ある小役人こやくにんの二階かいを借かりて自炊じすゐをしてゐる。遞信省ていしんしやうの女をんな判任官はんにんくわんで十二三圓ゑんの月收げつしうがあるらしい。

私わたしの訪たづねた時ときは、お樂らくは役所やくしよから歸かへつて、袴はかまを疊たゝんでゐた。部屋へやは廣ひろくないのに、簞笥たんすや鏡臺けうだいや針刺はりさしや、諸道具しよだうぐが一通ひとゝほり揃そろつてゐるのだから、非常ひじやうに窮屈きうくつだ。小形こがたの低ひくい机つくゑの上うへには加瀨かせ編輯へんしうの婦人ふじん雜誌ざつしと貸本屋かしほんやの小說せうせつが載のつてある。

[Pg 351]小山こやまは餘程よほど懇意こんいだと見みえて、いきなり﹅﹅﹅﹅胡床あぐらを搔かいて、「おい、お樂らくさん、今日けふは加瀨かせの代かはりに須崎すさき先生せんせいを連つれて來きたよ、御馳走ごちさうしないか」と云いつた調子てうし、お樂らくはあまり馴々なれ〳〵しくもなく愛嬌あいけうも賣うらず、初々うい〳〵しく私わたしに挨拶あひさつをした。私わたしはろくに口くちも利きかず、只たゞ小山こやまの喋舌おしやべりとお樂らくの擧動きよどうを注目ちういしてゐた。この女をんな田舎ゐなかには兩親りやうしんがあるのださうだが、何故なぜ歲頃としごろになつて結婚けつこんもせず、こんな風ふうに暮くらしてゐるのだらう、加瀨かせが愛あいしてゐると云いつて、それがどの位くらゐ進行しんかうしてゐるのだらう、小山こやまから聞きいたゞけでは腑ふに落おちぬことが多おほい。

小山こやまは窓まどの閾しきゐに腰こしを掛かけ、膝ひざを重かさねて貧乏搖びんばふゆるぎをしながら、

「今夜こんや姉ねえさんは何處どこかへ行いつたのかい」

「えゝ、一寸ちよつと道寄みちよりしたのよ、もう歸かへるでせう」

「歸かへつたら皆みんなで散步さんぽしようか」

「私わたし散步さんぽなんか嫌いやだわ」

[Pg 352]「お樂らくさんは消極的せうきよくてきだからいかん、もつと活潑くわつぱつにハキ〳〵しなくちや駄目だめだよ」

「さうですかねえ」と、お樂らくは不愛相ぶあいさうに云いふ。そしてお茶ちやを汲くんで、後あとは几帳面きちやうめんに座すわつて身動みうごきもしない。

「今日けふはお樂らくさんはどうかしてるね、加瀨かせを連つれて來こんから不平ふへいなんぢやないか」と、小山こやまは冷ひやかすやうに云いつたが、お樂らくは何なんとも答こたへず、少すこし俯首うつむいて、膝ひざの上うへで指先ゆびさきをいぢつてゐる。

「過日こなひだ加瀨かせと何處どこかへ散步さんぽしたさうだね、あの時ときお樂らくさんがこんな事ことを云いつてたつて、皆みんな僕ぼくに話はなしたよ、それでね加瀨かせは近々きん〳〵家うちを持もつと云いつて頻しきりに準備じゆんびをしとる。お樂らくさんのためにも祝しゆくすべきことだね、二階かい借かりをしてお役所やくしよ通がよひなんかしないでもいゝんだから」と、小山こやまは相手あひての顏かほ色いろには無頓着むとんちやくで云いふと、お樂らくはツンとして、

「小山こやまさんは何時いつも人ひとを馬鹿ばかにしとるのね」

「何故なぜ、僕ぼくはお樂らくさんには敬意けいゝを拂はらつてるから、その幸福かうふくのために盡力じんりよくしてるんぢ[Pg 353]やないか」

「もう澤山たくさん!」

「ぢやその話はなしは止よそう」と、小山こやまは私わたしの方はうを向むき、「君きみ、近々きん〳〵大久保おほくぼであの會くわいをやらうぢやありませんか、その時ときやお樂らくさんも是非ぜひお出いでよ、この人ひとの家うちで演藝會えんげいくわいをやるんだから、僕ぼくが一緖しよに行ゆきや姉ねえさんも何なんとも云いやあしないだらう」

「私わたしもう何處どこへも行ゆかないわ」

「だつて須崎すさき君くんの家うちならいゝぢやないか、この人ひとは僕ぼくにも加瀨かせ君くんにも親友しんいうだし、大變たいへんな學者がくしやだから。こんな恐こはい面かほをしてるけれど、これで氣きの輕かるい面白おもしろい人ひとだよ、時々ときどき遊あそびに行いつて御覽ごらん、二人ふたりで長唄ながうたでも唄うたつて陽氣やうきにやるも、加瀨かせ君くんと差向さしむかひでニヤリ〳〵笑わらつてるよりやいゝよ」

私わたしは退屈たいくつして苦笑くせうして、「もう歸かへらうぢやないか」と小山こやまを促うながした。

小山こやまは容易よういに歸かへらうともせず、「姊ねえさんはどうしたのだらう」と氣遣きづかつてゐたが、暫しば[Pg 354]らくすると無斷むだんで階下したへ下おりた。誰だれかと高聲たかごゑで話はなしてゐる。

私わたしは窓際まどぎはへすり寄よつて、正面まともにお樂らくを見みた。以前いぜん加瀨かせの宿やどで見みた時ときよりは、少すこし色いろが惡わるく目めもあの時ときほど冴さえてゐない。

「小山こやま君くんはよく來くるんですか」

「えゝ、一日にち隔おき位ぐらゐに入いらつしやるんですわ」

「來きて何なにをするのです、あの人ひとは面白おもしろいでせう」

「えゝ、お喋舌しやべりばつかりして」と、眉まゆを顰ひそめて、さも不愉快ゆくわいさうだ。

「あれ程ほど毒氣ゞくけのない秘密ひみつのない男をとこもない、だから皆みんなに好すかれるんです、加瀨かせなんかもあの人ひとには何なにもかも打明うちあけると見みえて、僕ぼくのやうな永ながい間あひだの友人いうじんが知しらんことまで小山こやま君くんは知しつてゐます」

「ですけど小山こやまさんにだつて、秘密ひみつはあるでせう、人間にんげんは誰だれにだつて秘密ひみつはあるんですもの」と滅入めいつた聲こゑだ。

[Pg 355]「さうですかねえ、しかし小山こやまや加瀨かせの秘密ひみつといつて、高たかがきつと情婦いろをんなを拵こしらえとく位くらゐのことだらう」と冷ひやゝかに笑わらつて、殊更ことさらに侮蔑ぶべつするやうな目付めつきでジツと相手あひてを見みた。それがお樂らくには身震みぶるひする程ほどの感かんじを與あたへたらしい。つツと立たつて階下したへ下おりた。私わたしは後あとを見送みおくつて姿すがたのいゝ女をんなだと思おもつた。少すくなくもお靜しづよりは生々いき〳〵してゐる。そして小山こやまの云いふやうにこの女をんなも加瀨かせを戀こひしてゐると思おもふと、何なんとなく不愉快ふゆくわいな變へんな感かんじがする。

暫しばらくして私わたしも階下したへ下おりた。小山こやまは緣側えんがはで肥ふとつた女をんなと竊ひそかに何なにか語かたり合あひ、お樂らくは長火鉢ながひばちの前まへで夕刊ゆふかんの新聞しんぶんを讀よみながら、橫目よこめでその方はうを偸見ぬすみゝしてゐた。

「あれは誰だれだ」と、歸かへり途みちに小山こやまに聞きくと、

「お樂らくの姊あねさ」と、簡單かんたんに答こたへて、何時いつものお喋舌しやべりを續つゞけない。

「お樂らくも妙めうな女をんなだね、」

「あれも馬鹿ばかに浮ういてる時ときと、妙めうにひねくれ﹅﹅﹅﹅る時ときとある」

[Pg 356]この日ひからお樂らくは私わたしの頭あたまに一ひとつの蟠わだかまりとなつて殘のこつた。懷なつかしくも床ゆかしくも思おもふのではないが、只たゞ一二年前ねんぜんお靜しづに別わかれて以来いらい私わたしに例れいのない一種しゆのインテレストを惹起ひきおこしたのだ。何故なぜだらう、私わたしはお樂らくと加瀨かせの戀こひに疑問ぎもんを抱いだいてゐるので、その經過けいくわを見みたいと思おもふ好奇心かうきしんから、知しらず〴〵お樂らくが私わたしの心こゝろを去さらなくなつたのだらうと思おもつた。で、お樂らくともつと﹅﹅﹅打解うちとけて話はなして、あの淺薄せんぱくな加瀨かせがどんな風ふうに女をんなの心こゝろに映うつつてゐるか、眞相しんさうを捜さぐつて見みたいが、容易よういに懇意こんいにはなれぬ。

この後ご暫しばらく私わたしは土州橋としうばしを渡わたることが繁しげくなつた。それにつれて財政ざいせいの平調へいてうも破やぶれた。

(八)

大久保おほくぼは躑躅つゝぢが咲さいて人ひとの出入でいりが多おほくなつた。私わたしの家うちへも來客らいきやくが多おほい。私わたしは財囊ざいのうの缺乏けつばふを感かんじて、内職ないしよくに原稿げんかう稼かせぎでもしようかと思おもつてゐたが、手近てぢかい所ところに捌さばけ口ぐちがない。加瀨かせに賴たのむのは厭いやだ。駈廻かけまはつて面識めんしきの淺あさい人ひとに嘆願たんぐわんするのも淺あさましい氣きがす[Pg 357]る。まだ二十七歲さいの若わかい身空みそらで、仰あふぎ見みる幻影まぼろしもなく、只たゞ刻々こく〳〵の肉慾にくよくを充みたさんがために、僅わづかの金かねを求もとめてゐる自身じゝんが可笑おかしく感かんぜられた。

或日あるひ加瀨かせと小山こやまとが躑躅つゝぢ見みの歸かへりに立寄たちよつた。加瀨かせの唇くちびるは臙脂べにをさしたやうに赤あかい。白しろい細ほそ長ながい指ゆびに黃きいろい指環ゆびわを嵌はめてゐる。

「此頃このごろも徒士町おかちまちへよく行ゆくかね」と、私わたしは加瀨かせを見みると直すぐに問とうた。

「僕ぼくよりや小山こやま君くんの方はうがよく行ゆく」と、加瀨かせはニヤリ〳〵笑わらふ。

「君きみもよく行ゆくぢやないか、しかしね須崎君すさきくん、君きみは徒士町おかちまちであまり評判ひやうばんがよくないよ、何なんだか意地いぢの惡わるさうな人ひとだと云いつてる、僕ぼくは頻しきりに辯護べんごするんだけど」

「さうかねえ、困こまつたものだねえ」

「君きみはわざつ﹅﹅﹅と女をんなを侮蔑ぶべつするやうな態度たいどを執とるからさ、柔やさしくさへすれば女をんなは喜よろこんで來くる、君きみは下くだらないと云いふだらうが、それで女をんなを弄もてあそんでりや、面白おもしろいぢやないか」と加瀨かせは珍めづらしく氣焔きえんを吐はく。

[Pg 358]「君きみも小山こやま君くんの口くち眞似まねをするやうになつたね、僕ぼくは君きみの戀こひは眞面目まじめなんかと思おもつてたのに、ぢや浮氣うはきなんだね」

「浮氣うはきでもない、それが戀こひの本體ほんたいさ。せつぱ詰つまつたやうな戀こひは駄目だめだからね、餘裕よゆうのある戀こひでなくちや僕ぼく等らはいやだ。面白味おもしろみは其處そこにある」

「君きみも進步しんぽしたもんだね」と、私わたしは加瀨かせがこの家うちに同居どうきよしてゐた時分じぶんを追想つゐさうした。今いまの彼あれの目めは、邪推じやすゐか知しらぬが私わたしを憐あはれむやうに見みえる。

「何なにしろ加瀨かせ君くんは金かねがあるから敵かなはない。外ほかの點てんでは敢あえて一步ぽも讓ゆづらんがね」と、小山こやまは歎息たんそくした。

加瀨かせは勝利者しやうりしやの如ごとく笑わらつて、「この人ひとも今いま戀こひの苦くるしみをしてるんだよ」

私わたしは重かさねて聞きかうともしなかつた。加瀨かせは拍子ひやうし拔ぬけがして、橫よこを向むいて小山こやまと小聲こゞゑで話はなし出だした。

「徒士町おかちまちの姉あねの方はうは夜遊よあそびをするさうだ、あの家うちの妻君さいくんが皮肉ひにくを云いつてたが氣きに掛かゝ[Pg 359]るよ、以前いぜんに隨分ずゐぶん謂いはくのあつた女をんならしいからね」

「早はやく結婚けつこんして了しまへばいゝぢやないか」

「所ところが甘うまくさういかんよ、いざとなると逃にげてしまうし」

「妹いもうととは違ちがうね」

「妹いもうとだつて分わかるものか」

「ハツ〳〵、君きみは女をんなを見みる目めがない、妹いもうとは純潔じゆんけつなものだ、役所やくしよの方はうでも評判ひやうばんがいゝし、あんなに怠なまけないで働はたらいてるんだもの、育そだちが卑いやしいのに似合にあはず、あれだけに仕上しあげたんだからね、」

「君きみは成功者せいこうしやだが」と、小山こやまは溜息ためいきを吐ついた。

「小山こやま君くんの婦人學ふじんがくも理論りろんのみだね」と、私わたしが橫よこから冷ひやかすと、小山こやまは「さうでもないさ」と云いつて、グツタリ首くびを垂たれた。その樣子やうすが可笑おかしくてならぬ。

しかし小山こやまの沈しづんだ調子てうしは間まもなく消きえて、賑にぎやかな世間せけん話ばなしとなつた。

[Pg 360]彼等かれらは一ひとしきり騷さわいで、ランプをつける頃ころに歸かへつた。徒士町おかちまちへ行ゆかうと二人ふたりは約束やくそくして、私わたしをも誘さそうたが、私わたしはそれに應おうじなかつた。

夕餐ゆふめしを終をはると戶外そとへ出でた。無意味むいみに散步さんぽして、散步さんぽしながら加瀨かせと小山こやまとが徒士町おかちまちの二階かいで戯たはむれて現拔うつゝぬかしてゐる樣さまを思おもひ浮うかべた。二人ふたりとも年中ねんぢう飽あきもせずに遊あそんでゐる。加瀨かせの奴やつ仕事しごとも愉快ゆくわいだと云いふ。やがて雜誌ざつしの主任しゆにんに昇進しやうしんするさうだ。案山子かゝしにフロツクコートを着きせたやうな男をとこが通用つうようする世よの中なかだと思おもふと可笑をかしいと、私わたしは强しいて嘲あざけつて冷笑れいせうしてやつた。

花はなは散ちつて靑葉あをばが柔やはらかい風かぜに戰そよいでゐる。軒のきランプもない薄暗うすぐらい私わたしの家いへの前まへには、子供こどもが大勢おほぜい騷さわいでゐるのが聞きこえる。

私わたしは小徑こみちを五六丁ちやう行戾ゆきもどりして、家いへの側そばまで來くると座敷ざしきの障子しやうじに燈火あかりが映うつつてゐる。消けして出でた筈はずだが、誰だれか客きやくでも來きたのかと、多少たせう悅ゝれしかつた。

座敷ざしきへ上あがつて見みると、お靜しづが片隅かたすみに兩袖りやうそでを搔合かきあはせて座すわつてゐる。矢張やはり顏かほが靑あをく唇くちびるの[Pg 361]色いろも褪あせてゐれど、この前まへほど厭いやに感かんぜられなかつた。

「又また日本橋にほんばしへ行いつたと聞きいてたが、まだ居ゐるんだね」

「まだ身體からだがよくなりませんから、……どうせ駄目だめなのですから」と、聲こゑも冴さえ冴ざえせず厭いやな音おんだ。

けれど私わたしはあまり憎にくまれ口ぐちを利きかなかつた。冷ひややかしもしなかつた。嘗かつて私わたしを棄すてゝ他所よそへ行いつたこの女をんなと火鉢ひばちを隔へだてゝ差向さしむかひで、夜更よふける迄までも物語ものがたつた。下手へたな虛うそを云いつてるなと折々をり〳〵心こゝろで嘲あざけりながら、女をんなの苦勞くらう話ばなしを聞きいてやつた。

(九)

その翌日よくじつ、朝あさ早はやく出勤しゆつきん前まへに豐島とよしまからのハガキが着ついた。「午後ごゞ學校がくかうへ尋たづねて行ゆくから待まつてゐて吳くれ」と鉛筆えんぴつで書かいてある。どうせ碌ろくな用事ようじでもあるまいと思おもつたが、別べつに歸宅きたくを急いそぎもせぬから、私わたしは同僚どうれうが皆みな引擧ひきあげた後あとに居殘ゐのこつて、この日ひの宿直しゆくちよくの長沼ながぬまと土臭つちくさい番茶ばんちやを啜すゝりながら話はなしをしてゐた。長沼ながぬまは私わたしよりも七なゝツ八やツ年上としうへで、子供こども[Pg 362]が二人ふたりもあるのに、月給げつきうは却かへつて私わたしよりも少すくなく、生計くらしには隨分ずゐぶん苦勞くらうしてゐるのだが、人間にんげんが一風ぷう異かはつてゐて、敎場けうぢやうで鷄とりの泣なく眞似まねをしたり、妙めうな身振みぶりをして生徒せいとを喜よろこばせてゐる。同僚どうれうの中うちでは一番ばん私わたしと話はなしが合あふ方はうだ。

「今日けふも僕ぼくあさんざ失敗しくじりましたよ、晚酌ばんしやくをやり過すごして下讀したよみを懶なまけたもんだから、下くだらんことで間違まちがひを仕出しでかして、生徒せいとの奴やつにうん﹅﹅と油あぶらを取とられました。その上うへ校長かうちやう先生せんせいから手嚴てきびしい忠吿ちうこくを喰くひましてな、敎場けうぢやうで飄輕ひやうきんな眞似まねをしちやならん、敎場けうぢやうは神聖しんせいな所ところだから飽あくまでも眞面目まじめでなくちやならんと懇々こん〳〵と說諭せつゆされて、イヤハヤ面目めんぼくもない次第しだいですよ、しかし飄輕ひやうきんだからまだ、私わたしに脈みやくがあるんですが、これで御說諭ごせつゆ通どほり辛蟲にがむし嚙かみつぶした間違まちがひをやつてた日ひにや、生徒せいとの方はうで承知しやうちしません、校長かうちやう先生せんせいも殘酷ざんこくなことを申まをされるもんです、」と長沼ながぬまは安値やすい刻きざみ煙草たばこを吸すひながら眞面目まじめで云いふ。

「けれど君きみは間違まちがひを氣きに掛かけるだけ眞面目まじめなんです、それだけ正直しやうじきなんだ、高たかが[Pg 363]丁年ていねん未滿みまんの子供こどもぢやありませんか、口先くちさきで甘うまく云ひひまるめりやいゝんですよ」と、私わたしが事こともなげに云いふと、

「まあそんな者ものですがね」と、長沼ながぬまはヒツ〳〵と味あぢのない笑わらひ方かたをして、「私わたしはどうも敎育けういくだけは外ほかの事こととは違ちがつてる、尊たつとい者ものだと思おもうのでしてな、生徒せいとの顏かほを見みると、忠實ちうじつによく敎をしへてやりたい少すこしでも早はやく學業がくぎやうの進すゝむやうに導みちびいてやりたいと思おもうんですが、其處そこがそれ、私わたしに學識がくしきが足たらんもんですからな、どうも不行屆ふゆきとゞきで汗顏かん〴〵の至いたりに堪たへん譯わけです、と云いつて辭職じゝよくすれば外ほかに糊口くちすぎの道みちがあるぢやなし」

「それだけ眞面目まじめなら貴下あなたは立派りつぱな敎師けうしです、少すこし位ぐらゐ誤謬ごびやうを傳つたへようと、飄輕ひやうきんな眞似まねをしようと差支さしつかえないさ、僕ぼくなんか少年せうねんを愛あいする氣きもないから、初はじめから敎授けうじゆに身みの入はいつたことはないのです」

「そりや君きみに子供こどもがないからですよ、自分じぶんに子こがあつて見みりや、他人たにんの子こも矢張やはり可愛かあいい、よく敎育けういくしてやりたくなりますよ、何なにも經驗けいけんだ、まあ子こを持もつて御覽ごらんなさい、[Pg 364]世よの中なかががらり﹅﹅﹅と異かはつて來きますからね」

「子こを持もつと敎場けうぢやうで飄輕ひやうきんな眞似まねをして、生徒せいとの御機嫌ごきげんと執とるやうになるんですね」と笑わらふと、長沼ながぬまも苦笑くせうして、

「まあ、そんな者ものさねえ」と云いつて、風呂敷ふろしきの中なかから講談かうだんの「佐倉さくら義民傳ぎみんでん」を取出とりだし、「今夜こんやはこれをお伽とぎで宿直しゆくちよくするのだ」と、机つくゑの上うへに廣ひろげて小聲こゞゑで讀よみ出だした。言分いひぶんが氣きに入いらぬのか、もう私わたしを相手あひてにしない。暫しばらくして豐島とよしまが下駄げたのまゝ敎員室けうゐんしつへ入はいつて來きた。私わたしはほん﹅﹅の型式的けいしきてきに長沼ながぬまを紹介しやうかいした。豐島とよしまは「今日けふは馬鹿ばかに蒸暑むしあついぢやないか」と、袷あはせの袖そでで額ひたひの汗あせを拭ぬぐふて目めをパチクリさせ、それから一輪りんの花はなも一幅ぷくの繪ゑもない薄汚うすぎたない敎員室けうゐんしつを見渡みわたした。

「何なにか急用きふようか」と、私わたしの方はうから問とふた。この男をとこ何なんでもない事ことに、さも急用きふようのあるらしく、惶あわただしさうに出でたり入はいつたりする男をとこだが、今日けふもその顏かほ付つきが大事だいじを扣ひかへた人ひととも見みえぬ。

[Pg 365]「僕ぼくは辭職じゝよくした」と、豐島とよしまは大聲おほごゑで簡短かんたん明瞭めいれうに云いつた。

「さうか」と云いつたきり、私わたしは折返をりかへして理由りゆうを聞ききもしなかつたが、長沼ながぬまは片手かたてで書物しよもつを壓おさへ、ヂロ〳〵豐島とよしまの顏かほを見みて、聞耳きゝみゝ立たてた。

「俗ぞくな事ことを書かかにや氣きに入いらんのだから、癪しやくに觸さはつて、僕ぼくの方はうから出でてしまつた。もう向むかうから賴たのんだつて、あんな仕事しごとをやりやしない」と獨ひとりで力りきんだ。

「それもいゝさ、君きみにはあんな俗務ぞくむは不適當ふてきたうだからな、これから君きみの本音ほんねを出だして活動くわつどうするさ」

「むん、………それから君きみにお願ねがひだが、當分たうぶん君きみの家うちに置おいて吳くれんか、迷惑めいわくだらうが」と少すこし言淀いひよどんだ。

「僕ぼくの家うちにか」と、私わたしは躊躇ちうちよしたが、「ぢや來玉きたまへ、今夜こんやからでも」

「有難ありがたう、二三日ち内うちに荷物にもつを持もつて行ゆく、そうすりや僕ぼくも安心あんしんして活動くわつどうが出來できる」と云いつて、豐島とよしまは再ふたゝび室内しつないを見渡みわたした。夕日ゆふひはガラス窓まどを通とほして、埃ほこりの舞まふのが見み[Pg 366]える。

長沼ながぬまは自みづから立たつて澁茶しぶちやを吸くんで、豐島とよしまの前まへに置おいた。豐島とよしまは一息ひといきに呑のみ干ほして、

「此處こゝも汚きたない學校がくかうだね、しかし君きみのやうな熱烈ねつれつな人間にんげんを容いれてるんだから、校長かうちやうもえらい」

(十)

前夜ぜんや私わたしが物好ものずきに柔やさしい素振そぶりを見みせたので、お靜しづはもう以前いぜんの燒木杭やけぼつくひが再ふたゝび燃もえ上あがつた氣きになつて、せつせと近ちかづいて來きたが、私わたしは最早もう腐くさつた菓實くだものを嗅かぐやうで、思おもはず顏かほを背そむけたい程ほどになる。そして「調しらべ物ものがある」とか、「金儲かねもうけをしてるんだから當分たうぶん來きて吳くれるな、その代かはり一二年ねん待まつてりや、お前まへの好すきなことをさしてやる」とか云いつて、追退をひのけるやうにした。間まもなく豐島とよしまが、越こして來きてからは、お靜しづを遠とほざけるに都合つがふがよくなつた。

豐島とよしまは柳行李やなぎかうりと机つくゑとの總財產さうざいさんを持込もちこんだ。何なにか著述ちよじゆつをしてゐるようであるが、大抵たいてい[Pg 367]は外出ぐわいしゆつして夕方ゆふがたに醉ゑうて歸かへることが多おほい。歸かへつての土產みやげ話ばなしには俗物ぞくぶつと同情どうじやうすべき人ひととの消息せうそくを傳つたへる。彼かれの世界せかいはハツキリこの二種しゆの人間にんげんに分類ぶんるゐされてゐるので、かの長沼ながぬまの如ごときは直すぐにその同情どうじやうされる人ひととなつた。「君きみ、あの男をとこは保護ほごしてやり玉たまへ」と、度々たび〳〵心こゝろの底そこから私わたしに賴たのむことがある。又また彼かれの崇拜者すうはいしやもあつて、折々をり〳〵訪たづねて來きて、夜更よふける迄まで熱烈ねつれつな議論ぎろんが戰たゝかはされる。

「社會しやくわいに反抗はんこうするのもいゝが、その前まへに生活くらしの法はふぐらゐ考かんがへとかうぢやないか」と、私わたしが注意ちういすると、

「なあに僕ぼくあ一人ひとり身みだ、生活せいくわつなんか考かんがへる必要ひつえうはない、僕ぼくあ食くへなけや放浪はうらうする、水みづばかり呑のんでゝも、爲なすだけのことはして見みせる」と取合とりあはぬ。

「ぢや何時いつかの俗化ぞくゝわ主義しゆぎはお止やめだね」

「止やめざるを得えないんだ、君きみもどうせ世よに容いれられんのだから、放浪はうらう生活せいくわつをしろ、僕ぼくと一緖しよにやらう」

[Pg 368]「先まづ君きみから經驗けいけんして見玉みたまへ、面白おもしろけりや僕ぼくもやるよ」

そして彼かれは繩暖簾なはのれんをくゞつて、泥醉でいすゐの後のち突如とつぢよとして汗臭あせくさい勞働者らうどうしやの腕うでを握にぎり、その硬張こわばつた手ての掌ひらに熱淚ねつるゐを濺そゝぎ、「僕ぼくは君きみの兄弟きやうだいだ」と叫さけんで、周圍まはりの客きやくを驚おどろかすこともあるが、彼かれ自身じゝんは敢あえてその好すきな放浪はうらう無宿むしゆくの人ひとともならぬ。手てに鶴嘴つるはしを持もたうともせぬ。私わたしの家いへによく寢ねて、よく飮のみよく食くつてゐる。

日ひが立たつにつれて、收入しうにふの一定ていした私わたしの財政ざいせいは次第しだいに窮境きうけうに陷おちいる。豐島とよしまのためにも亂みだされたのだ。しかし彼かれは私わたしを信しんじ切きつてゐる。私わたしの迷惑めいわくなどは微塵みぢんも念頭ねんとうに置おいてゐない。「困こまつたら二人ふたりで放浪はうらうするさ」と、放浪はうらうの夢ゆめを描ゑがいて見みせるが、私わたしにはそれが何なんの興味きようみもない。彼かれは放浪はうらう流離りうり薄命はくめいの文字もじを見みてすら胸むねを躍おどらすであらうが、私わたしには艶つやも香にほひもない空くうな文字もじたるに過すぎぬ。それで彼かれが無職むしよくの徒とや貧民ひんみんと無理强むりぢいに交際かうさいを結むすび、彼等かれらに解かいし難がたい氣燄きえんを吐はいて樂たのしみとしてゐる間あひだに、私わたしは小山こやまに會あひ、加瀨かせ一輩ぱいの噂うはさを聞きいて、眠ねむつた心こゝろを醒さましてゐた。

[Pg 369]

(十一)

豐島とよしま同居どうきよ以來いらい小山こやまは前程まへほど繁々しげ〳〵と訪たづねて來こぬ。豐島とよしまを嫌きらつてか、戀事いろごとに忙せわしいためかであらう。私わたしはこの人ひとばかりは會あひたくなるので、或日あるひ學校がくかうの歸かへりに立寄たちよつたが、朝あさから歸かへらぬさうだ。

私わたしは失望しつばうした。暫しばらく上野うへのの電車道でんしやみちに立たつて、何處どこへ行ゆかうかと考かんがえた。そして目めを尖とがらせて停留場ていりうぢやうに集あつまつてゐる數多あまたの男女だんぢよを見みてゐたが、細ほそ長ながい顏かほ丸まるい顏かほ、皆みな夕日ゆうひを浴あびて、汗あせと埃ほこりに鈍染にじみ、疲つかれた色いろをしてゐる。久ひさしく雨あめを見みぬ空そらは冴さえぬ色いろをして、その一方ぱうは黃きいろく濁にごつてゐる。目めの逹とゞく限かぎり生氣せいきは見みえぬ。若々わか〳〵しい色いろも香かもない。

私わたしは屈託くつたくした。

その揚句あげくふとお樂らくを訪たづねる氣きになり、徒士町おかちまちへ足あしを向むけた。お樂らくには小山こやまのお供ともで二三度ど會あつたきりで親したしくないのみか、私わたしはあの女をんなに憚はゞかられてゐるのだ。しかしそ[Pg 370]の憚はゞかられてゐる所ところへ推おしかけて行ゆくと云いふことが、私わたしの倦うんだ心こゝろを刺激しげきして多少たせうの活氣くわつきも湧わいて來くる。

威勢ゐせいよく格子戶かうしどを開あけて、宿やどの妻君さいくんに「小山こやまさんは來きてゐませんか」と聞きくと、「今いま入いらしつて直すぐお歸かへりになりました」といふ。

「ぢやお樂らくさんは」

「ゐらつしやいますよ」

私わたしはそれ丈だけ聞きいて、無遠慮ぶえんりよにつか〳〵二階かいへ上あがつた。お樂らくは俯首うつぶしになつて手紙てがみを讀よんでゐたが、慌あはてゝ居住ゐずまひを直なほして、私わたしを見上みあげげた。ニコリともせず澁々しぶ〳〵座蒲團ざぶとんを出だした。

「小山こやま君くんが來きてるかと思おもつて」と、私わたしは言譯いひわけをして、わざと柔やさしく馴々なれ〳〵しい風ふうをして、「どうです、僕ぼくの家うちへも遊あそびに來きませんか」

「はあ」と、女をんなは手紙てがみを卷まいて封筒ふうとうに入いれた。小山こやまの噂うはさ加瀨かせの話はなしと、勉つとめて相手あひてを[Pg 371]誘さそつても、向むかうから乗のつて來こない。埃ほこりを吹寄ふきよせる風かぜを厭いとうて障子しやうじを締切しめきつてあれば、冬ふゆ洋服やうふく着用ちやくようの私わたしには暑苦あつくるしくて窮屈きうくつだ。で、物好ものずきにこんな所ところにゐるにも當あたらぬと思おもつたが、今日けふは不思議ふしぎに腰こしが据すわつて動うごかない。

私わたしは加瀨かせが結婚けつこんする前まへに、不意ふいにこの女をんなを奪うばつて、加瀨かせに鼻はなを空あかせたら面白おもしろからうと思おもつた。小山こやまやその叔母をばや從妹いとこの前まへに並ならんで、加瀨かせの鈍にぶい神經しんけいを驚おどろかしてやりたい。私わたしは嫉妬しつとからかう思おもふのではない。只たゞ私わたしの目めには今いまでもポンチ繪ゑに見みえる加瀨かせに、自分じぶん自身じしんをそのやうに感かんじさせて見みたい。

そして女をんなを口說くどくに何なんの苦心くしんが入いらう、失敗しつぱいを耻はづる私わたしではない。他人たにんの後指うしろゆびを氣きにする私わたしではない。かねて電車でんしやを飛下とびおりる位くらゐの冒險ばうけんさへすれば、是非ぜひを云いはせず、女をんなは我わが者ものと信しんじてゐるのではないか、甞かつてお靜しづは手てを握にぎるだけで充分じふゞんであつた。かう思おもつたが、思おもふほど尙更なほさら口くちも手ても活動くわつどうしなかつた。

お樂らくは女學ぢよがく雜誌ざつしを讀よみ出だした。讀よむよりも屛風びやうぶ代がはりにして私わたしの視線しせんを避さけるのかも[Pg 372]知しれぬ。私わたしは「何なにか面白おもしろいことが書かいてありますか」と、雜誌ざつしを引ひつたくるやうに取とつて、飜ひるがへして見みた。表紙ひやうし裏うらに「△△女史ぢよしに呈ていす」と書かいて、下したに加瀨かせの雅號ががうがある。お樂らくは恨うらめしい顏かほ付つきをした。

「△△つて貴女あなたですか」と、私わたしは冷ひやかすやうに云いつて、ジツとその文字もじを見詰みつめてゐたが、フイとお樂らくに目めを移うつすと、お樂らくは目めに淚なみだを湛たゝえてゐる。

「何なにか御用ごようがあつて被入いらしつたんですか」と切口上きりこうじやうで云いふ。

「えツ、別べつに用事ようじもないんです」と、私わたしは驚おどろいて云いつた。

「では何なにしに被入いらしつたのです」と、私わたしの手てから雜誌ざつしを奪返うばひかへし、表紙ひやうしを引裂ひきさき手てに力ちからを入いれて丸まるめながら、「貴下あなただつて加瀨かせさんだつて、私わたしを調戯からかいに被入いらつしやるんだわ、」

「何故なぜ! そんな譯わけはないぢやありませんか、小山こやま君くんは兎とに角かく僕ぼくや加瀨かせにそんな惡意あくいはないさ、殊ことに加瀨かせは貴女あなたに敬意けいゝを表ひやうしてるんですもの」

「加瀨かせさんとかゞ何どうなすつたつて、私わたし少ちつとも係合かゝりあひはありませんわ」と、お樂らくは[Pg 373]淚なみだを拭ぬぐつて、「何なにが面白おもしろくつて、皆みなさんは五月蠅うるさく私わたしの家うちへ被入いらつしやるんでせう、私わたし姉ねえさんのやうに惡戯ふざけたお相手あひては出來できませんから、私わたし一人ひとりの時ときには、もう何方どなたもお出いで下くださらぬやうにお願ねがひ申まをします」と、屹きつとした口調くてうで云いつた。

私わたしも多少たせう極きまりが惡わるくないでもなかつたが、それよりもこの女をんなを不思議ふしぎに感かんじて、尙なほ座ざを立たたうとはせぬ。

「そんなに我々われ〳〵を嫌きらはなくつてもいゝでせう、何なにか事情じゞやうがあるんですか」と、私わたしは微笑びせうしながら靜しづかに云いつた。

お樂らくは暫しばらく默だまつてゐたが、先さきのむごい﹅﹅﹅言葉ことばを氣きの毒どくに感かんじたのか、急きふに柔やさしい聲音こはねで、「此頃このごろは身體からだの加減かげんですか、人樣ひとさまと賑にぎやかなお話はなししますのが、何なんだかつらいんですから、寧いつそ初はじめからお目めにかゝらん方はうがいゝと思おもひますわ」

「さうですか、東片町ひがしかたまちへもあまり行ゆかんのですか」

「えゝ。ちつとも、何時いつか歌留多かるた會くわいがあつて、貴下あなたも被入いらしつた時とき、參まゐりましたきり、[Pg 374]あの後ごは一度ども窺うかゞひませんの、」

「だがあの連中れんぢうはよく此家こゝへ來くるんでせう」

「はあ、………あの方逹かたゝちは何故なぜあんなお話はなしばかりなさるんでせう、雜誌ざつしにお書かきになつてることゝは丸まるで違ちがつてますのね」お樂らくは顏かほも心こゝろも落付おちついたやうだ。で、身體からだを品しなやかに曲まげて、雜誌ざつしを默讀もくどくしてゐたが、又また起直おきなほつて雜誌ざつしを指先ゆびさきでいぢくり﹅﹅﹅﹅ながら、「貴下あなたは學校がくかうの先生せんせいをして居ゐらつしやるんですつてね」

「さうです、小ちいさい私立しりつ學校がくかうの敎師けうしだから、月給げつきうは安やすいし、加瀨かせのやうに贅澤ぜいたくは出來できません、これで十年ねん近ぢかくも苦學くがくして、こんな境遇けうぐうですからね………だが、貴女あなたは何故なぜ二人ふたりつきりで部屋へや借がりをして、役所やくしよ通がよひなんかしてるのです、尤もつとも小山こやま君くんからは貴女あなたの事ことをよく聞きいてるけれど」

「小山こやまさんが何なにを云いつたつて當あてになるものですか、あんな淺薄せんぱくな人ひと」と卑下さげすむやうに云いつて、「私わたしどうかして一日じつも早はやく姉あねと別わかれて、一人ひとりで暮くらしたいと思おもひます、」

[Pg 375]「心こゝろ細ぼそいことを云いひますね、何なにか考かんがへがあるんですか」

「女をんなでも學問がくもんしなくちやなりませんわね、私わたしなんか小學校せうがくかうを卒業そつげふしたばかりですから………」

「それで澤山たくさんさ、橫文字よこもじを習ならふよりや三味線さみせんでも習ならつた方はうが女をんならしくていゝ」

「ですけど、私わたし少ちいさい時ときから三味線さみせんなんか習ならつたのを後悔こうくわいしますわ、何なんだか早はやく忘わすれてしまひたいやうな氣きがしますのよ」と、邪氣あどけない風ふうが見みえる。

そして私わたしが學校がくかうの敎師けうしであるためか、私わたしに向むかつて女子ぢよしの學問がくもんの方法はうはふ西洋せいやう音樂おんがく硏究けんきうの順序じゆんじよを質問しつもんした。明治めいぢの女子ぢよしの心掛こゝろがけ、新あたらしい家庭かていの道德だうとくなど、女學ぢよがく雜誌ざつしから得えたと思おもはれる問題もんだいを提出ていしゆつして、漢語かんご交まじりで私わたしに解答かいたふを促うながした。こんな問題もんだいならさぞ﹅﹅加瀨かせには興味きようみがあるであらうが、私わたしの耳みゝにはノンセンスだ、で、いゝ加減かげんに返事へんじをして、「休日きうじつに私わたしの家うちへお出いでなさい」と云いつて、戶外そとへ出でた。

家うちへ歸かへると、豐島とよしまが垢染あかじみた單衣ひとへを着きて肱枕ひぢまくらで寢ねころんでゐたが、私わたしを見みると、靑あを[Pg 376]い顏かほを持上もちあげて、「今日けふはいやな天氣てんきだから頭あたまが重おもい」と、口くちをもが〳〵させた。

「酒さけを呑のまんからだらう」

「うん、金かねがないから」

「意氣地いくぢがないね」

「少すこし持もつてたのを、今いま乞食こじきにやつちまつた、………今日けふ又またあの女をんなが來きたよ、靑あをい顏かほの女をんなが、妙めうな奴やつだね、何なにをしに來くるんだらう、君きみはどうして知しつてるんだ」

「以前いぜんこの隣となりに住すんでたのだ、あれのお母ふくろに飯めしを炊たいて貰もらつたこともある、何なにか云いつてたか」

「いや、直すぐ歸かへつちやつたが、憐あはれつぽい女をんなだね、僕ぼくは同情どうじやうする」

この夜よ彼かれは豪語がうごも吐はかず、古行李ふるかうりを開あけて黴かびの生はへた浴衣ゆかた、袖そでの千切ちぎれた綿入わたいれ、古雜誌ふるざつし古書物ふるしよもつを引出ひきだして整理せいりしてゐた。私わたしは散步さんぽがてらお靜しづの家うちの周圍まはりを迂路うろついて、家うちの者ものの目めを忍ぬすんでお靜しづを引出ひきだした。鈍色にぶいろの雲くもに星ほしも隱かくれ、女をんなの顏かほははつきり﹅﹅﹅﹅[Pg 377]見みえなかつたが、私わたしは顏かほを見みようともせぬ、聲こゑを聞ききたくもない。そして晝ひるに見みたお樂らくの柔やわらかい肌はだえを黑闇くらやみの中うちに思おもひ浮うかべながら、お靜しづの袖そでに觸ふれ、お靜しづの息いきに觸ふれてゐた。

その後ごも二三度どお靜しづに會あつた。會あつた後のちは何時いつも不快ふくわいな感かんに堪たへぬので、豐島とよしまに向むかつて、「彼女あれが又また來きたら追拂おつぱらつて吳くれ、性質たちの惡わるい女をんなだから」と賴たのんで置おく。しかし豐島とよしまは「同情どうじやうすべき女をんな」と定きめてしまつて、私わたしの留守るすにも座敷ざしきへ通とほして睦むつまじく話はなしをするやうになつた。

(十二)

當あてにもしないが、萬一まんいちお樂らくが私わたしを尋たづねて來くるかも知しれんと心待こゝろまちにすることもあつた。小山こやまは十日とをかも顏かほを見みせぬ。

その中うち五月ぐわつは暮くれる。私わたしは豐島とよしま同居どうきよが影響えいきやうして、月末げつまつの拂はらひに困こまつた。豐島とよしまは君きみと苦樂くらくを共ともにすると云いつて、汚よごれた衣服きものを賣飛うりとばしたが、それが幾何いくらにならう。で、[Pg 378]寧いつそ有あるに甲斐かひなき家いへを疊たゝんで下宿げしゆくをしようか、豐島とよしまを追出おひだす口實こうじつにもなるし、それにお靜しづと手てを切きるに都合つがふもよしと思おもひ、そろ〳〵安下宿やすげしゆくの捜索さうさくを初はじめた。或日あるひも散步さんぽを兼かねて宿やどを捜さがすつもりで、電車でんしやに乗のつたが、思おもひがけなく向側むかうがはに小山こやまがゐて、突如だしぬけに、「君きみ大變たいへんへんな事ことが出來できてね」と、目めを据すゑ口くちを尖とがらせて云いつた。

「そうか」と、私わたしは何なにを仰山げふさんさうにと心こゝろでは思おもつてゐた。

「徒士町おかちまちの美人びじんが二人ふたりともゐなくなつたよ、あの家うちで聞きいても何處どこにゐるか分わからないんだ、それに役所やくしよへも行いかんらしいよ、餘程よほど變へんだよ」

「だが君きみに知しらせんとは不思議ふしぎだね、嫌きらはれたのか」

「何どうだかね、此頃このごろ聞きいたのだが、姉あねの方はうは隨分ずゐぶん曰いはくのある奴やつで、色いろんな男をとこに關係くわんけいしてたやうだがね」

「君きみもその一人ひとりぢやないか」

「だつて僕ぼくあ少すこしも金かねを費つかはんからいゝさ」と、恍とぼけた顏かほをする。

[Pg 379]「加瀨かせも失望しつばうしてるだらう」と、私わたしは加瀨かせの悄氣しよげた樣子やうすを想像さう〴〵して冷ひやゝやかに笑わらつた。

「いや、あの男をとこはそうでもない、あんな女をんなは幾いくらもあらあと澄すましてゝ、此頃このごろは頻しきりに品川しながはの鳥屋とりやへ通かよつてるよ」

と、云いつて、大聲おほごゑで笑わらつて電車でんしやを下おりた。

私わたしはお樂らくの行衞ゆくゑ不明ふめいを愉快ゆくわいにも感かんじたが、又また何處どこへ行いつて何なにをしてゐるか知しりたくも思おもつた。壓をさへがたき一種しゆの好奇心かうきしんに驅かられて、わざ〴〵徒士町おかちまちの舊宅きうたくを訪たづねたが、妻君さいくんは猜疑さいぎの目めで私わたしを見みて、「存ぞんじません」と卒氣そつけない返事へんじをして、取とりつく島しまもない。その中うち私わたしは僅わづかの家財かざいを賣拂うりはらつて、こつそり﹅﹅﹅﹅市いちケ谷やの下宿げしゆく屋やへ移うつつた。豐島とよしまは別べつに不平ふへいも云いはず空からつぽの古行李ふるかうりと古机ふるづくゑとを持もつて出でて行いつた。豐島とよしまには離はなれ、止やむを得えぬ些少させうの借金しやくきんは片付かたづき、お靜しづには住所じうしよも知しらせねば、向むかうから訪たづねることも途絕とだえ、私わたしは以前いぜんの如ごとく靜しづかな日ひを送おくり、只たゞ小山こやまとのみ往來わうらいして、加瀨かせの噂うはさ世よの靑年せいねんの消息せうそくを語かたり合あつては冷ひやかしたり嘲あざけつたりして喜よろこんでゐた。箱崎町はこざきちやう通がよひも元もとの通とほり。

[Pg 380]平坦へいたんな日ひが暮くれて平坦へいたんな夜よが明あける。煙草たばこを吸すひ湯ゆを呑のんで幾いく時間じかんを過すごすことも多おほい。痴鈍ちどんな長沼ながぬまの目めにも私わたしが不思議ふしぎに見みえたのか或日あるひ敎員室けうゐんしつで、

「君きみは田舎ゐなかに家いへがあるんだから、敎師けうしなんかしないで、田舎ゐなかに歸かへつたらいゝぢやないか」と眞面目まじめでいつた。

「僕ぼくは田舎ゐなかを思おもひ出だしてもぞつ﹅﹅とする、これで東京とうきやうに居をればこそ、誰だれが死しなうと病わづらはうと、犬いぬや猫ねこと同樣どうやうに見みてゐられるんだが、田舎ゐなかはそういかんからね」

語調ごてうが銳するどかつたのか、長沼ながぬまは私わたしを見上みあげて呆氣あつけに取とられてゐたが、

「僕ぼく等らはまだ老人らうじんでもないが、生活くらしが立たちや田舎ゐなかへ引込ひつこんで氣樂きらくに送おくりたいと思おもふ、君きみ逹たちが都會とくわいにゐたがるのは、まだ一家かの苦勞くらうを經驗けいけんせんからだ」

「十八番おはこが始はじまつたね」

と、私わたしは例れいの敎員けうゐんを尻目しりめにかけた。長沼ながぬまは腕力わんりよくも俸給ほうきうも智識ちしきも私わたしに及およばぬが、只たゞ年齡ねんれいに於おいて一日じつの長ちやうがあるので、どうかすると、「君きみは若わかいからねえ」とか「まだ經驗けいけん[Pg 381]が足たらんから」とか云いつて、僅わづかに哀あはれなる自己じこを主張しゆちやうしてゐる。

私わたしは或時あるとき長沼ながぬまのために爭あらそつた。校長かうちやうが彼かれを無能むのうとして排斥はいせきしかけたのを遮さへぎり、彼かれの爲ために拳こぶしを握にぎり目めを怒いからせて辯護べんごした。私わたしの意見いけんは用もちひられて無事ぶじに收おさまつたが、返事へんじ次第しだいで校長かうちやうを毆打おうだせんとまで息込いきごんだのだ。長沼ながぬまは私わたしの俠骨けふこつを喜よろこび、下宿げしゆくへ來きて淚なみだながらに感謝かんしやした。しかし私わたしは深ふかい同情どうじやうから彼かれを擁護えうごしたのではなくて、只たゞ氣きまぐれに過すぎぬのであつた。退屈たいくつさましの戯たはむれに過すぎぬのであつた。

(十三)

或日あるひ小山こやまはようやく「お樂らくの住所じうしよが分わかつた」と、さも傲ほこり顏がほに私わたしに吿つげた。

「何處どこにゐる」

「芝しば四國こく町まち二十三番地ばんち、捜さがすのに困こまつたよ、學校がくかうへ行いつてたそうだがね、今いまはそれどころぢやない。大變たいへん困こまつてる、何なんでも姉あねが惡わるい男をとこに引ひつかゝつたので、妹いもうとの貯金ちよきんまで絞しぼり取とられたらしいよ、それで姉あねは妹いもうとに離はなれて何處どこかへ行いつて、お樂らく一人ひとり泣なきの[Pg 382]淚なみだで暮くらしてらあ、いゝ氣味きびさ、僕ぼく等らを欺だましやがつた天罰てんばつだ」

「加瀨かせが保護ほごして吳くれるだらう」

「なあに、加瀨かせはもう結婚けつこんの準備じゆんびに忙せわしいから、お樂らくのことは忘わすれてる」

「さうか、相手あひては誰だれだ」

「お楠くす、僕ぼくの從姉いとこだ」

「ぢや加瀨かせと君きみとは親類しんるゐになるんだね」と、私わたしはお楠くすのブク〳〵肥ふとつた身體からだとおチヨボ口ぐちを思おもひ浮うかべながら、

「加瀨かせも方々ほう〴〵嗅かいで步あるいたが、つまりは手近てぢかい所ところで間まに合あはすんだね、」

「叔母をばは不賛成ふさんせいだつたが、まあ輕便けいべんでいゝさ」

と、小山こやまは利害りがい相關あひくわんせずと云いつた風ふうだ。

その夜よ私わたしは久振ひさしぶりで加瀨かせに手紙てがみを送おくつた。

「もう結婚けつこんするさうだね、お目出度めでたう、御披露ごひろうの節せつに僕ぼくも招まねいて吳くれ玉たまへ、吉例きちれいに謠[Pg 383]曲うたひくらゐ謠うたはうよ、兎とに角かく君きみは羨うらやましい、徴兵ちやうへい檢査けんさが濟すむと、苦情くじやうも云いはずに結婚けつこんする、やがて子こが生うまれるだらう、やがて君きみの顏かほに皺しわが出來できるだらう、」

加瀨かせからの返書へんしよは略ほゞ一尋ひとひろもあつた。謹つゝしんだ手跡しゆせきで、さも考かんがへたらしい文句もんくに滿みちてゐた。その中うちに

「結婚けつこん以前いぜんには、若わかいい女をんなの眼めは悉こと〴〵く僕ぼくに對たいして媚こびを呈ていしてゐるやうに思おもはれたが、女房にようぼが定きまつてからは、全然まるで態度たいどが一變ぺんしたやうに感かんぜられる。瞳ひとみの底そこの方はうで冷ひやゝかに笑わらひながら、お前まへさんはもう駄目だめですよ」と云いつてゐる。何なにおれが女房にようぼを貰もらつたかどうだか、見みず知しらずの世間せけんの女をんなに解わかる譯わけがない、氣きの所爲せいだと安心あんしんして見みるが、矢張やはりり『駄目だめだ〳〵、白羽しらはの矢やは東片町ひがしかたまちの屋根やねの上うへ』と云いつてゐて相手あひてにしない」と云いふ文句もんくがあつて、終をはりに「君きみよ、戀こひすべし、結婚けつこんすべからず」と、世路せろに老をいた人ひとの云いひさうな文句もんくを添そえてゐる。

私わたしは却かへつて彼かれに飜弄ほんろうされたやうに感かんじてヂレた。彼かれは何時いつまでも太平たいへいである。道[Pg 384]樂だうらくに仕事しごとをして道樂だうらくに世よを逹觀たつくわんしたやうな皮肉ひにくを云いつて、そして道樂だうらくに戀こひをし結婚けつこんもしてゐる。

で、この時とき彼かれを冷笑れせうする勇氣ゆうきもなかつた。そしてこの一夜や二三年來ねんらいの反抗心はんこうしんの消きえて、何なんとなく人懷ひとなつかしくなつた。

今朝けさからの梅雨つゆが夕立ゆふだち模樣もやうになつて、向むかひの屋根やねには水煙みづけぶりを立たて、激はげしい音おとで降濺ふりそゝいでゐるのに恐おそれず、宿やどを飛出とびだした。小山こやまの氣樂きらくな話はなしを聞ききたいのでもなく、お靜しづの靑あをい顏かほを見みたいのでもなく、只たゞ一圖いちづに豐島とよしまに會あひたくなつた。彼かれの濡うるんだ目めを見みたい、彼かれの情熱じやうねつの言葉ことばを聞ききたい。


  正宗           定價六拾錢
     著  紅塵(三版)
  白鳥           郵稅八錢

明治四十一年十月十八日印刷   何處へ奧付
明治四十一年十月廿五日發行     定價八拾五錢
        著作者  正宗白鳥
         東京市麹町區飯田町六丁目廿四番地
  不 許   發行者  西本波太
         東京市小石川區久堅町百〇八番地
  複 製   印刷者  山田英二
         東京市小石川區久堅町百〇八番地
        印刷所  博文館印刷所
     ――――――――――――――――――
        東京市麹町區飯田町六丁目二十四
 發行所        易 風 社
             振替口座一二〇三四番

Transcriber's Notes(Page numbers are those of the original text)

原文 珈珈店こーひーてん(p. 3)

訂正 珈琲店こーひーてん

原文 良體からだ(p. 4)

訂正 身體からだ

原文 「如何いかにして(p. 5)

訂正 如何いかにして

原文 あらあね」、(p. 13)

訂正 あらあね」

原文 微錄びろく(p. 17)

訂正 微祿びろく

原文 武具ぶく(p. 18)

訂正 武具ぶぐ

原文 始ほとんど(p. 23)

訂正 殆ほとんど

原文 言葉ことばた(p. 25)

訂正 言葉ことばを

原文 被入いらつらやる(p. 29)

訂正 被入いらつしやる

原文 私わわし(p. 30)

訂正 私わたし

原文 壁かべはは(p. 31)

訂正 壁かべには

原文 暫しばららく(p. 34)

訂正 暫しばらく

原文 外戶そと(p. 38)

訂正 戶外そと

原文 初はじめて間(p. 39)

訂正 初はじめの間

原文 堪たゝへ(p. 40)

訂正 湛たゝへ

原文 强ひいて(p. 44)

訂正 强しいて

原文 程ほどでもないだけど(p. 45)

訂正 程ほどでもないんだけど

原文 頂あづけんのです(p. 45)

訂正 頂いただけんのです

原文 面白おもしはい(p. 45)

訂正 面白おもしろい

原文 聞きいてゝても(p. 48)

訂正 聞きいてゝも

原文 見みたくなつたの」。(p. 49)

訂正 見みたくなつたの」

原文 お成なりなさいな」。(p. 49)

訂正 お成なりなさいな」

原文 云いふですか(p. 51)

訂正 云いふのですか

原文 出入しゆつにい(p. 52)

訂正 出入しゆつにふ

原文 健次けんじなどか(p. 52)

訂正 健次けんじなどが

原文 招まぬかれる(p. 53)

訂正 招まねかれる

原文 一寸ちよと(p. 53)

訂正 一寸ちよつと

原文 定さだる(p. 64)

訂正 定さだまる

原文 聲こゑをかける、(p. 65)

訂正 聲こゑをかける。

原文 月初つきはじで(p. 67)

訂正 月初つきはじめで

原文 並ならべるか(p. 67)

訂正 並ならべるが

原文 記行きこう(p. 68)

訂正 紀行きこう

原文 洩もららした(p. 70)

訂正 洩もらした

原文 酷ひどいは(p. 74)

訂正 酷ひどいわ

原文 如何どうにして(p. 74)

訂正 如何いかにして

原文 持もつてゝ(p. 81)

訂正 持もつてつて

原文 その宅たくを出いて(p. 83)

訂正 その宅たくを出でて

原文 上あがかるか(p. 84)

訂正 上あがるか

原文 何なにだか(p. 86)

訂正 何なんだか

原文 兄あにさん(p. 86)

訂正 兄にいさん

原文 主婦しうふ(p. 89)

訂正 主婦しゆふ

原文 御馳走ごちさうなんか(p. 89)

訂正 御馳走ごちそうなんか

原文 叙情的じよじやうきて(p. 90)

訂正 叙情的じよじやうてき

原文 氣心きこゞろ(p. 91)

訂正 氣心きごゝろ

原文 やがで(p. 94)

訂正 やがて

原文 それには(p. 95)

訂正 それにね

原文 續つゞけてやつけば(p. 96)

訂正 續つゞけてやつてけば

原文 訴うたへる(p. 96)

訂正 訴うつたへる

原文 起上おきあつた(p. 99)

訂正 起上おきあがつた

原文 咳つぶやいた(p. 101)

訂正 呟つぶやいた

原文 滅入めついつた(p. 101)

訂正 滅入めいつた

原文 話はなを(p. 103)

訂正 話はなしを

原文 躊躇ちうよよ(p. 106)

訂正 躊躇ちうちよ

原文 以前いせん(p. 107)

訂正 以前いぜん

原文 移うつてる(p. 108)

訂正 移うつつてる

原文 焦慮ぢれで(p. 108)

訂正 焦慮ぢれて

原文 終始しゞう(p. 111)

訂正 終始しゆうし

原文 欺あざいて(p. 111)

訂正 欺あざむいて

原文 働はたく(p. 112)

訂正 働はたらく

原文 女供をんなども(p. 115)

訂正 女共をんなども

原文 土古耳とるこ(p. 117)

訂正 土耳古とるこ

原文 何なんんだつて(p. 117)

訂正 何なんだつて

原文 「目めを細ほそく(p. 119)

訂正 目めを細ほそく

原文 駄目だめだ」。(p. 120)

訂正 駄目だめだ」

原文 考かんへて(p. 123)

訂正 考かんがへて

原文 兄あにさん(p. 125)

訂正 兄にいさん

原文 身分じぶん(p. 129)

訂正 自分じぶん

原文 麥酒て《びーる》(p. 132)

訂正 麥酒で《びーる》

原文 閾しきみ(p. 133)

訂正 閾しきゐ

原文 靑あほくて(p. 135)

訂正 靑あをくて

原文 縦橫無盡じゆうわうむじゆん(p. 135)

訂正 縦橫無盡じゆうわうむじん

原文 癩しやく(p. 139)

訂正 癪しやく

原文 兩手れうて(p. 140)

訂正 兩手りやうて

原文 詮方せんたか(p. 141)

訂正 詮方せんかた

原文 打うたたれる(p. 143)

訂正 打うたれる

原文 入被いらつしやい(p. 146)

訂正 被入いらつしやい

原文 甲裴かひ(p. 150)

訂正 甲斐かひ

原文 恐こはうであしてね(p. 155)

訂正 恐こはうごあしてね

原文 忰がれれ(p. 155)

訂正 忰せがれ

原文 ずり込こんて(p. 159)

訂正 ずり込こんで

原文 出でで(p. 162)

訂正 出でて

原文 異ちがつたものんだね(p. 164)

訂正 異ちがつたものだね

原文 言葉ことば少すくない(p. 168)

訂正 言葉ことば少すくなに

原文 突込つきこみ。(p. 168)

訂正 突込つきこみ、

原文 堆積せきたい(p. 171)

訂正 堆積たいせき

原文 二十歲はなち(p. 178)

訂正 二十歲はたち

原文 賑にぎやがた(p. 181)

訂正 賑にぎやかだ

原文 切きられるぞ」。(p. 187)

訂正 切きられるぞ。」

原文 隱かくし(p. 187)

訂正 隱かくし

原文 見廻みまはず(p. 189)

訂正 見廻みまはす

原文 怠だくて(p. 190)

訂正 怠だるくて

原文 止やんだか(p. 193)

訂正 止やんだが

原文 明あかるるく(p. 193)

訂正 明あかるく

原文 大床胡おほあぐら(p. 201)

訂正 大胡床おほあぐら

原文 眺ながめめて(p. 202)

訂正 眺ながめて

原文 捨ひろつた(p. 203)

訂正 拾ひろつた

原文 吉公きちまつ(p. 204)

訂正 吉松きちまつ

原文 口眞似にちまね(p. 209)

訂正 口眞似くちまね

原文 先さきき(p. 209)

訂正 先さき

原文 逹公たつこうな(p. 210)

訂正 逹公たつこうは

原文 顏かほか(p. 211)

訂正 顏かほが

原文 暇ひまがあれが(p. 211)

訂正 暇ひまがあれば

原文 聞きかせます(p. 216)

訂正 聞きかせます。

原文 娘むすめさんか(p. 224)

訂正 娘むすめさんが

原文 どうでず(p. 227)

訂正 どうです

原文 缺かげた(p. 230)

訂正 缺かけた

原文 貴下方あなたがたも(p. 231)

訂正 「貴下方あなたがたも

原文 世態話しよたいばはし(p. 235)

訂正 世態話しよたいばなし

原文 因こまつて(p. 235)

訂正 困こまつて

原文 立たつだけても(p. 240)

訂正 立たつだけでも

原文 勤すゝめた(p. 243)

訂正 勸すゝめた

原文 仰あふせつかたつて(p. 246)

訂正 仰あふせつかつて

原文 尊敬そんけいしてるんでず(p. 247)

訂正 尊敬そんけいしてるんです

原文 僕ぼくも(p. 255)

訂正 「僕ぼくも

原文 書かきかけゐる(p. 256)

訂正 書かきかけてゐる

原文 後園こうえん(p. 256)

訂正 公園こうえん

原文 それ白面おもしろもからう(p. 259)

訂正 それも面白おもしろからう

原文 渦中くわちうゆ(p. 259)

訂正 渦中くわちゆう

原文 經たえる(p. 264)

訂正 絕たえる

原文 て、自分じぶんは(p. 264)

訂正 で、自分じぶんは

原文 山吹町《やまぶしちやう》(p. 266)

訂正 山吹町《やまぶきちやう》

原文 始はじある(p. 274)

訂正 始はじめる

原文 取立とりてて(p. 279)

訂正 取立とりたて

原文 自身じゝんには(p. 279)

訂正 自身じゝんも

原文 のこ男をとこ(p. 281)

訂正 この男をとこ

原文 育そだて上あけて(p. 281)

訂正 育そだて上あげて

原文 險幕けんまく(p. 282)

訂正 劍幕けんまく

原文 籠こもつてるのでもないか、(p. 282)

訂正 籠こもつてるのでもないが

原文 睨にらみつけてゐたか(p. 284)

訂正 睨にらみつけてゐたが

原文 散步さんぽして入いらしつたんですが(p. 284)

訂正 散步さんぽして入いらしつたんですか

原文 嘲あざげつてる(p. 286)

訂正 嘲あざけつてる

原文 梅雨つゆて(p. 291)

訂正 梅雨つゆで

原文 脫ぬいて(p. 297)

訂正 脫ぬいで

原文 持上もちあけて(p. 300)

訂正 持上もちあげて

原文 金かねたか(p. 302)

訂正 金かねだが

原文 襲おそばれて(p. 302)

訂正 襲おそはれて

原文 門札もんさつか(p. 312)

訂正 門札もんさつが

原文 加瀨せせ(p. 314)

訂正 加瀨かせ

原文 さんだ(p. 315)

訂正 さんざ

原文 御存知ごぞんじじなんですね(p. 319)

訂正 御存知ごぞんじなんですね

原文 「新奇しんきだといふ」(p. 336)

訂正 「新奇しんきだ」といふ。

原文 汗あせばんた(p. 338)

訂正 汗あせばんだ

原文 死際しにぎはまて(p. 339)

訂正 死際しにぎはまで

原文 來きたのぢないか(p. 340)

訂正 來きたのぢやないか

原文 濃こいい(p. 324)

訂正 濃こい

原文 誰だか(p. 354)

訂正 誰だれか

原文 衣食いしよくの慾よくと少すくなく(p. 348)

訂正 衣食いしよくの慾よくは少すくなく

原文 ですけと(p. 354)

訂正 ですけど

原文 フロツツコート(p. 360)

訂正 フロツクコート

原文 飄輕ひやうひんな眞似まね(p. 362)

訂正 飄輕ひやうきんな眞似まね

原文 子供こどもぢまありませんか(p. 363)

訂正 子供こどもぢやありませんか

原文 嗅かく(p. 366)

訂正 嗅かぐ

原文 朝あさかぬ(p. 369)

訂正 朝あさから

原文 居ゐらつしやるんてすつてね(p. 374)

訂正 居ゐらつしやるんですつてね

原文 なるものてすか(p. 374)

訂正 なるものですか

原文 尋たづぬて(p. 377)

訂正 尋たづねて

●文字・フォーマットに関する補足

句読点は原則として原著のそれを維持したが、カギ括弧を閉じた後に読点「、」が振られている場合は、誤植とみなして読点を省いた。

「空想家」では「山吹町」と「山伏町」が混在しているが、そのままにした。

原文で印刷の不明瞭な部分、誤植と思われる部分は一九八三年刊行正宗白鳥全集第一巻(福武書店)を参照し確認したうえで訂正した。

片仮名の「ネ」をあらわす漢字の「子」に似た字は「ネ」の字で代用した。






End of the Project Gutenberg EBook of Doko e, by Hakucho Masamune

*** END OF THIS PROJECT GUTENBERG EBOOK DOKO E ***

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